第3話

「いらっしゃいませ」


開店と同時に駆け込んで来た村人達は、勝手知ったるといった風にそれぞれの定位置に座る。

私はそんな村人達を笑顔で迎えながら、まずは来店客数を把握する。

そうして把握した人数分のお通しの準備をしている間に、リリにお酒の注文を取ってもらうのだ。


今日のお通しは、細かく砕いた木の実と青菜を和えた物である。

木の実は一度フライパンで炒ってあるので、カリッとした食感と香ばしさが楽しめる。

適量を皿に取り分け、お客さん全員に順番に配っていく。

このお通しは、あくまでもサービスの一環なのでお金は取らない。

頼んだ料理が揃うまでの繋ぎとして用意している物なのだが、結構評判が良いらしい。


そんなに評判が良いのなら……と、最近は別の理由でも活用している。

お酒という不摂生な物を嗜む時には、同時に身体を労ってくれる物も食べて欲しいという、私の自己満足として。


私はエーカー村の人々が大好きなので、いつまでも元気で長生きして欲しいと思うのだ。


因みに、今日のお通しは、身体の毒素を抽出してくれる物にした。

お酒を飲みながら健康が保てるなんて最高じゃないか。


「ローザ姉。今日のオススメは?」

カウンターに座った常連のカイトが話し掛けてきた。


「そうだなぁ……」

少し元気がないように思えたし、カイトの薄茶色の瞳が窪んで見える。


「ちょっと待ってて」

私はそう前置きをしてから調理を始めた。


カイトは二十代の働き盛りの青年である。

ここ最近は暑い日が続いていたので、疲労が溜まってしまっているのだろう。


そんなカイトにオススメなのはコレだ。


「お待たせー」

カイトの目の前に、出来上がったばかりの料理を置いた。


「おおー!」

カイトは嬉しそうに顔を綻ばせた。


用意したのは、数種類の香草ハーブをまぶして焼いた豚肉だ。

疲労回復効果のある豚肉とその効果を高めてくれる香草。最強の組み合わせである。


「うまっ!」

おいしそうにパクパクと食べるカイトに釣られたのか、店の奥から同じ物を求める声が上がった。


「はーい。ちょっとお待ち下さいね」

カイトの時と同じように、お客さんの顔を見ながら食材をチョイスしていく。


エルさんとヨーさんはカイトと同じ豚肉にして…」オーリーさんはアッサリとしたお肉が好きだと言っていたから、鶏肉にしてみよう。


同時に、その他にも上がる注文品を黙々と料理し続けていく――。





「ローザ姉?」

カウンターのカイトに声を掛けられた。


「……え?」

注文を受けた料理を全て作り終えた私は、いつの間にかぼんやりしてしまっていたらしい。


お店の中にはみんなの賑やかな声が響いている。もう大分出来上がっているようだ。


開店からの一番のピークは過ぎたので、私もゆっくりできる頃合いだ。



ふう……。


「お疲れ様」

「ん。お疲れ様ー」

安堵の溜息をもらした私に向かって、カイトがグラスを掲げて見せた。


私は自分用のお酒をグラスに注いでから、カイトのグラスに軽くぶつけた。


カラン。

氷の入ったグラスの心地良い音が響く。


今日も良い音だ……。

小さな笑みを溢しながら口元でグラスを傾けると、お手製の果実酒の程よい甘さと、トロミが喉を伝って行く。


グラスの中身をグッと一気に飲み干すと……ふにゃりと顔が弛んだ。


「あー!また一気に飲みましたね!?」

「大丈夫、大丈夫ー」

リリが非難めいた声と視線を投げてくるが、私はそれをヒラヒラと手を振ってかわす。


……私の可愛い黒猫リリは、なかなかに厳しいのだ。


「はははっ。ローザ姉はホント酒好きだよなぁ」

私達のやり取りを見ていたカイトが軽快に笑う。


「ふふふっ。だって、その為のお店だもん」

「……!」

ふにゃりと弛んだ顔のまま微笑むと、カイトの頬が少しだけ赤く染まったように見えた。


……急に酔いが回った?


「カイト?」

「あー……ええと、ローザ姉は何か欲しい物ある?」

コホンと一回咳払いをしたカイトは、何事もなかったかのように話し始めた。


赤く染まって見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。何でもないなら良いけど。


「……欲しい物って?」

「ああ、いつもの買い出しだよ。王都まで行くんだけど、必要な物はないかな?ってさ」


なるほど。買い出しか……。

私は顎に手を当てながら店の中を見渡す。


カイトの家は『何でも屋』という商いをしており、こうしてたまに王都まで買い付けに行ったりもする。

エーカー村は小さな村だから、そんなに頻繁に行く必要はないのだが、生活必需品の中には王都にしか売っていない物があるのだ。


この村で一番の長生きのロザリアは、カイトが生まれた時から知っている。

幼かったはずのカイトが大人になり、遠く離れた王都まで買い付けに行くという姿は――何度見ても感慨深いものがある。


カイトの父親の時も思っていたのだが、雛が巣立って行くのを見守る親鳥の心境とでも言えば良いだろうか。

ロザリアからすれば、この村の住人達はみんな大切な子供であり、家族なのだ。


「それじゃあ、いつもの調味料をお願いしようかな」

ぐるりと店を見渡した私は、大分減ってきていた調味料棚の辺りで視線を止めた。


そろそろ買っておかなければ切れてしまうだろう。


「了解。いつものアレだな」

「うん。よろしく……って、ちょっと待って」

「……ローザ姉?」

調味料の代金を渡しながら、とある物の存在を思い出したのだ。


「お待たせ」

一度店の奥に引っ込んでから、小さな巾着袋を手にして戻って来た。


「これは……薬?」

巾着袋を渡すと、カイトが首を傾げた。


「そう。『御守り』。もしもの時に使って」

これは夜の私――が作った強力な万能薬である。


どんな時でも飲みやすいように液体のままで、割れにくい瓶の中に入れてある。


「ああ、それは助かる。ありがとう」

カイトは巾着を持ち上げながら、ニッと白い歯を見せて笑った。


何もないことを心から祈るが、旅にトラブルは付きものだ。

万が一の時の為に作っておいた万能薬だが、カイトなら悪用はしないだろうし、適切に管理や使用をしてくれるはずだ。

使わければそれが一番だし……。



――そう判断した私のこの行動が、後に大きく自らの運命を変えることになるだなんて……今の私には知るよしもなかった。

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