ACT.7 復讐者の生まれた日(Ⅱ)
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そして、【アルドラの乱】から一年が過ぎた。
【アルドラの乱】は、ライの村の一件があった後、5人の黒い聖騎士たちの活躍により、首謀者アルドラが打ち取られ、瞬く間に鎮静化した。
事態の深刻さとは裏腹に、比較的早期解決がされたことで国内での異端狩り専門の黒い聖騎士――粛清騎士たちの必要性と有用性が知れ渡った結果となった。
しかし、“比較的早期”とは言っても被害は甚大であった。
北部の村4つが地図から消え、都市1つが攻め落とされる寸前までいったのだから。
ライの故郷は、そんな消えてしまった村の1つであった。
あの後、保護されたライは保護したその粛清騎士の手引きでベネトナシュの聖教会が運営する孤児院に引き取られた。
その孤児院では、彼は孤独であった。
これは何も孤児院で、ライがいじめられたとかそういうわけではない。
ここでは、ライはほとんど他の子どもたちと交流をせずに過ごしていた。
理由は単純。
ライは、この施設に来てから一度も年相応に“遊ぶ”と言うことをしていなかった。
暇さえあれば、少ない小遣いを貯めて買った木剣を手に、庭の端で素振りをする毎日。
このことに心配した院長は、ある人物に相談した。
それから数日後。
孤児院に、意外な客が訪れた。
それは、十字架を背負った黒い聖騎士。
ライを、あの村で保護したあの粛清騎士だった。
『随分と、せいが出るな』
そういって騎士は、庭の端の木陰でもくもくと素振りをするライに話しかける。
「貴方は、もしかして――?」
『あぁ、久しぶりだな少年』
騎士のその声を聴いて、ライは一瞬で理解した。
この黒騎士は、村で自分を抱きしめてくれた、あの騎士だと。
――そして、あの後自分の代わりに仇を討ってくれた、粛清騎士だと。
「――あ、あの時は、どうも」
ライは目を背けながら、ぶっきらぼうにそう言った。
彼にとって、その騎士の存在はかなり複雑なモノであった。
「何故、自分たちを助けてくれなかったのか、間に合わなかったのか」という理不尽な恨みと、「無力な自分の代わりに仇を討ってくれた」という恩、相反する2つの感情を持っていたからだ。
だが、複雑な感情を抱いていたのは、その騎士も同じだった。
『う、うむ』
そして、そこに気まずい沈黙が流れる。
やがて、その気まずさに耐えられなくなったライが口を開く。
「僕に、何か用ですか?」
あまりにも失礼なその物言いだったが、騎士は気にせずソレに答えた。
『君はなぜ、他の子どもと同じように遊ばないのだね』
騎士は腰を低くし、ライに目線を合わせてそう問う。
その騎士の問いに、ライは暗い瞳をたたえたまま答える。
「僕は、遊んでいる暇なんかない」
『何をあせっている』
「早く強くなりたいんだ。だから、遊んでいる暇なんかない」
ライのその声には、独特な響きがあった。
その声色に籠っている感情の正体を、騎士は知っていた。
悔恨、罪悪感、贖罪意識――およそまだ10歳にも満たない少年が持っていい感情ではなかった。
「僕に力があれば、何かが変わったかもしれない。守れたかもしれない」
『それは、君の責任ではない』
「責任の問題じゃないんだ。ただ、あんなことがあったのに何も変われなかったとしたら、弱いままで居続けるのだとしたら、僕は僕を許せない」
騎士は、それに危うさを感じた。
ライの感じているそれは、俺のいた世界で言うところの“サバイバーズギルト”と呼ばれるものだった。
災害や事件事故で、奇跡的に生き残った生存者が感じる罪悪感。
サバイバーズギルトで生じた罪悪感を拭い去る為に、ライは無理やりにでも自己流の方法で強くなろうとしていた。
それは、ある種の自傷行為に近い性質を持った、危うい兆候だった。
騎士は、その事実に気が付くと、酷く後悔した。
あぁ、自分はこの子を救った気になっていただけで、何も救えていなかった――あの惨劇から小さな男の子一人すら、しっかり助けてあげられないのかと、自分を呪った。
だからこそ、自然と騎士はある言葉を口にした。
『そんなに強くなりたいなら、私が君を鍛えよう』
「――え?」
その言葉に驚いたのは、ライだけではない。
口にした騎士も、自分で驚いていた。
だが、これしかないとも騎士は同時に感じていた。
自分の目の届く範囲で少年を鍛えることで、彼が大きく道を踏み外すのを防ぐことができると思ったのだ。
その過程で、やがて彼の心からその傷を洗い流すことができたなら、その時初めて自分はあの惨劇から、たった一人だけ救い出せたといえるのではないか――そう騎士は思い、覚悟を決めた。
『君が、本当に強くなりたいのなら、私についてきなさい』
「――そうすれば、本当に強くなれるの?」
『保障する。何故なら、私は――』
ここで一瞬、騎士は自分の名前を出すのを躊躇する。
それは、騎士が正体を隠さなければならない粛清騎士であるから。
だが、正面からこの少年に向き合うと決めたからには、全てをさらけ出すしかあるまいと覚悟を決め、ヘルムを脱ぐ。
そこには、白髪交じりの刈り込んだ黒髪をした、齢60に差し掛かりつつある厳めしい顔があった。
騎士は――老騎士は、そこで改めて少年に名乗る。
「私は、粛清騎士序列第4位アスラン・アルデバラン。この国で4番目に強い騎士だ。ついてくる気があるなら、名を名乗れ、少年」
そして彼は、覚悟を問うような厳しい視線をライに向ける。
ヘルム越しではない、その視線に一瞬ライは怯み、だが決意を込めてこう答えた。
「――ら、ライ。僕の名前はライ・コーンウェル」
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