第19話 依頼

 アウルスが去った後の組合は、微妙な空気が流れていた。

 三大派閥の一つである大血盟団〈踏破する巨人〉の盟主と対立(おそらく)した僕に、同情や哀れみの視線を送る者。

 やっちまったな、とでも言いたげな表情をする者。

 巻き込まれないように露骨に無視する者。


 どうしてこうなった?


 僕はできるだけ穏便にお断りしただけだってのに。

 まさかあんなに狭量な奴だとは思うまい。

 しかもこの冒険者たちの雰囲気から察するに、ただ狭量なだけでなく、より厄介な性格をしていることはほぼ確定だろう。

 はあ。

 まったく。


「おまえも面倒な奴に目を付けられたな」


 グランが同情するように言った。

 このおっさんと行動していると、面倒事も足を揃えてやってくるのはなんなんだ。

 まさか呪われてるわけじゃないだろうな。

 魔法がある異世界では、冗談で済まないんだけど。


「気をつけろよ。直接的な手段を行使されることはなくとも、嫌がらせの一つや二つは覚悟しておいたほうがいい」

「具体的には?」

「そうだな……例えば悪評を広めたり、仲間探しを妨害したりってところだ」


 なんだその程度か。

 悪評といっても事実じゃなければ否定するだけだし、事実確認したわけでもない噂を信じて誹謗中傷するような間抜けは相手する価値もない。

 鬱陶しいことは確かなんだけれど、実害はないだろう。


 仲間探しにしても、元々冒険者の中から探すつもりはほとんどないので、妨害されたところで意味がない。

 むしろ望まない勧誘をこれ以上受けなくなる効果が期待できる。

 それでもなお勧誘してきたり、仲間として行動をともにしようとする者がいれば、利益とは関係なく信頼できる仲間になれるかもしれない。

 なにしろアウルスたちに目を付けられるくらいなら、無関係でいたほうが組合での立場も利害もずっとマシなことは予想できるのだから。

 ある意味、勝手に選別してくれてるようなものだ。


 無駄な行い、ご苦労様だな。


 まあ、一般的な冒険者相手には効果があるんだろう。

 普通、組合内で孤立すれば、迷宮探索は単独ソロで行うことになる。

 それは戦闘はきつく、稼ぎは少なくなるということだ。

 となると、許しを請って妨害をやめてもらうか、他の派閥に加入するか。

〈踏破する巨人〉に対抗できるのは、同じく三大派閥の〈塔の祭壇〉か〈黄金の楯〉くらいのものだろうが、それぞれの加入が難しいのは講習で聞いた通り。

 つまり実質選択肢は一つだ。


 その点、僕はキーラがいるので一人じゃない。

 アウルスは奴隷を人と数えないなんて言ってたが、それゆえ孤立すなわち単独になるとでも考えているのだろう。

 あのときの後悔するぞ、という言葉はそういう意味だ。

 たぶん。


「平気そうな顔だな」

「実際問題ないだろうからね」


 仮に直接的な手段を取られたなら、強盗のときと同じように対処すればいい。

 それだけの話だ。


「くくっ――〈踏破する巨人〉の奴らと対立して、これだけ余裕を見せた冒険者はおまえが初めてだぜ」


 グランは愉快そうに笑い声を洩らした。

 あんたを楽しませてもしょうがないんだが。

 

「そんなことより話が終わりなら、もういいですか? まだ用事があるんですけど」

「分かった。それなら最後に一つ言っておきたいことがある」

「なんですか?」

「犯罪者が裁かれるとき、犯人が現役の冒険者であれば、組合の評判が大きく損なわれるのは分かるだろ?」


 いきなりなんだ?

 除名された強盗冒険者の話か?

 言ってること自体は理解できるので、頷いておく。


「だったら身内から犯罪者が出たとき、組合が率先して逮捕と除名処分をしてから、警吏への引き渡しを行うのがいかに重要なのかも分かるな?」


 そう言いながらグランは組合の持つ互助組織としての一面以外にも、市政へ参加し運営に大きく干渉する権力機関としての面を併せ持っていることを説明し、そのために協力するよう要請して来た。


 要するに 冒険者の中からまた犯罪者が出るかもしれないから、逮捕したときまずは組合へ連行してくれといいたいようだ。

 わざわざ、いまこの瞬間に言ったのは、それが〈踏破する巨人〉に関係するかもしれないと暗に注意勧告しているつもりなのか。


 正直僕の知ったことではない――といいたいところだけれど、いまや僕も組合の一員だし、降りかかる火の粉を払うついでにできる範囲なら協力もやぶさかではない。

 政治と権力には極力係わりたくはないのだけれど……。


「確約はできませんが、可能なら協力するということでいいですか?」

「ああ、それでもいい。もちろん成功すれば組合貢献度も評価されるから、活躍を期待している」


 グランは満足したのか、ようやく話を切り上げて去っていった。


 ふう。


 これ以上一緒にいると、さらなる面倒に巻き込まれそうだったので、一安心だ。


「お待たせ、キーラ」

「いえ、それより本当に大丈夫なのですか?」

「アウルスのこと?」

「はい」


 キーラの声からは心配の響きがあった。

 アウルスの言葉を気に病んでいるのかもしれない。

 あそこまで冷然と奴隷を人扱いしない者も、やっぱり存在はするんだな。

 衝撃を受けたし、動揺もした。

 だけど――

 僕になにかを言う資格はないのだろう。

 キーラのことを大切にするとはいっても、解放せずにいるのだから。

 僕にできるのは精々行動で示すくらいだ。

 自己満足だとしても、やらなければ自己嫌悪で死にそうになる。


「大丈夫。グランの言うとおり、ただの嫌がらせ程度であればなんの心配もないよ。だけど、もしそれだけじゃなかった場合は、悪いけどキーラに頼ることになると思う」

「お任せください」


 キーラは自信と気合の篭った返事をした。

 職務のことになると、素早く意識を切り替えられるのは才能だろうか。

 戦闘能力についても期待したいところだが――


「そのためにも実力を把握しておきたい」

「畏まりました。それではなにを致しましょうか?」

「組合の教官に依頼して模擬戦でもしてもらえないかと考えてるんだ」


 本当はこのために組合へ来たはずなのに、その前にまた面倒な事態になるとはな。

 まあ、終わったことは次に活かせばいい。

 いまは依頼だ。

 依頼をするには受付で――ってそういえば。

 受付で待機しているファナさんに向き直る。


「話の途中だったのに、すみませんでした」

「いえいえ、私は話しに割り込めるような立場ではありませんから。お父さん――いえグラン上級職員はともかく、アウルス様も上級冒険者ですし」


 あいつも上級冒険者か……。

 ならば、なおのこと実力を把握しておかないと、いざというとき強盗冒険者のときと同じようにはいかないな。


「グラン上級職員も言っていましたが、もしなんらかの嫌がらせや妨害工作を受けたなら、私にでも相談してくださいね。そのときは微力ながらお力添えさせて頂きます」

「ありがとうございます」

「もちろん、それ以外の用件もお待ちしていますよ」


 そう言ってファナさんはにっこりと微笑んだ。

 組合唯一の癒しだな。

 ファナさんがいなければ、ここへ来るたび憂鬱な気分になりそうだ。


「じゃあさっそくなんだけど、イリス教官へ戦闘訓練か模擬戦の依頼を出すことはできますか?」

「もちろんできるけど、時間は早めを指定しなくちゃ受けてもらえないかもしれませんよ」

「どうしてですか?」

「イリス様は組合の専属教官じゃないからよ。あくまで臨時。もうしばらくは地上で教官依頼を受けてくれると思うけど、そう遠くないうちにまた迷宮深層へ遠征に向かうんじゃないかしら」

「あーなるほど。ならイリス教官の都合がいい日にでも合わせるので、そういう依頼でお願します」

「わかりました――あら、ちょうどいいところに」


 ファナさんが僕の後ろのほうに視線をやる。

 振り返ると、イリス教官が組合館へ足を踏み入れたところだった。


「イリス様、おはようございます」

「ああ、おはよう。といっても、もう昼だがな」


 苦笑するようにイリス教官は挨拶した。

 今日も黒っぽい装備を身に纏いながらも、視線を引き付けるオーラがある。


「いまソラくんから依頼があったのですが、話を聞いていきますか?」

「依頼?」


 イリス教官は僕と側に控えるキーラをなんともいえない表情で見た。


「様子を見に来てみれば、さっそくなにかやらかしたようだな」

「いや、僕のせいじゃないんですけど……まあそれはともかく、この子――キーラの戦闘能力を計るために模擬戦でもしていただけませんか?」

「それくらいなら構わないが」


 詳しい事情も聞かずに、受けてくれるあたり、イリス教官はほんといい人だな。

 ありがたい。


 依頼内容については受付でファナさんを交えつつ、詰めていく。

 場所は組合倉庫前の中庭。

 模擬戦はキーラとイリス教官の一対一で、武器や防具も本物を使用する。

 時間は長くとも一燭時程度で、報酬金額は一レオル。

 上級冒険者への依頼としては、この内容でこの金額は破格らしいのだが、イリス教官も体を鈍らせないように、運動できる実戦型の依頼は都合がいいと、それで決まった。


 

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