ACT.4 怪盗事変(Ⅱ)


▽▲▽


 傾斜のついた屋根の上という、本来戦うのに適さない足場の上でも粛清騎士ライの剣戟に狂いはない。

 むしろ、月光を反射しない、特殊な加工をされた黒塗りの刃は、この夜でその真価を発揮する。

 それはただ、見えづらく、避けづらいというだけの効果であるが、それがライの技巧と合わさることによって、半ば見えざる魔剣と化す。


「くっ!」


 それを彼女が、左手に今夜の獲物たる拳大の宝石を握り、右手のダガー一本で応戦できているのは、ひとえに転生者特有の高い身体能力故か。

 しかし、全てをうまく躱し続けるのにも限界があった。


「痛っ!」


 その長い剣戟の果て、ライは少女の左腕を浅く切りつけた。

 なにもこの結果は、偶然ではない。

 ライは、その剣戟を放つ寸前に、剣の持ち方を変えたのだ。

 ガード側の根本をもって振るっていた状態から、静かに持ち手をスライドさせ、握りグリップの端――柄頭ポンメルの側を持つように持ち替えたのだ。

 これにより、剣のリーチは数センチ延長され、回避の目測を誤らせることに成功したのだ。

 宝石を持つ手を傷つけられたことで、腕に力が入らなくなった少女は宝石を取りこぼし、取りこぼした宝石を、ライが剣の切っ先を使ってかち上げる。

 夜空を舞う深紅の宝石は、月光を反射して眩しく輝くが、彼女がそれを眺める余裕はない。

 何故なら、今目の前の騎士から目を放せは、途端に自分の首は、胴体と離れ離れになると知っていたからだ。

 故に、眼は離せない。

 ――そして、時間も無かった。


「ちくしょう!」



 彼女がそう悪態をついた途端、その姿が空気に溶けるかのように、その場から掻き消えた。

 その紛れもない異能行使を目の当たりにし、急いで周囲を確認するライ。

 すると、そこから500mほど先の屋根の上に、先ほどの少女が突如出現し、走り去っていった。

 ライはその姿に強い違和感を覚え、そして右手の剣を屋根に突きさす。

 虚空に差し出したその手の中に、すっぽりと深紅の宝石が落ちてきて収まった。

 そして、その宝石をしげしげと眺めたライは、ようやくその違和感の正体に――彼女の能力の正体に気が付いた。


『なるほど、それなら僕にも考えがある』



▽▲▽



 次の日、白昼の広場にて警備兵たちによって、こんなビラが配られた。


『本日、夕刻にハウゼン伯記念公園噴水前にて、待つ。昨夜の獲物を取り返したくば、来るがいい』


 あちこちで王都住民たちがそのビラを手にとっては、ひそひそと話す中、フードを被った一人の少女が、そのビラを手に取り、目を通す。

 そして、ぼそりとこう呟いた。


「へぇ、あの騎士。こんなことするんだ」


 彼女の左手には包帯が巻かれ、そこからは血がにじんでいた。



▽▲▽



 その日の夕刻、件のハウゼン伯記念公の噴水前に、ライは立っていた。

 公園の周辺にはくまなく警備兵が配備され、ここで何が起ころうと目撃する者もいなければ巻き込まれる者も出ない。

 深紅の光が、明るく周囲を照らす中、ライは不意に背後から迫る殺気を感じ取り、盾を構えて振り返る。

 その瞬間、何もない空間から昨夜の黒ずくめの少女が出現し、ダガーで切りかかってきた。

 ライはそれを盾で受けつつ、シニカルに嗤う。


「随分卑怯な手を使うじゃないか」


「生憎、あんたと真っ当にやりあう気も、おしゃべりする気もないんでね。ちょっとダーティーに行かせてもらう!」


 そう言った途端、彼女の姿は再び空気に溶け消える。

 次の瞬間にはまた、右後方に彼女は出現し、ダガーを突き入れようとする。

 ライは、それを見て剣を抜き放ち、即座に振るうことで少女の攻撃を牽制し、たたらを踏ませその隙に盾を構え直し攻勢に移ろうと一歩を踏み出す。

 するとその瞬間にもまた姿が消え、また別な方向から彼女は出現し、攻撃を加えようとする。

 目まぐるしく攻撃位置が変動し、それをライは防御に徹することで防ぎきる。

 しかし、ライの眼に焦りは見えない。

 彼はうかがっているのだ、少女が業を煮やして強引な攻撃をして来るのを――致命の隙を。

 そして、その瞬間は訪れた。

 ダガーを腰だめに構えた少女が現れたのは、ライの剣の間合いの内側、超至近距離に突如出現した。

 剣では迎撃できない、盾は間に合わない絶妙な間合い。

 少女は勝利を確信した。

 だが、それはライも同じであった。

 少女の鳩尾に、ライの回し蹴りが突き刺さり、彼女の肺から空気が全て吐き出される。

 その体格差もあり、そのまま吹き飛ばされた少女は、地面を三度転がり、そこで倒れ伏して大きくせき込む。

 このままではまずいと感じた少女は、異能チートを用い瞬時に再び姿を消す。

 しかしライは、この瞬間を待っていた。

 その少女が消えた場所に、瞬時に駆け、何もない虚空に向かって鋭く剣を振るった。




 次の瞬間、何もない虚空に派手に血しぶきが上がった。





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