ACT.3 怪盗事変(Ⅰ)


 その夜は、大きく青く輝く満月が、繁栄の王都を明るく照らしていた。


「――今回も、楽勝だったな!」


 人々の死角である屋根の上を走る影がひとつ。

 その影の正体は、黒装束の少女であった。


「いたぞ、怪盗だ! 追え!!」


 少女の眼下には、走りまわる王都の警備兵たちの姿があり、縦横無尽に駆ける彼女を必死に追っていた。

 少女の正体は、怪盗。

 ここ数日、夜な夜な王都の貴族屋敷に忍び込んでは宝石などの金目のものを盗み出していた、王都で話題の大泥棒である。

 

「捕まるわけが――っ!」


 警備兵たちを翻弄しながら走る彼女は、突如強烈な殺気を感じて飛びのく。

 そこには、屋根の上にひとりの騎士が立っていた。

 夜を集めたような、濃紺の鎧を身に着けた見慣れない騎士だ。


『お前が、アダチ・ハルカだな』


 その騎士が、低く殺意を込めた声色でそう彼女に問う。

 騎士が口にした名前を聞いて、少女はびくりと肩を震わせる。


『答えなくてもいい。その反応と上がってきている報告で既に貴様が転生者であるのは、証明済みだ』


 そう言って騎士が左手に持った盾から、黒い刀身の片手半剣を抜き、その切っ先を少女へ向ける。


『粛清騎士ライ・コーンウェル、推してまいる!』


▽▲▽


 今日、ライはある人物に呼び出され、聖教会本部のある場所に来ていた。

 そこは、色とりどりの花々が咲き誇り、蝶が舞う美しい花園だった。

 広い聖教会本部の敷地内の隠された位置、一部の関係者しか知らない秘密の場所だった。

 そんな花園を、騎士甲冑を身にまとったライは迷わず進む。

 ライが進んだ先、花園の中心には白い一組のティーテーブルとイスがあり、そしてそこで彼を待っていたのは一人の少女とシスターだった。

 イスに腰掛けるのは、星の光を束ねたような美しく長い金髪、白い百合を思わせるような優雅なドレスを身にまとい、目元を黒い布で覆った偶像の如き美しい容貌の少女だった。

 その少女の隣に静かにたたずむのは、月光の如き銀髪に、氷のような怜悧な容貌のすらりとした体つきで修道福を身にまとった女性だ。

 白い少女は、目では見えないはずであったがライの存在に気が付き、声をかける。


「あら、よく来てくれましたね“私のライ”」


『聖女様を待たせるわけにはいきませんので。あと、僕は貴女のモノではありませんよ』


「もう、つれないのね」


 そういって小さく頬を膨らませる少女。

 彼女の正体は、この聖教会が認定した現世の聖人たる聖女。

 そして神託によって粛清騎士に異端たる転生者の存在と真名を知らせることのできる唯一の存在、“盲目の聖女”ステラであった。


「さぁ、ライ座って。シスターディーナ、お茶の準備を」


「かしこまりました」


『いや、僕は貴女とお茶をするためにここに来たわけでは』


「もう、そんなこという人には、転生者の情報あげないよ?」


 そんなことを言いだしたステラにライは小さくため息をついて、ヘルムを脱いで席に着く。

 ライが席に着いたのを確認して笑みを深めたステラ。


「それでどうして僕をここへ呼び出したのですか?」


「あら、貴方とお話がしたかったのだけど」


 かわいらしく小首をかしげて言う彼女に、苦虫を噛み潰したような顔になるライ。

 ライは以前から、自分を事あるごとに特別扱いするこの聖女様が苦手であった。

 

「あの、前々から思っていたんですが、何故僕にそう構うのですか?」


「私が、貴方のことを好いているから、という理由では駄目?」


「好かれるも何も、きっかけがわかりません」


 そう、ライの記憶が正しければ、この聖女様ははじめからそうだった。

 初めて出会ったその時からライのことを“私のライ”と呼び、他の粛清騎士とは別に猫かわいがりをしていたはずである。


「私はね、普通に目が見えない代わりに、目には見えないモノが見えるの。それで貴方のことが一目見た時から、気に入ってしまったのよ」


「僕は、一目で気に入ってもらえるような清廉な人物ではありませんよ」


 ライがそう言った時、シスターディーナがティーセットと茶菓子を手に戻ってきた。

 彼女が、ステラの傍らでその準備をしている間、ステラは笑みを浮かべてこう話し始めた。


「ねぇ、知っているかしら。人間の舌は、均等にキレイに混ざった味よりも、不均等でまばらな味を美味しく感じるそうよ。だから私も、紅茶に入れたミルクはかき混ぜないで、そのまばらな味を楽しむの」


「はい?」


「人間だってそう。清廉シロ異端クロも、均等に混ざった普通ハイイロも面白くない」


 そういって彼女は、シスターディーナからカップを受け取る。

 その中身は、確かに紅茶とミルクが不均等に存在し、混ざり合っていなかった。


「だから、私はライのことが好きなの。貴方ほど不均等で美しい色をしている方は、そうそういないのですから」


「僕は、そんなに歪ですか?」


「そこに自覚がないことが、その不均等さの一因ね。だから、貴方が貴方自身の本当の姿に気が付いた時、どうなってしまうのか――それをいつか、是非見せてね」


 そういって、彼女は不均等カオスな紅茶を口にして、美味しいと満面の笑みを浮かべるのであった。


「あら、私としたことがつい脱線してしまいました。付き合ってくれた御礼に、呼び出した件をお話しましょう」


 では早速と今回呼び出した件を話し始めた。


「今回呼び出したのは、他でもない昨夜降りた神託について。今度の転生者の真名はアダチ・ハルカ、場所は王都よ」


「王都ですか。今回の異端狩りは、対象者が多いですね。絞り込むのが大変そうだ」


「いえ、その必要はないわ。もう目星はついているから」


 そういって彼女は微笑みながら、話を続ける。


「最近王都の貴族の屋敷を専門に盗みを働く泥棒たちがいるの。彼女たちが、奇妙な魔術を使うと警備兵たちの間ではもっぱらの噂だそうよ」


「奇妙な魔術――もしかして、異能チート


 異能チート

 それは、稀に転生者が持ちうる人外の事象を引き起こす力である。

 ある者は火を操り、ある者は空を飛び、ある者は心を読む。

 そんな常識外のことを平然としでかす存在が、転生者――怪物である。





「そう、そんな彼女たちが操る異能は、聖教会でも未だ報告例のない異能――空間転移の可能性があるわ」

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