第7話
「リアお姉ちゃん、こっちにも虫がいたよ!」
「……ありがとう!」
鼻の頭に泥を付けたアレンが、ドヤ顔で掲げた虫を見せてくれるのだが……。
うん……。お姉ちゃん、それは出来れば見たくない分類の虫だなぁ……ソレ。
うごうごと蠢くイモムシ。
殺しはしないが、大切な薬草の葉を食い散らかされるのは嫌なので、捕まえたら森の中に放すことにしている。
森で生活していると様々な虫とはどうしても関わらなければならないし、魔女である以上、薬作り等に必要な虫もいるが……。
長生きしていたって苦手なものは苦手である。
「アレンがいてくれて本当に助かったよー!」
薬草園のお世話を終えた私は、心の底からそう思った。
「えへへ。いつでも言ってよ。リアお姉ちゃんのお手伝いなら何でもするからさ!」
アレンは鼻の頭に付いた泥をこすりながらニカッと笑った。
すっごい良い子……!!
心の底から頼りになるアレンを私は思わず抱き締めた。
「わっ……!苦しいよぉ……!」
「あははっ。ごめん、ごめん。そうだ!ビゼフさんの腕は大丈夫そう?」
「うん!リアお姉ちゃんの薬のお陰だよ!ありがとう!」
嬉しそうに笑うアレンの表情から、ビゼフさんの経過が良好であることが読み取れた。
今から一週間程前に、父親であるビゼフさんの負傷した左腕に残る毒を心配したアレンが、私の裏庭にある薬草園から毒消し草を盗ってしまったことがあった。
アレンには労働という建前の対価を払ってもらい、代わりに薬を渡したのだが……それからちょこちょこと、アレンはこうして私の手伝いをしてくれる様になったのだ。
「今日も暑かったでしょ。はい、どうぞー」
アレンを腕の中から解放した私は、冷やしておいたレモネードをグラスに注いでアレンに手渡した。
「うわぁ!ありがとう!!」
アレンは笑顔でそれを受け取った。
「冷たくて美味しいー!」
「ふふっ。良かった」
ゴクゴクと一気にレモネードを飲み干すアレンを横目に見ながら、私は自分のレモネードに口を付けた。
うん。冷たくて美味しい。
やっぱり、暑い日はこれだよね!
自分の分を飲み終え、いつの間にか私をジッと見ていたアレンが『そう言えば……』と唐突に話し始めた。
「カイト兄ちゃん達、後二日位で村に着くだろうってお父さんが言ってたよ」
「へえー。そうなの?」
「うん。先触れが届いたんだってー!」
先触れか……。
どうやらカイト達は何事もなく無事に帰って来れそうだ。
嬉しい知らせに、私はホッと安堵の溜息を吐いた。
カイトが帰って来るということは、ディアンも一緒に帰って来るということだから、ソラーナはすごく喜ぶだろうな。
再会した二人を想像するとつい口元がにやけてしまう。
「あっ!リアお姉ちゃんニヤニヤしてるー!……カイト兄が帰って来るの嬉しい?」
「ん?カイト?ああ、そうだね。無事に帰って来てくれるのは嬉しいよー」
ニコッと微笑むと、何故だかアレンが微妙な顔をした。
……その、苦虫を噛み潰した様な、困った様な顔をしているのはどうして?
「アレン?」
「あっ……ええと……、何でもない!」
アレンは瞳を見開いた後に、苦笑いを浮かべながら両手を胸元でブンブンと大きく振り始めた。
……何かを誤魔化された気がする。
カイトが無事に帰って来てくれるということ以外に、何か特別なことがあっただろうか?
私は意味が分からずに首を傾げた。
必死に誤魔化そうとしているアレンの様子からして、追求したところできっと教えてくはれないのだろう。
そう思った私は、これ以上この話題に触れるのを止め、お代わりのレモネードをアレンのグラスに注いだ。
「カイト兄……全く意識されてないじゃん」
「……ん?何か言った?」
グラスを口元に付けたままアレンが何かを呟いたが、くぐもっていて私には聞き取れなかった。
「何も言ってないよ!?これ、本当においしいね!」
「そっか。沢山飲んでね」
休憩が終わったら空いている場所の土を起こして、薬味にもなる薬草でも植えようかな……。
それともソラーナ達の結婚式用にいっそのことキレイな花の種でも蒔いてみようか?
うん、うん。我ながらそれは良い考えかもしれない。
確か師匠と一緒に旅をしていた時に手に入れた、青い花の種があったはずだ。
【サムシングブルー】
花嫁が結婚式をする時に身に付けると幸せになれるというアイテムの一つ。
私からの贈り物は青い花のブーケにしよう。
……気が早いって?
いえいえ、魔女の直感は当たるのです。そして二人はいつまでも幸せに暮らすのだ。
「アレン、休憩終わったら花の種を植えたいのだけど手伝ってくれる?」
「良いよ!ミミズ欲しい?」
「んー、畑じゃないからミミズはいらないかな……」
私が欲しいと言ったら、どこからか見付けて来てくれるみたいだった。
……その気持ちだけありがたく受け取っておくよ。
***
「ありがとうー!今日もすごく助かったよ」
種を植える為に土を起こし、フワフワになった土に少しの肥料を混ぜ、種を植える。
この一連の作業はなかなか腰に来るのだ……。
見た目はまだ若く見える私も、もうなかなかなお年頃なのだ。
中腰の状態から真っ直ぐに立ち上がった私は、そのまま大きく背伸びをした。
ううっ……身体中がバキバキする。
明日は筋肉痛の予感がする私に比べ……。
「楽しかったから大丈夫!」
アレンは流石に若いだけあってケロッとしている。
これが若さか……。
フッと顔に影が掛かりそうになったが、そんなことをしている場合ではない。
「あ、ちょっと待っててね」
帰りそうになっていたアレンを呼び止めた私は裏口から家の中に入り、台所から少し大きめな深い容器を持って出て来た。
「今日のお通し様に作った物だけど良かったら持って行って。夕飯の足しにしてってお母さんに伝えてね。あ、でも、ちょっと重くてごめんね」
「わあー!鶏肉煮たやつだ!!全然重くないからへっちゃらだよ!リアお姉ちゃんが作ったこれ大好きー!ありがとー!」
「へへっ。喜んでもらえて良かった」
キラキラと瞳を輝かせるアレン。犬の尻尾が付いていたらきっとブンブンと大きく左右に振れているだろう。
こんなに喜んでくれるなら作った甲斐があったというものだ。
育ち盛りはやっぱりお肉が大好きだよね!
「じゃあ、またねー!」
鶏の手羽元を甘辛く煮込んだ物が入った容器を大事そうに抱えながら、アレンは帰って行った。
『今日のお通しはこれだって宣伝しておくね!!』
と手を振りながら。
……何という頼もしい子!素敵!
私は笑いながらアレンが見えなくなるまで手を振り続けた。
「……さて、夜の準備をしますか!」
私はもう一度大きく伸びをしてから、家の中に入って行った。
――アレンの宣伝効果により、この夜の『ワルプルギスの夜』が繁盛したのは余談である。
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