ここは、乙女ゲームの世界なの?

空のかけら

ここは、乙女ゲームの世界なの?

 私は幼い時に、高熱を発して約1年意識がなく寝たきりになっていた時期がある。

 その時に不思議な体験をした。

 こことは違う世界で生活をしていた。


 赤ちゃんの時から、交通事故に遭った21歳までの間のこと。

 初めのうちは、それまでの環境から一変したことに驚いた。

 しかし、身体が赤ちゃんだったこともあるのだろう、徐々に慣れていって、逆に意識不明の身体の方を忘れていってしまった。


 成長していくうちに、あちこちに興味を持ち、多芸多趣味となった上に、生家が多角化経営をする国際企業の創業家だったこともあり、やりたいことはすべて学ばせてもらった。

 やっていることは、多岐に及ぶのにその全てが突き詰める形の習得となり、大学卒業後はすぐに生家である企業の重役クラスでも問題がないと言われた。

 最も、趣味や学校での成績などでは企業内の評価にはならず、あくまでも入社後の実績を重視する企業のため、創業家出身の私でも一社員から始めるのだが。


 そんな私も、同級生では知らない人はいないと言われるゲームで遊び始めたのは、中学2年生の時だった。

 ストーリーは、”幼い時に高熱を発し、意識不明になった令嬢が意識を取り戻した後に、王子の婚約者となり、のちに悪役令嬢として断罪される”というもの。

 当初は、他人事のように思っていた。同級生では、ゲームをしたことがない人がいないくらい売れていたゲームだったから、私も興味津々で遊んでいた。


 しかし、遊んでいくうちにデジャヴ?みたいになってしまったことがある。

 意識不明になる件がなんとなく、生まれる以前にあった前世に似ているような気がしたから。


 そのとき、赤ちゃんの時より前の記憶のことは、前世だったと私の中では整理ができていて、生活年数が増えるごとにその記憶はあやふやなものになっていった。

 境遇が似ていたとしても、前世のことだからたまたま同じ形になったのだろうと。


 ゲームには、熱中した。

 友達はみんなこぞって進行状況を話して、一喜一憂していた。

 攻略本も買った。

 どこでどういう選択をすれば、どういう行動に移れるかなどなど。

 悪役令嬢となった令嬢も、その断罪を回避してハッピーエンドになれるルートもあったり、王子の婚約破棄が、男に走った結果だったりとか、最初の発売後のパッチでゲーム自体が成長していったのも、売れた理由。パッチは公式のものだけではなく、何度目のパッチで、ユーザーが自由にシナリオやルートを作れるようになり、後日メーカーの公募で正式採用されたものまでを入れると、膨大なものになり、攻略に関するサイトも多い、無限に成長する一生涯かかっても全てのルートを制覇するのは難しいとまで言われた。


 このゲームの続編も出て、これまた売れに売れた。続編以降も、令嬢たちの子供や孫、その後の子孫たちの物語など、ゲームだけではなく、小説も出版され、メディアミックス作品としても有名になった。

 最終的には、ネットゲームまで出たことから、私が成人してもまだ話題の1つだった。


 何はともあれ、私が前世だと思っていたことが、実は前世ではなく、意識がない時に見た夢の世界という形になっていたのに気が付いたのは、約1年に及ぶ意識不明な状態から目覚め、しばらく混乱していた時に、たまたま訪問していた王子の婚約者となった時点でのことだった。

 もちろん、夢の世界では、生まれてから交通事故までを体験していることもあり、そちらの方が前世?と思っている。

 夢の世界でも、記憶はもちろん体験したことを全て覚えており、あのゲームのおかげで、悪役令嬢としても断罪されず、幸福な人生を送れた。

 まぁ、王子の婚約者の立場は早々に回避させていただき、男に走るルートを消化して、私から見ると笑える展開にしてみたのだが。


 私の子供たちや孫などのお話も、ゲームに出てきた内容とほぼ同じで、メインストーリーにサブイベント、日常生活が加わった形になり、ゲームの裏話的な感じになってしまったのは、予想外の出来事だったけど。


 私の一生涯は、ゲームの中のキャラクターの1人として終わる…はずだった。

 いや、実際のところ、子供や孫に看取られながら、意識が遠のくのを感じていた。


 が、


 その次の瞬間に、ピッ・ピッ・ピッという定期的な電子音が聞こえてきて、そっと目を開いたら、真っ白な天井と周囲にある電子機器の山、周囲を忙しくしている看護師がいた。


 看護師が、


 「患者が意識を取り戻したようです」


 と言うと、別のところにいた医師が、こちらに来て、


 「自分の名前が言えますか?」


 と聞いてきた。

 さっきの看取られている状況が浮かんできて、医師への返答は、その名前を言ってしまった。


 医師は、


 「意識を取り戻してすぐに、ゲームのキャラクターの名前を言う冗談を言えるなら、脳の方に問題はないようですね。不幸中の幸いでしょう。身体の方は、かなり悪い状態なので、ケガを早く治すために、こちらの方で完全管理の下、眠っていていただきます。ある程度、目途がたったら、覚醒させますので、それまで少しお休みください。」


 その後、医師の処方でしばらく眠る形になった。


 その眠っている間に、見た光景が、子供や孫に看取られながら、眠るように逝く私の姿だった。

 私は、孫の一人とほぼ同化するような形で、私の知識や記憶もその孫が眠っているときに重なっていった。


 その孫は、幼い時の容姿が私の幼い時とそっくりということで、孫でありながら、私の財産のほとんどを承継することが決まっていた。

 無論、それを目当てに言い寄ってくる貴族や王族はいた。

 しかし、幼いころより、大人顔負けの対応をしていたことから、迂闊な相手はできないと敬遠されるようになるのも早かった。もちろん、敬遠相手は邪なことを考えている者どもだったが。


 生前、その孫の言動に共通点を見出し、一緒にいることが多かったので、てっきり、その時の言動が孫に移ってしまったと思っていたのだが、こういうカラクリだったのだ。


 この状況から、私は2つの世界に交互に行って、生きていると確信した。

 どちらも、前世や来世、ゲームと現実とは捉えられなかった。

 ゲームの世界だと思っていた世界では、時々、転生者と思われる挙動不審な人物が出たりしていたが、そこは現実世界と思っていた世界からの知識等で的確な行動ができたと思う。

 もっとも、その挙動不審者からは同じ転生者だと思われて事件に巻き込まれそうになったが。


 そして、今、孫としてこの場にいる。

 この場は、貴族や王族な学び集う学園で、今は私や王子が卒業式の後に行うダンスパーティー前で、国王や王妃、その他の王子や王女が勢ぞろいしていた。もちろん、孫の両親もいる(私から見れば、子供や孫だけど)。


 「この国の第一王子であり、次期国王である俺が唯一、真実の愛を教えてくれた者に対する無礼は、婚約者であっても許すことはできない。今、ここでお前との婚約を破棄し、真実の愛とともに生きよう。元婚約者には、国内で処刑されるか国外追放かを選んでもらう。」


 この世界では、国外追放は死を意味した。魔物蠢くところで、国境を守る壁の外に出れば、その瞬間に魔物に喰い殺されるとまで言われる環境だと思われていたからだ。

 実際は、かなり違うのだが。


 さっきの王子の発言、この辺りも、メディアミックスの一環で上映された劇場版の冒頭と同じ。

 この後の展開も覚えているし、同人誌などでの別ストーリー、さらにそのあとに続編として上映されたものの内容も。


 そこでの私の答えは、


 「婚約者を持つ王子に言い寄ってきた失礼な者に対する扱いをどうして責められなくてはいけないのでしょうか。無礼なのは、王子に言い寄ってきた方なのに。」


 王子は、


 「俺は次期国王だ。俺の言うことに間違いはない。処刑か追放か選べ。」


 私は、俯いた状態で王子にばれないように、笑いをこらえるため肩を震わせながら


 「国外追放を選びます。」


 そのまま、王子の近衛に馬車に運ばれて、国境線を超え、馬車ごと魔物蠢く”とされる”国境沿いの森に放りだされた。


 森の中までは、私の乗る馬車と御者、馬車から私が逃げ出すのを防ぐための護衛がいたが、御者と護衛は、森を出た直後に、魔物に襲われ、国境内の援護を受ける前に全滅した。


 馬車の中にいる私は、それに悲鳴を上げるわけでもなく、黙っていた。

 そのうちに、夜になり、あたりが静かになっていった。

 空にこの世界での3つの月が照らすようになってから、外に出ると、その外の森全体がうっすら光っているように見えた。このようになるのは、1年のうちでも数日間で、国内にあったいくつかの森も同様になることから、聖なる日とされている。

 卒業式もこれに合わせており、邪な行いをした者を罰し、正しき行いをした者を祝福する。あらゆる賞罰もこの日に合わせるように執行・実行されている。

 ここでは、虚実を弄することは許されず、それを行えば、筆舌しがたい罰が与えられるという。


 国境外のこの森もこの時だけは、魔物も動くことができず、この光から逃げるように、全ての魔物は、森の外に出ている。

 私が歩けるのは、この時だけだと知っていたので、馬車から出て、目的とする場所…森の中央部にある巨木を見た。

 その巨木は、森のどこから見ても見えるが、簡単に行ける場所ではない。ただし、劇場版の中でも辿り着けているうえに、そのルート等を知っているので、劇場版での到着よりも遥かに早く辿り着けたけど。


 巨木は、世界樹と言われている大きな樹で、この世界でも数本しかないと”あの国では、言われている”。実際は、大きな樹にカモフラージュされている軌道エレベーターだ。

 その構造上、樹の上部は雲を突き抜けており、3つの月のどれかに到達すると言われている。


 実際、3つの月の1つと接続している軌道エレベーターは、恒星からの位置関係から地上では1年に数日しか見ることができず、世界樹の直上に位置することから、神聖な月とされていた。

 裏事情を知っている私からすれば、複雑な気持ちにはなるのだが。


 軌道エレベーター前の扉で、簡単な定められた言葉を言い、エレベーターに乗り込む。

 エレベーターは途中階がなく、エレベーターの終点である最上部に到達する。

 ご丁寧にも、上昇速度と残り最上部までの距離が表示されるのは、劇場版では見なかった演出なのだろう。


 最上部に到達し、エレベーターの扉が開くのと同時に球体の中央に浮いた形になる。球体はその全てがモニターであり、下部の球体(あの世界)を監視しているのが一目瞭然だった。

 ただし、ここを創った者はここにはおらず、なぜこのような施設があるのかもはっきりしない。

 現実にあったゲームの製作者も、”次回作のフラグ”と書いてあった。


 監視機構の一部には、人口や密度、範囲別の善悪率、祝福や呪術、魔術などの使用実績など現実ではありえない情報も並んでいる。

 この最上部の空間に到達できるのは、限られた者だけで、劇場版ではここで、あるパネルを偶然触った結果、祝福を受けて地上へ帰還。

 国境内から聖女待遇で帰国、すでに国王から絶縁を受けていた第一王子に代わって、第三王子と婚約、結婚することになっていたはず(第二王子は、第一王子絶縁後、婚約者とともに次期国王が内定していたため)。


 劇場版やその後の製作者インタビュー、設定の裏話などを集めたファンブックからどの部分がどの機能を有しているか大まかに把握していた私が最初にやったことは、ここの遠隔操作権限を取得すること。

 複雑に絡みつく設定を考える製作者は、その道の第一人者で、この作品すらも自分の描く世界の一部に過ぎず、もっと大きな世界を考えていると言っており、事実、スピンアウト作品では、違った場面からこの世界を見るという作品になっていた。

 作品的には、異世界というかSFというか、魔術と科学技術の融合。今、まさにその状況。


 難なく、遠隔操作権限を手に入れ、製作者がもしこの世界でこの場所に来れたら、これをしないと”面白くない”としていた設定を逆開放した。

 

 本来の開放は、ゲームをさらに現実に近づけるための操作、パラメーター非視認化設定。現実のゲームでは、当然、各キャラクターの行動に伴い、各パラメーターを見ることができる。このパラメーターを見えなくするのが目的。それを逆に開放することで、地上ではパラメーターを個人で確認できるようにした。

 最も、確認方法はまだ誰も知らないので、私だけの特権みたいな感じだけど。


 レベルや基本ステータス(体力や魔力など)、スキル(魔法や剣術)、ジョブ(職業など)、ユニーク(鑑定や祝福など)がいきなり見ることができるようになった。

 もちろん、私も見ることができる。

 それを見ると…


 レベル 不明

 ステータス 不明

 スキル 不明

 ジョブ 不明

 ユニーク 不明

 称号:世界渡航、赤い月の遠隔操作権限、不死


 ほとんど、不明扱いだった。しかも、称号に不死とか、書いてある。

 いったいどっちの不死なんだろう。

 赤い月というのは、今いるところの別名みたいなもの。

 他に、青い月と黄色い月がある。信号機か。


 何はともあれ、本来の行動である”偶然、あるパネルを触って祝福されたのちに地上へ帰還”することにしました。

 その後の展開は、劇場版と同じ。

 遠隔操作権限を手に入れたことから、地上の情報は丸見えで、交易や戦争なども簡単に回避できるようになった。

 ”おいた”をする国の近くに、神の怒りと称する巨大レーザーを落とすこともあったけど、あれはやりすぎだったなぁ。


 孫の身体であれこれやっていたけど、寿命は来る。

 でも、孫になった私にも子供が出来、孫ができた。その孫にも私にそっくりな子がいたので、こっそり話かけてみると、それもやっぱり私だった。もちろん、今の私よりも十数年後の私だった。


 今、私は2つの世界を行き来しながら、ほぼ終わりのない人生を歩んでいる。

 1つの世界での不死ならいつかは精神的に死んでしまっていたかもしれない。

 しかし、2つの世界を渡ることで、不死であっても楽しく過ごすことができている。


 どこでどうなったのかは不明だと思っていたが、それにも細かい設定があるらしく、これらは予定調和らしい。

 現実世界で、ゲーム世界の一部を自分の希望を通すことができるようになってからは、もっと楽しくなった。やっぱり、あのゲームのメディアミックスのスポンサーになったのが大きかった。

 それを決めたのは、私。

 これが、企業内での実績となり、これが縁で、後日、あの世界の製作者と結婚したのは、なんの因果だろうか。


 さらに要求が通りやすくなったあの世界は、半ば私そのもの。

 結婚した#夫__製作者__#は、私が驚く設定を盛り込んだらしいが。


 今もその、壮大な物語は、製作者が亡くなっても私が継ぎ、現実とゲームの2つの世界で、紡ぎだされていく。

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