第11話
カランカラン。
「いらっしゃいませ――」
今日は誰が来たのだろう?と、そう思いながら店の入口へ視線を向けた私は、思わず息を潜めた。
それは、店の中に入って来たのが、深緑色のマントを目深く被った長身の見知らぬ人だったからだ。
身に付けている服装から、その人が旅人であることは分かるが……。
――珍しい。
エーカー村は、いわゆる素通りの村だ。
食事処や店はあるが、小さな宿屋が一軒しかない。
ここから北に一時間程歩いた隣村の方が、宿屋も大きく、店屋もたくさんあるので、この村に用事が無い人々は利便性を考え、そのまま素通りして隣村へ行ってしまう。
これが、エーカー村が素通りの村と言われるようになった由縁である。
だからこそ、ここは私のような忌み嫌われる魔女にとって、とても都合の良い場所なのだ。……人々の往来が少ない方が見付かる可能性が少ないから。
素通りの村から、更に少し離れた森の中にひっそりと隠れるようにして、この店はある。
その為に、村人以外の客が訪れることが稀なのだ。
それなのに、何故……?
エーカー村の人間ではない稀な客の大抵は、村人達の知人や関係者であり、ここへは村人と一緒に連れ立って来るのが常なので、こんな風に一人で来る者はいない……。
突然訪れた見知らぬ来店客に、動揺している私の気持ちなんて微塵にも気付かない旅人は、マントのフードを落とすこともせず、フードを目深に被ったまま店内を眺め始めた。
栄養剤、傷薬、腹痛薬に万能薬――。
それぞれの薬の入った瓶を一つ一つ興味深そうに眺めては、棚に戻す。
そんなに品数の多い薬屋でもないのにもかかわらず、旅人は既に三十分以上もこの店に留まっている。
……何が目的なの?
いつでも攻撃魔法が使えるように準備をしながら、私は旅人の一挙一動を伺っていた。
目の前にいる旅人は、私にとって今一番警戒すべき不審な人物でしかない。
もう……いっそのこと、自分から話し掛けてみようか?
――そう思い始めた時。
旅人がくるりと、こちらを振り返った。
「失礼。ここの薬は全部あなたが?」
旅人の手元には、とある薬の瓶が握られていた。
「……他の町から仕入れた物がほとんどですが、中には私が作った物もあります」
私は微笑みながら嘘をついた。
ほとんど全部自分で作っているが、この店の中には他の町から仕入れた薬が、一種類だけ混じっている。
今、旅人の手にあるのがソレだ。
あながち嘘ではないが……。
『嘘をつく時に真実を含めると良い』。
師匠から学んだ処世術である。
見知らぬ相手に自分が魔女であることを決して悟られてはならないからだ。
薬を作れるのは、なにも魔女だけではない。単に魔女の薬の方が、より強力な効果が付与された薬を作れるだけであって、普通の人間にも薬は調合できる。私はそのことを利用した。
――因みに、旅人が手にした物は、おまじないコーナーに置いてある【願いが叶う】という薬である。この手の薬は、どんなに頼まれても私は決して作らない。
魔女が本気で作ったなら、惚れ薬に限らず人の心なんて思いのままに操れる。
師匠は、人の心を操る薬を作ることを禁じていたし、私自身も師匠のその意見に賛成だったので、頼まれても絶対に作らない。
人の心はままならないからこそ――自由で面白いのだ。
しかし、恋するお年頃の少女達はそうはいかないらしい。誰かの後押しや、きっかけを必要としていることが多々ある。
そんな時にオススメするのが【願いが叶う】薬である。
勿論、これが気休めであることは周知させているし、私が作ったとは言っていない。
少女達の身体には影響のない、ただの滋養強壮剤なのは確認済みだ。
それでも、思い込みの激しい少女達には効果てきめんらしいので、不思議なものだ。
「……そうか」
旅人は何かに納得したかの様に大きく頷くと、手に持っていた【願いが叶う】薬を元の棚に戻すと、近くにあった頭痛薬を取ってカウンターの上に置いた。
「これを貰おう」
「……ありがとうございます」
旅人の様子は気になったものの、余計なことを言ってトラブルが起きるのも怖いので、敢えて何も聞かなかった。
どうせこれでもう会うことも無いだろう、と思ったからだ。
――なのに。
「これをくれ」
カウンターの上に腹痛止めの薬を置いたのは、昨日の旅人だった。
「あ、ありがとうございます」
私は顔を引きつらせないように意識をしながら笑うのが精一杯だった。
……どうして、今日も買いに来たんだろう?
頭の中を占めるのは数々の疑問だ。
何だったら、昨日買って行けば良かったじゃないか……と。
いや、しかし、『一晩経ってみたら、やはり腹痛薬も欲しくなった』という心の変化も否めない。
……こんな珍しいこともあるのか。
自分を納得させる為に、そう結論付けた。
――なのに。
な・の・に、だ。
旅人はその次の日も店にやって来た。
因みに、今日は疲労回復薬を買って行った。
……おかしい。
この旅人は素通りの村に、いつまで滞在するつもりなのだろうか?
こんなことは、私と師匠がこの村に住み着いてから初めてのことだった。
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