第9話

この日は晴天で、若い二人の門出にピッタリの日となった。


太陽の下、真っ白なレースのドレスを着て微笑むソラーナは、今までの彼女の人生で一番綺麗で美しく見えた。それもそのはずである。ソラーナは幸せの真っ只中にいるのだ。

そんなソラーナの横で微笑むディアンもまた、今までの人生の中で一番幸せな笑みを浮かべていたことだろう。


私はそんな幸せそうな二人の顔を心ゆくまで見てから、クルリと踵を返した。


――今日は二人の結婚式だ。

結婚式が終わったら、私の店で披露宴をする予定なのだ。

つまり……私にはやることが沢山あるのだ。


二人の幸せそうな顔を肴にお酒を飲みながら、いつまでも眺めていたいのだが、残念ながらそんな余裕はない。



カランカラン。

急いで店に帰った私は、帰って来るなりパチンと指を一回鳴らした。

これで昼の薬屋から夜用の居酒屋仕様へと内装が変わった。


実は……店の仕様を変更するのに時間は関係なかったりする。

全ては私の気分次第だ。


「リリー。お願い、手伝って?」

『にゃーん?』

擦り寄るリリに向かって、またパチンと指を鳴らせば、黒いお耳の可愛い女の子へと変身した。

リリもまたこうして時間を関係なくして変身することが出来るのだ。


『変わる』ことに時間が関係するのは…………私だけ。


「お帰りなさい。ご主人様。リリは何をしたら良いですか?」

人型になったリリは笑顔で首を傾げた。


たくさんの村人達へのご馳走と……ウエディングケーキ。

そんなに豪華な物は作れないが、私がソラーナに用意をしてあげようと思ったものだ。


食事はバイキング式にして、食べたい物を各自が好きなだけ食べられる様にする予定だ。セルフサービスの方が大人数相手には何かと都合が良い。

用意だけしておけば、給仕も必要ないから。


そして私も祝い酒を飲める!これ大事!!

今日ばかりは後片付けを魔術頼みにして、思う存分楽しいお酒を飲むのだ!!


ふふふっ。想像するだけで披露宴が楽しみになる。

勿論!ソラーナ達が一番だよ!?


ソラーナと言えば、慣れないウエディングドレスを着て、更に緊張と幸せ気分からお腹も胸も一杯になっているであろうから、一口サイズの軽食を用意しようと思っている。それに、一口サイズならば口紅が落ちることを気にしなくても良いし。


――こうして披露宴の用意をするのは、ソラーナ達が初めてではない。

たくさんの村人達の幸せを祝い……それ以上にたくさん見送った。

そう思えば、何と感慨深いことか……。


「ご主人様?」

「あ、ああ……ごめん。早く用意をしないとね」

私は苦笑いを浮かべながら、布袋をリリに手渡した。


布袋の中には、一口大に切った鶏肉の他に、胡椒等の数種類の調味料が入っている。


因みに……布の袋ではあるが防水・耐性の魔術を付与してあるなので染みてくることはない。


「これを少しの間揉んでくれる?」

「揉む……ですか?」

「そうすると味が染みこみやすくなるんだー」

味が染み込んだら、たくさんの油でカラッと揚げると、『みんな大好き鶏の唐揚げの完成――!』である。


小麦粉をよく混ぜて円形に伸ばして具材を散らし、最後に沢山のチーズを乗せてオーブンで焼いたピザ。

クルミやドラーフルーツを和えた野菜のサラダ。

フワフワ卵のオムレツ、チーズやプチトマトの載ったクラッカーなどのつまみも用意していく。

お酒が飲めない人達の為のレモン水も用意しなければ……。


やることはまだまだいっぱいだ。


「リリー、それが終わったらこっちをお願いー!」

「はーい!」

リリと二人で協力しながらたくさんの料理を準備していく。



カランカラン。

私とリリが慌ただしく準備をしている店内に入って来たのはカイトだった。


「何か手伝おうか?」


……助かる!非常に助かる!!


「カイト、ごめん。表にテーブルと椅子を並べてくれるかな?」

カイトの好意に甘えて、店の中のテーブルや椅子を外に運んでもらった。


そうこうしている内にあっという間に時間は過ぎ――――。


「リア姉ー。ディアン達が来たぞー?」

カイトが呼びに来るまで、ついつい調理に没頭してしまっていた。


「え?あ、待って……! あと少し…………っと。よし!出来た!」

私はふうっと息を吐きながらうっすらと額に浮かんでいた汗を拭った。


「おおっー!力作だな!!」

「でしょう?」

私の手元を覗き込んで来たカイトに笑い返すと、私と目が合ったカイトの顔が何故か赤く染まった。


「……どうしたの?これも運んでくれる?」 

首を傾げると、カイトはフイッと視線を逸らした。


「カイト……?」

「あ……ああ、分かった」

「くれぐれも気を付けてね!?」

「……分かってるって!」

そう、ぶっきらぼうに言ったカイトは、私の手元から引ったくる様にしてケーキを持ち上げた。


ケーキを持ったカイトがお店から出て行くと、外からワーッと大きな歓声が上がった。嬉しそうなソラーナの声も聞こえる。


「リア姉早くー!」

「始めるぞー!」

外から私を呼ぶ声がしたが……私はなかなか外に出られなかった。


さっき……カイトの顔……すごく近かった。


咄嗟に、何事もない様に冷静に対応をした後遺症が遅れてやってきたのだ。


こんなに動揺するなんて……。私は、十代の少女か!!


「今行くよー!」

私はパンと軽く両頬を叩いて、自分自身に活を入れた。


***


「リア姉遅いよー」

綺麗な花嫁姿のソラーナが頬を膨らませていた。


「幸せな花嫁がそんな顔しないのー」

ソラーナに近付いた私は、パンパンに膨らんだその頬を指でつついた。


「「……ぷっ!!」」

「へへっ」

「ふふっ」

一緒に吹き出した私とソラーナは向かい合いながら笑った。


「ありがとう。こんなにたくさんのご馳走と……綺麗で凄いケーキを用意してくれて。すっごく大変だったでしょ?」

「んーん。全然。大切なソラーナ達の為だもん。それよりも、今日はおめでとう。幸せになってね」

「リア姉……」 

「ほらほら!みんな見てるんだから主役の花嫁は笑って!」

私は笑いながらディアンにナイフを渡した。


「はい。これで二人でケーキを切って。夫婦になってから初めての共同作業だよ」

私からナイフを受け取ったディアンとソラーナは互いに頷き合い、二人で一つのナイフを持った。


「わあー……!!」

「幸せになれよー!」

「ディアン、ソラーナを絶対に幸せにしろよー!」

二人がケーキを切ると、大きな歓声と拍手。そして激励の声が上がった。


食紅で色付けした飴で作った大輪の青い花をふんだんにデコレーションしたケーキだ。どこを切っても青が残るように……幸せのお裾わけが出来るケーキにした。


目の前の二人は幸せそうな顔で、ケーキをお互いに食べさせ合っている。


「良かったな」

「カイト……」

「まあ、飲んだら?」

「じゃあ……お言葉に甘えて」

カイトが持って来てくれたグラスを受け取った私は、カイトと小さく乾杯をしてから中身を傾けた。


今日は二人を祝福する為に、ピリッと弾けるシャンパンを用意した。


パチパチとした喉を通り抜ける炭酸が心地良い。

まだ一口しか飲んでないのに酔ってしまいそうだ。


「幸せそう……」

私は素直な感想をポツリと漏した。

「……ロ、ロザリア、あのさ……」

カイトを見ると、カイトは顔を赤くしながら頭を掻いていた。


そんなカイトを見ていると、私の頬が徐々にまた熱を持って行くのが分かった。


――そして、私はカイトが言いたいことに思い至ってしまった。


「幸せになりたいなら……俺」

……駄目だ。カイトにこの先を言わせたらいけない。


「あー、次はカイトの番かなー?その時はちゃんと教えてよね?ソラーナ達みたいに盛大にお祝いするからね!」

カイトの言葉を遮ってニコッと笑うと……一瞬、カイトが酷く傷付いた顔をした。


しかし、次の瞬間にはいつも通りの明るいカイトに戻っていた。


「あ、ああ……そん時は頼むよ。


……。

自分で突き放したくせに……胸がズキズキと痛む。


「俺……ディアンの所に行って来るから」

「う、うん!行ってらっしゃい」

私は精一杯の笑顔を作ってカイトを見送った。


持ち前の明るい笑顔で、すぐにディアンやソラーナ達の輪の中に溶け込んでしまえるカイト。


――人間と魔女。

カイトと私とでは、年齢も住む世界も全てが違い過ぎる……。


リスクしかない私と一緒になることは……きっとカイトを不幸にする。

私はそれを目の当たりにするのが怖い。


……だから、先に逃げたのだ。


ごめん、カイト……ごめん。逃げてごめん……。

好意を向けられて嬉しかった。

だけど…………私は……。

私はグラスを持っていない片手をギュッと握り締めた。



幸せになりたいと願っているのに……怖くて一歩も踏み出せずにいる私は、凄くずるい存在だ。

幸せになろうとしていない私には、カイトが眩しすぎた。勿体なさ過ぎたんだ。

……ごめん。謝って済む問題じゃなけど……ホントにごめん。



――――私は残りのシャンパンをぐいっと勢いよく呷った。

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