10.相浦 【五日目 九時五十二分】
静かに、だが苛烈に物語が動こうとしているのに気付く。
何かの始まりを今、俺は直感で感じ取っていた。
主人公宣言をしてから、自分の目的が一層クリアになった気がする。《殺人者》を見つけ出し、《傍観者》に変える。消滅の連鎖を、それで断ち切る。
そのためには仲間が必要だった。
自分が日直の《限定ホームルーム》は既に終えている。しかし、人間には足がある。言葉を介してコミュニケーションが図れる。なにも閉鎖された空間で企みを交し合う必要は無い。
そんな俺には今、三人の仲間が出来ていた。
一人は《幼馴染》のエミ。彼女は俺が《主人公》だと知ると、次の休み時間には微笑んでいた。
「やっぱり、君が《主人公》だったんだね」
「え? やっぱりって……それは、どういう意味だ?」
このゲームが始まって二日目にも、似たようなことを疑問に思っていた。エミが《幼馴染》として話しかけてきた時だ。
そんなことを思い返しながら尋ねると、エミは儚く微笑んだ。
「だって、私は《幼馴染》だから。《幼馴染》は《主人公》といつも一緒にいるものでしょ? 私の《幼馴染》はあっくんで、それはやっぱり《主人公》なんだよ」
分かったような、分からないような物言いだった。ただ、言い終えた後に朗らかに頬を緩ませるエミを見ていると、心の何処かが柔らかくなるのを感じた。
「なんだよ、それ」
「へへ~~」
誤魔化すように笑うエミ。その頭につい手を伸ばしたくなったが、止めておく。何よりも今はクラス内のことだ。《殺人者》はきっと、俺を見ている。
早速誰かの視線を感じ取った。その視線を送る人物は、直ぐ近くにいる。
「しかし、お前は呆れたヤツだな」
隣の席の《眼鏡の男》だった。微かに緊張を覚える。《殺人者》の人物像が見えない。誰もが《殺人者》に成り得る。
頭の切れそうな《眼鏡の男》は、何者なのか。今にも「消えろ」と言って、クラスメイトゲームを更なる混乱の極みに突き落とさないか。そう……。
「緊張するな《主人公》。オレは《殺人者》ではない」
「そ、そうか……」
「嘘だ」
「どっちでも構わないさ」
ぎこちない笑みを張り付けて応じると、《眼鏡の男》は幾分か楽しそうに笑った。
「仮にオレが《殺人者》だったとして、お前はどうする?」
「話し合いたいと思う。俺は、クラスを主人公ENDに導ける」
「《殺人者》である、オレのメリットは?」
「もう、毎日誰かを消さなくていい。このゲームは一見して《殺人者》が有利にも見えるが、人が少なくなるに連れ、消すことは難しくなる筈だ」
「なるほど。だが、こう考えることは出来ないか?」
俺は目を見開いて、次の《眼鏡の男》の言葉を迎える。
「主人公ENDがあるように、殺人者ENDというものもある。双方とも条件には口を噤んでいるが……その殺人者ENDがもし、《殺人者》にとって都合の良いものだったとしたら?」
それは、一度ならず考えたことではあった。
《眼鏡の男》が笑みを深め、俺は息を呑む。
「それは、何だと思う?」
「さぁな。しかし、幾つか推察は出来るだろう。《殺人者》だけに何かが許される。例えば、消した誰かを復活させて終わることが出来る、とか、現実世界で何か望みを叶えてくれる……とかな」
「だから俺が呼びかけても、《殺人者》は応じないと」
二人のやり取りは、クラス内の人間なら誰でも耳にすることが出来ただろう。俺も《眼鏡の男》も隠すつもりは無かった。
実際に、俺たちの会話に参加する生徒が現われた。
「いずれにせよ、それも全て不確定よ。結局は《主人公》くんが言ったみたいに《殺人者》を見つけ出して、対話をすることが重要なのかもしれない」
目を向けると、《高嶺の花》が両肘を抱えるようにして立っていた。《眼鏡の男》もそうだが、俺はこの《高嶺の花》とも話してみたいことがあった。
俺にはどうしても、彼女が冷徹に人を消すような人物には見えなかった。
その《高嶺の花》が冷静に言葉を紡ぐ。
「もし《殺人者》が最終日まで生き延びようとするなら、クラスメイト同士で一回も消し合いをさせてはいけない。でも、そんなことは不可能よ。なら殺人者ENDは三十日まで生き延びることではなく、もっと短いと考えるか、別の指標があると考える方が自然ね。ただ、どんどん消せる人間が減っていくから、相手を見極めることも重要となってくる。これから更に条件は悪くなる。話し合いの場を持つことは、不可能ではないと思う」
彼女はそう言うと、俺たち三人に順番に視線を置いていった。
「私は主人公ENDに乗るわ。終わらせましょう、私達でこのゲームを。当然、
俺の思惑を他所に、《高嶺の花》は微笑みながら《眼鏡の男》を見ていた。
宝来? それが《眼鏡の男》の苗字なのだろうか。
視線を彼に向けると、苦り切ったような表情をしていた。
「直接言葉を交わさないという五十年来の
「ここなら誰も見ていないから、いいじゃない。お父様はお元気?」
「知らない」
「噂通り、仲が良いのね」
「おいおい、人の話を聞いてるのか? しかし、
その話し振りからして、二人はどうやら知り合いのようだった。このゲームを通じて知り合った訳ではなく、もっと前からお互いのことを知っていた様子が伺える。
それだけじゃない。二人は俺たちが知らない何かを、知っているように思えた。見つめていると、宝来と呼ばれた、どこか聞き覚えのある苗字の男が顔を向ける。
「まぁいいさ。まだ十分とはいえないが、情報も大分集まった。そろそろ全てを収束しよう。それが出来るのは《主人公》しかいない。つまりは、お前だ」
自分の体に熱が籠もろうとするのを悟る。やはり、コイツ等は何かを知っている。そしてそんな連中が味方になってくれる。
最初の一人であるエミに顔を向けると、大きく彼女は頷いた。
「それじゃ早速、行動開始と行きますか」
俺は右手で拳を作り、それを左手へと打ち付ける。
こうして三人の仲間が出来た俺は、主人公ENDへと向けて走り出した。
* * *
俺たちは即座に行動を開始した。
配役的に授業をサボれない人間がいないことを確認した後、《眼鏡の男》が目をつけていたという、別棟三階の一室に訪れる。
プレートからは「生徒会室」と読めた。どうせなら活動拠点を設けようということで、そこを根城にすることが決まった。
配役でお互いを呼ぶのは
「しかし、変わった苗字だよな。何か、妙に聞き覚えがある気もするんだが」
俺が疑問に思って口にすると、何でもない調子で彼は応じる。
「あぁ、それか。まぁ、お前とエミちゃんにならいいだろう。オレは……」
《眼鏡の男》の出自が判明する。有名企業の御曹司の一人だった。誰もが聞いたことがある旧財閥の名に、唖然となってしまう。それはエミも同じだったようだ。
「といっても本家筋の三男だ。あとオレは、《高嶺の花》のことも実は知っている」
「あ、あぁ。何となく、それは察していたけど」
《高嶺の花》に目を向けると、彼女は薄く微笑んだ。途方も無く優雅な笑みだった。
「私は財善といいます」
「あの、さっきも言ってもけど。財善って、ひょっとして」
エミが何かを察したような声を上げ、やがてその出自が判明する。
宝来と同じく、旧財閥関連のご令嬢だった。宝来と財善の二人は、企業関係のパーティーや会合を含め、今までに何度か顔を合わせたことがあったという。
「パーティーや会合……そんな奴らも参加してたのか。このゲーム」
「まぁオレは色々とあるんだが。財善を見たときには、流石に我が目を疑った」
「それはこっちの台詞。アナタを教室で見たときには、私だって驚いた」
しかし、そんな二人が仲間に加わってくれたことは心強くもあった。
早速俺は、気になっていたことを尋ねる。
「なぁ、聞きたいことがあるんだけど、いいか。お前らは……俺たちとは違うのか? このゲームのことを知っているのか?」
緩んでいた空気が、その一言で変質する。宝来と財善の二人は視線を交錯させた。財善が頷くと、宝来が「まぁ、そうだよな」と呟く。
そのまま宝来が、乱暴だが様になった風にパイプ椅子へと腰掛けた。眼鏡を外してブレザーの内ポケットに収め、下がっていた前髪をオールバックに纏めた。
一瞬で印象が変わった。油断のならない男から、何処か豪奢な、優雅にさえ見える男が生まれていた。
「伊達眼鏡、だったのか?」
「ん? あぁ、人間というのは人相によって受ける印象が随分と異なるからな。場面に応じて印象を操作している。これは素のオレだ」
出自を聞いたからという訳ではないが、恐ろしい男だ。間を暫く置いて、その男が俺の質問へと応じる。
「お前の質問だが、答えはイエスだ。オレと財善の家を含んだとある団体、その昔からのメンバーは脅迫されている。誰にか? このゲームの主催者だ。あまり詳しくは話せないが、オレは半分は人身御供として、もう半分は調査要員としてこのゲームに参加させられている」
旧財閥の人間に脅迫? 人身御供? 途方も無い話に、このゲームの不気味さが深まる。立ち込めていた霧が濃くなった。
「だからという訳ではないが、オレと財善のことは信頼してくれて良い。そしてお互い、消える気はない。出来るだけ有用な情報を持ち帰り、次のゲームへと活かす。まだ分からないことが多いんだ。っと、こんな感じで納得してくれるか?」
俺は自ら質問しておきながら、何と応じれば良いか分からずにいた。どうにか頷くと宝来はふっと頬を緩ませる。財善は物も言わずに両肘を抱え、俺たちを見ていた。
それからも一方的に質問を重ねたが、答えられないことが多いらしく、新しい情報は得られなかった。
判明していないことはまだ多い。ただ、独自の視点と情報を持っている人間がいるのは頼もしくもある。
エミに視線を転じれば、事態の進展に戸惑いつつも再び頷いてくれた。
それから宝来の提案で、自分達の配役の確認が行われた。行動を共にする仲間が実は……ということを、避ける気持ちもあってのことらしい。
「早速だが、オレの配役は《親友》だ。恐らくオレは誰か親しい人間を作って裏切ると、あの頭痛を味わうことになる。だから一日一回は、忠告したり誰かのタメになりそうなことを言ってはいたが、特定の親しい人間は作らないようにしていた。ソイツが信用できない人間だった場合、裏切ることになるからだ」
《親友》にしか出来ないこととして、宝来が「よぉ、親友」と俺を呼び、肩を組んで来た。他にも色々と試したが、宝来が頭痛に見舞われることはなさそうだった。
「とはいっても、《殺人者》も友人と肩を組めるかもしれない。完全にオレが《殺人者》じゃないと証明された訳ではないがな」
「それは、《主人公》を名乗った俺も同じだろ?」
「まぁな。《殺人者》よりも《主人公》の方が制約が少なそうだしな」
続いて俺も言われるがままに色々とやったが、自分が《主人公》であることに間違いがあるはずも無く、特に死ぬほどの痛みは訪れなかった。
どれほどの痛みかは分からないが、それを受けながらも平然と配役を騙すことなど、常人が出来ることとは思えない。
エミや財善にもそれぞれの配役として振舞って貰った。特に痛がっている様子も、痛みを隠している様子も無い。宝来が話を纏めるように言う。
「後はお互いの監視か。既に誰かを消していたら意味がないが、今日は必ず二人以上で行動しよう。全員が怪しい動きをすることなく、誰かを消さなくても明日・明後日と過ごしたら、この四人の内に《殺人者》はいないことになるな」
疑っている訳ではないが、結束力を強めるためだ。今日は二人以上で行動することを確認し、俺たちは一旦教室に帰ることにした。
腹が減っては何とやらで、昼時が近づいていたからだ。宝来はいつの間にか元の眼鏡姿に戻っていた。
教室の扉を開けるときは、緊張した。
俺は今、誰にも消される存在だ。そして宝来が言及したように《殺人者》が独自のENDを目指している場合、その一環で俺を消しに来る可能性もあった。
そんな俺の緊張を察してか、無敵な状態である財善が前に立つ。彼女が扉を開けると、様々な視線が一斉に俺たちに向けられた。
「誰だ! おれの机に《花》を置きやがったのは! おれはまだ消えちゃいねえぞ! 嫌がらせか、おい、てめぇら!」
すると《生き物係》が消えた日の朝に騒いでいた、アクセサリーをじゃらつかせた《乱暴そうな男》が教室の中ほどで声を荒げていた。周囲を威圧している。
既に《不良》がいることから、彼がどんな配役なのか見極め難くなっていた。地味な配役でないことは間違いないが、《ライバル》や何かの委員、係の可能性もある。
俺たちは目配せをした後、それぞれの席へと向かい着席する。《乱暴そうな男》が俺に気付いてか目を遣って来た。
「《主人公》、てめぇがサッサとケリつけねぇから、おれの不快がマックスなんだけどよ」
「はぁ? どうした、一体」
「おれは苛めるのは好きだけど、嫌がらせされるのは我慢ならねぇんだ」
訳が分からない。相当頭に血が上っているのか、ソイツは血走った目で俺を睨み付けると歩み寄って来る。
「もう、すべてが面倒なんだよ。くっそイラつくことも多いし。お前たち、《殺人者》を探してるんだろう?」
「それが……どうした」
エミが心配そうに俺を見つめ、宝来は立ち上がろうとしていた。それが《親友》ならではの行為かもしれないと頭の片隅で思ってしまった自分が、嫌になる。
宝来を制して立ち上がった。《親友》が俺を慮るように見ている。
「なぁ《主人公》。《殺人者》は《殺人者》で、お前を図りかねているのかもな」
「どういうことだ?」
「向こうは向こうで、素直になれないってことだよ」
「はぁ? それは……」
俺が言葉に迷っている間に肉薄し、《乱暴そうな男》は気付けば目の前にいた。
「ならさ、俺が助成してやるよ」
そう言うと、襟首を掴んで来る。
コイツの役割は何だ。いや、それ以上に、助成って……。
「飯の時間だ。大体がいんだろ。教室にいる奴ら、よぉく聞いておけ。《主人公》、お前はさ。消え――」
ただ瞠目することしか出来ず、《乱暴そうな男》の口を見守る。
「あっくん!」
エミが俺を呼ぶ声が聞こえる。だけど、俺は何も出来ない。しまった、油断していた。まさか、こんなことで、《主人公》が――
「ピィィィィイイイイイイイイイイイイ!」
直後、高い笛の音が教室に響く。窓際に視線を向けると、ホイッスルを口に当てて音を発している《褐色肌の女の子》がいた。
「や、やめなさい! 何してるの、君たち」
俺は自分をそこで取り戻す。状況は、まだ続いていた。
「あっくんを離せぇえ!」
エミが男に体当たりする。奴が体勢を崩した隙に俺は手から逃れ、距離を取った。激しく鼓動する心臓が、俺がまだココにいるんだと教えてくれる。
しかし、奇妙だった。《乱暴そうな男》は数秒、放心したようになっていた。
「おいテメェ、上等じゃねぇか。オレの友達に何してくれてんだよ」
やがて宝来が《乱暴そうな男》の前に立ちはだかる。財善も直ぐ傍にいて、俺を庇うように腕を横に突き出していた。
「あっくん、大丈夫だった!?」
隣に視線を向けるとエミがいた。俺は気を落ち着けながら、あぁと返事をする。
「お前、頭大丈夫か!? 《主人公》がいなくなったら、誰がこのゲームを終わらせる? 分かってんのかソレ!」
宝来が男に食って掛かっていた。
その剣幕に押されてか、男はたじろぐような様子を見せている。
「な、何だよ、クソが。ほんの冗談じゃねぇか」
「冗談ならもっと面白いことしてみせろ!」
それから一方的に宝来が言葉を浴びせていると、教室前方の扉が開く音がした。のんびりとした《給食委員》の大柄の男が、給食コンテナを引いて現れる。
「え? 喧嘩?」
その一言に宝来の動きが止まった。《乱暴そうな男》も恐れるように目を向けた。
「給食の時間に、喧嘩? それ、ちょっと、許されないなぁ」
糸目の《給食委員》が、その細い目を更に細くする。
配役が判明していながら、どうして彼は消えないのか。それは、彼が唯一暖かい食事を提供する存在だったからだ。
《給食委員》に睨まれたら、あるいはその存在が消えたら、クラスメイトは寮の粗食で飢えを繋がなければならなくなる。
「いやいやいやいやいや! 喧嘩じゃない、ディスカッション! な!? な!?」
必死に宝来が《乱暴そうな男》に口裏を合わせるように働きかける。
一方、《給食委員》は腕を組んでいた。
「それって、本当? 本当じゃなかったら。給食、抜きだよ」
大企業の御曹司だという宝来が、「本当、本当」と頻りに頷く。な? と《乱暴そうな男》に尋ねれば、急いでその男も「あ、あぁ」と応じた。
「そっかぁ。勘違いしてゴメンね。それじゃ、今日もた~んとお食べ」
給食というライフラインを担っている《給食委員》は、今日も絶大な威力を教室で振るっていた。
* * *
給食をそれぞれが食べ終えると、五時間目までの間に長い休み時間がやってくる。俺は嫌なことがあったばかりで、少し憂鬱になっていた。
知らず、周りには仲間となった三人が集まっていた。とはいっても、財善以外は皆直ぐ近くの席なんだが。
「あの……ちょっと、良い?」
その仲間の輪に、誰かが近づいてくる。笛を鳴らしてくれた《褐色肌の女の子》だった。
俺は顔を上げて彼女を確認した後、三人に視線を送る。
皆、用件は分かっているような顔をしていた。
「あ、あぁ。それじゃ、場所を移そうか」
腰を上げた後、宝来が拠点に連れて行くのは早いと言ったので、一旦は廊下の隅に五人で向かう。
「その、さっきはありがとう。助かったよ」
間抜けな自分を晒してしまった気恥ずかしさもある。頬を掻きながら感謝の言葉を口にすると、目の前の彼女は手を振った。
「あ、ううん。全然。間に合って良かったっていうかさ。あははは」
遠慮するような笑いをお互い交換していると、宝来が口を出す。
「それで、どうしたんだ? 《風紀委員》よ」
「え!?」
配役を告げられた彼女は、大きな声を出した。
それに財善が続く。
「まぁ、そうよね。喧嘩を取り締まっていたんだし。ね、《風紀委員》さん」
「あ、あはははは。い、いやぁ、ご両人、今日はお日柄もよく」
「もう、宝来くんも財善ちゃんも、威圧しちゃ駄目だよ」
大企業の一族二人による、何処か嫌らしい追求をエミが収める。引き笑いしていた《褐色肌の女の子》は、それから自分が《風紀委員》であることを認めた。
「あの、よかったら……私も力になれないかなって、そう思ったんだけど。それで、私の他にも協力してくれそうな人がいて」
その提案に、またしてもお坊ちゃんとお嬢様が圧をかける。
「殊勝な心がけだな《風紀委員》よ。だが、《放送委員》を消したのはお前なのか、それとも《殺人者》なのか? 罠だったらとんでもないことになる訳だが……」
「え? いやいやいや、私が消したんじゃ――」
「感心だわ、《風紀委員》さん。策略は百倍返しが我が家の家訓だから。それだけ覚えておいてくれれば……」
「だぁかぁらぁ、もぉ! 宝来くんも財善ちゃんも駄目だってばぁ!」
我がグループの良心であるエミの取り成しもあり、
蓑田に「私は消していません」と何度か言わせ、宝来と財善はじっとその表情を……恐らく目の動きか何かを見て、嘘かどうかを判断しようとしていた。
「よく分かった。まぁ、恐らく本当だろう」
「そうね。あくまで一つの指標に過ぎないけど、私もそう思うわ」
二人はそれで納得が着いたらしく、俺とエミ、蓑田はほっと息を着いた。
それから蓑田に紹介したい人がいるからと言われ、俺たちは五人になって体育館へと向かった。そこにこのゲームを通じて知り合った、男子生徒がいるのだと言う。
「《体育委員》だな」
「《体育委員》ね」
赴かずとも分かっていた。クラスメイトの中に幻のような人物がいた。体育の授業には参加するが、それ以外は殆ど姿を現さない男子生徒だ。
蓑田の言葉によれば、彼は体育用具室の鍵があるのを良いことに、そこに引き篭もっているというのだ。そんな人物とよく知り合えたものだと思うが、《風紀委員》の活動として構内を巡回している途中で見つけたらしい。
しかし、彼は授業に参加せず罰は受けないのだろうか。
そうこうしている内に、体育用具室の前に到着した。
蓑田が突然、謎の言葉を上げる。
「給食は!」
「すばらしい!」
「エビフライは!」
「揚げたて一番!」
すると一連の言葉に呼応するように、言葉がそれぞれ返って来た。
ガチャリと鍵が外れる音がする。色々と変だった。
「帰るか」
「帰りましょうか」
宝来と財善が帰ろうとするのを、エミがなだめる。
薄暗い体育用具室を覗くと、ごそごそと七段重ねの大きな跳び箱が動いた。
「人間ではないようね。帰りましょう」
「でっかいカタツムリだな。エスカルゴにしても食えん。帰るか」
油断するとこの二人は、本気で帰りかねない。
俺は苦笑いしてみせた後、跳び箱に近づく。
「君が《体育委員》だね?」
尋ねると、跳び箱の間から二つの目が浮かぶ。
「おぉ、キミが噂の《主人公》だな。蓑田くんから休み時間に話は聞いたよ」
噂になっているとは思いもよらなかったが、それなら話を進めやすくもある。
「そうか。俺は《殺人者》を探そうと思ってる。このゲームを終わらせるんだ。協力してくれるか?」
「威勢が良いね、若いの」
「君、こんな状況でも結構余裕だね」
「必死にブルってるのを隠してるんだ。ならさ《殺人者》を探すのと同時に《放送委員》も探してくれよ」
俺はその言葉に、姿が見えないながらも彼の人間らしさを感じた。同時に、ある恐ろしさも。
「君は……《保健委員》を消しているね?」
出切るだけ、神妙さが伝わらないように何気なく尋ねる。
一度に七人が消えたあの日。蓑田が消していないのなら、《保健委員》は《体育委員》が消した可能性がある。
ひょっとすると、《殺人者》が一日で二人を消したのかもしれない。たが、そうだとすると何故あの日に限って二人を消したのか。消そうと思えばもっと前から消せた筈だ。
「あぁ、そうだね」
緊張を覚えていると、あっけなく箱の中の住人は答えた。これで確定した。《保健委員》は《体育委員》によって消されていた。
「どうして、消したんだ?」
「人間の基本原則でしょ。生き残るために、時には他人を蹴落とす。現実の世界でも、そういうことってなかった?」
唾を飲む。人を消したことをここまで無邪気に、まるでゲーム感覚で以って応じる《体育委員》に尻込みしそうになった。
当たり前の話だが、色んな人間がいるということだ。仲間を増やそうとするなら、それを俺は乗り越える必要がある。清濁を併せ呑むということ……。
「君を消せるのは《放送委員》だったね。でも《放送委員》は既に消えている」
「嘘かもしれない。疑心暗鬼ってそういうもんでしょ? というか今、ボクはキミを消せるんだけどさ」
ぞくりと、《乱暴な男》に「消えろ」と口にされかけた恐怖が蘇る。
その苦味をかみ殺した。笑顔で。
「そういうことも、あるのかもしれないね」
「え? なに? 消えてもいいの? 自殺志願者?」
「いや、生きている限りは精一杯生きるよ。ただ、俺は君はそんなことはしないと信じてる」
「ゲームクリアの関係かな?」
「違う。エビフライ好きに悪い人間はいないと、信じてるんだ」
一拍置くと、跳び箱の中から弾けたような笑い声が聞こえて来た。
「変なヤツだね、キミ。やっぱり《主人公》はそうじゃないとな。いいよ、仲間になろうじゃないか。とはいっても、出来ることは少なさそうだけど」
俺は握手をしようとして、その手段がないことに苦笑する。
「
「ボクは
一日にして、早くも俺は新たに四人の仲間を得ることが出来た。
これでいい。繋がっていくのが、一番なんだ。信頼関係を築いていこう。それがこのゲームに対抗する唯一の手段だ。俺は偽らない。
それから依代は、自分にしか出来ないこととして体育用具室の利用について話した。言われた通り、僕らは体育用用具室のどんな鍵も動かすことが出来ない。
その様子を見て、《体育委員》の彼は跳び箱の中で笑っていた。
蓑田が知っている情報として、保健室や放送室の利用も聞く。それぞれの委員が鍵を持っていたらしいが、放送室は開け放たれているが、保健室は開かないという話だ。必要になるかは分からないが、放送室の機材は委員じゃなくても使えるらしい。
予鈴が鳴り響き、慌てて《風紀委員》の蓑田が教室へと向かって行く。
生存者は残り、二十人を切ろうとしている。
だがその内で五人が仲間であり、配役もある程度は把握出来た。
体育館から外に出て、雲に塗りたくられた空を仰ぐ。
この手に俺は、青い空を取り戻してみせる。手を伸ばせば、いつか届くだろうか。
握った手の平を、俺はじっと眺めていた。
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