ACT.2 粛清騎士ライ・コーンウェル 後編
「突然ですみません。少し練習試合をしてもらえないでしょうか?」
突然話しかけられた女性聖騎士は、困惑した表情を浮かべる。
それも当然だ。
ここで訓練しているメンツは全員彼女の同期であり、顔の知らない者はいない。
そこに普段命令系統が違う上に、顔を隠している粛清騎士のライが、素顔を晒して話しかけたのだから、誰だコイツとなるのは必然と言えた。
「失礼しました。僕は、先日こちらに出向した隣国の聖教会の騎士です。今日は非番だったので、自主的に訓練しようとやってきました」
そういって礼をするライに対して、女性騎士は警戒心を解く。
「そうだったのですか、私は大丈夫ですよ」
ライはその言葉を聞いて、持参した訓練用の盾と木剣を手にする。
それを見て、彼女は静かに場所を開ける。
練習試合に必要なスペースを開けて、二人は向い合う。
「私の名前はリゼ・ハウエル。貴方は?」
「僕の名前は――、そうですね、勝てたら教えます」
リゼは、そのライの挑戦的な物言いに、ピクリと眉を動かす。
「随分自信があるのね、女だからと舐めていると痛い目見るわよ?」
そう言って不敵に笑うリゼに、無言で涼しい顔で笑みを返すライ。
「――っ!」
ライのその態度に少しイラつきを覚えたリゼは、短槍を構えライに攻勢をかけようと一歩を踏み出した――が、そこで行動が止まる。
ライの立ち振る舞いに、隙が無いのだ。
しっかりと大地を踏みしめて、盾を前に構えたその姿に、攻撃につながる隙は一切なく、不用意に槍を突き入れてもカウンターを喰らう未来しか、リゼには見えなかった。
更に盾を特殊な構えで持つことで、もう片手に持った剣を隠し、攻撃の次手をも悟らせないように工夫されていた。
「来ないなら、こっちから行きます」
その瞬間、攻めあぐねるリゼの盾に、強烈なタックルが放たれる。
リゼは、ライの細い手足から放たれたとは思えないほど強力な衝撃に、数歩後ろに戻される。
だが、それだけでライの攻勢は終わらない。
盾を使ったタックルの直後に、そのまま小さく鋭いジャブを連続して繰り出し、盾に当ててリゼの姿勢を崩させる。
このままではまずい、そう感じたリゼは攻撃の一瞬の隙を逃さず、短槍を差しいれる。
リゼの攻撃をそうやって誘発させたライは、盾に傾斜をつけてその短槍を弾く――いや、外側に向けて押す。
そうすることによって、リゼの短槍は伸びきった状態のまま、穂先が外側を向く。
この場合の槍は、剣とは違いその軌道を戻す動作で相手に切りかかることができないがゆえに、一度引いて穂先を呼び戻し、再度照準を定めて突きを放たねばならない。
盾と剣をもって至近距離での戦闘を挑んでいるライにとって、その間は完全な隙となる。
そのことを一瞬のうちに理解したリゼは、その意識を否が応でも自身の穂先に向けてしまう。
瞬間、続いて右手に持った剣を、リゼの盾の隙間に引っ掛けるように差し込んだライは、一気にそれを外に向けて弾くことによって、その防御を壊す。
これにより、リゼの胴はがら空きとなった。
盾も槍も外に向けた指向性の衝撃を受けて、容易に戻せず、防御は不可。
ならばと避ける為に後ろに身を引こうと、リゼは一歩下がろうとして――。
「判断が遅い」
その一歩の距離を先にライに詰められ、剣を空いた腹に突き付けられた。
「これで、一本」
今日初めて出会った騎士による、あまりにも完成させられた攻防に、リゼはただただ啞然とするほかなかった。
▽▲▽
「粛清騎士への転属を希望している聖騎士がいる、ですか?」
そのライの言葉に静かにうなずくカーティス。
聖騎士のもう一つの頂と言われる粛清騎士だが、希望者は少ない上に門は狭い。
それはひとえに、任務の厳しさが群を抜いている為に要求される技量が高く、それでもなお殉職率が高いのが理由だ。
スカウトならともかく、粛清騎士を目指す輩など、ほとんどいない。
「リゼ・ハウエルという子だ。彼女の上官曰く、同期の中でも実力は頭一つ抜けているらしい。だが、私も無駄に採用はしたくない」
「それはそうですね。むやみやたらと殉職率は、僕だってあげたくないです」
ライのその返事に、カーティスはうなずき、こう切り出した。
「そこで、彼女の実力を君に見定めてほしい。そして君の眼鏡にかなうようならば、少し鍛えてあげてくれないだろうか」
▽▲▽
それから何時間経過したのだろうか。
時刻は既に夕刻、修練場は赤く染まっていた。
「――じゃあ、ここまでにしようか」
ライは、そう言って剣を収めようとする――しかし。
「ま、まだだ! まだ私はやれる!!」
そこに、リゼがまだ食い下がってきた。
最初に一本を取ってから、数時間休むことなく模擬戦を続けていて、彼女の体力は既に限界のはずだった。
それでも、震えながらも立ち上がるその姿勢、精神性にライはあきれるどころか感心する。
ライが、今回の接触で一番確認したかったのが、彼女の性格と精神性だ。
何故なら、その二つを何よりもライが重要視するからである。
足りない実力は、訓練すればついてくるが、性格や精神性はそうではない。
ソレは、持ち前の素養が大きく関係する為だ。
その点に関しては、リゼはライにとって合格基準を満たしていると言えた。
実力はライに劣ってはいても、それでも食らいつき諦めないその精神性は、過酷で常に格上を相手取る粛清騎士に必要な要素だ。
しかし、それほどまで彼女を駆り立てる感情は何なのだろうか?
「何で貴女は、そこまで頑張れるのですか? もう諦めても誰も責めませんよ?」
「わ、私には粛清騎士になるという目標がある! その為には、こんなところで躓けも立ち止まれもしない!!」
わざとそんな心を折ろうとする言い方で、ライは問う。
そのライに、決意に満ちた瞳を向け、彼女は答える。
「――他国に居た貴方は知らないかもしれませんが、10年前にこの国では、異端アルドラが自称革命軍を率いて反乱を起こそうとした【アルドラの乱】というものがありました」
その言葉を聞いて、冷静さを保っていたライの表情がわずかに硬直する。
【アルドラの乱】。
転生者のアルドラが、自身の力をもってならず者を統率し、王国に牙を剥いた事件。
当時の粛清騎士たちの活躍で、その事件は比較的早期に解決こそしたものの、辺境の村がいくつも犠牲になった。
「私の村は、彼らの進軍を受ける寸善で、粛清騎士の方々によって助けられました。だからこそ、またこのようなことが起きるのを防ぎたい、起きたとしたら今度は私が助けたい」
だからこそ、と彼女は言葉を重ねる。
「だからこそ、私は粛清騎士を目指す! だからこそ、絶対ここであなたに勝つ!!」
そういってリゼは穂先をライに向けて叫ぶ。
自身の譲れない目標の為に、絶対に倒すと叫んだ。
「――そうか。貴女は、間に合ったのですね」
彼女に聞こえないくらいの小さな声で、ライがそう呟いたその時だった。
ドンという大きな振動が、誰もいなくなった修練場に響く。
それと同時に、修練場の隣に建てられた異端審問棟の外壁が破壊される。
その中から土煙と共に現れたのは、体長5mほどの巨体と強靭な四肢、そして指の間に両生類のような水掻きを持った爬虫類のような生物。
「あれは――!」
「竜だな」
その姿を見て、ライは小さく舌打ちする。
おそらくアレは、カーティスの言っていた、ロイドとレオーネが捕獲に向かったという竜だろうとライは予測をつける。
もっとしっかり拘束なり麻酔なりしとけよ、とライは内心毒づく。
突如壁を破って現れた竜は、その深紅の瞳をライとリゼを捉え、咆哮をあげて向かってきた。
「仕方ないな」
そういってライは、一歩前に踏み出す。
「な、なにをしているんですか! 相手は竜ですよ!? 逃げてください!!」
ライのそんな行動に驚愕したリゼは、逃げるように叫ぶ。
竜とは、暴威の象徴。
普通の人間が、太刀打ちできる存在ではない。
「リゼさん、仮にも粛清騎士を目指すのなら落ち着いてください」
しかし、ライは至って冷静に竜に向かって静かに歩を進める。
「――たかだか、竜程度に」
迫りくる竜が、接敵したライに襲い掛かろうとしたその時、盾を真横に振りかぶり、円運動を活かした動きで盾の縁でその下あごを強打する。
そして強打した直後、逆の手で剣を振りかぶり、剣の腹で反対方向から下あごを強烈に打ち据える。
これによって竜あごが強く揺すられたことで、あごの対角線上にある脳が強烈に揺すられ脳震盪が引き起こされる。
「――っ!」
脳震盪で動きの止った隙に、姿勢を低くしそのあごの下に潜り込む。
そして下あご――骨に阻まれて居ない隙間を狙って刃を垂直に突き入れることによって、下から脳を直接突き刺した。
「な、なんて」
唖然とするリゼとは対照的に、何てことなさそうな仕草で剣を抜き取り、振るって血と脳漿を飛ばす。
「リゼ、貴女が目指す場所っていうのはこういう場所ですよ、それでもこれますか?」
「貴方は、一体?」
茫然とするリゼに問われ、一瞬どうしようか迷ったものの、ライは素直に名乗ることにした。
「粛清騎士序列第7位ライ・コーンウェル――貴女が僕と同じところまでやってくることを楽しみにまってますよ」
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