第18話 勧誘

 買い物のあと、冒険者組合に向かうと館内がざわついていた。

 なんだろう。

 また面倒なことにならなきゃいいけど。


「ソラくん、昨日の事件について聞きましたよ。大変でしたね」


 中に入ると受付のファナさんが、声を掛けてきた。

 どのくらい話は広がっているんだろう。

 このざわつきも、それが原因なのか?


「お気遣いありがとうございます。ところでなにかあったんですか?」

「ソラくんを襲った冒険者が組合から除名と永久追放処分になったんですよ。尋問の結果、以前にも同様の犯罪に関与していたことも発覚しまして」

「追放後はどうなるんですか?」

「都市の警吏に引き渡され、殺人などの罪で奴隷として鉱山へ送られるようです」


 なら逆恨みかなにかで、また襲われる心配はないわけか。

 それはなによりだ。

 ついでにこの話が広がれば、一罰百戒。

 犯罪に走る者も減るだろう。……減るといいな。


 しかし奴隷落ちに鉱山送りか。

 刑として妥当なのかはわからないが、重い罰には違いない。

 奴隷といっても主人によって扱いは異なり、犯罪奴隷が辿る、その後の人生は悲惨の一言だろうということは想像に難くない。


 キーラにはそんな思いをさせないためにも、僕は出来る限りのことをするつもりだ。

 キーラに護衛を任せる一方で、僕もキーラを保護する。

 そのためにも組合へ来たのだ。


「ファナさん事情は理解できました。それに関係する話もしたいので、グラン――上級職員をお呼び頂けますか?」

「その必要はないぞ」


 うおっ。

 びっくりした。

 いつのまにか僕の後ろにグランが立っている。

 危うく呼び捨てしそうになったけど、しなくて良かった。

 このおっさんは敬称をつけて呼びたくはないが、機嫌を損ねたり、敵に回すのは厄介そうだしな。

 失礼にならない、ぎりぎりで応対するぐらいがいい。


「どうも、一応あの後のことを報告しておこかと思いまして」

「おまえも律儀なやつだな。で、そいつが護衛として買った奴隷か?」


 グランの視線を辿ると、キーラは長剣に手を伸ばし、警戒心満々でグランと向き合っていた。

 おいおい――

 ピリピリとした空気に組合中の冒険者が僕たちの様子を窺っている。


「大丈夫だよ、キーラ」


 キーラに安心させるように言ってから、グランに紹介する。


「僕の護衛を任せてるキーラです。職務に忠実な性格でして、警戒心が強いのは悪く思わないでください」

「ほう、なかなか頼もしそうだな。だが戦闘奴隷ともなると、安くはないはずだ。もしかして昨日の今日で全財産をつぎ込んだのか?」


 わざとらしいほど大きな声でグランが言った。

 周囲の冒険者に情報を広めるためなんだろうけど。

 演技がどうだとか、これで言えるのか?


「命を預けるに値する仲間は、それだけの価値がある。僕はそう思います」


 全財産をつぎ込んだのか、という疑問に否定ではない答えを返した。

 もっとも肯定しているわけでもないのだが、実際に奴隷を侍らせている以上、冒険者たちは肯定と捉えるだろう。

 なにより嘘はついていないし、グランのような白々しさはない。


「確かに。それに労せず手にした金はパッと使ったほうがいい。そのほうが明日をも知れぬ冒険者の性分に合ってるしな」


 グランはそう言って満足そうな笑みを見せた。

 意図したとおりに、話が進んだということだろう。

 企みを成功させた悪ガキのような顔だ。

 僕の後ろに音もなく忍び寄ってきたのも、キーラの護衛としての能力を計るついでに、切迫した状況を作ることで、冒険者たちの視線を集める目論みもあったのだろう。

 グランの思惑通り動かされているのは、癪だが効率的ではあるのだろうな。


 まあこれで一つ目の用事は終わった。

 僕を襲撃するのは難しく、大金もすでに所持していない――といった情報がすぐにでも知れ渡るだろう。


 次はキーラの実力を確かめる必要があるのだが……。

 グランはまだ話を続けようとする。


「おまえのような有望な冒険者もいるってのに、近頃は冒険者の風上にも置けないようなやつらが増えちまってしょうがねえな。まったく――」

「グラン、そういう貴様はどうなんだ? 新人を誑(たぶら)かして都合よく利用してるだけなんじゃないのか?」


 誰かは知らないが、話の途中に差し込まれた横槍はなかなか的確な指摘ではあった。

 やっぱり都合よく使われちゃってるよな。

 僕も利用し返してるとはいえ。 

 グランが口を挟んできた男を睨む。


「アウルスか……なんのようだ。てめえはお呼びじゃねえよ」

「随分なご挨拶じゃないか。図星でまともに反論もできないようだな」


 人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる男が、グランから僕に視線を移す。


「君が噂の少年か。はじめましてだな、私はアウルス。血盟団〈踏破する巨人〉の盟主をしている」


 そう言ってアウルスと名乗った男は、優雅な物腰でお辞儀した。

 長い銀髪と整った顔立ち。

 仕立てのいい服装と装備。

 まるで貴公子然とした振る舞い。

 どれをとっても冒険者には見えない。

 背後には仲間と思われる者たちが控えているが、そちらはいかにも冒険者といった風貌なので、余計に違和感が増していた。


 ただ、その名前は知っている。


 冒険者組合三大派閥の一角を占める血盟団とそれを率いる冒険者だ。

 なんでそんな大物が僕に話しかけてくるんだか。

 イリス教官から説明を受けたとき、どことなく歯切れが悪かったのも相まって、厄介事の気配が漂っている。

 とはいえ無視するわけにもいかないし。


「ご丁寧にどうも、お初にお目に掛かります。僕はソラで、こっちは護衛のキーラです」

「へぇ、礼儀を弁えた者は嫌いじゃないよ。どうだい、私のもとへ来ないか?」


 アウルスは爽やかな笑みを浮かべた。

 え?

 勧誘されてるのか?


「勝手に話を進めてんじゃねえ。だいたいてめえのところは勧誘に節操がなさすぎんだよ」


 横槍を入れられた挙句、無視されていたグランが怒鳴る。


「それに関して非難される謂れはない。血盟団をどのように組織、運営するかは自由だし、なにより結果を出している」

「同時に違反者や処罰者も大勢出してるがな」

「我が血盟団は数が多いからそう見えるだけで、比率で考えればそうでもない」

「言い訳すんな。まずはその無節操な勧誘を控えて、統率に力を入れてろってんだ」

「それについても言っただろう、我々の自由だと」


 アウルスが冷ややかな表情を浮かべる。

 この二人はどうやら仲が悪いようだな。

 喧嘩なら他所でやってくれればいいのに。

 というか帰っていいかな?


「ふう、どこまでいっても平行線のようだな」

「こっちの台詞だ」

「そうは言っても、これ以上の口出しをするならば、組合幹部には相応しくない越権行為として、議題にあがることになるぞ」


 グランが押し黙ったのを見て、アウルスは満足そうな顔をした。


「さて話を戻すが、ソラよ。我が血盟団に加入しないか?」

「えーと、お誘いありがたいのですが、お断りさせていただきます」


 アウルスの表情が固まり、後ろのお仲間が険しい顔をした。

 断られるとは思っていなかったのか?

 だけど信頼関係を築く前に、勧誘は早すぎるだろ。

 というか普通に怪しい。

 裏がありそうだ。


「断ると言ったか?」

「ええ」

「君はどの血盟団にも所属していないのではなかったかな」


 アウルスは確認するように言った。

 そこまで調べはついてるのか。

 無推薦で加入したことは、組合の内部資料に記されているはずだし、それ自体は知られても問題はないのだが……勝手に情報が漏れてるのは気になるところだ。


「それはそうですが、だからといってよく知らない相手をそう簡単に信用はできませんので」

「ははっ。そうか、我々のことをよく知らないときたか」


 アウルスの口元は笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。

 見下すような、馬鹿にするような視線。

 知ってて当然。仮に本当に知らないか、知らない振りをしているのなら、よほどの間抜けとでも思っていそうな表情だった。

 不愉快だな。


「後悔するぞ?」

「どういう意味です?」


 まさかとは思うが、また脅しか?

 だとしたら冒険者ってのは、ほんと危険なやつらばかりだな。


「そのままの意味だ。迷宮は一人で攻略できるほど甘くはない」

「キーラもいますし、一人ではありませんよ」


 もっと言うなら冒険者も血盟団だって、ほかにいくらでも存在するしな。

 わざわざそこまでは口にしなかったが、アウルスを見返すと―― 


「奴隷は人と数えない」


 平然と、冷然と、当然のことのようにアウルスは言った。言ってのけた。


 な――――


 思わず意味を問いただそうと口を開きかけたが、同時に言葉を失ったせいで、結局なにも言えなかった。

 いや、そのまま突っかかれば、状況は悪くなっただけだろうが。


「相変わらずだな、アウルス。その傲慢さを見直さないと、いつか足下をすくわれることになるぞ」


 グランが横から口を出す。


「貴様も相変わらず、口煩いな。それになにもかもを自分の思い通りに進めようと画策する、貴様こそ気をつけるべきだ」


 グランとアウルスは互いに睨みあうような形になったが、いままで黙って控えていたアウルスの仲間と思しき男が、口を開いた。


「アウルス様、そろそろ時間です」

「ん? そうか。――これ以上の話は無駄のようだし、行こうか」


 興味を失ったのか、最後は僕を見向きもせずに去って行った。




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