第8話

カランカラン。


「ただいまー!」

扉に付いた鐘の音と共に、店内に元気な声が響いた。

外からひょっこりと顔を覗かせたのはカイトだった。


「カイト!お帰りなさい!」

カウンターで薬の在庫を確認していた私は、持っていた在庫表を放り出してカイトのいる方へ駆け寄った。


「大丈夫だった?危ない目とかには合わなかった?」

背伸びをしながらカイトの周りをグルリと回る。


見える範囲に目立った傷跡は見当たらない。

良かった……。

私はホッと安堵の溜め息を吐いた。

水鏡で無事な姿を確認してはいたが、実際に自分の目で確認しないとどうにも落ち着かなかったのだ。


「……相変わらず心配性だな」

「これは私の勝手だから、良いの!」

カイトは苦笑いを浮かべたが、私は頬を膨らませた。


普通の人間は魔女の様に長生き出来ないのだから、心配になるのは仕方がないと思う。

この世界の人間の平均寿命は七十歳前後と長生きではあるが、不慮の事故や病気等で短命になってしまう人も多い。私の様な魔女が村や街にいれば救える命もあるというのに……。


この村の様に、人間と魔女が共存出来る場所があれば良いのに、とずっと思っていた。攻撃的な魔女がいないとは言わないが、基本的に魔女はマイペースである。

勿論、人間や知能の高い生き物を食べたりもしない。

なのに、嫌われてしまう……。


私は稀少であるこの村で、いつまでも皆と一緒に暮らしたいと思うが……万が一にでも私の存在が公にされ、この村の人々に迷惑をかけるようになるならば、私は悪者になってでも村を去ろうと思っている。

……これは師匠との約束でもある。


【魔女】はうとまれる者。

そのことを決して忘れてはならない。誰かの重荷や枷にはなってはいけない。

恩には恩を。義には義を。

私が去ってもエーカー村に憂いが起きないように……歴代の村長には秘密の鍵を繋いでもらってある。


私が今住んでいるこの家の地下深く――例え、家が焼き払われても地下が残るように作ったその場所に、様々な薬品を貯蔵し続けてきた。

空間維持のまじないをかけてあるから、劣化せずにいつまでも保存が可能だ。

風邪、頭痛、腹痛、擦り傷、切り傷、欠損回復薬といった万能薬も用意済みである。


「あ、そういえば……俺達は大丈夫だったけど、王都の近くで大怪我を負って死にそうな旅人風の男がいたんだ」

「……え?それで、その人は……どうなったの?」

見ず知らずの人であっても、誰かが為す術もなく死んでしまうのは心苦しく感じる。

尋ねた私をカイトは微妙な顔で見つめている。


「……カイト?」

「あー……ええーと。そのことでリア姉に謝らないといけないんだけど……」

歯切れの悪いカイト。


「……何?どうして私に謝るの?」

ここで私に謝る意味が分からない。


私が首を傾げると、困った様に頬を掻いたカイトが急に私に頭を下げてきた。


「ごめん!!リア姉がくれたあの薬をその旅人に使ったんだ!」

と聞いて私の頭にすぐに浮かんだのは、出発前にカイトに渡した万能薬だ。


「どう見ても助かりそうになくて……その時に、リア姉に渡された薬の存在を思い出したんだ」

「……それで?」

「へっ?……それでって?」

「だから、その人はどうなったの?」

カイトから視線を離さないまま詰め寄ると、カイトがたじろいだ様に一歩身体を引かせた。


「ええと……助かったよ?」

カイトのその言葉を聞いた私は心の底から安堵した。強張っていた顔が弛む。


「良かった……」

「……怒らないの?」

「どうして怒らないといけないの?」

私はキョトンと首を傾げた。


「だってアレ……だろ?」


……ここで私はやっとカイトの言いたいことに気が付いた。


確かにアレは特別だ。だけど……。

「良いの。カイトならきちんと使うべき時に使ってくれるって、そう信じてたから」

私はカイトを安心させる様に微笑んだ。


「誰かは分からないけど、私の薬が役に立って良かった。死ななくて良かった……」

これは心からの私の本心だ。


「だからそんなに気にしないで?」

泣きそうな大きな子供みたいなカイトに苦笑いを向ける。


「迷わずに薬を使ってくれてありがとう」

「リア姉……」

キュッと唇を噛んだカイトは一瞬だけ顔を俯けた後に、ガバッと勢い良く顔を上げた。


「でも!リア姉のことは話してないし、バレる様なこともしてない!!だから……心配しないで欲しいんだ!」

ギュッと私の両手を握るカイト。


「うん。分かってる」

私はその手を握り返した。


――その時。


カランカラン。

扉に付いている鐘が鳴った。


驚いたカイトは、バッと私から手を離して身を引いた。


「……あれ?もしかしなくても邪魔しちゃった……かな?」

ひよっこりと店の中に顔を覗かせたソラーナがバツの悪そうな顔をしている。


「大丈夫だよ」

何故か顔を逸らしているカイトを横目に見ながら、私はソラーナに笑いかけた。


「それよりも……どうしたの?ソラーナ」

ソラーナは再会を果たした幼馴染み兼想い人のディアンと、お互いの気持ちを確かめあっている頃合いではないのだろうか?

それがどうして……ココに?

そんな私が感じた疑問は、すぐに解消された。


「リア姉。久し振りー。相変わらず可愛いね」

ソラーナの後ろから笑顔のディアンが顔を覗かせたからだ。


「ディアン!おかえりなさい。……少し性格が軽くなったんじゃない?」

サラッと『可愛い』と言われたが、冗談でもソラーナの前で言うことではない。


「酷いな!俺はソラーナ一筋だ!」

苦笑いを浮かべながらソラーナの横に並ぶディアンは、そっとソラーナの手を握った。


「だったら、ソラーナの目の前で他の女のことを褒めたりしないのー!」

「分かってるよ。リア姉のそういう所も相変わらずだなー」

私達のやり取りを楽しそうに見ているソラーナは、とても穏やかな顔をしている。


「ソラーナ、良かったね」

「うん。色々ありがとう」

幸せそうに微笑むソラーナの頬がほんのりと赤く染まった。


……良かった。本当に良かった。

二人が並んでいる姿に胸がジーンと熱くなる。油断すると瞳が潤んでしまいそうだ。


「リア姉にお願いがあるんだ」

「お願い?」

私はディアンとソラーナを交互に見た。


「結婚式の後に、ここで披露宴をしても良いかな?」

「披露宴……?」

「うん。ダメ?」

「私は構わないけど……ここで良いの?」

「勿論!リア姉にお願いしたいんだ」

ディアンの言葉にソラーナが大きく頷く。


……純粋に嬉しい。

私が二人の為に出来るのは美味しいご馳走を作ってあげること位しか出来ないから。


「リア姉。良いだろ?」

ポンと後ろから私の両肩をカイトが叩く。


「勿論!私で良ければ……!」

呆然と喜びを噛み締めていた私は、二人に返事をするのをすっかり忘れてしまっていた。そんな私の背中をカイトは押してくれた。


「やったー!」

「ありがとう!リア姉!!」

ディアンとソラーナは向かい合って笑い合っている。


「ありがとう。リア姉。二人の友達の俺からもお礼を言わせてくれ」

「お礼だなんて……まだ引き受けただけだし」

「うん。それでもありがとう」

ニコッと微笑むカイトに私は一瞬ドキッとした。


子供だと思っていたが、カイトもいつ誰かと結婚してもおかしくない年なのだと、私はこの時に気付いた。

いつか……カイトも想い合う相手とこんな風に……。

想像すると胸が少しだけ痛んだ。


みんな私を置いて先にいってしまう…………。

喜びと一緒に切なさにも似た痛みを噛み締めた。

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