困惑
@Rixia_Youshi
第1話
会社から家に帰っているときに、懐かしい曲を見つけてしばらく聴いていた。たぶん多くの人が知っている曲だと思うが、「大切なもの」という曲だった。それまで聴いていたロックに少し飽きていたのもあって、違う曲調だったのが心地よかったのだと思う。それでその「大切なもの」を何回もループさせながら電車に揺られていた。
しばらくして、駅に着く。そして、それから大体二十分ぐらい歩けば家に着く。見ると二階の電気が点いていたので、同棲している人がまだ起きているのだなと思った。玄関の扉を開ける。そこでおかしなことに気がついた。普段から靴なんて気にしていなかったが、異様に大きな靴が一つ置いてあることに気がついた。これは明らかに自分のものでもないし、同棲しているその人のものでもない。もしかして、あの人が誰かを中に入れたのか? もちろん、それをだめだと言ったことはなかったのでそれ自体は問題ないし、あの人もそんな頻繁に他人を家に連れ込むような人ではなかったので、そのことについて大して考えてもいなかったが、靴を見る限りは今までにないような人が来ているように思えた。なにか、その靴は大きくてゴツゴツとした見た目をしていて、それを履いている人はきっと力と意志に強く満ちあふれた人間であるように思えたのだった。
少し不安を覚えて、二階に上がる。玄関からはすぐに二階へ上がる階段が続いていて、メインのフロアは二階にあったので、当然明かりの点いた階段を上がっていくことになる。段を上がる度、不安はだんだんと増していった。二階のリビングの扉の向こうから声がしたからだ。おい、誰だよ……お前、一人だって言ってた……いや、でもあの人は……そんなことはいいんだよ……。部分的に声が聞こえた。その断片から想像するに、お客さんは男の人で、彼はてっきりここが二人きりの空間だと思っていたのに、一人誰かが帰ってきたものだから慌てているようだった。少し怖くなった。その声色から察するに、自分のさっきの想像はそれほど間違っていなさそうだったからだ。もしも自分の気にくわないことがあったら力をすぐにでも使うんじゃないかとびくびくして、でもこのまま去るというわけにもいかないので、仕方なくそのまま勇気を出して階段を上がり、ドアを開けた。
ぱっと目に入ったのは、裸の男女一組がベッドの上で対面する姿だ。とはいっても、女性の方はシーツを身にまとっているので別にすべて顕わになっているというわけではなかった。
なんだか気まずかった。しばらく沈黙があたりを包んでいたが、男の方が口を開いた。
「何、おまえ」
「え……」
正直そう返すしかなかった。実際、何が起こっているのか分からないのだから、何と言われても答えようがなかったと思う。男は改めて、もう一度尋ねた。
「だからおまえは何者なのかって聞いてんの」
「え、この家の家主ですが……」
「あ、そう」
男はそう言って、少しお腹の部分を掻いた。よく見ると、その男の人の肌は白かったけど、筋肉の方は案外ついているみたいだった。引き締まっているのが見て分かる。少し惚れ惚れしてしまうほどだった。
だが、この二人はどういう関係なんだろう。「そういう関係」なんだろうか? ぱっとそう思いつき、実際二人は裸でいたわけだから大体その推察は正しい気がした。こんなときに少しだけ、口惜しく感じた。
男はふたたび口を開いた。
「いまさ、見て分かると思うけど、取り込み中なんだよね」
「ああ、そうみたいですね……」
「だからさ、分かる?」
「何がですか?」
「ちょっと一回出てもらえる?」
「え……」
そこで少し頭の働きがぐっと鈍った。自分にはここにいることを主張する権利があるようにも思ったし、そこにいる人を置いて去るのはなんとなくまずいような気がしたが、このままいるのも自分の身に危険が及ぶような気がした。どうしよう。とりあえず、自分は次のように返した。
「え、すみません、一度状況だけ確認させて頂いてもいいですか?」
「いや、いいから出てけって言ってんだよ、分かる?」
その言い方は別段特別な覇気を持っていた訳ではなかったけど、身の危険を感じさせるのには十分な物言いだった。自分は情けなさを感じたが、せめてものあがきとしてこう言うしかなかった。
「じゃあ、十分後ぐらいにまた来させて頂くのでそれまでに終わらせて頂いて……」
ありがたいことに、男はそれに対して反対の声を上げるほど気が立ってはいないみたいだった。そのことだけに少し安心して、それからその女の人に大丈夫か小さく声で確認すると彼女は、うん大丈夫と小さく答えたので、そそくさと外に出てコンビニで時間を潰すことにしたのだった。その間、二、三の誰に対するでもない言い訳を準備して、ぶつぶつと心のなかに呟いていた。
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