13.明日夢【十日目 十六時四十六分】




「お前が、《殺人者》だ」


 《主人公》と名乗る男が口を開くなり、僕にそう告げた。

 仕組まれた運命の決戦が幕を開ける。


 放課後が始まり、仲間と計略を空き教室で巡らせていると扉が開く。訪れたのは主人公一派に入った《人の良さそうな男》で、教室に来て欲しいとのことだった。


 誘いに応じて赴くと、教室には主人公一派が待っていた。ゲームが始まり、十日が過ぎようとしていた。果たして彼は遅かったのだろうか、早かったのだろうか。


 窓の外では斜陽に燃える空が広がり、蛍光灯が灯らない教室をオレンジと黒に染めている。


 この世界にも太陽があり、万物を等しく照らしている事実をどう思ったら良いのか分からなかった。ただ、夕陽が投げかける色は優しい。物をまだ照らす力がありながらも濃い影を作り、そこに様々なものを隠してくれる。


 腕を組んで後ろに控えていた《魔女》が鼻を鳴らし、僕の横に並ぶ。


「何故、コイツだと?」


 僕は目の前の男をじっと見据える。《主人公》を名乗った彼は精神的な疲労を覚えているのか、酷くくたびれて見えた。


「クラスメイトの配役を、協力して確定していった結果だ。はっきり言って、難航を極めた。消えたクラスメイトとは話も出来ないし、手掛かりも少な過ぎた。だけど、リストを参照する中で《殺人者》の消し方には法則があることを見つけた」


「ほぉ、法則だと」


 《魔女》は薄ら笑いの形に唇を歪めると、僕を一瞥した。


「面白い。お前の考えを聞こうではないか、《主人公》とやら」


 それから《主人公》は語った。《殺人者》の立場になって考えてみた……と。


 その思考実験の中で彼は、消すことが出来ない人間が増えることが《殺人者》にとって最も困るという結論を得た。


 極論を言ってしまえば、一日目にして《殺人者》と《主人公》を除いた十四人が消せる配役をそれぞれ消した場合。殺人者は《主人公》しか一日目は消すことが出来ず、二日目には消せるクラスメイトがいなくなって自滅する。


「ふむ、強引な論法だが面白い。続けてみろ」


 言葉の通り《魔女》が面白がるように言い、《主人公》は淡々と続けた。《殺人者》が最初に消した人間を彼は《図書委員》と推測した。


 すると《図書委員》を消すことが出来た《給食委員》はターゲットから外される。いつでも消すことが出来るからだ。


 しかし、その《給食委員》も別の配役には消される可能性があった。それを防ぐために《殺人者》は計画的にクラスメイトを消去していった。


✕《保健委員》  二日目に消えた配役。給食委員を消すことが出来た。

 《給食委員》  生かされた配役。図書委員を消すことが出来た。

✕《図書委員》  一日目に消えた配役。


 一人目は無差別性があったにしろ、二人目からは配役を見極めて犯行を行う。


 それこそが《殺人者》が生き残る上手なプレイ方法だと《主人公》を自称する男は話す。実際に彼は《殺人者》が消していった筋道を述べてみせた。


 一連の話を聞き終えると、教室に拍手の音が響いた。《魔女》笑みを浮かべながら手を叩いている。


「よく考えたな、頑張った、感動した。しかし、お前は私の愛を無視している。私は何故コイツだと思ったと、そう尋ねたはずだ。その点は如何か?」


 すると《主人公》の後ろに控えていた男が、紙を彼に渡した。《主人公》らしき男は配役が書かれたその紙を、僕たちに向かって提示する。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 《学級委員》    優等生を消すことが出来た。

✕《優等生》     九日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《不良》      傍観者を消すことが出来た。

✕《傍観者》     八日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《オタク》     いじめっ子を消すことが出来る。

 《いじめっ子》   いじめられっ子を消すことが出来る。 

 《いじめられっ子》 陰キャを消すことが出来る。

✕《陰キャ》     七日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《陽キャ》     リア充を消すことが出来た。

✕《リア充》     六日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《ひきこもり》   幼なじみを消すことが出来た。

✕《幼なじみ》    五日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《親友》      ライバルを消すことが出来た。

✕《ライバル》    四日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《風紀委員》    放送委員を消すことが出来た。

✕《放送委員》    三日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《体育委員》    保健委員を消すことが出来た。

✕《保健委員》    二日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《給食委員》    図書委員を消すことが出来た。

✕《図書委員》    一日目に消えた配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《書記》      霊感体質を消すことが出来る。

✕《霊感体質》    十三日目に消える配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《生き物係》    ガリ勉を消すことが出来る。

✕《ガリ勉》     十二日目に消える配役。↓の配役を消すことが出来た。

 《花係》      掃除係を消すことが出来る。

✕《掃除係》     十一日目に消える配役。↓の配役を消すことが出来る。

 《エロマスター》  高嶺の花を消すことが出来た。

✕《高嶺の花》    十日目に消える配役。学級委員を消すことが出来た。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 消えていった配役の上には×が置かれ、何日目に消されたのかも調査されている。そればかりではなく、今日以降のことも×を用いて予想がなされていた。


 《主人公》を名乗った男は、自信に満ちた顔ではなく、無力な自分を悔いるような表情を見せる。


「この紙通りに消されていった場合、《殺人者》から身を守りたいのに守れない、クラスメイトはそんな状態となる。勿論、そんなのは理想論だ。日が経てば経つほどにクラス内に疑心暗鬼がはびこり、消すことに成功する生徒も現われるだろう。でも、《殺人者》は仲間を増やし、それを組織的な行動で防いでいった。自分では生徒を消す努力をしながら、生徒同士で消させないための努力をしていた」


 そこまで言うと彼は、一度言葉を区切った。


「どうやって脅迫したのか、正確には分からない。消されたくなかったら言うことを聞けとでも脅して仲間にしたのか、例え消すことに成功して《殺人者》に消されなくなっても、仲間が消しに来るから覚悟しておけと追い込んで防止したのか。いずれにせよ、クラスメイトにとっては悪魔の取引となる。消える者と残る者の線引きがされているんだ。クラスメイトを売って仲間になれば自分を消す者がいなくなる。《殺人者》からも消されることはなくなるのかもしれない。賛同しなければ……消される」


 悪魔の取引、か。暗に自分が悪魔と呼ばれているようで、乾いた可笑しさが身の内に生まれた。


 クラスメイトの魂を、命を喰らい、生き続けようともがく哀れな黒き獣。そしてそれに付き従う、悪魔信仰に魅了された美しき《魔女》。


 ゴヤが描くある種の絵画のようにおぞましい。だが構わない。ゲームマスターがこの世界の神であるのなら、僕らはそれに反抗しよう。冒涜しよう。神にとっての悪徳を撒き散らそう。サバトを開き、魔女とその仲間と共に哄笑を上げよう。


 気付けば、僕と目の前の彼は同じような顔を作っていた。自嘲をどちらも浮かべている。


「驚いたよ。《主人公》よりも早く、まさか恐れるべき、探すべき《殺人者》が徒党を組んでいたなんて……考えもしなかった。《殺人者》は孤独だとばかり思っていた。だけど、俺達も負けてはいない。あのリストを糸口にしながら、必死になって配役を確定していった。残ったのは《いじめっ子》と《いじめられっ子》、そして《殺人者》だ。ただ俺は初め、君は《いじめられっ子》だと思っていたよ」


 珍しくも、口を挟まずに耳を傾け続けていた《魔女》が不遜な態度のままに応える。


「《いじめられっ子》とは可愛そうな。私がたっぷりと可愛がっていたというのに、なぁ明日夢?」


 僕たちが目を合わせると、《主人公》が自論をぶつけた。


「いや、それはカモフラージュだ。《限定ホームルーム》でどんな遣り取りがあったかは分からないが、生徒の数が少なくなった時のことまで初日からお前達は考えていた。自分が《殺人者》と疑われた場合でも、《いじめられっ子》と迷わせるように敢えてやっていたんだ」


 そう言った後に、《主人公》が《魔女》を指差す。


「そうだよね、共犯者の《いじめっ子》さん?」


 彼女の口角は、本当に楽しそうに釣り上がった。それに構わず《主人公》は続ける。


「ただ、お前達にも幾つかの誤算があった。一つは合理的過ぎたことだ。人間は衝動や欲望に支配されている、もっと不合理な存在だ。リストを参照しながら推理する者が現われたら、そこに法則性を見つけることは難しくない。それを想定していなかった。そして、もう一つは……人間の正義を舐めていたことだ。本当の《いじめられっ子》は俺達の仲間にいる。脅されているらしくて多くを語らなかったが、彼は最後には正義を貫いてくれた。誇っていいことだ。前に出てくれ」


 促すと、僕たちを呼びに来て今は《主人公》の背後にいた《気の良さそうな男》が一歩を踏み出した。俯きがちで、その表情は己を恥じているようにも見えた。


 そう、彼は《いじめられっ子》だった。あんな人の良さそうな彼ですら、自らの配役を演じていた。《魔女》に進んでいじめられるために、口論すらしてみせた。


 彼の配役は確認済みだと《主人公》は言った。主人公一派にスパイとして潜り込むように言われていたことを、話してくれたとも。


 《魔女》がその言葉に反応し、高らかな笑い声を響かせる。


 その段になってようやく、《主人公》は彼の物語の終点へと辿り着いた。そのことを悟ってか、疲れ切った笑みを彼は見せる。


「ここに辿り着くまで、色んな人間が消えていった。正直、俺はお前を憎んでる。だが、同情もする。ここで消えさせなんかしない。ゲームをクリアして、現実世界で一緒に背負っていこう。いや、お前とそこの彼女がいれば、ひょっとしたらこの理不尽なゲームの正体だって突き止められるかもしれない。手探りの状態からスタートして《殺人者》の最適解を見抜き、冷静に実行していくなんてことは、他の誰にも出来ない。もし、お前に少しでも人を消し続けたことに悔やみがあるなら、それなら……」


 僕は彼の真摯な物言いを前に、暫く天井を見上げた。瞼を閉じ、大きく息を吐く。思考を休ませると、改めて彼を見据えた。


 彼には能力があった。それは、人を救える力だ。


 自分自身の苦悩を見つめるような目をしている彼を――もっと早くに突き止めていれば、一人でも多くの人間を失くさずに済んだだろうか、そんな風に考えているだろう《主人公》を名乗った男を、僕は見つめた。


 それから呼び掛けた。現在を越えて、過去に。《主人公》という全ての配役に。


「《主人公》」


 《魔女》が気遣うような視線を向け、「おい」と呼びかけて来た。頭を片手で抑えながらもそれを制し、頼りない足取りで前へと向かう。


 《主人公》を名乗った男は、そんな僕を怪訝そうに眺めていた。構わず続ける。


「このゲームを終わらせてみせると、そう、誓った。それが出来る力が、いや、配役としての力が、《主人公》には、あった……」


 体がふらつきそうになり、それを《魔女》が支える。目を合わせると、力強い眼差しで彼女は僕を見ていた。心。優しい名前を持った、彼女が。


「でも、無力だった。出来た、はずなのに。僕は、大切なものを、失わずに、済むはずだったのに」


「な、なんだ? 《殺人者》、お前は何を言っている?」


 流石に体が耐えかねて、言葉を紡ぐのが難しくなる。

 僕の代わりに、傍らにいる《魔女》として振舞っていた心が応じた。


「《主人公》を名乗るお前よ。お前は勇敢な男だ。自分の正義を信じ、聡明さと優しさを発揮して、悪の首領を追い詰めようとした。だが、決定的に足りていないものがある。……お前は《主人公》ではない」


 その言葉に《主人公》を名乗っていた彼が目を剥く。


「お前は《オタク》だ。《主人公》気取りの推理オタク。見事に役を使いこなしているな」


 彼の後ろにいた幾人かが、途端に動揺したような声を上げる。

 目の前の《オタク》は、それを否定しようとしていた。


「な、何を言ってる?」

「お前こそ何を言っているのだ。まぁ、いい。《主人公》ならコイツを救えるはずだ。《主人公》だけが知る特記事項というヤツだ。やって見せろ。そのために屍を乗り越えて来たのだろう? 興味本位で我々に近づいたのではあるまい。さぁ、早く」


 無言となり、怯えたような目を見せる彼の手を心が取る。僕の額に当てさせた。


「実証しろ、《主人公》よ!? 《主人公》なら知っているだろう、お前だけが《殺人者》を救えることをな。さすればコイツが《殺人者》であることも、お前が《主人公》であることも証明される。さぁ、早くしろ!」


 逡巡は長く、だが僕達はその答えを知っていた。

 彼は掲げさせられていた手を下ろすと、俯きながら応える。


「…………俺は、違う」


 推理オタクが拳を作った。作られた動揺が主人公一派の中を波となって走る。その直後に《オタク》は眉をしならせながらも、顔を上げた。


「だが、ずっと観察して来たから分かる。彼が《殺人者》であることに、間違いはない筈だ!」


 自分の考えに縋りつくような眼差しとなっている彼に、僕は何も応じなかった。

 心が鼻を鳴らして応える。


「さあ、どうだろうな?」


 それから彼女は一度僕を見ると、《オタク》へと視線を再び転じた。


「コイツには、やらなくてはならないことがある。その為にやったことだ。その目標に我々は協力し、尽力を惜しまなかった。そうするに足る覚悟がコイツにあったからだ。後悔と嘆きにまみれ、それでも失わなかった美しいものをコイツが持っていたからだ。私はそれをずっと探していた。待ち望んでいた。どこかに本当に美しいものはないかと。自分の内側でも、外側でも良い。それが敵であっても、及びがたくても良い。本当に美しいものが何処かにないかと、そう……」


 その言葉に《オタク》は混乱をきたしようになる。何だ、どういうことだと、恐れるように僕らを見る。


「君たちは、一体、何を考えているんだ?」

「我々は終わらせたいのだ。このゲームをな」


 悪役然としていた心の返答を、彼はどう捉えたのか。驚きに目を見開いていた。


 一方、そんな遣り取りを楽しそうに見ている男が彼の背後にいた。《偽主人公》の仲間の一人になっていた、いつか一緒にサッカーをした《爽やかそうな男》だ。


 僕を支えたまま、心が口を開く。


「さあ、そろそろクライマックスといこうか。私もこうして会うのは初めてになる。よろしく頼むぞ。なぁ、」


 そこで笑みを深めると、心は言った。


「我らが真の敵、《ゲームマスター》よ」


 依代よりしろにえとかつて僕に名乗った男が、今再び、僕に狂気の笑顔を向けた。


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