ACT.8 復讐者の生まれた日(Ⅲ)


▽▲▽



 ライが、アスランの元で鍛え始めてから、5年が経過した。

 13歳となったライは、彼を鍛えるアスランの予想を超えた成果を出していた。

 アスランという男は、兎に角加減ができない。

 それがはじめた当時8歳だった少年が相手であっても、修行に手を抜くことはなかった。

 毎朝早朝の走り込みでの基礎体力づくりは勿論、徹底した実践主義の立ち回りや剣の振り方盾の構え方、座学での人体構造学――自身のもちうる全ての技術と経験を叩き込んだ。

 厳しいこのやり方には、アスランなりのある考えもあった。

 徹底したこのやりかたにいずれライはついてこれなくなるだろう、そうしたら強さをひたすら求めるような生き方じゃない、平凡だが幸せになれる生き方を一緒に模索しようと考えていたのだ。

 だが、彼はライを甘く見ていた。

 ライは全ての修行を真剣に取り組み、着々と技術を飲み込んでいった。

 アスランの予想をはるかに超えて、ライという少年の武才はずば抜けていた。

 そして、彼の中で滾る暗い憎悪は、精神を強固に保たせ、生半可な逆境すら跳ねのけた。

 鋼の精神、類い稀な武才、そこにアスランによって正しい努力の仕方を覚えた結果、ライ・コーンウェルは、13歳にして正規の聖騎士をも凌駕する実力を備えた戦士となっていた。

 やがて、そんな彼がある目標を掲げ目指すのは、自然の流れと言えた。


「師匠、僕は貴方と同じ粛清騎士を目指します」


 その日、聖教会本部のアスランの執務室でその言葉を聞いた彼は、とうとう来たかという沈痛な面持ちでライを見つめた。


「ライ、私を目指すな。粛清騎士とは、どんな者か知っているだろう」


「はい、異端を粛清する使命を背負った騎士です」


 今日ここに至るまでに、さまざまな話をアスランはライに語った。

 その内容は、聖教会の教えと粛清騎士に関するものが多かった。


 この世界には、2柱の創造神がいた。

 【希望と秩序の女神】と【真実と混沌の男神】である。

 2柱は、共に世界を作った間柄であったが、時に悪戯に世を乱して笑う男神に女神は愛想を尽かし、彼を謀りこの世界から追放した。

 その結果、この世界には平和が訪れた――というのが、【希望と秩序の女神】を信仰する聖教会の伝える神話である。

 だが、これには一般には知られていない続きがあった。

 異界に追放された【真実と混沌の男神】は、それでもこの世界に干渉しようと、自身の加護を与えた者たちを、時折遣わせるようになった。

 ――それが、転生者。

 追放された異界で召された魂に加護を与え、こちらの世界を再び混沌に陥れる為に遣わした彼の僕たちだ。

 彼らを放っておくならば、この世界は再び混沌の坩堝になる。

 ――それを防ぐ役目を女神より任されたのが、転生者の正体を神託で見破る事のできる聖女、そして加護を持った転生者を打ち破る強さを持った粛清騎士だ。


 だからこそ、ライの言うことは、なにも間違っていない。

 しかし、そこにはある事情が抜けていた。


「ライ、粛清騎士となれば、罪を冒していない幼児までも転生者というだけで殺さねばならない。それは、苦しいぞ」



 アスランのその問いに、ライはある疑問を覚え、迷わず口にした。


「師匠、ソレは違います。転生者は、生まれたことが罪です。例えそれが幼児であっても、転生者であるならば――」


 そう答えるライの瞳の奥に、アスランは消えることのない業火を見た。

 アスランは結局、ライの胸に渦巻く憎悪を取り除くことはできなかった。

 ライは、自身の心の中に巣食う怨念を晴らす為に、その道を選ぼうとしているように思えた。

 だが、アスランはそんな彼を止め資格が自身にあるのだろうかと苦悩し葛藤する。

 そして、口に出したのはこんな言葉だった。


「ライ、それもいいが、まずは15歳になってから受けられる聖騎士採用試験での合格を目指しなさい。話はそれからだ」


 結局彼は、そんな時間稼ぎの言葉しか、言うことはできなかった。



▽▲▽



「ふふふ、貴方がライ――アスランの弟子ね」


 ライが初めて彼女に出会ったのは、アスランにそんなことを言われた直後だった。

 アスランの執務室から出たライが、孤児院まで帰ろうと夕暮れに染まる聖騎士棟の廊下を歩いている時、不意に後ろからそう話しかけられた。

 振り向くとそこに居たのは、この聖騎士棟には似つかわしくない可憐な乙女だった。

 白い百合のような綺麗なドレスを身にまとい、目を黒い布で覆ったライと同じくらいの年頃のその少女は、ころころと鈴のような声で笑いながらライに話しかけた。


「貴女は?」


「私が誰であろうとこの際は関係ないわ、それより貴方は、とても面白い色をしているのね」

 そういって彼女は、何も見えない筈なのに全てを見ているかのような動きで困惑するライに顔を向ける。


「色、ですか?」


「そう、色。とても不均等で混ざり合っていない、美しく珍しい色」


 ライはその少女の言動の意味を理解できていなかったが、事の成り行きをライの中で見つめていた俺は、何故か酷く不愉快な気持ちになった。

 まるで全てを見透かされているというか、兎に角この少女の前に立つのがとても怖く感じたのだ。

 だが、俺の感情はライには伝わっていない。

 故にまだ、会話は続く。


「――噂はなんとなく聞いているわ、ライは粛清騎士になりたいのでしょう?」


「えぇ、でもまずは2年後の聖騎士としての採用を目指さなければと――」


「――その必要はないわ」


 師匠たるアスランに言われたことを、彼女に伝えようとしたが、その言葉は途中で遮られる。


「貴方たちの実力なら、即粛清騎士として採用しても大丈夫だと思うの。先日、欠員がでてしまって代わりを探していたところだったから、実に丁度いいと思いませんか?」


 不可思議な言動をその美しい声で、少女は語る。

 その少女の正体がわからず、美しく清廉な空気を出しながらも得体のしれない彼女に、ライと俺は警戒心を強くする。


「私から口添えをしておきますわ。ですから、明日を期待してください――私は貴方の味方ですよ“私のライ”」


 そう意味深に言って、彼女はライに背を向けて去っていく。

 類い稀な清廉さとそれを凌駕する異質さ。

 その相反する2つの印象をライに与えた彼女の名は、ステラ。

 粛清騎士たちに、神託により転生者の情報を伝える唯一無二の役目をおった“盲目の聖女”。

 ライが、その正体を知るのは、全て終わった後だった。


 そして後に俺は振り返る。

 聖女ステラとであった、この逢魔が時がある意味では、ライの人生の最大の分岐点だったのだと。



▽▲▽



 そして、翌日。

 ライの暮らす孤児院に、聖教会からの使者が遣わされた。

 その使者は、ライにこう告げた。


『3日後、ライ・コーンウェルに粛清騎士に相応しいかの試練を課す。粛清騎士レオーネの監視のもと、転生者を討伐せよ』



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