第5話ー③

この世界に存在するの魔女の多くは、薬作りを最も得意とする者と、魔術を最も得意とする者との二つに分かれる。


どちらの能力にひいでているかは、魔術を発動させれば簡単に知ることが出来る。


薬作りに秀でた者は、両手の親指から手首にかけてつた模様が浮かび上がり、魔術に秀でた者には、同じ場所に大輪の花模様が浮かび上がる。


師匠が薬を作る時には、親指から手首にかけて長い蔦模様と右手にだけ一輪の大きな花が浮かび上がっていた。

師匠は薬作りに秀でた魔女だったが、魔術も普通に使えたのだ。

そんな師匠は、偉大なる大魔女であった。


私は師匠の両手の浮かぶ模様……紋章を見るのが大好きだった。


師匠は、捨てられていた赤子わたしを初めて見た時から、自分と同じ魔女であることに気付いていたそうだ。

魔女の習わし通りに四歳になった時に、初めて魔術の発動の仕方を教えてくれた。


その時の私の親指に浮かんだのは、蔦模様でも大輪の花模様でもなく――『片羽の蝶』だった。

魔力を発動させ、両手の親指を合わせると一匹の蝶になるという不思議な模様。


……あの時の師匠の様子は今でも覚えている。

痛みを堪えるかの様な辛そうな顔と、私を抱き締める両手は小刻みに震えていた。

当時の私にはどうして師匠がそんな顔をするのかが全く分からなかった、が。


――――それから少し時が流れ。

私が二十歳を迎えた頃、いきなり身体に変化が起きた。

 

二十歳といっても長寿の魔女からすれば、まだまだ子供である。

外見の年齢は人の子で言えば十歳位でしかない。

その幼い身体が、夜になると勝手に大人の姿へ変わる様になってしまったのだ。


予想外のことに私は酷く混乱したが、師匠は意外にも冷静だった。

不安がって泣く私を『大丈夫』とそう何度も言いながら抱き締めてくれた。


師匠は、恐らく私の出生に関わる何らかのことの確証を得ていたのではないかと思っているが、師匠はそれを最期まで絶対に教えてはくれなかったし、何にも書き残してはいかなかった……。


頼りになる師匠の元で色々と試した結果。

子供の姿をした『リア』は魔術が得意で、大人の姿をした『ローザ』は薬作りが得意だということが分かった。


――そして、同時に自分がだという事実に気付かされた。


どの魔術書を見ても、残されている魔女の肖像画を見ても……『片羽の蝶』を持つ魔女なんて見つからなかったし、変身の魔術を意図的に使わずに、勝手に伸びたり縮んだりする魔女なんか存在しなかったから。


エーカー村に住むようになってからは、昼のリアが薬を作るようにしている。

それも師匠の指示による。薬を作るのは、リアで十分なのだ。

ローザでは効果が強力になり過ぎてしまう。


そもそも人間の身体には治癒力が備わっていて、強力な薬に頼り過ぎるとその力が弱まったり、消えてしまうことがあるのだ。

万が一を考えて、ローザが作った万能薬等の作り置きはしているが、今のところは使わずに済んでいる。


先日、カイトに渡した薬は特別だ。

自分の手の届かない所で誰かを失うのは耐え切れないから……。


そんな風に私の為に、師匠が使用を禁じた能力は他にもあるが……この平和な村に住んでいる限りは使用する機会はそうそう訪れないだろう。


 ****


水鏡に流していた魔力を徐々に増やしていくと、そこに映るカイトとディアンの声が徐々に鮮明に聞こえて来た。


『……ん…………か?』

『…………だ。…………』

『……エーカー村に帰るなら一緒に帰ろうぜ』

『良いのか?』

『勿論だ。帰り道は期待してるからな』

『カイト……お前、傭兵をただ働きさせるつもりかよ』

『はははっ。俺とお前の仲だろうが!』

『まあな……。仕方無い。じゃあ、帰ったら一杯奢れよ?』

五年振りの再会だろうに、カイトとディアンの会話は以前と何も変わった様子もなく思えた。昔から相変わらず仲が良いままだ。


「……懐かしい、ディアンの声だ……。ってあれ、帰って……来るの!?」

 二人の様子をソラーナが瞳を輝かせながら見ている。


ソラーナの嬉しそうな顔を見ていると、師匠の言い付けを破った罪悪感が薄れる様な気がしたが、このまま長く使用し続けるのは色々と危険だ。


ソラーナにこのことを何と説明しようかと考え始めた時……。


突然、ソラーナがスクッと立ち上がった。

「リア姉。……言うことを聞かずに困らせてごめんなさい!」

眉間に皺を寄せながら頭を下げて来るソラーナの頭を優しく撫でながら、私は首を横に大きく振った。


「妹みたいに大切に思っているソラーナが笑顔になれるなら良いよ」

「リア姉……」

何度も言うが、この村の人々はみんな私の家族の様なものだ。

その家族達が幸せになれたなら、それで構わない。


「……ありがとう」

ニッコリ微笑んだ瞳は、うれし涙で滲んでいた。


「私、おばさんにディアンのことを伝えて来る……!」

スッと目の端を拭ったソラーナは、もう一度私に深く頭を下げてから勢いよく踵を返した。そしてそのまま駆け出して行った。

その横顔は嬉しくて堪らないといったキラキラとした笑顔をしていた。


ふふっ。

あの子は小さな頃から全然変わらないな。元気で素直な優しい子。

ソラーナには、心から愛した人と結ばれて幸せになって欲しい。



『それにしても、五年も帰らなかったのに、急にどんな心境の変化だよ』

『……ああ。やっと自信が付いたんだ』

『自信?』

『俺、ソラーナにプロポーズする!その為に帰るんだ』

『やっとかよ……。ソラーナには村長の息子のカースとの縁談が出てるらしいぞ』

『俺は臆病だからさ。幸せに出来る保証がないのに……ソラーナには言えなかったんだ。って……何だって!?カースと縁談!?』

『ギリギリ間に合って良かったな』

『マジかよ……。危なかった』

『お前……ソラーナが幾つになったと思ってんだよ。さっさと早く幸せにしてやれ。……って言ってもソラーナにその気が無かったらどうするんだよ?』

『……うっ。その時は慰めてくれ……!』

『ははは。まあ、精々当たって砕けろよ!傭兵様!』

『おい!!』

『……』

『…』

私は魔術の発動を止めて、両手を下ろした。


頬が緩むのを止められない。

近々、ソラーナとディアンから良い報告が来るだろう。


二人の為に特別なお酒と料理を用意しよう。

――――私はそう思った。

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