36話.迷いの森

「ねね、とりあえずどこに向かうつもりなの?」


「そういえば言ってなかったね、俺がルインに来る前に少しの間だけ住んでいた森がとりあえずの目的地になるよ」


 アキナに目的地を問われたクロムはそう答えた。

もちろん最終的な目的地は竜人族の隠れ里である。

しかし里の位置を知るわけではないクロムはカオスの助言に従い、その先は出たところ勝負のつもりであった。

仮住居としていた横穴まで行けば何かを感じれる気がする、そんな何の根拠もないしかし確信めいた何か感じてるクロムであった。


「この森の名前って確か<迷いの森>なんだっけ?

 俺はこの森に一か月ほど住んでいたけど、迷ったことなんて記憶にないんだが……」


「えっとね、この森の中は外と比較してマナの濃度が異常なほどに濃い場所なの。

 だから魔力への適性の低い人なんかはマナ酔いと言われるものになって方向感覚を失ってしまいやすいのよ。

 ……だから、普通はこの森に一か月も住むなんて無理なことなのよ?」


「魔力適正の高い、多くの魔力を貯めこんでいる魔物が住む森となっていたから、この森の魔物は味付けなしでも美味かったわけか」


 クロムはアキナの指摘に対してピント外れな返事をしつつ目的の横穴を目指した。

アキナはクロムが以前にこの森に棲んでいたことを聞いてはいた。

しかしそれが異常なことであることをこの森に入ることで再認識するのであった。


 クロムのおかげでステータスが高くなっているアキナはなんとかマナ酔いにはならずに済んでいたが、元々魔術を苦手としている彼女は魔力への適性が低めであった。

そのためにクロムは自身の技能<魔術適正>をアキナに共有しようとした。

しかし転生時にもらった技能は特別なものであるらしく完全な共有はできなかった。

それでも多少は魔力への適性を引き上げることに成功し、少し気持ち悪い程度で済むようになっていた。


「……ありがとね、クロム。

 おかげ様でなんとかなりそうよ。

 湖が見えてきたけど、例の横穴にはそろそろ着きそうなの?」


 クロムたちは仮住居の目の前に広がっていた湖のほとりまで辿り着いていた。

湖に沿うようにして横穴を目指すクロムたち。

そしてクロムは違和感を感じて足を止めた。


「以前生活していた時にはよく来ていた場所ではあるけど……

 この湖の中心から前は感じることがなかった魔力のひずみみたいなものを感じるな……

 ……これがカオスが言っていた今なら気付ける違和感ってやつなのか?」


『おそらくそうでしょうね。

 あんたを通じて僕にもそれが伝わってくるしね』


 クロムが感じた違和感、そしてそれを共有するナビ。

しかしアキナにはそれを感じ取ることはできなかった。

そのことを寂しく感じているアキナに申し訳なく思うクロムであったが、そのことで一つの思いを確信させることにもなった。

この湖の中心に<竜人族の隠れ里>への入り口があるということを。


 クロムは魔力のひずみが湖のどこに発生しているのかを注意深く探ることにした。

その結果、魔力の歪は湖の中心部の湖底に存在しているように感じられた。


「さて、どうやってそんな場所に向かうかね」


「潜る…… しかない?」


「この湖の深さは相当っぽいんだ、まず息がもたないと思うよ。

 仕方ないな、道を作る…… しかないよね」


「え? 道を?? どうやって……」


『洞くつへの穴を掘ったときの応用ってわけ?

 規模が違いすぎるわよ?』


「確かにな、でもあの時にコツは掴んださ。

 今では底なし泥沼の魔術は俺の得意技の一つになってるだろ?

 それに魔術はイメージと言ったのはナビだぞ?

 魔術はいかにできると確信しきれるか、そこが全てなんだと最近感じているよ」


 そういうとクロムは湖のほとりで片膝をつき、湖に右手を突っ込んだ。

そしてクロムは全身から右手へと魔力の流れを作り、右手より膨大な魔力を湖に流し込み始めた。

 続いてクロムはイメージを練り始めた。

自分が今いる場所から湖底にあるであろう隠れ里の入り口までの湖の水を全て排除し、そこまでの一本のまっすぐな道ができあがるのを。

そしてさらにイメージを具体的にするために、旧約聖書に書かれている<モーセの十戒じっかい>、モーセが杖を振り上げると海が2つ割れた様子を思い浮かべる。


 思い浮かべるイメージ、魔力に込めるイメージをより鮮明により具体的にする。

クロムの想いが込められた魔力が湖内いっぱいに広がる。

そしてクロムはより一層の魔力を湖に流し込みつつ、叫んだ。


「湖よ! 俺に道を示せ!!!」


 クロムの魔力がたっぷりと混ざりこんでいる湖はクロムの願いを聞き入れたかのように蠢きうごめき始め、クロムの眼前に一本の道を作り上げたのだった。


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