第6話 冒険者組合
冒険者組合の本拠地――組合館は中央広場に面する一画に建っている。
いわゆる帝都の一等地だ。
ここに組合館を持っているのは大組合と呼ばれる一握りしか存在しない。
つまり冒険者組合はそれ相応の金と権力を所持しているというわけだ。
実際に組合館を目にしてみると周囲のものより一際大きく、異彩を放っていた。
要塞みたいだな。
まるで訪れる人々を威圧しているようにも見える。
しかしそんな印象とは裏腹に、金属製の扉は歓迎するように開かれており、早朝にもかかわらず大勢の人々が出入りしていた。
もっとも大半が武装した男たちなので、立ち入るのに躊躇せざるを得ないが――
これくらいで立ち止まってちゃ話しにならない。
流れに沿って組合館へ向かう。
館内に足を踏み入れると、吹き抜けの大広間になっていた。
組合館は集会所も兼ねているため、ここには多数の円卓や椅子が用意されており、多くの冒険者たちが屯している。
真剣な目つきで地図を囲んで話し合う者、食事をしながら大声でおしゃべりする者。
これが冒険者組合か。
正面には受付があり、数は少ないが女性の姿もあった。
二階には酒場があって、あそこで食事やお酒を注文できるようだ。
なかには朝っぱらから、できあがっているのか赤ら顔の男たちもいる。
目を合わせると絡まれそうだな。
視線を逸らすと、壁に設置された掲示板が目に入った。
なにが書いてあるのか見に行きたいが、加入手続きが先だ。
女性受付の前には数人の男たちが並んでいたので、強面な男性受付のところへ行く。
しかし、なんでまた受付に歴戦の戦士を思わせる風格の男がいるのか。
粗暴そうな冒険者を相手にするにはこういう受付も一人はいないとダメなのだろか?
女性受付のほうが人気のようだけど……。
「ようこそ冒険者組合へ」
声をかけてきた受付の男は見た目に反して、親しみやすい感じだ。
ちょっと安心。
「はじめまして、組合に加入したいので、手続きをお願いできますか」
「ん? なんだ加入かよ。それならあっちだ」
用件を聞くなり、受付の男は態度を変え、混んでいる女性受付のほうを指差した。
急に適当な感じになったな。
冒険者になろうという輩を、相手にするならこれでもいいんだろうけど。
もうちょっと丁寧に応対してくれれてもいいのに。
いや、これも日本基準で考えてしまってるのか?
この世界ではこんなもんなんだろう、きっと。
考えてもしかたがないので受付を移動し、情報収集がてら聞き耳を立てる。
前にいる男たちも加入希望者かと思ったが、どうやら違うみたいだ。
探索計画がどうだとか、帰還予定がいつだとか、そんな話をしている。
ついでに今度一緒に食事はどうかと誘っていたが、あっさりと断られ、それでもなおしつこく誘おうとしていると先ほどの強面男性受付から、鋭い視線が向けられた。
僕に向けられたわけじゃないのに、背筋がゾクっとするような眼差しだ。
あれが俗に言う殺気ってやつだろうか。
前にいた男たちも気がつき、逃げるように去っていった。
「次の方、ご用件をどうぞ」
「加入の希望です」
「加入……ですか」
ここでもなにか問題があったのだろうか?
受付嬢が
「組合の規則や活動については、どの程度把握していますか?」
「一通りは」
「そうですか……かしこまりました。ちなみに推薦状はお持ちですか?」
ふむ〈森羅万象〉の知識によれば推薦状があれば加入金がいらない――というか推薦者が肩代わりする仕組みのようだ。
かわりに被推薦者は徒弟みたく見習いとして、推薦してくれた冒険者のもとで雑用や荷物持ちなどをしながら、武器や防具の扱い、迷宮や魔物などについて学び、一人前の冒険者になるらしい。
大抵の人は知識やお金、装備などを十分に用意できないし、単独で迷宮を探索するのは危険なので、これが一般的な冒険者のなり方なんだろう。
まあ僕には関係ないが。
「いえ、ありません」
「でしたら、加入金として一レオルの支払いが必要になりますが、どうされますか?」
「どうとは?」
「ここにはたくさん冒険者が集まっていますから、推薦者になってくれそうな方を探してきてもらっても構いませんよ」
へ~。
そういうのもありなのか。
広間を振り返って見てみると、何人かの冒険者が僕を値踏みするように眺めている。
好意的な視線だけではない。
単純な善意だけで推薦者になる者はいないのだろう。
見習いとして抱え込む場合、一人前になるまで面倒を見る必要があるし、問題が起きれば責任も発生するので、新人の見極めは重要だ。
僕にしても、仲間は欲しいが、〈森羅万象〉を筆頭にいろいろと知られては困ることが多いから誰でもいいわけじゃない。
いまは様子見の段階だ。
「推薦は必要ないので、自分で支払います」
「そうですか。その場合、組合の冒険者に依頼して、一度だけ無料で講習や教練を受けることができますが、そちらはどうしますか?」
こっちはやっておいたほうが良さそうだな。
「お願いします」
「かしこまりました。それではこれから加入手続きに進みますので、質問にお答えください」
そういって、受付嬢が書類と筆記具を用意する。
質問項目は名前や年齢、性別、出身、家族構成、住所または泊まっている宿などのいざというときの連絡先情報、前科、身分などなど。
ただし、この世界では自分の正確な年齢や出身地などを把握していない人もいる。
特に冒険者を目指すような人種――流れ者や異邦人などは、不確かな情報しか持ち合わせていないことも多い。
そういう事情もあって、すべての質問を正確に答える必要はないみたいなので、僕も出身地などは誤魔化しておいた。
とりあえず個人を識別できれば問題ないということのようだ。
もっとも上級冒険者へと昇級するためには能力だけでなく、人格や経歴などの身辺調査もされるらしい。
将来のことは、またそのときに考えよう。
「以上で登録は終了です。認識票の発行まで少々時間がかかるので、そのあいだにご存知かもしれませんが規則や組合費など重要事項の説明をさせていただきます」
書類を別の職員に渡した後、受付嬢は姿勢を正した。
「改めて自己紹介から始めましょう。私はファナ・リーチェと申します。階級は中級。組合館では一般職員として受付を担当しています。以後よろしくお願いしますね」
礼儀正しく、見た目も楚々としているので思いもよらなかったが、このファナさんという受付嬢も冒険者のようだ。
それも中級。
実はすごい強かったりするのだろうか?
「えっと……よろしくお願します」
「よろしく、ソラくん」
すこし緊張してぎこちない挨拶になってしまった。
それに対してファナさんは気楽な感じで接してくる。
どうやらこれからは同じ組合の仲間、もしくはただの新入りとして扱われるようだ。
「それではさっそく重要事項から説明しましょう。すべての組合員は毎年組合費として十レオルの支払い義務があります。これを怠ると一定の猶予期間の後、組合から除名されますので注意してください」
「了解」
「次に、冒険者には都市内での武装権が認められていますが、だからといって無闇に振り回したり、恫喝などに使用すれば当然、法によって罰せられるのくれぐれも――くれぐれも注意してください!」
「は、はい」
くれぐれもって二回言ったな。
あと声こそ荒げてはいないものの、なんともいえない迫力があった。
よほど問題を起こす冒険者が多いのだろうか?
「また組合は冒険者同士の相互扶助が基本なので、当然、冒険者同士の争いごとも厳禁です。こちらも注意してくださいね?」
ファナさんがにっこり笑みを浮かべた。
だけど、おかしいな背筋がゾクっとしたんだけど……。
すくなくともこんな注意が必要な時点で問題事は日常茶飯事なのは理解できた。
うん、気をつけよう。
その後は穏やかに、こまごまとした取り決めや、組合館の利用法、階級、福利厚生などに関して話が進んだ。
一通り説明が終わったところで、別の職員が出来上がった認識票を持ってきた。
「これがあなたの認識票です。階級は初級冒険者。昇級できるように、頑張ってくださいね」
受け取った認識票は青みがかった鈍い鉛色の金属板で、手のひらに収まるほどの大きさをしている。
冒険者組合の紋章である十字型に配された四つの菱形が刻印されており、裏面には名前などが記されていた。
階級は初級から始まり、下級、中級、上級、そして最高位である特級の全部で五段階。
昇級するごとに認識票の材質も変化していくので、一目で階級を識別できるようになっている。
それぞれ初級の青みがかった鉛の合金製から、黒鉄、赤銅、白銀、黄金と変わっていくそうだ。
「普段は首にでも掛けておき、転移門の利用時など身分の証明を求められたら、すみやかに提示してください。こんなふうに」
そういってファナが胸元から赤銅の認識票を取り出して見せた。
僕の認識票にも鎖がついていたので首にかけておく。
「これでいいかな?」
「ええ、それを身に付けた時点で正式に冒険者として扱われるので、自覚と責任を持って行動してくださいね」
「わかりました」
「最後に、本日の教練はメルクの鐘からになりますが、どうしますか?」
えっと……つまり午前九時からか。
今日は特に予定もないし問題ないな。
「それでお願いします」
「わかりました。鐘が鳴ったら教官を紹介するので、そのときにまた受付に来てくださいね」
「了解です」
これで手続きは終了だ。
後ろに他の人が並んでいたので、お礼を言って受付から移動した。
さて時間はまだあるが、どうしよう。
そうだ、掲示板でも見てみるか。
なにか役立つ情報でもあるかもしれない。
掲示板にはさまざまな張り紙や書字板が掛かっている。
書字板は蝋引きした木の板だ。
先の尖った鉄筆で蝋の部分を引っかくと白い線を書くことができるし、反対の丸い部分でこすれば消すこともできる。
そのため、一時的な
植物紙がないと、大変だな。
羊皮紙の張り紙も、表面を薄く削ることで何度も再利用しているのだろう、薄っすらと前の文章が残っているものもあった。
微妙に読みづらい……。
内容は多岐にわたる。
依頼、市場の相場情報、お尋ね者や賞金首、行方不明者の捜索情報について、仲間の募集、儲け話、迷宮内の近況報告など。
なかには今月の処罰者情報なんてものもある。
酒場での喧嘩騒ぎや刃傷沙汰などで、すでに数件分の冒険者が掲示されていた。
一種の見せしめなのだろうが、効果はさほどなさそうだ。
まあそれはさておき。
いくつかは情報提供するだけで賞金や、報奨金が貰える話もある。
〈森羅万象〉のある僕ならすぐにでも実行できるのだが、情報の出所を探られる可能性が問題だ。
秘密で通してもいいが、何度も繰り返せば、不審に思われるのは間違いない。
よほどお金に困らない限りは手を出さないほうが良さそうだ。
依頼は迷宮産の薬草や、魔物の素材、鉱物などを求めるものが多く、掲載されている現在の市場相場などを参照して、条件がいいのか判断できるようになっている。
依頼にはなくても、買取している品の情報も載っているので、なにを持ち帰ればいいのか参考にもなるな。
冒険者としての階級を上げるには、組合に貢献すること――つまり依頼をこなすことや、取引所で売買をすることも必要になってくるので、このあたりは積極的にしたほうがいいかもしれない。
あと気になったのは迷宮に関する情報か。
天然迷宮と呼ばれる、迷宮内迷宮とでも呼ぶべきものが稀に発生するらしく、いつのまにか地形が変化していることがあるようだ。
うーん、よくわからないな。
そもそも迷宮とはなんなのか?
〈森羅万象〉で調べてみると、魔力がなんらかの原因で一定以上溜まり、その場が歪んでしまった空間のことを迷宮と呼称しているようだ。
そこはまっすぐ歩いているはずなのに、同じところをぐるぐると歩いていたり、左右に曲がったり、距離が伸び縮みしたりするらしい。
まさに迷路のような異界というわけか。
そんな迷宮を古代の魔導士たちが研究し、人工的に再現したものがウルクスの大迷宮。
世界初の人工迷宮ともいわれているようだ。
管理者が魔力の調整と制御をすることで、都市の地下に規格外なほど巨大な異空間を創りあげた。
さらにいくつもの階層に分けることで、さまざまな環境を再現し、都市、農場、森林など内部で生活が成り立つようになっていたそうだ。
しかも歪みを空間の拡張という形に固定したおかげで、昔は迷うようなこともなく安全だったらしい。
もっともある儀式をきっかけに、いまのような魔境になってしまったらしいのだが。
元々地下に都市を拡張したのは地上に跋扈する危険な魔物たちから逃れるためだったと伝えられているようだ。
しかし現在では地上の魔力を吸い上げた迷宮内のほうが危険で、逆に地上のウルクス周辺部は魔力濃度が薄く、魔物が減ったらしい。
皮肉だがそれによって地上の領土が拡張し、都市国家から帝国へと繁栄を遂げたのだとか。
ただし迷宮内の都市は滅亡し、いろんな魔導技術が衰退してしまったので、いまでは冒険者たちがその遺物を持ち帰ることでしか手に入らない魔道具も存在する。
転移に関する魔術もそのひとつ。
ふむ。
まあ迷宮に関してはだいたいこんなところかな。
ほかにも気になったものについて調べものをしたかったのだが、いつの間にか結構時間が経っていた。
そろそろか。
こういうのはぎりぎりじゃなくて、余裕を持って行くべきだろう。
まだ鐘は鳴っていないが、受付に向かった。
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