ACT.5 怪盗事変(Ⅲ)

ライが虚空に向かって鋭く剣を振ると、そこから派手に血しぶきが上がった。


「が――げぼっ!!」


 そしてその血しぶきが上がった空間から現れたのは、肩から身体を袈裟斬りにされた少女の姿だった。


「――姉さん!!」


 深手を負った少女に、更にライが一歩近づくと、その横からもう一人同じ装束の少女が現れその前に立ちふさがった。

 その姿に、ライは自身が立てた仮説が正しかったことの確証を得る。


『貴様たちの能力は、やはり空間転移などではなく、姿を透明化する能力でのなり替わりだったのだな』


「お前、気づいて!?」


『昨夜に、違和感を覚えてね』


 昨夜の一件で、ライが感じた違和感は二つ。

 一つは、交戦した時に手傷を負わせた左手を、再び現れた時にかばう素振りが無かったこと。

 次に、再び現れた少女が、左手に赤く輝く何かを持っていたこと。遠目ではよくわからなかったが、件の宝石はライの手中にあったから宝石ではないことだけは確かだった。

 その結果、ライは少女の異能が空間移動などではなく、姿を消す異能で替え玉作戦をしているのだと感づいた。

 腕をかばっていないのも、奪われたはずの宝石の贋作を手に持っていたのも、自分というイレギュラーの存在で狂った計画の伝達が上手くいっていなかった為と考えれば、辻褄があう。

 そして、同時期に同様の異能を身に着けた転生者が現れる事例は、過去にも少数であるが報告例があった。


 それは――。


『貴様ら二人とも、同じ前世をもった転生者だな』


 その発言に、黙秘を貫く二人。

 ライは、その沈黙を肯定とみなした。

 それが本当なら、同じ異能を手にした理由も、聖女ステラが転生者の真名を一つしか口にしなかった理由も説明がつく。


『タネがわかってしまえば、もうこんな手品には引っ掛からない』


 そういって、夕日を反射し鈍く光る黒刃を構え、踏み出すライ。

 すると、かばうように前に出た少女が声を出した。


「――お願い、見逃して」


 それは、命乞いだった。


「私たち姉妹には、病に伏せる弟がいるの。あの子を治す為には、金がいる。――だから泥棒を始めたの」


 その言葉を聞いたライが、足を止めた。

 ライのその仕草を何と勘違いしたのか、少女は言葉を続ける。


「泥棒だって、盗みに入ったのは悪い噂の貴族の家だけだし、誰も殺したり、傷つけてもいない。悪いことはしていない!その宝石を売り払ったら、どこか遠くの街で静かに暮らすから!」


『だから、宝石を渡してみのがせと?』


 ライのその問に無言で少女がうなずいた。

 そしてライは、それを聞いて懐から、件の宝石を取り出す。

 少女が、希望に目を見開いた次の瞬間。


『貴様らは、何か勘違いをしている』


 そう言って、ライは地面に宝石を落とすと、少女たちの目の前で勢いよく足で宝石を踏み砕いた。


「なっ!?」



『僕は、貴様らが悪いことをしたから、懲らしめに来たわけじゃない。貴族に雇われて貴様たちを捕まえに来たわけじゃない。』


 憎悪に猛り狂うライは、何度も何度も足を振り下ろし、執拗に宝石を粉砕する。

 彼女たちの希望を、踏みにじる。


『僕は、貴様らが転生者だから殺しにきたんだ』


 暗い業火が灯る瞳を彼女たちに向けて、ライはそう宣言した。

 良いも悪しきも関係ない、貴様らに未来はない、此処で殺すと。


「そ、そんな。じゃあ、弟は!?」


『勝手に野垂れ死ね』


「こ、この人でなし!!」


 次の瞬間、そう叫んだ手前の少女の首は宙を舞っていた。

 その首が、ぐしゃりと地面に落ちたその時、ライが叫ぶ。


転生者バケモノが、人の道理を説くな!!!!』


 倒れて起き上がることのままならない残る少女の元へ、ライは歩く。

 その少女は、出血多量で放っておいても、あと少しで息絶えるだろう。

 だが、その猶予すらライは与えたくない。

 一分一秒だろうと長くこの世界に転生者が存在することが、許せないのだ。


「ねえ、最後に遺言いっていい?」


『なんだ』


 その首を刎ねようと、剣をふり上げた状態のまま、最期の言葉に耳を傾けた。

 少女は、そして最後にこんなことを言った。





「私たちは、実は姉妹じゃ無くて――三人姉妹なのよ」


 次の瞬間、ライの背後で地面を蹴る音がした。

 そう、彼女たちには切り札があった。

 戦闘に参加せず、異能でずっと姿を隠し、機会をうかがっていたもう一人の存在があった。

 ライは、その可能性を完全に失念していた。

 ゆえにこれは完全な奇襲。

 ライに避ける術も迎撃できる余裕もない。


「――アナの仇!!」


 そういって後ろに迫る少女が、腰だめに構えたダガーをライの腹部――鎧の隙間に刺しこもうとしたその時。






 ――って、こんなモノローグしている暇なかったわ。

 ライは知らなかったけど、は最初から知ってたんだから全然対応できるんだわ。

 じゃ、ちょっくら身体借りますか。

 俺はそんなことを考えて、ライの身体の主導権を強奪し、ライの意識を強制的にOFFにする。

 そして、ダガーを構えた少女の腕をつかみ、その刃を寸前のところで止める。


「――なん!?」


『悪いね』


 そういって剣の柄で彼女の首筋を思いっきり殴り、昏倒させる。


『あーあ、まさか俺が出てくるはめになるとは、お嬢ちゃんたちやるね!並みの騎士ならここでくたばってたよ、すごいすごい』


 いきなり雰囲気の変わった俺に、目を丸くする少女。

 顔が青いのは、驚きか、それとも血がたりなくなってきたのかな?


『そういえば、初対面か。はじめまして、俺の名前はライ・コーンウェル。読心の異能を持つ転生者さ』


「ど、読心――え、てん、転生者」


 ひどく困惑する彼女。

 だけど仕方ないよね、さっきまで「転生者は死ね」っていってた奴が転生者なんだから驚くはずだ。


『あ、でもライの奴は俺のこと知らないんだから内緒にしてくれよ?』


 ――そう、俺たちライ・コーンウェルは、前世人格の俺と、今世人格のライが完全に分離しているというかなり特殊な転生者である。

 前世人格の俺が、ライを気に入って肉体と人生を譲渡しているのも特殊っちゃ特殊か。


『まぁ、内緒にっていっても君らはここで殺すんだけど』


 そういって俺は、迷うことなく先ほど地面に転がした方の少女の首を、剣で刎ね飛ばした。


「な、なんでそんなことを! 同じ転生者なのに!!」


『それをライが望んでるんだから、その通りにしてあげるよ俺は。保護者みたいな感じ?』


 まぁ、そんな戯言を口にしながら、俺たちの秘密の最後の目撃者の口を塞ぎに行く。

 カツカツと足音を響かせながら迫る俺を、恐怖に顔を歪ませながら、見つめる最後の子。


「ば、化け物」


『うん、お互い様だ』


 そういって俺は、その子にとどめを刺した。



▽▲▽



 そう、これは粛清騎士ライの物語――というだけじゃない。

 親愛なる相棒である彼と、語り部としてその復讐者としての人生を見守る俺。

 つまるところは、ライ・コーンウェルオレタチの物語だ。



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