第7話
目覚し時計をセットし、部屋の明りを消して、布団に入り眠る段階になると『ポール・アンカ』に飽きてしまって、もう一度起き上がり、CDラックから『アン・マッキュー』を取り出してコンポにセットした。
よく眠れない日があるのだけれど、いつかどこかで聞いた「眠りを促す方法」というものがあって、それは頭の中で数字を数えて行くというものだ。ただ単に数字を数えて行くだけでは駄目で、頭の中で腕を動かして目の前に数字を書いて行く。それもゆっくりと書いて行ってひとつの数字に一秒以上使う。なぜか習字を思い出して筆を使っているのだけれど、鉛筆でも構わないと思う。ゆっくりと数えていても五〇や一〇〇にはすぐに辿り着いて、眠れないときに数えているから三〇〇にも四〇〇にもなるのだけれど、気が付くと眠っていて、考えてみればひとつの数字をぴったり一秒で書いて行っても四〇〇で七分もかからないのだから、寝返りばかりを打って一時間も二時間も眠れなくなるよりは、いくら一〇〇〇まで数えたとしてもそっちのほうが眠るのは早い。
いつでも決まって僕は仰向けで眠る。小さい頃はうつ伏せで眠っていたような気もするけれど、中学時代からずっと仰向けで眠っていて、目が覚めるときもその格好のままだったりする。寝相が悪くてかけ布団が遠くに行っていたり、頭の方向が逆に向いていたりして、起きるとびっくりするようなことはもう随分と経験していないけれど、小さい頃は毎朝のように南を向いていた頭が北になっていて、一度、最初から北を向いて眠ったことがあって、起きると北を向いたままで喜んだことがあったけれど、布団は渦を巻いていて、どう見ても三六〇度回転したようにしか見えなかった。
眠る向きに仰向けやうつ伏せ、右や左(縮こまったり、何かを抱いたり)があるように、眠って行く過程でも決められたことがあって、布団に入ると意図的に寝返りを左右交互に行う。最初は上を向いているのだけれど落ち着かなくなって左を向き、また仰向けに戻って、左を向いたから右にも向こうと、右に寝返りを打つ。左右どちらも行わないと気がすまないのは指の関節を鳴らすときも同じで、指の場合は片方の鳴りが悪いと違和感が残る。関節を鳴らすというのは医学的に間違っているらしく、関節は鳴っていなくて、未だにどこからどうして音が鳴るのか解明されていないというのを何年か前に聞いたことがある。「関節を鳴らす」で思い出したけれど、眠るときにも関節を鳴らさないと気分が落ち着かなくて、鳴らす関節というのは腰の関節で、これも左右鳴らさないと気がすまなくて、今僕は腰の関節を鳴らし寝返りも左右済ませたので、これでやっと眠ることができる。
風呂に入るとそれまで忘れていた恐い話を思い出してしまうように、目を瞑ってから恐い話を思い出してしまうというときがあるけれど、今日はメールで知った陽子ちゃんの自殺の話を思い出して、さっき考えていた死と生のことをもう一度考え始めていて、でも眠たいので話の筋がどんどん変わってしまい、少し前に何を考えていたのかも思い出せなくなって、『アン・マッキュー』のCDが(この曲を含めて)あと二曲で終わるはずで(だから随分と眠れないでいる)、それでもコンポのリモコンを探そうという気も起こらなくて、陽子ちゃんが死んだのだと話が元に戻って、屋根を打つ雨音が大きくなって、天井のどこかでミシッと音がして、葬式はいつなのだろうと思い、目覚し時計を止めると午前一〇時だった。
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