第2話
コンビニから帰ると、男はいなくなっていて、要りもしないコンドームの捨てたのがゴミ箱にあるのが目に入った。うえ、やっぱりそういう関係だったのかと思った。
「なに、こういうことって普段からしてんの?」
なんか嫌悪感丸出しみたいな言い方になってしまった。
「まあ……」
「この部屋で?」
「まあ、時々はね、この近くにいたりとか、良い部屋がなんとなく見つからないなってときとかは」
「あ、そう……」
いままで自分はそんな部屋で、何も気づかずにいままでご飯を食べたり寝たり起きたりをしていた訳か、と思った。幾ら仕事でいつも疲れているとは言っても、ここまで誰かの痕跡に気がつかないということがあるだろうか。土日も頻繁に出勤しているとは言っても、時々の休みなんかには気がついても良さそうなものだ。
でもそれに気がつかなかったというのだから、そうとう仕事で神経をやられているか、元々そういうことに対する注意力が散漫なのかどちらかだろう。いや、どちらもということもありそうだった。むしろ、その「どちらも」という答えの方が正しそうに思えた。
こんな風に軽い自己批判で(何故か)終わらせて、自分はとにかくこのことについて深く考えるのも無駄なような気がして、とりあえず服を着替えることにした。
「あ、そういやポトフ、残ってるけど」
彼女がそう言った。
「あ、そう」
じゃ、食べようかな、と言おうとして踏みとどまる。あれ、それってヤツのために作ったやつじゃないのかと思いついた。なんか他人のおこぼれをあずかるみたいで、なんとなくそう考えると気分が悪い。とはいっても何にも買ってきていないので、ポトフを食べないとしたら自分で今から作るか買ってくるか何もないかのどれかから選ばなければならなくなる。何故、さっきコンビニに行ったときに何も買ってこなかったのか……。今更そんなふうに後悔しても遅いことは確かであり、結局は仕方なくポトフをいただくことにした。
ポトフを食べていると、彼女が既に服を着終えた姿でテーブルの向かいに座った。とはいっても、このテーブルは小さいものなのでそこは真正面といっても良かった。何を思っているのか自分の食べているポトフをじっと見つめている。邪推をするなら、自分の視線が相手にどのような効力を発揮するのかを知っていて、このように見つめることで何らかの効力を自分に発揮させようとしているのかもしれなかったが、このような邪推は自分の心で起こっていることを外部に帰因させようとしているだけかもしれないので何とも言えない。
「うまい?」
「うん? まあ、うまいよ」
そう返した。
「そう、良かった。なんかさっきの人が腹減ってるからって言うから作ったのに食わなかったんだよね、あいつ。意味不明だったな」
「へえ、そんなやつだったんだ」
「うん、さっきやってる途中もさ、あのポトフどうしようかななんてずっと考えてたんだよね。こういうとあれだけど、食べてくれて良かった」
「まあ、これ食わないとおかずなくなるしね」
そう言いつつ、自分は気もそぞろで、どちらかと言えば自分はポトフの味を堪能していたかった。大体こういうときに取り得る手段は二つだ。テレビをつけるか、スマホを眺めるかのどちらかだ。
まず自分はテレビをつける選択肢を取った。だが、すぐに点けたリモコンを奪われて、テレビの電源は消されてしまった。なんということだ! 現代でもこのような権力の乱用が行われているとは! などと心の奥でふざけていると、彼女が自分の方を向いて言った。
「何でテレビ見るの? 少しは話をしようよ」
「ああ、そうだね」
そういいながら、ごく自然にスマホを取り出したが、これまた手で制された。
「スマホもだめ」
「何故?」
「話に集中しなくなるじゃん」
いや、スマホを見ていても話には集中できるよと言い訳することも可能だったが、どう考えても理屈に合わなかった。諦めて、前を向いた。いや、ポトフに視線を落とした。
「それで、何の話をするの?」
「じゃあ、仕事の話してよ」
「仕事の話なんて……」
これは自然とだったが、そこで僅かの間沈黙したら、そのあとに大きなため息が一つ出てしまった。そしてそのため息を機に、先ほどの一事件ですべてを忘れていた色々な仕事のもめ事が思い出された。というか、思い出したのはそのもめ事をきっかけに発動した自分へのメッセージがほとんどだったかもしれない。無意識なうちに自分を戒める言葉というのは出ているらしくて、そういう言葉を短い内にばっと思い出すのがこの頃うまくなっているようなところがあった。自分は詳しいことを思い出すのも嫌だったので、即座に心を普通の気持ちに戻しながら、軽く口角を上げながら「さすがに仕事の話はなしで頼むよ」と言った。
困惑 @Rixia_Youshi
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