10.相浦 【五日目 九時五十二分】

 

 静かに、だが苛烈に物語が動こうとしているのに気付く。

 何かの始まりを今、俺は直感で感じ取っていた。


 主人公宣言をしてから、自分の目的が一層クリアになった気がする。《殺人者》を見つけ出し、《傍観者》に変える。消滅の連鎖を、それで断ち切る。


 そのためには仲間が必要だった。


 自分が日直の《限定ホームルーム》は既に終えている。しかし、人間には足がある。言葉を介してコミュニケーションが図れる。なにも閉鎖された空間で企みを交し合う必要は無い。


 そんな俺には今、三人の仲間が出来ていた。

 

 一人は《幼馴染》のエミ。彼女は俺が《主人公》だと知ると、次の休み時間には微笑んでいた。


「やっぱり、君が《主人公》だったんだね」

「え? やっぱりって……それは、どういう意味だ?」


 このゲームが始まって二日目にも、似たようなことを疑問に思っていた。エミが《幼馴染》として話しかけてきた時だ。


 そんなことを思い返しながら尋ねると、エミは儚く微笑んだ。


「だって、私は《幼馴染》だから。《幼馴染》は《主人公》といつも一緒にいるものでしょ? 私の《幼馴染》はあっくんで、それはやっぱり《主人公》なんだよ」


 分かったような、分からないような物言いだった。ただ、言い終えた後に朗らかに頬を緩ませるエミを見ていると、心の何処かが柔らかくなるのを感じた。


「なんだよ、それ」

「へへ~~」


 誤魔化すように笑うエミ。その頭につい手を伸ばしたくなったが、止めておく。何よりも今はクラス内のことだ。《殺人者》はきっと、俺を見ている。


 早速誰かの視線を感じ取った。その視線を送る人物は、直ぐ近くにいる。


「しかし、お前は呆れたヤツだな」


 隣の席の《眼鏡の男》だった。微かに緊張を覚える。《殺人者》の人物像が見えない。誰もが《殺人者》に成り得る。


 頭の切れそうな《眼鏡の男》は、何者なのか。今にも「消えろ」と言って、クラスメイトゲームを更なる混乱の極みに突き落とさないか。そう……。


「緊張するな《主人公》。オレは《殺人者》ではない」

「そ、そうか……」


「嘘だ」

「どっちでも構わないさ」


 ぎこちない笑みを張り付けて応じると、《眼鏡の男》は幾分か楽しそうに笑った。


「仮にオレが《殺人者》だったとして、お前はどうする?」

「話し合いたいと思う。俺は、クラスを主人公ENDに導ける」


「《殺人者》である、オレのメリットは?」

「もう、毎日誰かを消さなくていい。このゲームは一見して《殺人者》が有利にも見えるが、人が少なくなるに連れ、消すことは難しくなる筈だ」


「なるほど。だが、こう考えることは出来ないか?」


 俺は目を見開いて、次の《眼鏡の男》の言葉を迎える。


「主人公ENDがあるように、殺人者ENDというものもある。双方とも条件には口を噤んでいるが……その殺人者ENDがもし、《殺人者》にとって都合の良いものだったとしたら?」


 それは、一度ならず考えたことではあった。

 《眼鏡の男》が笑みを深め、俺は息を呑む。


「それは、何だと思う?」

「さぁな。しかし、幾つか推察は出来るだろう。《殺人者》だけに何かが許される。例えば、消した誰かを復活させて終わることが出来る、とか、現実世界で何か望みを叶えてくれる……とかな」


「だから俺が呼びかけても、《殺人者》は応じないと」


 二人のやり取りは、クラス内の人間なら誰でも耳にすることが出来ただろう。俺も《眼鏡の男》も隠すつもりは無かった。


 実際に、俺たちの会話に参加する生徒が現われた。


「いずれにせよ、それも全て不確定よ。結局は《主人公》くんが言ったみたいに《殺人者》を見つけ出して、対話をすることが重要なのかもしれない」


 目を向けると、《高嶺の花》が両肘を抱えるようにして立っていた。《眼鏡の男》もそうだが、俺はこの《高嶺の花》とも話してみたいことがあった。


 俺にはどうしても、彼女が冷徹に人を消すような人物には見えなかった。

 その《高嶺の花》が冷静に言葉を紡ぐ。


「もし《殺人者》が最終日まで生き延びようとするなら、クラスメイト同士で一回も消し合いをさせてはいけない。でも、そんなことは不可能よ。なら殺人者ENDは三十日まで生き延びることではなく、もっと短いと考えるか、別の指標があると考える方が自然ね。ただ、どんどん消せる人間が減っていくから、相手を見極めることも重要となってくる。これから更に条件は悪くなる。話し合いの場を持つことは、不可能ではないと思う」


 彼女はそう言うと、俺たち三人に順番に視線を置いていった。


「私は主人公ENDに乗るわ。終わらせましょう、私達でこのゲームを。当然、宝来ほうらいくんも協力してくれるのでしょう?」


 俺の思惑を他所に、《高嶺の花》は微笑みながら《眼鏡の男》を見ていた。

 宝来? それが《眼鏡の男》の苗字なのだろうか。


 視線を彼に向けると、苦り切ったような表情をしていた。


「直接言葉を交わさないという五十年来の家憲かけんを、平気でお前は破るんだな」

「ここなら誰も見ていないから、いいじゃない。お父様はお元気?」


「知らない」

「噂通り、仲が良いのね」


「おいおい、人の話を聞いてるのか? しかし、財善ざいぜん家はまさかお前をとはな」


 その話し振りからして、二人はどうやら知り合いのようだった。このゲームを通じて知り合った訳ではなく、もっと前からお互いのことを知っていた様子が伺える。


 それだけじゃない。二人は俺たちが知らない何かを、ように思えた。見つめていると、宝来と呼ばれた、どこか聞き覚えのある苗字の男が顔を向ける。


「まぁいいさ。まだ十分とはいえないが、情報も大分集まった。そろそろ全てを収束しよう。それが出来るのは《主人公》しかいない。つまりは、お前だ」


 自分の体に熱が籠もろうとするのを悟る。やはり、コイツ等は何かを知っている。そしてそんな連中が味方になってくれる。


 最初の一人であるエミに顔を向けると、大きく彼女は頷いた。


「それじゃ早速、行動開始と行きますか」


 俺は右手で拳を作り、それを左手へと打ち付ける。

 こうして三人の仲間が出来た俺は、主人公ENDへと向けて走り出した。



 * * *



 俺たちは即座に行動を開始した。


 配役的に授業をサボれない人間がいないことを確認した後、《眼鏡の男》が目をつけていたという、別棟三階の一室に訪れる。


 プレートからは「生徒会室」と読めた。どうせなら活動拠点を設けようということで、そこを根城にすることが決まった。


 配役でお互いを呼ぶのははばかられることから、呼び名について交換し合う。《眼鏡の男》は先ほど呼ばれていた通り、宝来という苗字とのことだ。


「しかし、変わった苗字だよな。何か、妙に聞き覚えがある気もするんだが」

 

 俺が疑問に思って口にすると、何でもない調子で彼は応じる。


「あぁ、それか。まぁ、お前とエミちゃんにならいいだろう。オレは……」


 《眼鏡の男》の出自が判明する。有名企業の御曹司の一人だった。誰もが聞いたことがある旧財閥の名に、唖然となってしまう。それはエミも同じだったようだ。


「といっても本家筋の三男だ。あとオレは、《高嶺の花》のことも実は知っている」

「あ、あぁ。何となく、それは察していたけど」


 《高嶺の花》に目を向けると、彼女は薄く微笑んだ。途方も無く優雅な笑みだった。


「私は財善といいます」

「あの、さっきも言ってもけど。財善って、ひょっとして」


 エミが何かを察したような声を上げ、やがてその出自が判明する。


 宝来と同じく、旧財閥関連のご令嬢だった。宝来と財善の二人は、企業関係のパーティーや会合を含め、今までに何度か顔を合わせたことがあったという。


「パーティーや会合……そんな奴らも参加してたのか。このゲーム」

「まぁオレは色々とあるんだが。財善を見たときには、流石に我が目を疑った」


「それはこっちの台詞。アナタを教室で見たときには、私だって驚いた」


 しかし、そんな二人が仲間に加わってくれたことは心強くもあった。

 早速俺は、気になっていたことを尋ねる。


「なぁ、聞きたいことがあるんだけど、いいか。お前らは……俺たちとはのか? このゲームのことを知っているのか?」


 緩んでいた空気が、その一言で変質する。宝来と財善の二人は視線を交錯させた。財善が頷くと、宝来が「まぁ、そうだよな」と呟く。


 そのまま宝来が、乱暴だが様になった風にパイプ椅子へと腰掛けた。眼鏡を外してブレザーの内ポケットに収め、下がっていた前髪をオールバックに纏めた。


 一瞬で印象が変わった。油断のならない男から、何処か豪奢な、優雅にさえ見える男が生まれていた。


「伊達眼鏡、だったのか?」

「ん? あぁ、人間というのは人相によって受ける印象が随分と異なるからな。場面に応じて印象を操作している。これは素のオレだ」


 出自を聞いたからという訳ではないが、恐ろしい男だ。間を暫く置いて、その男が俺の質問へと応じる。


「お前の質問だが、答えはイエスだ。オレと財善の家を含んだとある団体、その昔からのメンバーは脅迫されている。誰にか? このゲームの主催者だ。あまり詳しくは話せないが、オレは半分は人身御供として、もう半分は調査要員としてこのゲームに参加させられている」


 旧財閥の人間に脅迫? 人身御供? 途方も無い話に、このゲームの不気味さが深まる。立ち込めていた霧が濃くなった。


「だからという訳ではないが、オレと財善のことは信頼してくれて良い。そしてお互い、消える気はない。出来るだけ有用な情報を持ち帰り、次のゲームへと活かす。まだ分からないことが多いんだ。っと、こんな感じで納得してくれるか?」


 俺は自ら質問しておきながら、何と応じれば良いか分からずにいた。どうにか頷くと宝来はふっと頬を緩ませる。財善は物も言わずに両肘を抱え、俺たちを見ていた。


 それからも一方的に質問を重ねたが、答えられないことが多いらしく、新しい情報は得られなかった。


 判明していないことはまだ多い。ただ、独自の視点と情報を持っている人間がいるのは頼もしくもある。


 エミに視線を転じれば、事態の進展に戸惑いつつも再び頷いてくれた。


 それから宝来の提案で、自分達の配役の確認が行われた。行動を共にする仲間が実は……ということを、避ける気持ちもあってのことらしい。


「早速だが、オレの配役は《親友》だ。恐らくオレは誰か親しい人間を作って裏切ると、あの頭痛を味わうことになる。だから一日一回は、忠告したり誰かのタメになりそうなことを言ってはいたが、特定の親しい人間は作らないようにしていた。ソイツが信用できない人間だった場合、裏切ることになるからだ」


 《親友》にしか出来ないこととして、宝来が「よぉ、親友」と俺を呼び、肩を組んで来た。他にも色々と試したが、宝来が頭痛に見舞われることはなさそうだった。


「とはいっても、《殺人者》も友人と肩を組めるかもしれない。完全にオレが《殺人者》じゃないと証明された訳ではないがな」


「それは、《主人公》を名乗った俺も同じだろ?」

「まぁな。《殺人者》よりも《主人公》の方が制約が少なそうだしな」


 続いて俺も言われるがままに色々とやったが、自分が《主人公》であることに間違いがあるはずも無く、特に死ぬほどの痛みは訪れなかった。


 どれほどの痛みかは分からないが、それを受けながらも平然と配役を騙すことなど、常人が出来ることとは思えない。


 エミや財善にもそれぞれの配役として振舞って貰った。特に痛がっている様子も、痛みを隠している様子も無い。宝来が話を纏めるように言う。


「後はお互いの監視か。既に誰かを消していたら意味がないが、今日は必ず二人以上で行動しよう。全員が怪しい動きをすることなく、誰かを消さなくても明日・明後日と過ごしたら、この四人の内に《殺人者》はいないことになるな」


 疑っている訳ではないが、結束力を強めるためだ。今日は二人以上で行動することを確認し、俺たちは一旦教室に帰ることにした。


 腹が減っては何とやらで、昼時が近づいていたからだ。宝来はいつの間にか元の眼鏡姿に戻っていた。


 教室の扉を開けるときは、緊張した。


 俺は今、誰にも消される存在だ。そして宝来が言及したように《殺人者》が独自のENDを目指している場合、その一環で俺を消しに来る可能性もあった。


 そんな俺の緊張を察してか、無敵な状態である財善が前に立つ。彼女が扉を開けると、様々な視線が一斉に俺たちに向けられた。


「誰だ! おれの机に《花》を置きやがったのは! おれはまだ消えちゃいねえぞ! 嫌がらせか、おい、てめぇら!」


 すると《生き物係》が消えた日の朝に騒いでいた、アクセサリーをじゃらつかせた《乱暴そうな男》が教室の中ほどで声を荒げていた。周囲を威圧している。


 既に《不良》がいることから、彼がどんな配役なのか見極め難くなっていた。地味な配役でないことは間違いないが、《ライバル》や何かの委員、係の可能性もある。


 俺たちは目配せをした後、それぞれの席へと向かい着席する。《乱暴そうな男》が俺に気付いてか目を遣って来た。


「《主人公》、てめぇがサッサとケリつけねぇから、おれの不快がマックスなんだけどよ」

「はぁ? どうした、一体」


「おれは苛めるのは好きだけど、嫌がらせされるのは我慢ならねぇんだ」


 訳が分からない。相当頭に血が上っているのか、ソイツは血走った目で俺を睨み付けると歩み寄って来る。


「もう、すべてが面倒なんだよ。くっそイラつくことも多いし。お前たち、《殺人者》を探してるんだろう?」


「それが……どうした」


 エミが心配そうに俺を見つめ、宝来は立ち上がろうとしていた。それが《親友》ならではの行為かもしれないと頭の片隅で思ってしまった自分が、嫌になる。


 宝来を制して立ち上がった。《親友》が俺を慮るように見ている。


「なぁ《主人公》。《殺人者》は《殺人者》で、お前を図りかねているのかもな」

「どういうことだ?」


「向こうは向こうで、素直になれないってことだよ」

「はぁ? それは……」


 俺が言葉に迷っている間に肉薄し、《乱暴そうな男》は気付けば目の前にいた。


「ならさ、俺が助成してやるよ」


 そう言うと、襟首を掴んで来る。

 コイツの役割は何だ。いや、それ以上に、助成って……。


「飯の時間だ。大体がいんだろ。教室にいる奴ら、よぉく聞いておけ。《主人公》、お前はさ。消え――」


 ただ瞠目することしか出来ず、《乱暴そうな男》の口を見守る。


「あっくん!」


 エミが俺を呼ぶ声が聞こえる。だけど、俺は何も出来ない。しまった、油断していた。まさか、こんなことで、《主人公》が――


「ピィィィィイイイイイイイイイイイイ!」


 直後、高い笛の音が教室に響く。窓際に視線を向けると、ホイッスルを口に当てて音を発している《褐色肌の女の子》がいた。


「や、やめなさい! 何してるの、君たち」


 俺は自分をそこで取り戻す。状況は、まだ続いていた。


「あっくんを離せぇえ!」


 エミが男に体当たりする。奴が体勢を崩した隙に俺は手から逃れ、距離を取った。激しく鼓動する心臓が、俺がまだココにいるんだと教えてくれる。


 しかし、奇妙だった。《乱暴そうな男》は数秒、放心したようになっていた。


「おいテメェ、上等じゃねぇか。オレの友達に何してくれてんだよ」


 やがて宝来が《乱暴そうな男》の前に立ちはだかる。財善も直ぐ傍にいて、俺を庇うように腕を横に突き出していた。


「あっくん、大丈夫だった!?」


 隣に視線を向けるとエミがいた。俺は気を落ち着けながら、あぁと返事をする。


「お前、頭大丈夫か!? 《主人公》がいなくなったら、誰がこのゲームを終わらせる? 分かってんのかソレ!」


 宝来が男に食って掛かっていた。

 その剣幕に押されてか、男はたじろぐような様子を見せている。


「な、何だよ、クソが。ほんの冗談じゃねぇか」

「冗談ならもっと面白いことしてみせろ!」


 それから一方的に宝来が言葉を浴びせていると、教室前方の扉が開く音がした。のんびりとした《給食委員》の大柄の男が、給食コンテナを引いて現れる。


「え? 喧嘩?」

 

 その一言に宝来の動きが止まった。《乱暴そうな男》も恐れるように目を向けた。


「給食の時間に、喧嘩? それ、ちょっと、許されないなぁ」


 糸目の《給食委員》が、その細い目を更に細くする。


 配役が判明していながら、どうして彼は消えないのか。それは、彼が唯一暖かい食事を提供する存在だったからだ。


 《給食委員》に睨まれたら、あるいはその存在が消えたら、クラスメイトは寮の粗食で飢えを繋がなければならなくなる。


「いやいやいやいやいや! 喧嘩じゃない、ディスカッション! な!? な!?」


 必死に宝来が《乱暴そうな男》に口裏を合わせるように働きかける。

 一方、《給食委員》は腕を組んでいた。


「それって、本当? 本当じゃなかったら。給食、抜きだよ」


 大企業の御曹司だという宝来が、「本当、本当」と頻りに頷く。な? と《乱暴そうな男》に尋ねれば、急いでその男も「あ、あぁ」と応じた。


「そっかぁ。勘違いしてゴメンね。それじゃ、今日もた~んとお食べ」


 給食というライフラインを担っている《給食委員》は、今日も絶大な威力を教室で振るっていた。



 * * *



 給食をそれぞれが食べ終えると、五時間目までの間に長い休み時間がやってくる。俺は嫌なことがあったばかりで、少し憂鬱になっていた。


 迂闊うかつだった。あの時、誰かが笛を吹かなければ……。

 

 知らず、周りには仲間となった三人が集まっていた。とはいっても、財善以外は皆直ぐ近くの席なんだが。


「あの……ちょっと、良い?」


 その仲間の輪に、誰かが近づいてくる。笛を鳴らしてくれた《褐色肌の女の子》だった。


 俺は顔を上げて彼女を確認した後、三人に視線を送る。

 皆、用件は分かっているような顔をしていた。


「あ、あぁ。それじゃ、場所を移そうか」


 腰を上げた後、宝来が拠点に連れて行くのは早いと言ったので、一旦は廊下の隅に五人で向かう。


「その、さっきはありがとう。助かったよ」


 間抜けな自分を晒してしまった気恥ずかしさもある。頬を掻きながら感謝の言葉を口にすると、目の前の彼女は手を振った。


「あ、ううん。全然。間に合って良かったっていうかさ。あははは」


 遠慮するような笑いをお互い交換していると、宝来が口を出す。


「それで、どうしたんだ? 《風紀委員》よ」

「え!?」


 配役を告げられた彼女は、大きな声を出した。

 それに財善が続く。


「まぁ、そうよね。喧嘩を取り締まっていたんだし。ね、《風紀委員》さん」

「あ、あはははは。い、いやぁ、ご両人、今日はお日柄もよく」


「もう、宝来くんも財善ちゃんも、威圧しちゃ駄目だよ」


 大企業の一族二人による、何処か嫌らしい追求をエミが収める。引き笑いしていた《褐色肌の女の子》は、それから自分が《風紀委員》であることを認めた。


「あの、よかったら……私も力になれないかなって、そう思ったんだけど。それで、私の他にも協力してくれそうな人がいて」


 その提案に、またしてもお坊ちゃんとお嬢様が圧をかける。


「殊勝な心がけだな《風紀委員》よ。だが、《放送委員》を消したのはお前なのか、それとも《殺人者》なのか? 罠だったらとんでもないことになる訳だが……」


「え? いやいやいや、私が消したんじゃ――」


「感心だわ、《風紀委員》さん。策略は百倍返しが我が家の家訓だから。それだけ覚えておいてくれれば……」


「だぁかぁらぁ、もぉ! 宝来くんも財善ちゃんも駄目だってばぁ!」


 我がグループの良心であるエミの取り成しもあり、蓑田みのだと名乗る《風紀委員》と話し合うことになった。


 蓑田に「私は消していません」と何度か言わせ、宝来と財善はじっとその表情を……恐らく目の動きか何かを見て、嘘かどうかを判断しようとしていた。


「よく分かった。まぁ、恐らく本当だろう」

「そうね。あくまで一つの指標に過ぎないけど、私もそう思うわ」


 二人はそれで納得が着いたらしく、俺とエミ、蓑田はほっと息を着いた。


 それから蓑田に紹介したい人がいるからと言われ、俺たちは五人になって体育館へと向かった。そこにこのゲームを通じて知り合った、男子生徒がいるのだと言う。


「《体育委員》だな」

「《体育委員》ね」


 赴かずとも分かっていた。クラスメイトの中に幻のような人物がいた。体育の授業には参加するが、それ以外は殆ど姿を現さない男子生徒だ。


 蓑田の言葉によれば、彼は体育用具室の鍵があるのを良いことに、そこに引き篭もっているというのだ。そんな人物とよく知り合えたものだと思うが、《風紀委員》の活動として構内を巡回している途中で見つけたらしい。


 しかし、彼は授業に参加せず罰は受けないのだろうか。

 そうこうしている内に、体育用具室の前に到着した。


 蓑田が突然、謎の言葉を上げる。


「給食は!」

「すばらしい!」


「エビフライは!」

「揚げたて一番!」


 すると一連の言葉に呼応するように、言葉がそれぞれ返って来た。

 ガチャリと鍵が外れる音がする。色々と変だった。


「帰るか」

「帰りましょうか」

 

 宝来と財善が帰ろうとするのを、エミがなだめる。

 薄暗い体育用具室を覗くと、ごそごそと七段重ねの大きな跳び箱が動いた。


「人間ではないようね。帰りましょう」

「でっかいカタツムリだな。エスカルゴにしても食えん。帰るか」


 油断するとこの二人は、本気で帰りかねない。

 俺は苦笑いしてみせた後、跳び箱に近づく。


「君が《体育委員》だね?」


 尋ねると、跳び箱の間から二つの目が浮かぶ。


「おぉ、キミが噂の《主人公》だな。蓑田くんから休み時間に話は聞いたよ」


 噂になっているとは思いもよらなかったが、それなら話を進めやすくもある。


「そうか。俺は《殺人者》を探そうと思ってる。このゲームを終わらせるんだ。協力してくれるか?」


「威勢が良いね、若いの」

「君、こんな状況でも結構余裕だね」


「必死にブルってるのを隠してるんだ。ならさ《殺人者》を探すのと同時に《放送委員》も探してくれよ」


 俺はその言葉に、姿が見えないながらも彼の人間らしさを感じた。同時に、ある恐ろしさも。


「君は……《保健委員》を消しているね?」


 出切るだけ、神妙さが伝わらないように何気なく尋ねる。


 一度に七人が消えたあの日。蓑田が消していないのなら、《保健委員》は《体育委員》が消した可能性がある。


 ひょっとすると、《殺人者》が一日で二人を消したのかもしれない。たが、そうだとすると何故あの日に限って二人を消したのか。消そうと思えばもっと前から消せた筈だ。


「あぁ、そうだね」


 緊張を覚えていると、あっけなく箱の中の住人は答えた。これで確定した。《保健委員》は《体育委員》によって消されていた。


「どうして、消したんだ?」

「人間の基本原則でしょ。生き残るために、時には他人を蹴落とす。現実の世界でも、そういうことってなかった?」


 唾を飲む。人を消したことをここまで無邪気に、まるでゲーム感覚で以って応じる《体育委員》に尻込みしそうになった。


 当たり前の話だが、色んな人間がいるということだ。仲間を増やそうとするなら、それを俺は乗り越える必要がある。清濁を併せ呑むということ……。


「君を消せるのは《放送委員》だったね。でも《放送委員》は既に消えている」

「嘘かもしれない。疑心暗鬼ってそういうもんでしょ? というか今、ボクはキミを消せるんだけどさ」


 ぞくりと、《乱暴な男》に「消えろ」と口にされかけた恐怖が蘇る。

 その苦味をかみ殺した。笑顔で。


「そういうことも、あるのかもしれないね」

「え? なに? 消えてもいいの? 自殺志願者?」


「いや、生きている限りは精一杯生きるよ。ただ、俺は君はそんなことはしないと信じてる」

「ゲームクリアの関係かな?」


「違う。エビフライ好きに悪い人間はいないと、信じてるんだ」


 一拍置くと、跳び箱の中から弾けたような笑い声が聞こえて来た。


「変なヤツだね、キミ。やっぱり《主人公》はそうじゃないとな。いいよ、仲間になろうじゃないか。とはいっても、出来ることは少なさそうだけど」


 俺は握手をしようとして、その手段がないことに苦笑する。


相浦あいうらだ。よろしく」

「ボクは依代よりしろだ」


 一日にして、早くも俺は新たに四人の仲間を得ることが出来た。


 これでいい。繋がっていくのが、一番なんだ。信頼関係を築いていこう。それがこのゲームに対抗する唯一の手段だ。俺は偽らない。


 それから依代は、自分にしか出来ないこととして体育用具室の利用について話した。言われた通り、僕らは体育用用具室のどんな鍵も動かすことが出来ない。


 その様子を見て、《体育委員》の彼は跳び箱の中で笑っていた。


 蓑田が知っている情報として、保健室や放送室の利用も聞く。それぞれの委員が鍵を持っていたらしいが、放送室は開け放たれているが、保健室は開かないという話だ。必要になるかは分からないが、放送室の機材は委員じゃなくても使えるらしい。


 予鈴が鳴り響き、慌てて《風紀委員》の蓑田が教室へと向かって行く。


 生存者は残り、二十人を切ろうとしている。

 だがその内で五人が仲間であり、配役もある程度は把握出来た。


 体育館から外に出て、雲に塗りたくられた空を仰ぐ。

 この手に俺は、青い空を取り戻してみせる。手を伸ばせば、いつか届くだろうか。


 握った手の平を、俺はじっと眺めていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る