第4話

カイトが王都へ立ってから数日後――。


今日は天気も良いので、久し振りに店の裏庭にある薬草園の手入れをすることにした。


昼間のリリには店番を頼むことができないので、店先にはちゃんと『ご用の際には裏庭へ』と貼り紙をしておいた。


さあ、これで大丈夫!

そもそも薬屋なんて暇な方が良いのだ。


日射し除けにスカーフをかぶり、服装は動きやすいズボンにした。

ズボンと言っても、ぴったりと足のラインの出るものではなく、ふんわりと丸みを帯びたデザインなので、女子が履いていても何らおかしくない。


裁縫が得意な村娘のマチルダが、私の作業着用として特別に作ってくれたものだ。

マチルダにはお礼として、そばかすが薄くなる薬を作って渡したのだが、それがとても喜ばれた。


鼻の辺りにあるマチルダのそばかすは、彼女のチャームポイントだと思うのだが……本人からしてみれば、今すぐにでも消し去りたい悩みなのだそうだ。


あの時のことを思い出した私は、ふふっと笑みを浮かべながら、小さな鎌を持って裏庭に向かった。


マチルダもカイトも、みんな可愛い。



***


「あれー?おかしいな……」

私は薬草園を見渡しながら首を傾げた。


先日まで生えていたはずの薬草が一房消えていたのだ。


リリにハーブを取って来てとお願いすることはあるが、なくなっているのはに使う種類の葉である。


この薬草を私が刈り取った記憶はないし、リリは私の許可無しに薬草には触れない。


理由は『単純に薬草に興味が無い』からだと言う。

硬めの雑草を好んで食べてる時もあるので、草嫌いなわけではない。

興味がないので、私が薬草園に来る時は、お昼寝をしながら留守番をしているのだ。


では、興味があったら勝手に触るのか……?という話は一先ず置いておく。


私もリリも触っていないのだとしたら、どうしてなくなってしまったのか……。


魔物の仕業?

……いや、それは絶対に有り得ない。


この村には師匠と私が作った結界が張ってあるので、村の人々に害するモノは何も通さないし、結界が破られた形跡もない。


そうすると、選択肢として残るのは村人の誰かの仕業ということになる。


薬草が必要ならば、黙って取ったりせずに私に相談してくれれば無償で譲るし、何なら薬にだってしてあげられるのに……。


なくなっているのは、毒消し効果のある薬草か。

私は口元に指を当てながら思案した。


この葉っぱは薬草ながらも、溶いた小麦の衣をまとわせてから油で揚げると、とても美味しいのだ。

……想像しただけでも涎が出そうになる。


そうだ。今日のお通しは天ぷらにしよう!


そんな風にのんきに今回の件から脱線したことを考えていると、ガサガサと近くの茂みが揺れた。咄嗟に木の影に隠れた私は、更に姿隠しの呪文を唱えてから息を殺した。


犯人が現れたのかもしれないからだ。


私が姿を消したと同時に、茂みの中から周囲を伺うようにして現れたのは――まだ幼い少年だった。


あの子は確か、ビゼフさんのところの……?


五歳になる息子がいると、ビゼフさんから聞いたことがある。


……そう。その子供の名前は『アレン』だ。


アレンは、姿を消した私が側にいるとも知らずに、キョロキョロと辺りを見渡しながら薬草園の中に入って行く。

そして、薬草園の中に入った少年が手にしたのは……やはり、毒消しの薬草だった。

アレンは眉間に皺を寄せ、罪悪感たっぷりの辛そうな顔で薬草を引き抜いていく。


……そういえば、確か。

その姿を黙って見ていた私は、ふとビゼフさんの怪我のことを思い出した。


二週間前に村の外にある森に行ったビゼフさんは、魔物から毒の攻撃を受けたと言っていた。

もしかしてあの時の傷が、まだ癒えていないの……?


私は姿を消すのを止めて、薬草を持って立ち去ろうとしたアレンの前に姿を現した。


「……えっ!?」

突然現れた私に驚いたアレンは、ビクリと身体を大きく揺らした。瞳はこぼれ落ちてしまいそうな位に見開かれている。


驚愕、混乱、唖然、呆然――そして罪悪感。アレンの心の中で、それら全ての感情が混ざりあっているのが見てとれる。


誰もいないと思っていたのに、この薬草園の主である私が現れたのだから、当然こんな反応にもなるだろう。


冷や汗のようなものを顔から流し、私から視線を逸らさないままで、ジリジリと後退するアレン。


逃げても無駄な行為であるのは、五歳児でも分かっているのだろう。それでも身体は正直だからこの場から逃げたがっているのだが――私はアレンをこのまま追い詰めたいわけでも、問い詰めたいわけでもない。


「君はビゼフさんの息子のアレンだよね?」

負の感情を極力表に出さないように気を付けながら問い掛けると、身体を強張らせたアレンの瞳にみるみる内に涙が溜まっていくのが見えた。


「……っ」 

アレンは問い掛けには応えず、私を見据えたまま唇を噛んだ。


「ねえ。私に理由を話してくれないかな?」

今度は優しく問い掛けてみる。


薬草を引き抜く時にアレンは辛そうな顔をしていた。

こんな小さな子供にあんな顔をさせてしまった責任は、私自身にもある。


「それはお父さんにあげたいの?だったら私がちゃんと薬にしてあげる。その方が悪いところも治りやすいよ?」

強く握り締められたアレンの手の内にある薬草に視線を移すと、アレンの口元は泣きそうなへの字に変わった。


「…………ほんと?父さん……なおる?」

「うん。その薬草だけじゃなくて他の薬草とも混ぜた方がずっと早く治るの」

少しずつアレンとの距離を縮めながら近付いた私は、アレンの目線と自分の目線を合せる為に、しゃがんで片膝を地面に付いた。


その瞬間に、

「ご、ごめん……なさ……っ!」

アレンの瞳からは、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。


しゃくり上げながら謝るアレンをそっと抱き締めると、アレンは泣きながらもポツポツと理由を話してくれた。


普段は何事もなく平気そうにしているのに、一人になった時にだけ、負傷した左腕を擦りながら辛そうに顔をしかめているビゼフさんの姿をアレンは偶然にも目撃してしまったそうだ。


……やはり、まだ身体の中に毒が残っているのだろう。


ビゼフさんの具合を心配したアレンが、薬草園からこっそりと毒消し草を盗っていたのだ。――これは予想通りだった。


「アレン。人の物を勝手に盗むは悪いことだよ。分かっているよね?」

「うん……」

「アレンのお父さんは、盗んだ薬草で腕が治って喜ぶ人なのかな?」

「……ちがう!父さんはそんなんじゃない!」

「だったら、今のアレンにことを知ったらお父さんはきっと悲しむよね?私は君に悪いことを平気でするような大人にはなって欲しくない」

「ぼくは……」

ギュッとアレンは唇を噛み締めた。


「ねえ……おねえちゃん。ぼくはどうしたらいい……の?」

また瞳を潤ませたアレンの頭に、私はポンと自らの手をのせた。


「お姉ちゃんが薬を作るのには対価が必要なの」

「ごめんなさい……。ぼく……おかねはもってない」

「うん。だからお手伝いしてくれるかな?」

「えっ……?」

 バッと顔を上げたアレンに、微笑みかける。


「この前の薬草の分と今回の薬代。対価は――――でどうかな?」

内緒話をするように、コソコソとアレンの耳元で話す。


「いいの!?……うん、わかった。ぼく、たいかをちゃんとはらう!」

悲しそうだった顔から一変して、嬉々とした笑みを浮かべるアレン。


……本当は対価なんて必要ない。

だけど、アレンにはこの方が良いだろう。

父親思いの素直で優しいアレンが悩み続けない為にも……。




 ***


「ローザちゃん。息子がすまなかった!!」

そう言いながらに頭を下げるのは、アレンの父親のビゼフさんだった。


「何のことですか?」

本当は知っているが……わざととぼけながら首を傾げた。


アレンは正直にビゼフさんに話したそうだ。

……やはり素直な良い子だった。


「……ああ、もしかしていたずらのことですか?それなら薬草園の虫の駆除を手伝ってもらったので、もう帳消しですよ?」

ふふっと笑う私をビゼフさんは困ったような顔で見ている。


「ローザちゃん……」

「お父さん思いの優しい子ですから、もう叱らないであげて下さいね。あ、そうだ。息子さんには、これからもたまに虫の駆除をお願いしても良いですか?」

ニコリと笑いながら首を傾げると、

「勿論だ。……こき使ってやってくれ」

 ガシガシと自分の頭を掻いたビゼフさんは、ニヤリと笑った。


「ありがとうございます。……ということで、ビゼフさんはしばらく出禁にします」

「え?一杯くらい飲ませてよ……」

「ダメですよ」

「ローザちゃーん!ひでーよ!!」

「酷くありません」

怪我人や体調不良の人に出すお酒はありません。


私は笑顔のまま強引にビゼフさんを店から追い出した。



「ビゼフの所のせがれが何かしでかしたのかい?」

そう尋ねてきたのは、カウンターに一番近いのテーブル席に座っていたエリックさんだった。


ギックリ腰が治ったので、奥さんのソフィアさんと一緒に来店してくれていた。


「いえいえ。子供の可愛いですよ」

「ほー?まあ、子供は元気なのが一番じゃからな」

「はい。そう思います」

私は余計なことを言わずに微笑んだ。


「あんなにヤンチャだったビゼフが親父なんだもんなぁ」

「ええ、時の流れは早いですねえ」

しみじみと語るエリックさんとソフィアさんにお酌をしながら――――今夜も『ワルプルギスの夜』は更けていく。

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