14.相浦 【十日目 十八時三十六分】


 お前が《殺人者》だと告げると、その男は笑った。

 くつくつと笑みを口元に溜め、可笑しくて仕方が無いとでも言うように。


「成る程。君の考え通りに今残っている配役を当てはめていくと、僕が《殺人者》になる訳だ」


 放課後の教室はオレンジ色に黒く、宝来と財善は俺の背後で事の行方を見守っていた。俺は全ての推理を披露し終え、ただ、その男の笑みに不安を覚えていた。


「残念だな。僕は……《殺人者》じゃない。《幼馴染》だ」


 その一言は俺の印象や思考を揺さぶり、頭を深い混乱へと誘う。

 彼が《殺人者》ではなかった。いや……そもそも《幼馴染》?

 

 それは、違う。本当にそうか? 違ったのは誰だ? 俺か? 目の前の男か? 配役を確定していく中で、ある違和感があった。そこから俺は眼を背けていた。


 その事実を、宝来も財善も敢えて口にはせず、今も……。


「《主人公》、ある時から居なくなってしまったが、君の隣にはいつも笑っている女の子がいたよね。彼女は君を愛称で呼んでいた。《ひきこもり》が居なくなったから、安心して自分の配役を周りに示していたのかもしれない。でも、違うんだ。あの女の子は嘘を吐いていた。僕だけが分かる。だって、そうじゃないか? なぁ、覚えてるか? 僕と君は昔っから一緒で、悪戯をしてよく二人で怒られて」


 《幼馴染》の演技をする男に、俺は憤りをぶつける。


「《幼馴染》の真似事は止めろ、《殺人者》なら、どんな演技だって出来るはずだ」


 口ではそうは言いながらも、眩暈に似た困惑に襲われていた。それなのに不思議と、頭の芯では冷静に物事が判断されようとしている。


 《花》を動かすことには罰が降りかかるが、決して出来ない訳じゃない。下校時間や寮の制約ですら、《殺人者》の特記事項で解除される可能性もある。


 縋るような思いだった。そんな筈はないと。あんな純真無垢に笑う彼女が、そんな筈はないと。だから目の前の男は《殺人者》でなければならなかった。


 失われた存在は多く、不甲斐ない自分の力は少ない。


 しかし、俺は見つけたのだ。三十分の一の配役を。他の全てを埋めて。たった一つの反転を、最後の反転の可能性を、見ないようにして……。


「《殺人者》、お前は嘘を吐いている可能性がある。えみは自分の特記事項も知っていたんだ」


 気付くと俺の手の平は、目の前の男にかざされていた。正確な遣り方は分からない。でも、消えろと皆が言ったように、《傍観者》になれと言えば……。


「違う、《殺人者》は僕じゃない。特記事項のことだって、予想は着く。二日目の《限定ホームルーム》で、僕はあの娘と一緒だった。そこで僕は皆に言ったんだ。何か特記事項で言えない秘密があったら、よかったら後でこっそり話してくれと。僕の特記事項は秘密の共有だからって。皆、信用してくれなかったよ。だけど、あの娘はそれを覚えていて、僕の配役も推測して」


 怯え、だが真摯な眼差しで男は俺を見ていた。目が左右に動いている。それは目が泳いでいるのか、思考を高速で巡らせているのか。悔しいことに今の俺では判断がつかない。


「それすらも嘘の、作り話の可能性もある」


 俺は手をかざし続けた。男は銃を向けられたように引き笑いとなって両手を挙げる。


「き、聞いてくれ《主人公》。君が今、何をしようとしているのかは分からない。それが例えば、《殺人者》を救う手段だったとしよう。なら、よく考えてみてくれ。今までのことからも、指名を間違えたら君が消えるんじゃないのか? 君が間違ったら、誰がこのゲームを終わらせるんだ」


 この状況で冷静に思考を働かせている男を、焦りにも似た怒りで睨みつける。


 《殺人者》は救いを恐れるか? 殺人者ENDとはそんなにも魅力的なものなのか。そもそも本当の《殺人者》なら、危機的な状況に陥ったら相手を消せばいいだけの話だ。それをしようとしないのは、つまり……。


「間違わない。俺は、間違わない」


 そういった判断を全て無視して、俺は言葉を紡ぐ。


「間違ってる。君は、間違ってるぞ!」

「間違えるかよ!? 俺は、間違えない! 間違えないって、もう、決めたんだ!」


 歯を食い縛ると、そのまま後ろに振り返った。


「宝来、俺の推理は、俺達の推理は間違ってるか!?」


 叫ぶような問いに、ロッカー際に腕を組んで立っていた宝来が応じる。


「間違っていない。嘘を吐かれてない限り、二十九人の配役は裏を取って埋めた」

「だったら!」


 そこに財善が割り込んでくる。


「ただ、最後の一人は《殺人者》ではなく、自らのことを《幼馴染》だと答えた」

「それがどうした? 《殺人者》は嘘をついている。それだけだろ」


 この場で冷静さを保てていないのは、明らかに俺一人だけだ。それでも抗弁を発する理由があった。俺が認めてしまえば、つまりは……。


「そうね、その可能性もある。ただ、私たちが知っていた《幼馴染》については確証を得ていないし、《殺人者》の特記事項も判明していない。もし私たちが知っていた《幼馴染》が自らの存在の有無を偽装していた場合、偽装の証明を行える人間はいない。そして《殺人者》がもし寮の規則に縛られないのなら、例えば深夜や、生徒が登校する前の《花》が出現するタイミングで、罰則を負いながらも動かせる」


 両肘を抱えるようにして立っている財善へと、俺は詰め寄る。


「何が言いたい?」

「途中から、分かっていたはずよ。目の前の彼か、それとも、彼女か。探しても見つからない生徒がいたのに、その机の上には《花》が置かれていなかった。誰かが彼女を浚ったのでもない。目の前の彼も違うのなら、そんな生徒はいないことになる」


 その澄んだ瞳は、人の全てを見透かすように何処までも静かだった。

 俺は振り向き、《殺人者》と思しき男へと一度視線を送った。


「あの男が、嘘を吐いている可能性もある」

「でも、本当のことを言っている可能性もある」


 思わず拳を作った。埒が明かない。俺が試せば、アイツは《傍観者》に変わる筈なんだ。でも、だけど……そうじゃなかったとしたら?


『目の前の彼か、それとも、彼女か』


 聞き流そうとしたのに、財善の先ほどの言葉が質量を伴って俺に圧し掛かる。彼女。彼女。自らを《幼馴染》と言っていた、彼女。


「じゃあ……どうすればいい?」


 思考を放棄したくなり、俯いた。財善は尚も冷静に言葉を紡ぐ。


「今日、明日と彼を監視する。あるいは監禁でもいい。それで、」

「消えたら《殺人者》だとでも言うのか?」


「消えなかったら、《幼馴染》ね」


 顔を上げると、財善の顔は夕陽に照らされ、茜色に染められている。俺はその存在に気圧されそうになっていた。


「そんな、そんなまどろっこしいこと……」

「そうね。それにもし彼が《幼馴染》だった場合、」


 俺は恐れるように、その言葉を迎えた。


「また、誰かが消えるんだものね」


 ぐしゃりと、何かが音を立てて崩れ落ちた。それが自分の膝だと気づくのに、暫くの時間を要した。明滅するような痛みが遅れて遣って来る。


 こんなことがあり得るのだと、醒めた心地で思う。


 全て、漫画やドラマのことだけだと思っていた。人が膝から崩れ落ちることも。大切にしたいと思っていた傍にいた女の子が、正体を隠していたことも……。


 そのとき、スピーカーから間延びした音が響く。ピンポンパンポーンと、校内放送を告げるような。


「……殺人者ENDの、お報せです」


 次に、聞き慣れた、震えた女の子の声が聞こえてきた。


 俺は目線を上げ、スピーカーを眺める。緊張しているのか戸惑っているのか、スピーカーからは直ぐに次の声は遣って来なかった。


「《殺人者》が残ったまま十日を経過すると……《殺人者》にはご褒美が与えられます。それは、制限付きではあるけれど、どんな願いも叶えてくれるという恐ろしく利己的で、でも、目を奪われるご褒美です」


 この学校にいる生徒は、誰もがきっとその言葉に耳を傾け、驚いていた。


「ただし、《殺人者》以外は全員、消えます」 


 誰もがきっと、声を失っていた。

 

 いつも笑っているようにと、そう母親に名付けられた彼女が《殺人者》で。毎日のように誰かを消していて。笑っていて。泣いていて。微笑んで。苦しんで。


 そうやって、人間が持つ当たり前の感情を、当たり前に持っていた咲が……。


「今日がタイムリミットです。放送室の扉は、開いています。消すという曖昧な行為ではなく、私を殺したい人は、殺しに来て下さい。配役に逸れた行為でも、私を殺せば皆は助かります」


 俺は何を思ったら良いのか、思えば良いのか分からなくなった。

 

 見えないものを見るのが心だ。

 立ち上がり、スピーカーの向こう側にいる彼女を見ようとする。


 彼女は今、何を思っているだろう。何を楽しみ、何に苦しみ、何を……。


「皆が何もしないまま、今日を終えて終わるか。私を殺して、日々を続けるか。”彼”と協力して……主人公ENDを目指すか。私は卑怯にも、全てを皆さんに託したいと思います。ただ、私は今日、まだ人を消していません」


 宝来が教室から飛び出す。それに財善も続いた。


 俺は、俺は……どうすればいい?

 逡巡に足を取られ、動けずにいた。

 

 スピーカーからの声は止む。スイッチが入ったままなのか、誰も語らない葛藤の音楽だけを流した。やがて扉が開け放たれるような音と、宝来が彼女を呼ぶ声が響く。


「ありがとう。さようなら、あっくん」


 その言葉を残し、放送は終わった。

 咲は、《殺人者》は、全ての判断を残したまま……。


 その日、体育用具室へと閉じ込められた。



 * * *


 

 話によると、えみは抵抗もせず、二人を消そうともしなかった。宝来は出来るだけ迅速に、他の人間が来る前に咲を体育用具室の前へと連れて行った。


 そこで《体育委員》と話をつけて、鍵を使って中に咲を閉じ込めた。他の人間が、彼女に危害を加えないように。《殺人者》が、誰かを消さないように。


 戻って来た二人と合流した俺は、教室前方の窓際で自分を持て余していた。見張りは《体育委員》がしているが、その鍵は今、宝来が持っているとのことだ。


《幼馴染》の男は、俺を気の毒そうな顔で一度見ると教室を去って行った。


「人間の利己的な感情を、オレは否定しない」


 眼鏡を取り、髪を上げながら宝来が淡々と続ける。


「オレが咲ちゃんだったらどうするか、考えたよ。相手を”消す”という曖昧な現象。本当に死んだのか、どこかに移動しただけなのか、それすらも分からない。そんな状況で、誰かを消さないと自分が消える。あぁ、オレはヤルだろうね。《主人公》が例え初日に助けてやると呼びかけて来たとしても、疑わしい。直ぐには信用できない。抜け目無くクラスメイトを消しながら、そいつを観察する。だけど、ある時にふと気付くかもしれない。一人消すのも二人消すのも、多寡があるだけで変わりは無い。観察して、《主人公》の人柄が本物だったとして、それでどうする? ぬけぬけと名乗り出て、うすら顔で笑って、救ってくれませんかと頼むのか? 出来ないな、オレは。多分、出来ない。やらない。ならどうするか? 十日のバッドエンドに向けて、走るだろう。もう引き返せない。破滅願望とは違う。人間にはそういう壊れた部分がある。勿論、オレという下卑た人間だけにかもしれないが」


 俺はその言葉を、どう解釈したら良いか分からなかった。

 だが、次の言葉が怒るべきものだということだけは分かっていた。


「でも、咲ちゃんは上手くやったな。頭が良いよ。どちらのENDにもいけるようにした。《主人公》の隣で情報収集をしながら、ある段階になると自分の悲劇性を訴えて、それで最終的には自らの元に《主人公》を走らせる。主人公ENDに辿り着く。ハッピーエンドだ。途中で泣いたり自暴自棄になったりしても、最終的には明日を目指して、それが消していった人間の弔いにも成ると信じて、ゲームを終わらせて生きる。すげぇ策士だ。頭が良――」


 拳を作った俺は、宝来の頬に向けてそれを放っていた。上手く殴れない。乾いた音がするだけだ。人を殴るのは、初めてだった。


「ってぇな、てめぇ!」


 大してダメージを受けていないのか、立ちながらにして拳を受け流した宝来が、直ぐに俺に向き直る。


「宝来くん、アナタ、本当に今のは最低よ」


 冷ややかに財善が言い、それに宝来が抗弁をする。


「何がだよ? 本当のことを言っただけだろ? 上手いね、全くどうも。どっちみち、この阿呆は咲ちゃんを助けに行くんだ。皮肉くらい言わせろよ」


 そう言うと宝来が、俺を見た。


「なぁ、そうなんだろ親友? 今日は人を消していないと、咲ちゃんが嘘を吐いている可能性もあるが、状況的にどうもそれは無さそうだ。咲ちゃんは今日、誰も消していない。放っておいたら消える。だけど、お前はそれをさせないんだろ? 《主人公》の特記事項で救うんだろ?」

 

 問われた俺は、何も言えずに窓の外を見た。夕方が眠りに落ち、夜が訪れようとしている。


 咲が犯してきたことは、簡単に許されて良いものじゃない。だからといって、糾弾されるべきことだろうか。同じ配役になったら、誰もが同じことをしてしまうんじゃないのか。それは、見慣れた人間の本能ではないのか?


「オカしいだろ……」

「は? 何だって?」


 呟きは掠れ、宝来の耳には直ぐに届かなかったようだ。


「どうして、俺たちはクラスメイト同士で憎み合っているんだ。違うだろ? 本当に憎むべき相手はゲームマスターだろ? 咲は、ただ配役に沿った行動をしただけだ」


 嘆きを吐き出すように言った俺に、宝来はじっと視線を注いでいた。

 深刻な気配が膨らみ続ける中、財善が言葉を紡ぐ。


「カルネアデスの板、という寓話を知ってる?」


 質問されているのは俺のようだった。首を横に振ると、財善がその内容を語る。架空の船乗りが遭遇した、緊急時の話だった。それを発展させ今の状態に置き換える。


「ここに、拉致された無数の生徒がいました。皆、拉致した人間に海に落とされるも、一片の板を同時に与えられ、何とか浮かぶことが出来ている状態です。そこに一人の少女が投げ込まれ、板を生徒から奪うよう拉致した人間から迫られました。少女は簡単に板を奪う力を持っていますが、一日すると少女の板だけ沈んでしまいます。では自分が死なないためにした少女の行動は、果たして罪になるでしょうか?」


 一片の板は生存を指し、出切るなら誰もがその板に縋り付きたいと思っている。

 俺は眉を顰めながら応じた。


「誰だって生きたいと思っている。それなのに少女にだけ板が与えられず、相手から奪えと迫られている。もし、罪を問うとするのなら、その状況を作り出して楽しんでいる人間にこそ問われるべきだ。状況の中の人間は、皆、ただ必死なだけなんだ」


 財善は緊張を抜くようにふっと頬を緩める。改めて俺を見た。


「なら、アナタのやるべきことは分かっているんじゃないの、《主人公》くん?」


 その言葉の後に、自分に向けて放り投げられるものがあった。鍵だ。慌てて受け取る。目を遣ると、宝来がそっぽを向き、バツの悪そうな顔をしていた。


「オレの悪い癖だ。許せ……さっきは言い過ぎた。オレは、どうも裏切りという行為に過剰に反応してしまう。それで一度、大切な人間を失ったことがあったんだ。罪に問われるべきは、確かに咲ちゃんじゃなくゲームマスターだ。現実世界に戻って彼女が苦しんでいたら、オレも力になる。お前は、咲ちゃんを救って来い。それが出来るのはお前だけだ。彼女の王子様になってやれ」


 《親友》が此方を向く。目を合わせ、俺は頷いた。


「あぁ、行って来る」


 そう述べて教室の入り口に振り返ると、ある異変が生まれていた。


 残った幾人かのクラスメイト達が、いつの間にか教室前方の入り口を塞いでいた。先頭にいた《偽陽キャ》の男が鼻で笑ったように言う。


「なに勝手に三人で決めてるの? そういうのマジで反吐がでちゃうんだけど。どういう理由があれ、あの女は僕達の仲間を消し続けたんだよ。え? なに、まさか可愛いから? 可愛いから何でも許されちゃう系? うわぁ、可愛いは正義だわぁ。ブスやデブは救われないのに不公平だわぁ。そんな世界、滅びちゃえばいいわぁ」


 思わずたじろぐ。それぞれがどんな思いでいるのか分からないが、咲を生かすことに彼らは抵抗しようとしているようだった。


 すると俺の背後から、その場に暢気な声が掛かる。


「お~お~、そういえばまだ残ってたんだったな。この《偽陽キャ》」


 宝来だった。俺の左肩をポンと叩くと、「雑魚は任せておけ」と気安い言葉を掛けてくる。それに対して《偽陽キャ》は、興奮したように早口で言葉をまくし立てる。


「出たぁ。《殺人者》を《幼馴染》だと勘違いして、仲間だから消されないと油断してたけど実は危なかった《親友》、出たぁ。眼鏡外しても別に強くなったりしない《親友》、出たぁ」


「まったく、相変わらずね」


 その言葉に右を向けば、財善が楽しむような目で《偽陽キャ》を見ていた。


「まぁ、今回ばかりは宝来くんに同意ね。《高嶺の花》には触れられないってことを、彼らにも教えてあげなくちゃいけないし」


 気付くと二人は、俺よりも前に進み出ていた。自分が誰にも消されてしまう存在だということを、改めて思い出す。


「二人とも……すまん。恩に着る」


 俺がそう言うと二人は、それぞれ顔を振り向かせた。


「おう、ひょっとしてコレが最後の一幕ってヤツか? お前との時間、案外楽しかったぜ。何か困ったことがあったら、現実の世界で頼って来い。俺の名前は宝来正臣、時代に名前を残す寵児だ」


「また馬鹿なことを言って。現実の世界に戻ったら、咲ちゃんを含めて皆でお茶でもしましょう。彼女の心が傷だらけでも大丈夫。きっと、それは時間が解決する。私の名前は財善琴乃、ただの高嶺の花よ」


 その言葉に、久しぶりに俺の表情に色が戻ってくる。笑ってしまった。


「ちょ、なぁに格好つけてんの。マジそういうの頭にくるっていうか、古臭いっていうか、死ねっていうか、自己完結してんなっていうか」


 《偽陽キャ》の悪態に、財善がぴしゃりと言い放つ。


「黙りなさい。ブタ」

「う、うひひひい、《高嶺の花》ちゃんの叱責、頂きましたぁ!」


「《偽陽キャ》よ、それ結構高いんだぞ。後でちゃんと金払えよな」

「宝来くん、まずはアナタを懲らしめましょうか?」


 二人が前に歩み出て、残ったクラスメイトたちがじりじりと後退していく。俺は教室後ろの扉に視線を送ると、二人が作ってくれた隙を突いて走り出す。


「なっ、くそぉお! 行かせるな、止めろおぉ!」


 それに気付いた《偽陽キャ》が声を張り上げるも……。


「うるせんだよ、この三下が! 親友の邪魔はさせねぇぞ! って財善、おま――」

「はぁぁあああああ!」


 背後では揉み合いの声の他、誰かが投げ飛ばされたような音が響いた。


 時刻は六時半をとっくに過ぎていた。《殺人者》は分からないが、《主人公》には下校時間や門限に関する特記事項はない。


 走って体育館に辿り着く。電気の灯らない中、息を切らしながら咲が閉じ込められている体育用具室の前まで足を運ぶ。


 ポケットから宝来より預かった鍵を取り出した。頑丈そうな錠前に差し込んだが、まったく動かない。


 そうだ、しまった。鍵を扱えるのは《体育委員》だけだった。見張りをしているということだが、早々と帰ってしまったのか、見つからない。


 無我夢中で体育用具室の扉を叩いた。


「咲っ、そこにいるんだろ!? 咲!」

「え? あ、あっくんなの?」


 直ぐにくぐもった咲の声が返って来た。俺の口から安堵が漏れる。いや、まだだ。まだ安心して良い状況じゃない。


「咲! 俺だ、助けに来た。でも、鍵があっても俺じゃ開けられないんだ。そっちの錠はどうなってる?」


 咲は驚いていたようだが、やがて消え入りそうな声を漏らす。


「……いいんだよ、私は」

「良くない。全然、良くない。俺たちと一緒にゲームを終わらせよう」


 咲の反応が無くなる。歯噛みする思いで再び鍵を回そうと試みたが、どうやっても回らない。諦めそうになる心を叱責する。何か、何か方法がまだある筈だ。


「若いの、お困りかな?」

「え……? って、」


 背後から声がかかり、振り向いて驚く。薄闇の中、《爽やかそうな男》が立っていた。見覚えの無い顔に疑心が膨らむ。しかし、その声や変わった言葉選びには覚えがあった。


「ア、アンタは……」

「ん? あぁ、そっか。依代だ。《体育委員》の」


 名乗られてマジマジと見つめてしまう。思えばある程度親しくなってからも、依代の顔をはっきりと見たことはなかった。彼は体育の時も一人で運動していたし、それ以外の時間は跳び箱の中に入っていて、面と面を突き合わせたことはない。


 そういえば初日に一度発言をしていた生徒がいたが、そいつがこんな《爽やかそうな男》だった気もした。あれは依代だったのか。


「それで、どうしたんだ《主人公》?」

「あ、あぁ。体育用具室に用事があって。アンタが確か、見張ってるって話で」


 見張りを任せたのなら話がついている筈だが、他のクラスメイトのように俺の行動を止めはしないかと、つい疑ってしまう。


 その気配が伝わったのか、依代は爽やかな顔を綻ばせた。


「大丈夫だって。ボクは他の奴らとは違う。体育用具室を開けようとしてるんだろ? 任せておけ」


 そう言うと早速鍵に手を掛ける。ガチャガチャと鍵を回し始めた。その様子を見てほっと息を吐く。


「助かったよ。君がいなかったときは、どうしようかと思った。」

「あぁ、ごめんごめん。ちょっとお手洗いにね。よし、これで開くぞ……ん?」


 鍵を外した依代が引き戸を開こうとしたが、何か異変があったようだ。どうしたのかと思って視線を送ると、「開かない」と答えてくる。


「どうして?」

「内側でモップとかを使って、つっかえ棒にしてるのかもしれないな」


 再び必死になって咲に声をかけたが、反応は返って来ない。依代と協力して引き戸に力を加えたが、徒労に終わった。


 そうこうしている間に時刻は進み、七時まで十五分と迫った。見上げれば、体育館天井付近のガラス窓から月光が差し込み始めている。


「というか、下校時刻を越えて校舎にいるとマズイよな」

「それね。定期的に軽い頭痛に襲われて、多分、ある限度を超えると死ぬほどの痛みが訪れるんだと思う」


 呟きにしれっと応じた依代へと、顔を向ける。


「それ、洒落にならないんじゃ」

「まぁ、ボクも定期的な頭痛しか味わったことないから、それ以降はどうなるか試してないけど……ヤバそうな感じだったよ」


 時間は限られている。一人で何とかやってみると依代に下校を促し、再び体育用具室の扉を叩いた。


 咲に説得を試みるも反応がない。このまま彼女は一人で消えていくつもりだ。焦りばかりが募った。折角ここまで来たのに、早くしないと間に合わなくなる。


 極まった進退の中、少しだけ冷静さが戻ってきた。体育用具室にも窓があったことを思い出す。急いで体育館を出て、体育用具室の裏側へと回りこんだ。


 十五夜には至っていないだろうが、怖いくらいに綺麗な月が俺を見ていた。


「くそっ、やっぱり小窓か」


 一般的な窓ではなく、体育用具室のそれは高い位置に取り付けられていた。おまけに横長で細く、人が潜り抜けられそうにない。それでも、格子がついていないのは幸いだ。


 俺は覚悟を決め、窓の縁に指を掛けて体を持ち上げる。窓を開けようとしたが鍵が掛かっていた。


「咲、窓際にいたら退避してくれ! 窓を、ぶち破る」

「えっ!? あ、あっくん!?」


 扉越しよりも声が通り、咲の声がよく聞こえる。石を探そうかと迷ったが、そんな余裕はなかった。俺は手で拳を作り、窓を力一杯殴りつける。


 乾いた破裂音が響き、すんなりと硝子は割れた。内側のカギに手を掛けようとしたが、こんな所まで制限が掛かっているのか開けられない。


 周辺の硝子を壊して視界を広げると、ようやく咲と顔を合わせることが出来た。


「咲、君を迎えに来たよ」


 膝を抱えるようにして座っていた彼女が、心苦しそうな顔をして立ち上がる。


「あっくん……どうして? 私、嘘を吐いてたんだよ」

「あぁ、俺だってしょっちゅう吐いてるよ」


 俺が殊更陽気に答えると、咲は頭を振った。


「違う! 私は、私は……」

「もう、苦しまなくていいんだ。咲」


 こんなときに何が言えるだろう、俺に。

 何を届けられるだろう、君に。


「君を見抜けなくて、ごめん。俺が一番、近くにいたのに。君の苦しみを見抜けなくて、本当にごめん。よくさ、言うだろ? 大切なものは近くにあるって。俺の場合、それは君だったんだな」


 笑おうとして失敗したような、間抜けな顔を晒す。

 そんな俺を、咲は月夜でもよく分かる潤んだ瞳で見つめていた。


「もう、一人で苦しまなくていいんだ。俺の手を取ってくれ。一緒にゲームをクリアしよう。咲は人を消し続けたことに、苦しんでいるかもしれない。でも、それは君が望んでやったことじゃないんだ。仕方なくやったことなんだ。例え誰が糾弾したとしても、俺は咲の味方だ。いや、俺と宝来、財善は君の味方だ。その苦しさを、俺たちに分けてくれ。少しでもいいから持たせてくれ」


 上手く伝えられたか、自信はない。やけに静寂が耳についた。

 咲は一度俯き、再び顔を上げる。


「私は、中途半端な弱い人間だったよ。一日で消える善人にはなれなかった。十日を一人で生き切る、強い人間にもなれなかった。皆を消して、お母さんを助けられるかもしれないって、仄暗い希望を抱えて……。それも、最後の最後で、良心の呵責に耐え切れなくなって」


「それが、当たり前の人間の姿だ。今も、これからも、ひょっとしたら咲は苦しみ続けるかもしれない。でも、咲が消し続けてきたのは、咲の罪じゃない。ゲームマスターの罪だ。否応なく、やらされていただけなんだ」


 俺は壁にへばりついたまま、片手を伸ばす。そこには真っ赤な血が付着していた。窓を壊したときに、何処かを切ったらしい。


 それに気付いた咲が、驚いた顔をする。

 反対に俺は微笑んで見せた。


「咲……傷ってのは、記憶でもあるんだ。どんな小さな傷でも、完全に塞がって元通りになることはない。それは、苦しいよ。時々夜にさ、声を上げて叫びたくなることもある。だけど、傷は痛み続ける訳じゃない。いつか痛みは消える。それを、のうのうと生きるだとか、そんな風に俺は思いたくない。それが人間の強さだから。人間の在り方だから。咲、もう一度言う。君が消したことは、君の罪じゃない」


「違うよ。私の罪だよ! だって、言えればよかったんだもん。あっくんが《主人公》だって分かった日に。こっそりと、私が《殺人者》だって。ごめんなさいって。都合の良い話だけど、助けて下さいって。それで、ゲームを終わらせて下さいって」


「咲は毎日、そうやって苦しんでたんだな」


「私が、私がちゃんと言えてれば。それ以降、人は消えなかったよ。私が消えるのでも良い。どこかに閉じこもって、消えれば、今いる人はもっと増えた」


 俺なら、俺ならどうするだろう。五年前に、俺は妹を亡くしていた。


 その看病の最中、このゲームで《殺人者》に選ばれ、生き続けたら妹を助けることが出来るかもしれなくて……。


「お母さんのこと、助けたかったんだろ?」

「それで、九人の人間を犠牲にし続けた。一人の人間のために、誰か他の人間を犠牲にした瞬間から、私は配役を超えてただの殺人者になっていた」


 そこまで話すと、咲は鼻を啜った。口元を引き絞る。彼女は懸命に笑おうとして、だけど、それが上手くいかずに。


「ねえ、あっくん。聞いて。大切な話なの」


 咲の顔は、何かを振り切ったような表情になっていた。

 自分の生命を諦めているように、俺には見えた。


「咲、何を……」


「《殺人者》のカードにはね。とんでもない皮肉なんだけど、殺人者ENDの他に、完全ENDの方法が付与されていたの」


 その言葉に、俺は今の状況を一瞬だけ忘れる。

 完全END? どうしてそれが、《殺人者》に。


「主人公みたいに、禁則事項じゃないから大丈夫。聞いて。三十日間、誰も消えずに過ごしたら、このゲームのシステムが終わるんだって。新しく誰かがこのゲームをしなくて済むの。だけど、それをどうして《殺人者》に教えるんだろうね。無理に決まってるよ。だって、《殺人者》は誰かを消さないと、消えちゃうんだから……」


 そこまで言うと、咲の瞳から音もなく二条の線がしたたった。


「でもね、最初の日に勇気を振り絞って、尋ねてみればよかった。私が《殺人者》だっていうこと。完全ENDのこと。そうしたら、あっくんと力を合わせてこのゲームを終わらせることが出来たのかな? それとも、ゲームマスターがそれを阻んでくるのかな? 気付くといつの間にかゲームが始まってて。人が人を消して、私は、怖くなって……それが出来なかったよ」


 その涙を拭いたくて、でも、距離は遠くて。


「俺が、どうにかその連鎖を断ち切る」


 気付くと俺は、手を伸ばしながら声を上げていた。俯きがちだった咲が、再び瞳の焦点を俺に合わせる。


「いや、俺だけじゃ無理だ。だ。咲、俺たちでこの連鎖を断ち切ろう。どうやるかなんて、現実世界に戻って考えればいい。宝来がいる。財善もいる。皆の力も借りて、もう二度と、他の人間が今の咲のような悲しみを抱かなくても済むように。俺たちで、この腐ったゲームを完全に終わらせるんだ」


 俺は、必死になって微笑む。


「咲、新しい人間を救おう」


 必死になって手を伸ばす。


「消した分だけ救う。存在が、単純な足し算引き算だなんて言わない。だけど咲、生き残って、次のクラスメイトゲームで同じ悲劇が起こらないように、もう二度と悲しむ人が生まれないように……俺たちで、ゲームを終わらせよう」


 咲はその一言に、目を見開かせた。


「さぁ咲。俺の手を取ってくれ。それで、今回のゲームを終わらせよう」


 戸惑いながらも、咲が近づいてくる。


「あっくん……」

「そうだ。俺の名前は、相浦あいうら明日夢あすむ。お前のあっくんだ」


 咲が俺に向けて、手を伸ばす。


「私は、日向ひなたえみ。あっくんの、あっくんの、幼馴染になりたかった――」


 そして今まさに、手が触れようかというその瞬間。


 俺の頭に激痛が走り、体を支えていた手が離れる。

 背中から倒れるように、外の地面へと落ちた。


「ぐ、あああぁあああ! ぐあぁあああああああああああぁああああぁああ!」


 何が起きているのか、分からなかった。暫く痛みに意識が乗っ取られる。体育用具室からは咲が俺の名を呼び、安否を気にする声が叫ぶようになされていた。


「な、くそ。どういうことだ。最初は、軽い頭痛のはずじゃ」


 オカしなことは、それだけじゃなかった。小窓から落ちる寸前、ふと体育用具室の扉が目に入った。そこには、つっかえ棒などはなかった。


 訝る俺の耳に、靴が地面を踏みしめる音が聞こえて来た。

 恐れるように目を向ける。誰だ、一体?


 ソイツは月光を背負って遣って来る。影となって、その顔は見えない。だけど、そのシルエットにはどこか見覚えがあった。


「やぁ、《主人公》くん」

「お前……依代?」


 この場に相応しくない笑顔を張り付けて、《体育委員》の男が現れた。


 どうしてコイツがここに? 頭痛は? それにコイツはさっき、軽い頭痛と言っていた筈だけど。様々な混乱に見舞われながらも、俺はどうにか立ち上がる。


「どうして、君が、ここに」

「ん? あぁ、ちょっとした見回りに。というか……駄目だよ、もう直ぐで七時だよ。《主人公》くんも一応は生徒なんだから、そのルールは守らなきゃ、ね?」


 彼が言い終えた瞬間、再び、俺の中に精神にすら及びそうな痛みが破裂した。


「な? が、ああ、う、うあああああああああああああああああああ!」

「あ、あっくん!? あっくん!?」


 俺を心配しているような声がまた、体育用具室から聞こえてくる。


「く、あ、え、えみ」


 痛みの波が去り、口元から垂れていたものを拭う。掠れそうな目で、月を背負っている男に視線を向ける。また、違和感を覚えた。


「なんで、お前は……頭痛が、」


 するとその男は、事も無げに応じた。


「ん? あぁ、そういえば簡単な自己紹介しかしてなかったね。ボクの名前は、依代贄。色々と楽しませてくれてありがとう」


 依代贄と名乗った男が、そこで口角を吊り上げる。


「このゲームの、ゲームマスターだ」


 生徒の中に潜む、ゲームマスターの可能性。疑ったこともあったが、いつしかそれは、非日常の中の日常に埋没していった。しかし、まさか、こいつが……。


「お前が、ゲームマスター?」

「その通り。放送はシステムが担当して、ボクは隠れながら皆の疑心を煽っていた。ちなみに配役に沿っているか否かの判断や罰は、基本的にはタロットカードの制約になるけど、正当性があるものならゲームマスターの領分で行える。こんな風にね?」


 三度、その場でもんどりを打ちそうな痛みが弾け、俺は思考能力を奪われる。依代を掴もうとしたが躱されて果たせず、その場に前のめりで倒れた。


 げーむ、ますたー。かんぜん、えんど。えみ。


 様々な言葉や考えが、痛みで焦土と化した思考の中で纏まらずにねじれる。


「いやぁ、面白かったよ。何度かボクのゲームマスターでこのゲームを遣らせてもらったけど、今回はその中でも極めてボク好みだった。君達は傑作だね。《主人公》と《殺人者》の恋愛、いいじゃないか? そしてあと少し、もう少しで二人の手が触れ合いそうなときに、ボクが登場する」


 体に、力が入らない。それでも俺は立ち上がった。依代が口を鳴らす。


「ふざ、けんなよ。何が、ゲームマスターだ。早い段階から、無敵になって。それでも、こそこそと隠れやがって、楽しいかよ」


「え、楽しいに決まってるじゃん」


 俺は無理やり口元を引き絞った。


「とんだ、チキン野郎だ。臆病者め。人の存在を、何だと思ってやがる」


「さぁてねぇ。玩具みたいなものかな? あぁ、そうだ。ちなみに体育用具室の扉は、開けたと思わせて閉まったままだから。ざぁんねん。君は《殺人者》を助けられないよ」


 俺の質問を適当にいなし、ゲームマスターが冷笑をぶつけてくる。

 体育用具室。そうだ、こんな奴に構っている場合じゃない。窓へと向き直る。


「えみ、いま、いくからな」

「あ、あっくん?」


「い、今。今、そこ、に……ぐ、あ、あぁあああああぁあああああ!?」


「は~い、駄目ですよぉ。生徒は寮に帰りましょうね。《殺人者》はナイトウォーカーの能力があるから大丈夫だけど、君は駄目だ」


 俺が上げる叫びの中で、ゲームマスターが冷ややかに言う。


 ただ……あぁ、本当に笑っちまう。人間は、どんなことにも慣れる生き物のようだ。俺は次第に、その痛みに慣れてきた。


「お前、だって、生徒だろうが」

「うわ、気持ち悪い。なんで喋れてるの」


 俺は構わず、奴に背を向けて体育用具室の窓に手を掛ける。

 激痛に襲われ、また倒れる。


 だけど、分かってきた。歯だ。歯を食い縛って、奥歯を壊すつもりで耐えれば、なんとかなる。ただ連続は身に堪え、息は絶え絶えになってきた。


 問題は、意識のことか……。頼む、もってくれ。

 俺は再び立ち上がる。すると咲が何かの台に乗ったのか、窓から俺を見ていた。


「あっくん! もう、いいの。もう、いいから!」

「よく、ない」


「ありがとう。もう……十分だよ。それ以上やったら、あっくん、死んじゃう!」

「約束、しただろ」


「え?」

「一緒に、現実に帰ろうって、そう……あ、ぐ、ああぁあぁあっ、ああ、あ!」


 あの花の名前は、何ていったっけ。いつも、笑っている。いいんだよ、いつも、笑わなくても。辛かったら、泣いて、いいんだよ。


 俺の、花。


「あっくん。ありがとう。私は、あなたに会えて……」


 滲んだ景色の中で、花が泣いていた。


 無限の暗闇に向けて背中から倒れるような、そんな感触がした。意識が遠のき、瞼が否応ない力で俺の視界に幕を下ろす。


 依代贄と名乗る男の笑い声だけが、響き続けていた。


 次に目覚めたとき、空に月はあった。しかし、黒というよりも青がその世界を支配している。黎明れいめいの朝。静かで恐ろしくて、窓から呼びかけても咲の返事は無く。


 体をひきずるように裏から周り、体育館に訪れる。体育用具室の引き戸に手を添える。力を加えると、開いた。鍵の施錠が解かれていた。


 だけど……そこにはもう、誰も居なかった。

 ただ、咲がいつもつけていた、カチューシャだけが、そこに。


「う、うああ、うわあぁぁぁあああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 どれだけ叫べば、その穴を埋められるだろう。

 どれだけ嘆けば、彼女を取り戻せるだろう。


 その後に俺は、涙に濡れた顔で一人、勝利宣言をした。


 主人公ENDの条件。主人公宣言を経て、《殺人者》がクラスメイト内から消えたことを確認した後に、勝利宣言すること。


 そうして”前回の”クラスメイトゲームは、終わった。


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