第12話
旅人がエーカー村に一軒しかない小さな宿屋に滞在してから、早くも四日が過ぎた。
その間、旅人は毎日私の店を訪れては、何かしらの薬を購入して宿に戻って行く――という日々の繰り返しだった。
旅人である彼は『ディア』と名乗った。
これが真名なのか、偽名なのかは分からないが……店に訪れるようになった二日目に、この名前と一緒に、自分の命を救ってくれた薬師を探して旅をしていることを教えてくれた。
ディアさんのフードはまだ目深に被られたままではあるが、何度も顔を合せて、一言、二言と言葉を重ねている内に、少しずつ打ち解けられているような気がした。
――カランカラン。
今日もいつもの時間に、ディアさんが店に現れた。
「ディアさん、いらっしゃいませ。今日は何をお求めですか?」
店内の入口から中に歩みを進めてくるディアさんに向かって声を掛けた。
「そうだな……目の疲れが取れるような薬はあるだろうか?」
「目の疲れですか?ええと、少々お待ち下さい」
カウンターまで歩いて来たディアさんにはその場で待ってもらい、自分だけ薬の並んでいる棚に向う。
……確か、この棚の上の方に。
背伸びをしながら、一番上の棚に向かって手を伸ばした。
もう、少し……。
更に背伸びをしようとすると、私の脇からスッと手が伸びてきた。
「ディアさん?」
「高い所の物をそんな風に無理矢理に取ろうとするのは危ない」
私よりも背の高いディアさんの手は、難なく目薬の入った瓶に向かって伸びた。
――え?
私はポカンとしながら、真横に立つディアさんを見上げた。
「これで良いか?…………どうした?」
「あ、ああ。それです!それで大丈夫です!」
「そうか」
ディアさんは棚から取った瓶を私に渡してきた。
「あ、ありがとうございます!」
――私は内心の動揺を隠すのが精一杯だった。
ディアさんが一番上の棚に手を伸ばした時、目深に被っているフードの隙間から、彼の瞳や顔立ち、髪の毛がチラリと覗き見えた。
彼は……ディアさんは、目深に被ったフードの中に、綺麗な金色の瞳と白銀色の髪。
――息を飲むほどに神々し美貌を隠し持っていたのである。
昔、師匠から教わったことがある。
金色の瞳と白銀の髪。そして、類い稀な美貌の持った『エルフ』という存在を……。
エルフの最大の特徴である尖った耳までは見えなかったが、ディアさんは師匠に教わったエルフの特徴を十分に兼ね備えていた。
この世界において、『森の民』と言われるエルフの存在は崇高的だ。
エルフ達の住んでいる場所を知る者はおらず、彼等は余程のことがない限り人前には姿を表さない。それ故に特別で崇高な存在。
……私達の様な忌み嫌われる魔女とは、違う。
「……店主?」
ディアさんは、黙り込んだ私を気遣わしげに声を掛けてくれる。
その優しさにズキリと胸が痛む。
私はただただエルフの置かれた境遇を羨んでいたというのに……。
「すみません。何でもありません。それよりも、ありがとうございました。お客さんにお手間をお掛けするなんて店主として失格ですね」
私は自分の気持ちを誤魔化すように、小さく舌を出しながら茶化した。
そうしないと、どんな顔をして良いのか分からなかったから……。
「店主……」
「あ、良かったら『リア』って呼んで下さい。ディアさんよりも年下の私に気を使う事はないですよ?」
……そうなのだ。今の私は十代の少女の『リア』でしかない。
ディアさんが本当にエルフであるならば、私との実年齢が近いかもしれないが……それを明かすことはできないのだ。
私は――忌み嫌われる魔女であり、異端の魔女なのだから。
――その時。
「……ロザリア!!」
今までの空気や何もかもをぶち壊す勢いで、店の入口が勢いよく開け放たれた。
え……?
驚く私の視界に入り込んできたのは――――。
「……カイト?」
そう。カイトだった。
驚いた衝撃から呆然と固まって動けない私の方へ、ズカズカと歩みを進めて来たカイトは、私を背後に押しやり、ディアの視線から隠す様に目の前に立ち塞がった。
「カイト…………帰ったの?」
「ああ。ただいま」
私を自らの背に庇いながら振り向き、いつもの明るい笑顔を浮かべるカイトに『おかえり』と言いかけた私は、今の状況を思い出した。
カイトの想いが私に向いていた事に気付いた一件以来、私達はずっと気まずい関係になってしまっていた。
第三者がいれば何となく普通に話せるが、二人きりになると何も話せなくなる。
……そんな気まずい関係。
以前のような気安い関係に戻りたいが……進んでしまった時はもう戻らない。
何も知らなかった二人には戻れないのだ。
そんな中――カイト達は数週間前に、また王都へ買い出しに行っていたのだ。
今回は前回よりも色々仕入れたい物があった為に、長旅になるのだとカイトの幼馴染み兼、この店の常連で尚且つ妊娠中のソラーナが教えてくれた。
だから、買い出しの為にエーカー村を離れていたカイトは、ディアさんの存在を知る由もなかったのだ。
「……今回も無事で良かった」
「うん。ありがとう」
ホッと安堵の溜息を漏すと、カイトがまた笑み浮かべた。
「……それで、あんたはどうしてココに居るんだ?」
そして、今までの柔和なカイトの顔とは真逆である、怖い顔をしながらディアさんを睨み付けた。
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