第25話

 本を読もうと鞄から取り出し頁を開くと、いつのまにか太陽の光がテーブルの半分ほどを照らしていて、紙に反射する光が眩しく(一頁も読むと)目が痛くなり、顔を上げて店内に目を移しても眩しさは消えずにあって、天井の一点に光が当たっているのが見えたのだけれど、僕の腕時計が光を反射させているわけではないし、机の上にあるものを色々と動かしてみても光はひと所にじっとしていて、光が動いたと思ったら、目の前のジーンズが携帯電話で話し始めた。

「おつかれぇ。そう、ロッテリア。ちぃねぇといるの」

 スーツの煙草を持っているだろう手や、目の前にあるだろう飲み物はジーンズに隠れて見えなかったのだけれど、ジーンズよりも背が高かったので額から上が見え、結わえられた髪の向きで外を見ているのがわかったし、「ちぃねぇ」とジーンズが言った時だけ、ジーンズの方を向いたのもわかった。僕もスーツにつられて外を見ると、ロッテリアの前の道を靖国通りのほうへ走っている人がふたりいる。多分、先の信号が青なのだろう。強い風に煽られ、胸元で襟を押さえている人や、鞄を抱えるように歩いている女の人もいて、それを見ながら(飲めるほどに冷めた)(それでも温かいことに変わりはない)ブレンドコーヒーを両手で持ち、一口飲んだ。スーツを見るとまだ外を見ていて、電話を終えたジーンズがミルクティ(さっき会話の中でミルクティを頼んだと言っていた)を飲んでいても正面を向き直ることはなく「どうかした?」とジーンズが訊くと「朝から仕事なんて大変だよね」と外を見たままスーツが言い、「うちんらだって夜仕事してんじゃん」とジーンズが答えると「通勤ラッシュとか、もう無理」とスーツが言った。「無理無理」とジーンズが言い、スーツは正面を向いて「れいちゃん?」と訊くと、ジーンズが「そう、いまカラオケだって」「元気だね」と電話の内容に会話が移って行ったのだけれど、スーツは「ちぃねぇ」と呼ばれていて、電話の相手が「れいちゃん」ということがわかっても、スーツはジーンズのことを名前で呼ぶことはなく、ジーンズの名前はわからないままで、ふたりの声が小さくなったので何を話しているのかもわからなくなった。

 ジーンズが置いた携帯電話はさっきとは違う所に光を反射させていて、その光を見ながら「れいちゃん」は朝からお酒を飲んでいるのかと思ったけれど、飲んでいるということは他にも連れがいるだろうし、カラオケボックスで働いている人もいて、僕のあまり触れたことのない世界で目の前のふたりは働いて(生きて)いるのだと思うと、昼に仕事をする人と夜に仕事をする人とを受け入れているこの『ロッテリア』(や『マクドナルド』や『ウェンディーズ』や『ファーストキッチン』や『モスバーガー』や、その他諸々のファーストフード店、もしくはファミリーレストランなど)が、新宿を支えている土台のように思えて、『新宿はファーストフード店で成り立っている』と呟いたのだけれど、声に出してみるととてもくだらないことに思えてちょっと笑ってしまった。

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