第14話 キーラ
グランに紹介された奴隷商館は商人街の一区画全てが一つの館になった、大屋敷だった。
城館といってもいい。
なるほど帝都屈指なだけはある。
入り口には二人の門番が控えており、僕たちが近づくと礼儀正しく用件を尋ねてきた。
教育が行き届いてるな。
グランが上級冒険者の認識票を見せた後、用件を簡単に言付けると、強盗の尋問作業が残っているからと言って、冒険者組合へと去っていった。
まあ、強盗を担いだまま中に入るのがまずいのはわかるが、一人になると若干心細い。
なんてったって奴隷商館だからなあ……。
それでも門が開かれ、門番の一人に誘導されたので、覚悟を決めて館に入った。
「ようこそスーク商会へ。わしが商会長のセリウスだ」
出迎えてくれたのは六十過ぎのお爺さんだった。
豊かな髭と品のいい格好。
微笑む姿は好々爺といった印象だ。
奴隷を扱う商会と聞いて、想像していた姿とは全く違っていた。
どんな想像をしていたのか、言葉にするのは控えるとしよう。
ただ予想よりは遥かに良かったと、それだけはいっておこうか。
「――はじめまして、ソラと申します。すこし話を聞きたいんですが、よろしいですか?」
「もちろんだとも。グランからの紹介でもあるしのぉ。まずは部屋へ行こうか」
案内された部屋はぱっと見て分かるほど贅が凝らされていた。
毛足の長い絨毯に、すわり心地がよさそうな
窓に
ここの客層がなんとなく想像できるな。
僕は場違いな気もするが、グランの紹介なので特別にということだろうか。
あれでも冒険者組合の幹部なのだ。
ふかふかの椅子に座って、セリウス商会長と向き合う。
「なんでもおまえさんは奴隷についてよく知らんらしいな」
門番の男からざっと用件を聞いていたセリウス商会長は、そう話を切り出した。
「ええ」
「それに奴隷を使うことに抵抗もあるとか」
「……そうです」
「しかし急遽必要が生じた。だから我が商会を訪ねたわけだ」
「その通りです」
「なるほど。それなら我が商会ほど相応しい場所はないだろう」
セリウス商会長は自信たっぷりに頷いた。
そういわれてもなあ。
来ておいてなんだけど、やっぱり良い印象はない。
「奴隷を購入する場合、多くの者が奴隷市場に赴くが、あそこは一癖も二癖もある商人たちが集まっているからの。初めての客には勧められん。なんといってもこうしてゆっくりと話をすることもできんしな」
ふーん。
まあ僕なら〈森羅万象〉を使えば詐欺に遭ったり、ぼったくられる恐れはないと思うけど。
いや、そういうことじゃなくて可哀想だと同情してしまうような話をされて、買うつもりがないのに買わざるを得ないような状況になるのかもしれない。
なんにせよ行くことはないだろうが。
「とはいえ前置きはこのくらいにして、さっそく説明に入ろうか」
僕の反応が芳しくないのを、感じ取ったのか、セリウス商会長は話を最初に戻した。
奴隷というものについて。
ウルクス帝国は身分制社会である。
貴族と平民。
そして奴隷がいる。
厳密には不自由民のなかのひとつが奴隷ということになるのだけれど、自由が制限されている点はどれも同じようなものだろう。
まあ、ともかく。
その奴隷についてセリウス商会長から話を聞いてみると、思っていたものとすこし違っていたことがわかった。
第一に奴隷は主人と魔術契約を結ばなければならない。
これは〈服従〉の魔術とも呼ばれており、被術者が合意して、はじめて成立する。
第二にそれ以外の――例えば海賊や人攫いによる誘拐、または捨て子を拾ってきて奴隷にするといったことは、帝国内では違法行為として取り締まられているようだ。
つまりウルクスでは自由民が一方的で不条理な理由から奴隷になることはない。
すくなくとも建前上は。
しかし普通は誰だって奴隷になんてなりたくはないのだから、合意のうえとはいっても、実際にはそうせざるを得ない理由があるはずなのだ。
それじゃあ奴隷とは一体どんな人がなるのかといえば――
貧困や借金を理由に身売りした者。
罪を犯して奴隷の身に落とされた者。
なかには剣闘士になるため進んで志願する者もいるのだとか。
娯楽の乏しいこの世界では、剣闘大会ほど盛り上がる見世物はないようで、剣闘士として活躍すれば富や名誉だけでなく、自由身分も買い戻せるらしい。
過去には皇帝の目に留まり、近衛兵に抜擢された者もいるみたいだ。
命と自由を賭けるほどの価値があるのか、
それはともかく。
もっとも数が多いのは身代金を支払えなかった戦争捕虜だという。
戦争捕虜に関しては思うところがないわけではないが、実情は侵略者が大半なのだとか。
というのもウルクスの大迷宮を中心に魔物が少ない安全地域が形成されており、周辺諸国にとってウルクス帝国は、これ以上ないほどに魅力的な土地なのだ。
そういうわけで、たびたびウルクス帝国に侵入しては略奪を行っているらしい。
自業自得というのは言い過ぎかもしれないが、だからといって同情もできない。
扱いとしては犯罪者が奴隷落ちするのと同じようなものだ。
ちなみに〈服従〉の魔術は合意が必要だが、犯罪者たちが素直に頷くわけがない。
その場合、闘技場での公開処刑か奴隷落ちかの選択を迫られるのだとか。
当然、死ぬくらいならと受け入れるしかない。
酷い話ではある。
だけどその二択を迫られるのは、元々死刑の判決が下されるような重罪人が主な対象なので、どちらかといえば死刑を回避する機会が与えられているという見方もあるようだ。
そして最後に奴隷は主人の命令には絶対服従なのかといえば、必ずしもそうというわけではなく、抵抗することもできるという話を聞いた。
ただし抵抗するには精神力――つまり魔力が必要になる。
魔力が底をつけば気絶し、それでも抵抗を続けると生命力を消耗するので、最悪死に至ることもあるそうだ。
それが〈服従〉の魔術効果か。
だからこそ死んでもやりたくないような命令でもしない限りは、反抗することはないというし、一部の例外(犯罪奴隷など)を除いてだが、解放されることも多いので、基本はよく働き、生きて自由の身に戻ることを目指すのが一般的とセリウスは締め括った。
ふむ。
なるほどね。
解放という手段があるのか。
それなら一時的に護衛をしてもらい、安全だと判明すれば解放する、という形にすれば抵抗感は少ないかな。
倫理上の問題は結局解決してないけれど……。
「以上でざっと理解はできたかの?」
「ええ、話を聞いてたしかに印象は変わりました」
「それは良かった。せっかくだ何人か紹介するので実際に見ていくといい」
「え? いや、それは……」
「まさか、このまま帰るだなんて言わんでくれよ。なに見るだけでもいい」
「あ、はい」
断ることができない日本人。
まさに僕のことだった。
いや、相手は商人なんだし、話しだけして帰してくれるわけないよな。
この展開は想定してしかるべきだった。
「さて、どんな奴隷をご所望かな?」
「……えーと、護衛を任せられる人を」
「ほかに予算や、技能、見た目、性別、出身地など条件はないのかね?」
うーん、予算は所持金のすべてを使い切ったほうがいいのかな?
さすがにそれはまずいか。
だけど、大金はもうないと思ってもらうためには、ある程度派手に使うべきだな。
「予算は三百から四百レオルくらいで……ってそういえば値段については聞いてませんでしたよね?」
「そうじゃった、そうじゃった。うっかりしておったよ」
そういってセリウス商会長は笑みを浮かべて説明を追加をした。
一般的な奴隷は最低でも一人百レオル前後。
そこに付加価値がつけば、その分さらに値が上がる。
若く、健康で、体力があったり、見目が良かったりすれば、追加で百レオルほど。
あるいはなんらかの技能(例えば歌や踊り、楽器の演奏、文字の読み書き、剣術など)があるだとか、人種や出身地による違いなどでさらに百レオル高くなる。
「しかし三百から四百となると予算を少し超えるが元剣闘士の男を一人。もしくは安いのを二人ほど揃えるか。いや――」
セリウス商会長が思案する。
「あの……」
「おまえさんに勧めたい者がおる。すこし待っておれ」
そういってセリウス商会長は老人とは思えぬほど、しっかりとした足取りで部屋を出て行った。
なにを考えているのやら。
まだ買うと言ったわけじゃないんだけどな。
しばらく待っていると、二人分の足音が聞こえてきた。
「待たせかの。入ってきなさい」
セリウス商会長の後ろから、一人の女性が現れた。
光りを纏う金の髪。
雪のように透き通る肌。
そのなかに浮かぶ空色の瞳が、金の睫毛に縁取られ、静かに
「紹介しよう。彼女の名前はキーラ。十七歳。元冒険者志望で剣術と魔技が使えるのだが、どうだね?」
「え、あ、うん」
「どうやら気に入ってくれたようだ。よかったなキーラ」
「はい。ありがとうございます」
キーラという女性がお辞儀をした。
ってちょっと待て!
まだなにも言ってないぞ。
あ、いや、たしかにうんとは言ってしまったが、それは単にびっくりしてうまく喋れなかったというか。
それくらいの美人だった。
陳腐な例えだが、お伽噺の妖精が抜け出してきたような存在感。
身長は僕と同じかすこし小さいくらいで、均整のとれた体型。
格好はだぼっとしたいわゆる貫頭衣(チュニック)を一枚身に付けているだけだが、その飾り気のなさが余計に素材の良さを強調している。
それに奴隷という境遇を感じさせない、意志の強そうな声と表情。
なんでこんな子が奴隷に?
気にはなるが、さすがに買うだなんてそんなことは……。
「ソラといったな?」
なんといえばいいのか、考えをまとめようとしていると、セリウス商会長が口を開いた。
「彼女は見ての通り若さと美貌を兼ね備えている。無論健康面も問題ない。だから遅かれ早かれ買い手はつくだろう。しかしさきにも言ったとおり、元は冒険者志望なのだ。技能もそちらがあっておる。それならわしは出来限りその希望に沿う相手を選んでやりたいわけじゃ」
若さと美貌。
冒険者と技能。
つまり前者を目的として買われるか、後者を目的として買われるかで全く異なる人生を歩むことになる、そう言いたいのか?
僕が買わなければ、他の誰かが買う。
遅かれ早かれ。
果たして、その人物はなにを目的とするのだろう?
それに自分の人生を他人に委ねるのはどんな気持ちなのだろうか?
「一つ聞きたいのですが、冒険者が奴隷を買うことは珍しいのですか?」
「いや、決して珍しいわけではない。しかしキーラほど高い奴隷を買うものはそうはいないだろう」
「どういうことですか?」
「奴隷を――裏切ることのない仲間を欲するのはどういう人物だと思う?」
質問で返されてしまった。
ちょっとは自分で考えてみろってことか。
裏切ることのない仲間を欲する――いまの僕。
すなわち――
「……信頼できる仲間がいない人」
「そうだ。そういう冒険者が果たしてどれだけ金を稼げているか」
なるほど。
仲間がいない冒険者が、奴隷なんて高額なもの買えるほど稼ぐなんて普通はありえないのか。
僕は特殊な一例で、だからこそこんな面倒にも巻き込まれてるわけだしな。
逆に言えば稼いでる冒険者は信頼できる仲間のひとりやふたりはいるのが当然なのだ。
冒険者として迷宮で稼ぐというのは、そういうことなのだから。
であれば、よほどの理由がない限りわざわざ高いお金を払って奴隷を買う必要もないということか。
需要がある層にとっては高すぎて手が出せず、金を持っている冒険者にとっては需要がない。
そんな存在がキーラなのだ。
仮に金持ちから求められたとして、それは冒険者としてなのか。
結局はそこに行き着くのだ。
分かりたくもないが、だいたい理解はできたと思う。
「もう一ついいですか?」
「ああ、いいとも」
「なぜ僕なんですか?」
「うむ、まだ奴隷を奴隷として扱うことに抵抗があるのかもしれんが、そんなおまえさんだからこそ彼女を身受けしてもらいたいのじゃ。わしら奴隷商人はときには人でなしのように思われることもあるが、人の心は持っておるつもりだ」
ここで断れば、なんだか僕のほうが人でなしみたいじゃないか?
ふう。
いい加減覚悟を決めるか。
「キーラ、君は僕でいいの?」
自らに選択肢も決定権もないのかもしれないが、それでも聞いて、確認しておきたいことだった。
目を逸らさずに、答えを待つ。
はたして。
「ええ、あなたでいい。ううん、あなたがいい」
キーラもその曇りない空の瞳を逸らさず、言い切った。
嘘や冗談じゃない。
本心の言葉。
でも――どうして、そう言い切れる。
「どうして」
「奴隷の身である、私にもそう問いかけて、意志を尊重してくれるのがあなただから」
「……そっか」
なんだか当初の予定とはだいぶ異なってる気がしたが、きっと些細なことだろう。
ここまでいわれて無しにはできない。
「わかりました。僕が身受けします」
セリウス商会長に告げると、満足そうに頷かれた。
「よくぞ、決断したな。それではさっそく契約を取り交わそうか」
まずは売買契約の書類を確認し、内容に同意する署名をする。
キーラは四百八十レオルだった。
伝えた予算を微妙に超えてはいたが、手持ちのお金で支払えてよかった。
そうホッとしたのも束の間。
さすがは商人というべきだろう。
ここでさらにお金が必要になるものを出してきた。
それはキーラが奴隷に身を落とすとき、装備していた剣や防具、衣類などの所持品だ。
全部で七十レオル。
こういった装備品は下手に店で売りに出すと、二束三文になることが多いらしい。
剣や衣類はともかく、個人の体に合わせて作られた
ちなみに僕が強盗対策で買ったものは大半が中古だった――というより受注する時間なんてなかったし、金属鎧を断念した(鉄兜を除く)理由の一つでもある。
体に合わないとむしろ動きを阻害し、怪我の元にもなりかねないのだ。
というわけで、もしもキーラが冒険者としての需要で売れることがあれば、装備品も一緒に買い取ってもらえる可能性が高いので売らずに残していたらしい。
商人らしい強かさだな。
目論見は見事に当たったわけだ。
いや、もしかするとこのために僕は乗せられたのだろうか?
まさかね。
どのみち必要なことには変わりないし、キーラにとっても使い慣れた愛用の装備があることはいいことだ。
ついでに装備を揃えるために街中を駆け回らなくて済んだと思えばそう高い買い物でもない。
すべての支払いを終えると、残金は金貨百枚をきった。
あんなにあったのに、一瞬で融けていったな……。
まあ、ある意味で予定通りか。
僕の所持金は罪を犯してまで、狙う価値は半減しただろう。
あとは、それを周知すればいい。
いや積極的に噂を流すのは、逆に怪しいから、なにもしないほうがマシか。
考え事をしているうちに、魔術契約の準備も出来たようだ。
目の前で跪いたキーラが僕の手を取り、額に触れさせた。
そして魔術言語でもある、古代語の呪文をキーラが唱え、服従の誓約を立てる。
こうして僕とキーラの主従関係が結ばれた。
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