第3話


「いやあ、よく来たね。」

僕と、怜子が、出迎えた。

平君は、僕と同期で、明子さんは、1つ下の後輩だ

「お邪魔します。今日は、茉莉子さんは、いるんですか。」

いきなり、平君が言う。

「いや、いないけれど、どうして。」

「あはは。やっぱり。平先輩は、茉莉子さんのファンなのよね。」と明子さんが、大きな口を開けて笑った。


「おいおい、僕の娘だよ。年齢を考えてよ。というか、君も奥さんいるんだから、内の茉莉子に、絶対に手を出すなよ。」

「ねえ、平君。うちの人、普段は、パパしてるでしょ。」と怜子も笑う。

「そうですね。でも、恋愛に年は関係ないですからね。」

「いやいやいや。だから、お前は結婚してるから、絶対に近寄るなって。」

「だからさ、平君。奥さんと別れてからにしてよ。」と怜子が、話を続ける。

「だから、平は、絶対にダメ。」


平君も、明子さんも、半年に1度ぐらいは、我が家に押しかけてくるようになった。

今日も、理由はないけれど、やってきては、僕の秘蔵のウイスキーを飲もうって算段だろう。

怜子も、パーティとまではいかないが、そんな手料理を作るのが楽しいようで、昨日から、準備をして待っていた。


「奥さんの手料理、美味しいですよね。いつも。」

平君は、お世辞でもないような言い方で、怜子に言った。

「そうでしょ。私、結構、料理上手いのよ。」

「これなら、お店を出しても、流行るんじゃないですか。」と平君も、これはお世辞だろう。

「そうかしら。私、お店だそうかしら。」

「そうですよ。奥さん、才能あるんだから、それで稼がなきゃ。」

「そうよね。ねえ、あなた、私、お店だそうかな。」

怜子は、本気なのか、冗談なのか、僕には解らない笑い顔を見せる。

「別に、お店出す必要なんてないさ。」

「そうよね。私にはできないわよね。」

そう言って、笑って見せた。


「奥さんは、良いですよね。才能もあって、働く気持ちもあって。うちの娘なんて、才能もない上に、学校卒業したのに、まだ就職もする気なんて、これっぽっちもないんですよ。毎日、遊んでばっか。」

平君が、ため息をもらした。

「その内に、遊ぶのも飽きてくるわよ。」と怜子が言った。

「でも、働かないなんて、ダメよね。平先輩も、もっと娘に、強く言わなくちゃ。」明子さんが、平君を責めるように言った。

「だって、社会に出て、働いてこそ、一人前でしょ。」

「厳しいね、明子ちゃん。」怜子が、その口調にびっくりしたように言う。

「でも、そうでしょ。ね、先輩。」


僕は、こんな理屈にもならない話には、どうも反論をしたくなる性格だ。

あることについて、よく考えもせずに、持論を押し付ける。

あたかも、それが正論のように。

「危険だな。それは、危険な考え方だよ。明子ちゃん。」まずは落ち着いた言い方で説明をしよう。


「えっ、どうしてですか。」

「君は、働くことが善で、働かないことが悪だと思ってはいないかい。」

「そうですけど。えっ、違うんですか。」

「うん、大いなる間違いだなあ。そんな発想をしていたら、非常に危険だよ。」

明子さんは、僕の危険だという言葉に、ビックリしたようだ。


「先輩、どうして、危険なんですか。」平君も、理由が気になるようだ。

「それは、人間選別につながるからさ。」

「人間選別って。」平君が、呆れたように言葉を繰り返す。


「じゃ、平君。君は、どうして働いているんだい。」

「食べるためです。お金が必要ですもん。生活するには。」

「そうだね。それは正解だ。お金が必要だから、働く。でも、それじゃ、働かなくてもいいお金があったら、どうだ。」

「それは、でもやっぱり。働かないといけないと思います。」と明子さんが、途中から言葉を挟んだ。


「何故、働かなくちゃいけないと思う。」

「だって、そうじゃなきゃ、この社会が回っていかなくなるじゃないですか。」「そうだね。でも、1人ぐらい働かなくても、社会は回っていくよ。働いてない人を見て、私も働かないようにしようなんて思う人はいないし。」

「でも、みんな働かなくなったら、みんな死んじゃいますって。」

「いや、誰かが、これじゃだめだと思って、働き出すよ。社会が回らないなんて、そんな心配いらないよ。それにさ、誰も働かないで、みんなが死んじゃうんだったら、それもまた人類の運命だよ。」

「運命って。」怜子がつぶやいた。


納得のいかないような明子さんに、僕は、続けた。

「それにさ、働くことが、社会を回すことだなんて言っちゃうとさ、そこに職業の貴賤が発生しちゃうんだなあ。解るかなあ。解んないだろうなあ。ははは。知ってる。ねえ、このギャグ知ってる?」ここで少し昔流行ったギャグを挟む。

全員、ポカンとした顔である。


「いいかい。解るかなっていうギャグは、解んないとしてさ。働くことが、社会を回すという理由で必要だなんて、言ったらさ。そこに善悪が発生しちゃうよ。働くことが善で、働かないことが悪。まあ、明子ちゃんは、そんな考えだだったよね。それに、良い仕事と、悪い仕事の差別が出来ちゃう。優劣も出来ちゃうな。それと、貢献度にも差が出てきちゃう。そんでもって、その基準が、これ、人によって判断が違うしさ、結構ややこしいよ。医者は、良い職業だと思うかな。明子ちゃん。」

明子さんは、何かの引っかけがあるのじゃないかと、一瞬答えを戸惑ったけれど、言った。

「ええ。いい仕事だと思います。」

「そうだよね。医者は、人の命を救ったりするもんね。良い仕事だよね。」

「じゃ、風俗嬢は、どう?社会を回す良い仕事だと思う?」

「えーっ。そんなの、引っかけだよ。でも、風俗嬢も社会を回すっていう意味では、必要なのかもですよ。」

「そうだよね。じゃ、医者と風俗嬢は、同じだということだよね。子供が風俗嬢になるって言っても、大歓迎するんだよね。」

「あのねえ。無理やりやな。」と、怜子が口を挟む。


「まあいいや。じゃ、働くって、いろいろあるけれど、貴賤は無いとしてさ、社会を回すのに必要だとかになったら、そこにまた差別が出てくるよ。だって、普段、僕も明子ちゃんも平も、サラリーマンしてるけれど。1日に8時間働いている人がいるとするね。というか、あの8時間という数字が一般的な物差しになってるけれど、あの数字って、誰が決めたのかな。その理由ってなんだろう。まあ、それは置いておいてさ。1日に、4時間働いている人もいるし、パートとかね。1日に12時間働いている人人もいるよね。働いている時間が違うけれど、これは同じなのかな。」

「それは、違うけど。同じぐらい偉いと思います。」

「へえ。じゃ。1日に5分だけ働いている人は、どう?」

「また、無理やりが始まりますよー。」怜子が言った。

「全く働いていない人と、5分働いている人と、そんなに違うかなあ。5分働いている人が、働いてない人に向かって、お前は、働いていてないから、悪人だ。なんて、言っても、その理屈は正しいのかな。」

「先輩、話が極端すぎます。でも、そういわれたら、困ります。」

と言いながら、明子ちゃんは唐揚げを口に放り込む。


「だって、1日に4時間働く人と、8時間働く人は、社会を回すという意味では、4時間働く人は、8時間働く人の50パーセントしか、社会を回していないよ。

だから、その人は、半分善人で、半分悪人ということになるよ。じゃ、私は、1日に24時間働くって言ったら、もうそれは、全身善人だ。」


すると、平君が口を挟む。

「そういえば、そうだね。確かに24時働く人は、善人ですね。」

「いや、そっちかい。」怜子が笑った。

「奥さん、でも、やっぱり、働くことが善としたら、そこに時間の長さで、善悪のポイントみたいなのが、違ってきますよね。」

「そうかなあ。」怜子は、納得をしようとはしない。


「というかさ。働くことが善だと考えたら、時間もそうだけれど、自分の仕事を振り返ったらさ、そんな24時間も働いてないし、それほど社会に役に立つことばかりしてきたと自慢できるほどのこともしてないし。社会に貢献している他の人の事を考えたら、恥ずかしくて、こんな風に、呑気にしてられないよ。それ解ってて、今もまだ、のんびり食べているって、それは、少し悪人なのかな、、、。あ、このシャケのグリルも美味しそうですね。」


明子さんも、平君も、そんな話よりも、目の前の料理の方に興味があるようで、僕の話は、さっきから上の空である。

「さあ、平君も、お酒飲むでしょ。明子ちゃんもね。」と怜子が話を止めさせようと口を挟んだ。

「頂きまーす。」平君も明子ちゃんも、やけに明るい声で答える。


「それにさ、、、。」

「あなた、もういいです。食べましょうよ。」

「了解。でも、平君とこの娘さんも、働かなくても、大丈夫だよってことを言いたかったんだ。」

「ありがとうございます。」と、サンドイッチを口に入れながら答えた。


人は、何故、働くのか、それはお金が必要だからというのは、これは間違いがない。

しかし、それだけでは、説明が付かない。

たとえ、暮らすに十分なお金があったとしても、人は、働こうとする。

詰まりは、働きたいのだ。

その理由は、怜子を見ていれば、解るような気がする。

認められたいのである。

自分という存在を認めて欲しい。

その渇望が、人をして働かしめているのである。


昼間から酒を飲むという行為は、楽しいものである。

いや、朝から飲むというのも、これもまた、楽しい。

勿論、夜の酒も美味い。

とはいうものの、朝や昼の酒は廻る。


「それにしても、平君は、よく食べるね。」

「いやあ、奥さんの手料理が美味しいですからね。」


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