第12話 強盗
受付広間に戻ると、さっきより明らかに人が増えていた。
偶然、人の多い時間に来てしまった――わけではないのだろう。
その証拠に、みんな僕たちのほうに注目している。
暇人しかいないのか?
「よう、グラン。お宝が見つかったって聞いたんだが、本当か?」
いかにも冒険者といった、髭面の男が声をかけてきた。
「ああ、マジだぜ」
グランさんがそういった瞬間、広間に集まっていた冒険者がどよめいた。
「何処だ? なにを見つけたんだ?」
「その幸運者は誰なんだ?」
「まさかその坊やか?」
予想していたように、次々と浴びせられる質問。
グランさんへ視線をやると、にんまりと口元をゆがめた。
「見つけたのはこいつだ」
そういってグランさんに肩をバシバシと叩かれた。
おい、なにやってんだ。
目立ちたくないっていっただろ。
ちなみにイリス教官は同情するような表情をしながらも、いつのまにか遠くに移動していた。
「見覚えがない顔だな。まさか新入りか?」
「俺らの血盟団に入らないか?」
「あ? 抜け駆けしてんじゃねえよ」
盛り上がってるところ悪いんだけど、普通に迷惑なんだが。
「それで現物はあるのか?」
「発掘品は組合が買い取った。今度の競売に組合名義で出品されるだろうから、詳細を知りたいならそれまで楽しみにしてろ」
「そりゃねえよ。せめて場所くらいは教えてくれるんだろな」
「その情報も組合が買い取った。あとで調査団を送り込むまでは勝手に教えるわけにはいかねんだ。ソラ、おまえも喋るなよ」
グランさんの発言に不満の声があがる。
「代わりといっちゃなんがだ、今日はこいつ――ソラが、全員に一杯奢ってくれるらしいぞ」
こういう流れか……。
「ああ、いいよ。一杯でも二杯でも好きに飲めばいいさ」
もうどうにでもなれ。
外套で隠すようにして、魔法鞄から金貨を数枚取り出し、酒場の主人(マスター)に支払う。
するといたるところから歓声があがり、真っ昼間から酒盛りがはじまった。
見事に不満は逸らされたようだ。
その隙に受付へ向かうと、ファナさんが渋い顔をしていた。
「お父さんの計画ですね?」
しっかりと見抜かれていた。
そういえばお目付け役が必要とかいってたが、席を外した間に話を進めていたのはこういうことか。
なんというかいいように利用されただけのような気もする。
お宝発見を大々的に発表することで冒険者たちのやる気を煽り、競売に出品することも宣伝することで噂が広まり集客の効果も見込める。
ついでに組合への不満は僕の奢りで逸らすと。
さすがは組合幹部というべきか。
強かではあるのだろうが、あまり信頼はしないほうがいいのかもしれない。
「これじゃあ今日は仕事になりそうもありませんね」
「なんというかすみません」
「あ、いえソラくんを責めているわけじゃないんです。あの人のせいなんですから。それよりもこちらが新しい認識票です」
「ありがとうございます」
初級冒険者のものと交換で受け取った認識票は下級冒険者を表す黒鉄色に輝いていた。
なんだか怒涛の数日だったな。
「今日のところはこれで帰ることにします。なんだか疲れました」
「そうですか……。もっとお話を聞きたかったのですが、そういうことなら仕方ありませんね。ごゆっくりお休みください」
ファナさんはすこし残念そうにしながらも、労わるように笑みを浮かべた。
ちゃっかりお酒を飲んでいたイリス教官にもお礼を言ってから、組合館を出ると、もうお昼はとっくに過ぎていた。
宿に帰るまえに、ここらで軽くなにか食べるか。
公衆浴場にも寄りたいが、着替えは宿だし、そちらはあとにしよう。
中央広場にはさまざまな屋台が出店しており、食欲をそそる匂いがあたりに漂っている。
肉と香辛料。
焼きたてのパンの香り。
この地区は比較的、裕福層が住んでいるので、屋台といってもそれなりにお高いようだが、いまの僕なら片っ端から買い占めることもできるくらいお金がある。
ほんの数日前まで無一文だったのに、いまや大金持ちといっても過言ではないだろう。
しばらく異世界観光をしてみるのもいいかもな。
羊肉の串焼きを売っている屋台でとりあえず一本購入し、その場で食してみる。
噛むともったりとした油があふれだす。
塩と香辛料がよく効いており、臭みはなく、クセになる味わいだ。
うん、悪くない。
もう一本買ったあと、近くの屋台で薄い平パンも買い、羊肉を挟んで食べた。
次はなにを食べようか。
周囲を散策していると、なんとなく見られているような気がした。
大金を所持したせいで自意識過剰になっているだけか?
ただこの帝都にはスリや強盗などが多く治安がよくないのも事実だ。
日本の治安と比べれること自体が間違いなのかもしれないが。
念のため〈森羅万象〉で後をつける者がいないか調べてみる。
ん?
ほんとにいる!?
どうやら冒険者組合からずっと尾行しているようだ。
しかもその尾行者のさらに後ろにグランさんがいた。
どういうことだ。
二重尾行?
共犯?
隠れてる以上、怪しいのはたしかだが、これだけじゃ犯罪ではないか。
だけど、このまま宿に帰るのはエイラやアイリさんに迷惑が掛かりそうだな。
まずは僕を尾行している不審な男について調べる必要がある。
〈森羅万象〉で男の素性までわかるだろうか?
実験も兼ねて、やってみる。
結果は…………可能だった。
男の名前、年齢、職業あらゆることを手に取るように把握できた。
本当にすごいなこの魔法。
ただし、過去の出来事なども調査したので、消費魔力が跳ね上がった。
ついでに情報量が多くて頭痛も酷い。
敵前では悠長に調べものはしないほうがいい、ということがいまのうちにわかったので、それくらいは良しとしておこう。
肝心の尾行していた男の正体は、強盗で間違いないみたいだった。
表向きには中級冒険者なのだが、裏では強盗、殺人、恐喝などありとあらゆる悪事に手を染めている。
厄介な相手だ。
なんでこんな人物が堂々と冒険者なんてやってんだか。
冒険者組合の加入手続きがザルなのが原因だな。
まあ僕が加入できたのはそのおかげでもあるのだが。
とにかくなんとかしなくては。
幸い人が多い場所で、行動に移るつもりはないようだ。
そうやって隠密に活動しているおかげで、捕まらずにいるのだろう。
なら一人にならないように気をつければ無事かといえば、そうでもない。
というよりもずっとは無理だ。
いつも襲われる心配をしながら生活するつもりもない。
なにかほかの方法を考えないと。
都市の衛兵か警吏に通報するか?
問題はどうやって犯罪を立証するかだな。
科学的な犯罪捜査なんて存在しないこの世界では、目撃証言か現行犯逮捕が基本になるはずだ。
当然〈森羅万象〉で知りえたなんて明かすつもりはないが、そうなるとどうして過去の犯罪を知っているのかと怪しまれる。
となると。
一番手っ取り早く、かつ確実な、現行犯逮捕をするしかないか……。
これなら〈森羅万象〉についてもバレる恐れはないはずだ。
だけどなあ、これは危険性が高すぎる。
相手は中級冒険者としての実力と、殺人も厭わない精神性を合わせ持った危険人物だ。
正面から戦って勝てる見込みは少ない。
かといって襲われる前に不意打ち攻撃した場合、正当防衛を主張できるのか?
それに現行犯でもないよなあ。
適当に襲われたといって引き渡したらどうなるかな。
うーん。
これ以上面倒なことになるのは避けたいのだが。
誰かに証人となってもらうか?
そうだ、グランさんがいたな。
なんで尾行しているのか、共犯者なのか、あっちも調べる必要がある。
魔力は――まだ余裕があるな。
迷宮で狩った一角兎の肉を食べたときに、また増えたみたいだ。
魔物肉は魔力が豊富なおかげか。
まあ、それはともかく。
グラン・リーチ。
あの男の犯罪に関係する過去に限定して〈森羅万象〉を発動する。
これなら魔力消費を抑えられるはずだ。
ふむ。
結果はシロか。
ただし裏社会の人間とも交友関係があるようで、やはり油断ならない人物ではある。
今回はどうやら怪しいと以前から目星をつけていた人間が、僕のあとをつけているのを見て追ってきたということのようだ。
いや待てよ。
もしかして囮にされたのか?
お宝を発掘して、大金を所持していると思われる新人冒険者。
強盗にとってはカモでしかないだろう。
僕が情報を隠すのを阻止して、公表したほうがいいとか言ってたが……。
これが本当の目的だった可能性は?
あのおっさんめ。
やってくれたな。
仮に想定外の自体だったとしても、厄介ごとに巻き込まれたのは事実だ。
こうなったらこちらも利用してやる。
あの強盗を現行犯で取り押さえたいという思惑は一致しているはずだ。
それなら僕が襲われたとき、味方になるだろう。
なるかな?
いやなるだろ……。
心配だ。
見殺しにして殺人が確定してから動くとかやりかねないな。
すくなくとも信頼感がないことだけは確かだ。
保険に別の手立てを用意すべきか。
まずは地理を把握するために〈森羅万象〉を発動する。
人気がなく、強盗が実行しやすそうな場所。
それでいて大声で助けを呼べば、衛兵がすぐに駆けつけてこられる場所。
条件に合う場所は少ないな。
助けが来るまで自衛できるだろうか。
装備は短剣と短い手杖。
どちらも発掘品だ。
使って、すぐに壊れたりなんてしないだろうな?
ほかの武器も用意するか。
目的に見合う場所へと移動しながら、近くの露店や商店で武器や防具を見繕う。
金属鎧は防御力が高そうだが、回避速度が落ちるのでやめておくか。
代わりに革鎧と革の手袋を購入。
魔物の皮で作られたものらしく、丈夫さと軽さを両立した一品だ。
あと視界が悪くなりそうだが、鉄兜も買うことにした。
頭だけはしっかり守らないとな。
合計金貨三十枚也。
当然その場で装備した。
そのあとは弩も購入する。
組合で借りたものと同じようなやつだ。
太矢と一式で金貨十枚。
店でいつでも撃てる状態に用意し魔法鞄に収納する。
もちろん強盗の男には気づかれないように行った。
これでいざとなれば取り出してすぐに反撃可能だ。
あとは医療品の類いをまとめ買いした。
教練で使用した傷薬だけでなく、魔法薬に分類される回復薬なども。
この回復薬は
中級はひとつ金貨十枚。低級はひとつ金貨一枚。
金銭感覚がおかしくなってきたような気もするが、命には換えがたい。
荷物は魔法鞄に収納できるので後先考えず、万全に準備した。
ほかにも目潰し用に使えそうな小麦粉や胡椒なども買ってみる。
胡椒は小瓶で金貨四枚もした。
このくらいで十分かな。
強盗は湯水のごとくお金を使う僕の姿にイライラしているようで、〈森羅万象〉で確認したとき悪態をついていた。
聞くに堪えなかったので、適当に聞き流す。
もうちょっとおちょくっても面白そうだが、そろそろいいだろう。
買い物に夢中で、人気のないところへ進んでいるのを気がついていないかのように装って、目的地に向かった。
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