12.相浦 【五日目 十六時十三分】



 《殺人者》を突き止めるのが一日遅れることは、一人の犠牲者が新たに生まれてしまうのと同義だ。


 俺たちは必死になって配役の特定、いや、確定に奔走した。


 その活動は正しい方向へとクラスメイトゲームを導いている筈だった。迂遠な道かもしれないが、クラスメイトと信頼関係を構築し、配役を確定させていく。


 人間は残念ながら嘘を吐く生き物だ。しかし、その嘘にも限界がある。


 A「私はAです」

 B「AはCです」

 C「BはAではありません」


 ※この中で一人は嘘を吐いています。


 そんな今思いついたような問題ですら、突き詰めればCは嘘を言っていないことが分かる。嘘だった場合にBはAとなり、自分をAと言っているAの言葉と矛盾するからだ。


 検めてみると生徒の数は今、三分の二を越えて減っていることが分かった。

 残りの生徒数は、恐らく十九。確定していると思われる配役は九つ。


 《主人公》    相浦

 《幼馴染》    エミ

 《親友》     宝来

 《高嶺の花》   財善

 《風紀委員》   蓑田   

 《体育委員》   依代   ※保健委員を消去

 《給食委員》   御子柴  

 《不良》     鈴木

 《リア充》    偽陽キャ ※ひきこもりを消去


 仲間が出来た、心強さを思う。


 《不良》の女の子は、誘うと直ぐに俺たちの仲間になってくれた。目の下には隈があり、彼女の憔悴はありありと見て取れた。


 《学級委員》と支え合っていた彼女は、《高嶺の花》の財善を視界に入れると体を強張らせた。結局、財善が《学級委員》を消したのかどうかはまだ聞けていない。


 それでも一刻も早くゲームを終わらせたいと、《不良》の女の子は俺たちに協力することを約束してくれた。


 鈴木と名乗る彼女の助力もあって《給食委員》の御子柴みこしばとも知り合うことが出来た。御子柴は協力するともしないとも言わなかったが、俺たちの話に黙って頷いた。

 

 人数が多くなればグループ内の情報量も増す。《傍観者》と《図書委員》が既に消えていることが分かった。あの《偽陽キャ》が《リア充》だったことも判明する。


 《ひきこもり》を消したのは奴だった。


 そうなると、無敵状態になった人間が三人生まれていることになる。《高嶺の花》《リア充》《体育委員》の三人だ。


 残りの未確定と思われる配役は十人。その数を少ないと見るか多いと見るか。俺は少ないと見積もりたい。協力すれば、直ぐに情報も集まる筈だ。


 しかし、時間は限られている。出来るだけ迅速にそれを行う必要があった。


 《陽キャ》    ???

 《ライバル》   ???

 《オタク》    ???

 《霊感体質》   ???  ※生き物係を消去

 《書記》     ???

 《掃除係》    ???  ※エロマスターを消去

 《花係》     ???

 《いじめっ子》  ???

 《いじめられっ子》???

 《殺人者》    ???


 また、仲間が集まることで、クラスメイトには特徴があることも分かった。


 宝来や財善は”別枠”のようで、そこは曖昧にしていたが、何かしら以前の生活で悩みを抱えている人間が殆どだった。


 かくいう俺も……そうかもしれない。そして、いつも明るく笑って陰りなんて全く感じさせないエミも、その日はポツリと弱音を漏らした。


 俺と宝来が学校中を駆け巡り、諦めたくないけど、もう今日はこれ以上は出来ないかもしれない。そう考えて、拠点にしていた生徒会室に戻ったときのことだ。


 財善と向き合っていたエミが、泣いていた。

 扉を開けてその姿を認めた瞬間、俺は言葉を失くしてしまった。


「ど、どうしたんだ、エミ?」


 尋ねると、エミは驚きながらも涙を隠そうと目元を拭い、懸命に笑って見せた。声を掛けるまで、俺たちが戻って来たことにも気付いていない様子だった。


 後ろに続く宝来が、訝る声を財善に向ける。


「おい、どうしたんだ財善。お前、何かエミちゃんに」

「いえ……その。響きの良い名前だから、どんな漢字を書くのか気になって、尋ねたんですが」


 言い難そうにしている財善の言葉を、エミが引き取る。


「ごめんね、私が勝手に泣いちゃったんだ」


 明るく、寂しさを置き去りにするように彼女は微笑む。


「私の名前ね、咲くって書いて、エミって読むの。あまり馴染みが無い読み方だけど、古事記の時代からある読み方なんだって。昔は咲くって漢字も笑うって漢字も、同じわらうをことを表してたらしいの」


 一度は疑問に思ったことはあったが、特に漢字については尋ねていなかった。


「それをね、財善ちゃんが良い名前だねって、そう言ってくれて。何だか急に、元の世界のことを思い出しちゃったんだ。お母さんが……付けてくれた名前だから。花が咲くように、いつも笑っていて欲しい。そう……」


 またエミの、いや、えみの瞳に水の膜が張られようとしていた。

 慰めではなく、本心から感じているように宝来が応じる。


「オレも良い名前だなって思うよ。咲ちゃんの人となりを現しているようでさ。な、親友?」


 慌てて俺も頷いた。彼女にぴったりの名前だ。


「本当、そう思うよ。早く、そのお母さんのところに戻れればって、」


 紡ごうとした言葉は途中で萎む。

 咲は見たことも無いくらいに、辛そうな顔をして笑っていた。


「お母さん、病気なんだ」


 俺は自分の極まった馬鹿さ加減に、言葉を忘れた。何かを言いたかったが、それも全部、意味の無いことで。彼女を悲しませてしまうことで。


「少し特殊な病気でね。余命が、長くないの」


 咲が笑顔でいつも隠していたものが、剥がれ落ちる。


 それは、努めて彼女が見せまいとしていたものだ。こんな異常なゲームに巻き込まれても。それでも、必死に笑顔を保って。


「つい、元の生活に戻りたいなって、そう、思っちゃって。お母さん、寂しい思いをしているかもしれないから。私が急にいなくなって、不安に思っているかもしれないから。だから……」


 不意に、脳裏に何かの像が揺れる。それは奇妙なことに客観的な像だった。小学生の頃、大声で泣こうとしている自分。でもそれを、出来ないでいる自分。


 気付くと俺の足は、咲の前へと向けられていた。


「あっくん?」


 彼女の前に立ち、自分の中から必死になって言葉を探す。

 

 こんな俺の中にも、彼女を楽にしてあげられる言葉がある筈だ。いつか自分が言って欲しかった言葉が。気負い無く自然な心で、俺は……。


「咲。辛いときは泣いていいんだぞ。一人で抱え続けてちゃ、心が痛いだろ?」


 咲の小さな口から、戸惑いの声が落ちる。


「……え?」


 俺は気恥ずかしくなって、咲から一時的に視線を外した。


「その、なんだ。俺は……咲の幼馴染だから。俺の前でなら、泣いたっていいんだ。配役的にも自然なことだ。遠慮する必要はない。一人じゃないんだぞ、咲」


 衝撃を胸に感じたのは、その直後のことだった。咲がしがみ付くようにして、俺の胸に顔を埋めていた。


 迷いながらも俺は、その優しさを絡めていそうな髪にそっと手を添える。


「皆で戻ろう。このゲームをクリアして」


 そう述べると咲は、声を放って泣いた。


 翌朝、俺はいつもより早く目覚めた。印象的な夢を見て、頬が不思議と濡れていた。目覚めたばかりでも、一刻も早く《殺人者》を見つけ出して説得し、このゲームを終わらせたいと思うようになっていた。


 それは、咲のためでもある。俺のためでもある。


 昨日の夕方、沢山泣いた咲は恥ずかしそうにしながらも、下校の時間になると財善と共に寮へと戻った。一日で色んなことがあった。


 疲れていた俺と宝来も情報を整理したら、寮へと帰った。シャワーを浴びて用意されていた夕飯を摂る。さっさと眠ってしまった。


 夢の中で、誰かが微笑んでいた気がする。それは懐かしい誰かだったり、昨日その髪に触れた人だったりした。それなのに、朝起きると俺は泣いていた。


 不思議なこともあるもんだと涙を拭い、決意を新たにしながら、手早く支度をする。教室に向かう前に、生徒会室に寄った。


 暫くすると宝来が遣って来て挨拶を交わす。財善も現われた。監視などという冷たい項目のことは忘れいてた。咲はどうしているだろうと、そんな話になった。


 気恥ずかしくて来るのを躊躇っているのかもしれない。そんなことを三人で笑って話す。照れ笑いを浮かべている咲の顔が、直ぐに皆の中で想像出来たからだと思う。


 《朝礼》の時刻が徐々に迫ると、俺たちは教室に向かった。息を吐き、吸う。昨日、《殺人者》は見つからなかった。だけど、必ず今日は見つけ出してみせる。


 覚悟を決めて、扉を開く。視線を巡らせた。

 愕然とした。何にか? 机の上の《花》にだ。


 その机は、誰かの机で、見覚えがあって。だけど、そんなはずは無く。だって、俺は約束して、それに、彼女も笑っていて。だから、そんな、嘘だ。違う、嘘だ。


 嘘だ、嘘だ、嘘、違う、これは、違う、そんな、ちが、ちが、ちが……。


 《幼馴染》だった咲の机。

 その上には、花瓶に入った《花》が飾られていた。



 * * *



 咲の消失に、俺は軽く心神を喪失していた。


 理解が幾ら経ってもやって来ない。視界が虚ろになっている。誰かが必死に、何かを俺に呼びかけている気がする。


 なんだ、止めてくれないか。咲は騒々しいのは嫌いなんだ。静かにしてくれないか? 咲? 咲って、誰だっけ? あぁ、俺の《幼馴染》だ。


 タイセツナヒト。大切ナ人。大切なひと。


 耳元で叫ばれているのに気付いたのは、どれだけの時間を置いた後だろう。

 宝来が呼ぶ声で我に返った。


「あ……え、俺……」

「相浦、よかった。お前、ちゃんとオレの声が聞こえて」


 可笑しなことは、それだけではなかった。視界が滲んでいるのだ。何が起きているのか分からない。俺の世界は、どうにかなってしまったのだろうか?


 突然、誰かの手が視界に伸びた。咲だろうか? 顔を向ける。違う。財善だ。心を痛めたような表情をしている。


 布みたいなもので俺の目元を拭った。どうした? そんなところに何かついているのか? 気になって財善の手を取る。驚いたようだが、彼女は抵抗しなかった。


 手の中のハンカチが、濡れていた。あぁそうか、と他人事のように思う。

 俺、泣いているんだ。


 宝来が座るように促した。座った。硬い。前の席には、誰もいない。そこにはタイセツナヒトがいたはずなのに。


 いつも笑っている。でも無理する必要はない。優しさを絡めていそうな、彼女がいたはずなのに。


 茫然となっているとチャイムが鳴り響く。《朝礼》が始まった。何も頭に入って来なかった。


 《朝礼》を終えると財善が、俺を教室の外へと引っ張り出した。宝来もついて来る。生徒会室の椅子に腰掛けると、財善が忸怩たる顔付きとなって言う。


「まだ、咲ちゃんが消されたとは決まっていない」


 瞳の焦点が、目の前の彼女に合った。


「それは…………どういう意味だ?」


 漂白されていた思考は、新たな色合いの白に塗りたくられた。白い霧が広がる森の中で、誰かが振り向く。花みたいにいつも笑っている、彼女。


 咲が、生きている?


 狭まっていた視野が、ようやく元の広がりを取り戻す。視界の端では宝来が怪訝そうな顔を作っていた。


「話すよりも、見て貰った方が早いと思う。来て」


 財善に袖をまたしても引かれ、本館一階の隅の部屋に来た。プレートは「保健室」と読める。訝る俺を他所に、財善は扉をノックする。


 静寂だけが、返事をしていた。


「大丈夫、私です。開けてください」

「あ、う、うん」


 記憶の中の声音と、扉の向こうで不安げに上げた声が、重なる。何かがどかされる音がして扉が開いた。


 姿を現したのは、少しやつれた《学級委員》だった。


 なぜ彼女が? 保健室の鍵は? そういった疑問を浮かべた俺に、財善は早く中に入るよう促す。


 扉を閉めると、レーンの上につっかえ棒を置いて外から開かないようにした。鍵はどんなものでも動かせないという《体育委員》の言葉を思い出す。


 開いていた保健室を、財善が占拠していたのか。だが、分からないことはまだある。目の前には居心地悪そうに俯く、《学級委員》の姿があった。


 俺の口がかろうじて、何事かを紡ぐ。


「どういうことだ? 《学級委員》は消えたはずだ。《花》だって、机の上に置いてあって……」


「《花係》か」


 その声に顔を向けると、宝来が腕を組んで何かを思案していた。

 財善がふっと頬を緩める。


「正解。私が無敵の状態というのは、ブラフ。別の生徒の机に置かれた《花》を、《花係》に頼んで《学級委員》の机に置いて貰ったの。配役には必ず何かしらの意味があるはず。そう思って配役を見つめた中の、これが私の結論。《花係》はクラスメイトの消滅を偽装できる」


 冷静に言う財前に対し、宝来が片手で髪を上げながら、鋭い追求の目を向ける。


「財善、何故そのことをオレたちに話さなかった?」


「アナタも実業家の息子なら、人の表情が如何に能弁に心理を語るか知ってるでしょ? 私は無敵であることを偽装したかった。情報収集も大切だけど、それよりも大切なことがある。そうしないと事態は良い方向に進展しないと思ったからよ」


 両肘を抱えるようなポーズを取り、財善が俺を一瞥する。


「私の無敵がブラフであることをアナタたちに教えると、宝来くんは分からないけど、相浦くんは必ず何かしらのものが表情に出てしまう。相浦くんを私が守ろうとした時などは、きっと顕著にね」


 その言葉に、俺を庇うように教室に先に入った財善の姿や、《乱暴そうな男》から離れたとき、前に立ってくれた彼女の姿を思い出す。


 眼鏡を取った宝来と、髪を耳に掛け直した財善が向き合う。


「財善、お前は《花係》と結託しているんだな。他にはいないか?」

「いない」


「あっさりと応えたな。だがな、ポーカーフェイスの訓練を受けてるヤツの言葉を完全に信用する程、オレも甘ちゃんじゃないぜ」


「じゃあどうするの? 拷問にでもかけてみる?」


 その二人の睨み合いに、横から割って入る者がいた。


「や、やめて! やめてよ! 財善さんは、私を助けてくれたの」


 視線を声の主に向ける。情緒が不安定そうな顔をした《学級委員》がそこにいた。

 宝来が吐き捨てるように言葉を彼女にぶつける。


「馬鹿が、そんなロマンチックなことじゃない。財善はちゃんと自分の利益を計算してやってる。人の裏の裏の裏の感情すら読み取れない庶民は、黙ってろ。だからお前らは人に使われるんだ」


 一種激しい調子となった宝来に、《学級委員》はたじろいだ。宝来は続ける。


「いいか、財善がお前を消さなかったのは、自らのPTSDを避けるためだ。ここには精神科医もいないしな。その結果としてお前に恩を売ることが出来て、《花係》の実験も行えた。無敵を装うことも出来る。《殺人者》はリスクを払ってまで、財善のブラフは確認しに来ない。お前を助けたのは合理的計算だ」


 その言葉に瞳を揺らし、縋りつくような目で《学級委員》は財善を見た。財善は悲しむ顔で、そんな彼女を見返す。《学級委員》は俯いた。


「それでも……私は感謝してる。憔悴している私の、相談に乗ってくれたから。何よりも、あの教室に行かなくて良くしてくれた。隠れて保健室登校していれば、いつかはゲームも終わる。そうしたら、現実の世界で《優等生》の彼を弔うよ。名前と学校、最初の日に明かしてたから、家族に謝る。土下座だってする。それで済む問題じゃないけど。私が始めちゃったことでもあるから……」


 そう言って《学級委員》は身を縮こませた。

 彼女の懺悔にも似た吐露は、俺を何処か深い所へと導いていく。


「感情の奴隷が。一生そうやって、自分の脳と人に使われてろ」


 何に怒っているのか、今なお宝来は激しい感情を露わにしていた。我を取り戻したような心地で、その場を執り成す。


「分かった。もう、いい。そのことは分かった」

「もういい? おい、相浦。財善は他の人間とも結託している可能性がある」


 宝来が固執していることは何だろう。それは「裏切り」だった。《親友》という配役がそうさせるのか、本来の性格がそうさせるのかは分からない。


「そんなことはどうでもいい。それにもしそうなら、どうして今になってブラフを告白したんだ。目に見えて自分に不利だろ、そんなこと」


「考えがあっての可能性もある。やはり財善の家の者は信用できん。オレたちを一度信用させて、裏切るかもしれん」


「そこに何の意味がある? 怒気という強い感情の奴隷になっているのは宝来、実は、お前じゃないのか。それで大切なものを見失っているんじゃないのか」


 そこで宝来の顔が一瞬、強張った。それはこの世界で彼が初めて見せた、素顔のように俺には見えた。


「オヤジみたいなことを言うな……お前」


 そう呟くと、宝来は大きく息を吐く。瞼を閉じた。恐らく、そうやって自分を切り替えようとしているのだろう。


 数秒後に目を開いた頃には、もう宝来はいつもの冷静な表情になっていた。すまん、そう言って財善に謝る。《学級委員》にも向き直り、頭を下げた。


「悪かった。申し訳ない」

「え? い、いや……そんな」


 ふと、不可思議な人間心理を垣間見る。俺は強い悲しみに支配されていた筈なのに、人の強い感情を見ると、それが静かになっていた。


 悲しんでいる人間を見ると悲しくなることもあるが、それで冷静になることもある。怒っている人間を見ると興奮することもあるが、感情が冷めることもある。


 咲の喪失という悲しみに支配されていた俺の感情は今、もう同じ悲しみにはいなかった。そういうことを宝来は計算していたのだろうか。いや、それよりも……。


「少し、冷静になれたよ。それで財善。咲が消されていないかもしれないというのは……つまり、」


「偽装されている可能性が、完全に無いとは言い切れない。そういうことよ」


 教室に、自分達以外の一派が生まれているのは知っていた。


 もし、ソイツらが咲の偽装消去を企んだとして、それは何が目的だ? 咲を何処かに監禁して、俺の……いや、《主人公》との交渉カードに使用する目的で?


 その考えを二人に伝えた後、もう一歩踏み込んで考えてみた。


「下校時間は午後の五時から七時だよな? その間に寮に戻らないと罰を受ける。《学級委員》もそうだが、それなら寮の入り口で見張っていれば分かりそうなもんじゃないか? もし監禁されていたとしても、罰を受け続けたら……死んでしまう。それじゃ意味がない。寮には一度帰す筈だ」


 俺の疑問には、宝来が否定の調子で返した。


「入り口の見張りか。それはやってみてもいいが、確実とはいえない。配役に沿った特記事項と能力があるからだ。今だから言うが、オレの能力は親友になった者の間で”能力を共有する能力”だ。校則を破る能力や、それを与えたり奪ったりする能力がないとも限らない。財善もその可能性が頭を過ぎったから、消されたとは決まっていないと言ったんだろ?」


「えぇ。聞いた話だと、《不良》の能力には”校則に縛られない”というものがあった。《ライバル》や《オタク》、本当の《陽キャ》にどんな力があるかは分からない。《親友》が共有なら、《ライバル》はコピーが出来たり、《幼馴染》自体にも何か……」


 クラスメイトが持つ固有の特記事項・能力。その組み合わせを俺は想定していなかった。いや、《主人公》の特記事項を《幼馴染》に話すことで、《幼馴染》がクラスメイトに広める。一度は考えた筈だ。


 しかし、それを他のクラスメイトに当て嵌めては考えなかった。


「咲と財善は、昨日の放課後は寮に一緒に帰ったんだよな。咲は、一度帰ってから紙か何かで呼び出されたのか? それとも、寮では声を出せないから、浚われても誰も気付かなかったのか?」


 俺の自問自答に似た呟きには、二人とも首を横に振った。


 他の可能性は? 咲が実は《殺人者》で、殺人をしなかったから消えた? 今更消さない理由が分からない。まだ消せるクラスメイトは何人もいた筈だ。


 それとも単に、本当に《殺人者》に消されたのか……。


 《幼馴染》という配役を失った俺たちは、それからも《殺人者》探しに邁進した。


 財善の仲介もあり《花係》の女性とも話した。彼女は《花係》の能力について聞かせてくれた。純粋に、机の上に置かれた《花》を動かせるだけの力。


 他の配役がそれをやった場合、配役に逸れた行為として、その人間が罰を受ける。《乱暴そうな男》が《花》の件で騒いでいたのは、彼の態度を見かねて《花係》がやったことだと話し、あんなことになってしまって申し訳ないと謝って来た。


 肝心の偽装工作については、誰かに脅されてやってはいないと言った。嘘を吐いている可能性が無い訳じゃなかったが、探るのにも限界がある。


 他の配役が《花》を動かせる手段があるとするなら、罰を受けながらも動かすという方法しかないが、そんなことをしていれば叫び声に誰かが気付くだろう。


 寮の入り口を見張ることもしたが、隠れて帰ってくるのは《学級委員》一人だけだった。咲の行方は、やはり、分からなかった。


 それでも俺たちは情報を集め、次々と配役を確定させていった。


 当然、全てが簡単に進む訳じゃない。宝来と時に衝突することもあったし、財善と口論を交わす日もあった。捜査が難航し、それでも一日一日と人は消えていく。


 当初は一人でも多くの人間の消失を防ごうと、躍起になっていた。仲間を作り、直ぐにでも《殺人者》を突き止めて見せると、息巻いていた。


 それが、中々上手くいかない。


 隣にいつもいた咲が、《幼馴染》がいない。そのことを色が褪めてしまった心で眺める。彼女がいないと、俺はこんなにも語る言葉が少なくなってしまうのか。


 少し前まで隣にいた人間が、消えてしまうこと。それでも自分の日常は続いていくこと。それは、これくらいと想定していたことよりも、重く、辛かった。


 俺は、こんなにも弱い人間だったのか。

 知っていたことなのに、慣れていたことなのに……。


 日に日に増えていく《花》を忸怩たる気持ちで眺め、気付けば十九人残っていた筈のクラスメイトが、十五人にまで減っていた。あの《不良》の女の子も消えた。


 その一方で、捜査を進めれば進めるほどに、間違いの無い事実が浮かび上がっていく。俺は何かを見たくて、何かを見たくなかった。


 しかし、十日目のその日。ついに俺たちは辿り着いた。三十分の一の配役。

 《主人公》と対を成す存在、《殺人者》。


「お前が、《殺人者》だな」


 満身創痍の心を引きずり、俺はソイツの前に立つ。

 長い前髪から目を覗かせ、ソイツはニヤリと微笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る