第15話、一途に見つめてくるでは無いか……

 




「――陽毬?」

「もう大丈夫だよ、クレアちゃん。やっと集まったから」


 ……集まった、とか自白からの登場なんですけども。


「もう隠れんぼはお終いですか?」


 屋根からフワリとこちらに飛んで来た。


 タンポポの種を思わせる軽やかさである。


「……気付いてたの? ……凄いね」

「あれは、貴女あなたが?」


 古王の金剛兵へと視線を投げて、一応の確認をする。


「うん、そうだよ。これがあれば何でも出来る。……クレアちゃん、これからは私が守るよ? 行こう?」

「なに言ってんの……? どういう事なの? 意味分かんないんだけど……」


 クレアさんに手を差し伸べ、跳ねるような声音で得た力を自慢する。


 この態度から、僕は陽毬さんがこのゴーレムが何でどんな物であるかを理解していると推測した。


 理解に苦しむクレアさんも目の前の陽毬さんの只ならぬ気配を感じとり、警戒心を露わにして僕の背に隠れている。


 この子は危険があると僕を盾にする習性があるようだ。


 そんな事より、これは明らかに邪法である。しかも護堂さんの報告にあった、母体だろう。


 であるのに、いつも通りに見えるのが一層気味が悪い。精神汚染が進めば前川さんや誠君のように理性なんてポイっしてしまうものなのだが……。


「今までゴメンね。でも、色々準備があって……邪魔されたくなかったから…………でも、もう大丈夫。これからは私が守ってあげる」


 陽毬さんの目に妖しい光が灯り始める……。


「これね、私のなんだよ? 私の言う事を何でも聞いてくれるの……。これでクレアちゃんにちょっかいかけてくるもの、全部壊してあげるね?」


 今までの印象をガラリと変えて、妖艶な踊り子のように舞いながら……蕩けるような表情でクレアさんに語りかける。


 まるで悪魔が誘惑するようである。


「これが何なのか、陽毬さんはご存知――」

「私の名前を気安く呼ばないで? もちろん知ってるよ?」


 ものごっつ睨まれたやん……。目ぇ、血走ってるやん……。そっちからそう呼べと言いましたやん。


 弄ばれた気分だ。非常に気落ちしてしまう。


「……それは一度命令をしてしまうとそれを完遂するまでは決して止まりません。たとえ、あなたが止まれと言っても止まらないのですよ?」


 このゴーレムは、先の大戦で生み出された対魔法使い用の戦略殺戮兵器だ。一度命令を下して戦場に放り出せば、その暴虐の力にものを言わせて暴れ続ける。


 そして何より厄介なのが、このゴーレムは……。


「知ってるよ? でも何か問題あるかなぁ……。もしかして、怖いのぉ? これ、――魔法が効かないんでしょ?」

「はあ!?」


 はいやっぱり知られてたぁ。……厳しい!


 魔力が世界に宿って以降、戦力のほぼ全てが魔法に依存している。


 その中にあって、この『魔力による事象を無効化する術式』が施されたゴーレムは一際大きな猛威を振るい、停戦協定が結ばれてからも各地で数年単位の破壊活動を続けていた。


 それは何故か。単純に倒せないからだ。


 現在はもう存在していないはずだが、そのふざけた術式を施せる唯一の鉱石『魔鉱石デモライト』を核に使い、常時ゴーレム自体に魔法無効化の結界を貼り続ける。侵略王・アーサムの命令により生産された超兵器である。


 そんなのどうするよってお話なのだ。


「……あ、あたしが行けば……これ、動かさないのね?」

「ノンノンノンノン。クレアさん、それでは何の解決にもなりませんよ」


 僕や学院長の優れない顔付きを見て、クレアさんが意を決した様子で切り出した。


「え? ダメだよ? だって、クレアちゃんに意地悪してたクラスの人達と、それを放置した大人達……あとはぁ〜〜、何と言っても山田君をやっつけなきゃ」


 突然のロックオン。


「ここで僕!? なんと言っても僕!? 何故に僕なのですのよ!? わっけ分からんぜよ!」

「……混乱しすぎです、兄さん」


 だって平凡な日常を過ごしてきた僕が、このほんわか少女に恨みを買ってたんですぜ!? 痴漢からも助けたのに、何でさ!


「……だってクレアちゃんに馴れ馴れし過ぎるんだもん。クレアちゃんもすっかり調教されちゃってるし……」

「調教!? 何言ってんのよ! そ、そんな事されてないわよ!」


 それはともかく、僕は仲が良いから殺されようとしているのかな?


 こうしている今も僕とクレアさんに冷たい半目を突き付ける。明らかに瞳に嫉妬の色を浮かべて……あららぁ。


「……クレアちゃんには後でお仕置きしなくちゃね。私以外と仲良くしちゃダメなんだよ? しっかり身体に教え込まなきゃ」

「何言って……」

「――《古王の金剛兵タイラントゴーレム》」


 古王の金剛兵の空虚な顔らしき箇所に2つの赤い光が灯る。


 何かしらの命令を受け、ひょっこり起動してしまった。


「マズいぞい! 早く破壊せねば、この都市が危ない! のう、零殿!」

「……見事な僕頼みですね」


 狼狽える僕達一同を余所に、陽毬さんはクルクルと再び踊り出す。


 それに呼応している訳ではないだろうが、緩慢であった古王の金剛兵も少しずつ動きが滑らかになっていく。


「魔法が効かないんだよ? これがあれば、本当に全部からクレアちゃんを守れる……。意地悪な人達からも、国からも、……あの【七天魔導】からだって」

「……でもこの都市にはっ、炎の魔法使い様がいるじゃん! きっとあの救世主様が今回も――」

「――魔法が効かないのに?」


 それを言われると、反論の余地が無いのだろう。


 言葉を失い、唇を噛んで悔しそうに押し黙ってしまう。


 【七天魔導】は、魔法使いのみならず世界の頂点だ。


 しかし、もちろん優れているのは魔法の腕。


 無効化されればただの人。


「……ナメられたものです」


 他の人達ならいざ知らず、この僕に滅せないものが存在するかのような物言いをされるとは。


 嘆息と少々の憤りの混じった言葉が零れ落ちる。


「この後はぁ、クレアちゃんとお風呂に入って〜、お着替えして〜、一緒にご飯作って〜、最後は……うふふっ」

「人の話を聞きなさい! 僕がカッコつけてるところでしょうが!」


 頰を染めて何をもじもじしとるか!


 何を古王の金剛兵に命令したのかは知りませんが、そんな場面ではないでしょうに!


 ……いかんいかん。暑さと汗の染みきった張り付く運動着のせいで冷静さを欠いている。


 落ち着け、僕。


「うん? ……あれ? まだ逃げてなかったんだ。早くしないと潰れちゃうよ?」

「はい?」

「最初の命令は“山田君を踏み潰して”、だから」

「…………」


 恐る恐る上を見上げる……。


『――――』

「…………」


 ……ばっちりとゴーレムと目が合っている。


 何故だろう、僕だけを一途に見てくれている。それがはっきりと分かる……。


「……退避ぃー!!」

「ええぇぇ!?」


 誰よりも早く駆け出した。


「行くぞい!」

「……」


 全員で脱兎の如く逃げ出す。


 僕以外は出だしは遅かったものの、弾かれた弾丸のように出口に向かって行く。


 あのジジイ!


 見かけによらず速っ!? 生徒を後ろにして速っ!?


 才賀君を背負ったままでスプリンターのような走りで先頭を行く学院長。


「が、学院長! ここら辺が消滅、して、も、いいですかぁ!?」

「何を言っとるの!? ダメに決まっとるじゃろ!」

「で、では……ジジイ! 止まりなさい! 話しにくい!」


 逃げてもいいから先に話くらいさせなさい!


 いや、分かるよ? 後ろから、ゴーレムが物凄い地響き立てて追っかけて来てるものな!


 今はまだ2歩程だ。おそらく機体が温まるまで動きが遅いのだろう。


「いやじゃあ! 儂ぁまだ死にとうない!」

「……兄さんが狙われているのですから、兄さんだけが逃げればいいのでは?」


 その詩音の無慈悲な一言に思わず一同が動きを停止してしまう。


「いやいや、嘘でしょ? 何でそんなことを言うの? 何で言えるの? どうしてそんな冷たい発想が出来るの? 僕、もう走れな――」

「あっち行けぇー!」

「ジジイっ!! 学院長ともあろう者が真っ先に生徒を見捨てるとは何事ですか! 恥を知りなさい!」


 この大きな演習場の端の出口までは何とか来れたが、チラリとゴーレムの様子を見ると、ぎこちなくも大股で僕へと一直線に向かってくる。


 おそらく、かなり緩慢だった動きもそろそろ通常の状態へと戻り、人の足では逃げられなくなるのも時間の問題だろう。


「もう逃げないの? じゃあ、そろそろいいかな。――クレアちゃん」

「っ…………」


 あのゴーレムとは別の魔物とも契約しているのか、汗1つかかずに僕達の背後で佇む陽毬……小玉さん。


 内に隠した静かな狂気を携え、癒しをもたらしそうな笑顔で再度クレアさんに手を差し出す。


「……分かったから」


 か細い震え声でそう答え、ゆっくりと小玉さんの方へ踏み出した。


 ――むにゅ……。


「え……」


 ……い、行こうとするので、クールに腕で遮って止めたのだが……まさか幸運にもクレアさんの胸元にダイレクトアタックしてしまう。


「あわ、あわわ……」

「な、何であたしの胸を揉んでんのよっ……」


 ビクビクとしながらクレアさんの顔色を伺うと、真っ赤な鬼の顔で怒りに狂い、腹の奥底に響くような声を僕にぶつけてくる。


 むぅ……むにゅむにょと指を動かしてみた。


「続けんのっ……!? ――このっ!」

「甘い!」

「避けた!?」


 酷使した足腰に鞭打ってしゃがみこみ、赤面しきってしまったクレアさんのビンタを間一髪で避ける。


 折角だから記念にと、ちょっとだけご褒美を貰ってしまった。


「クレアさん」

「何よ!」

「もう少し僕を信じて下さい」

「……ぇ」


 確かに、あのゴーレムは厄介極まりない。魔法が効かないだろうさ。


 けれど――だから何だ?


「貴女も世間も、どうも僕を過小評価し過ぎている」

「ぇ、な、どういう事よ……」

「貴女は、ただ信じていて下さい。ひたすら一途に。その救世主とやらの力を」

「…………」


 久々に僕の真面目な顔を見たからだろうか。軽く目を剥くクレアさんが呆然と、僕を一心に見つめる。


「学院長」

「……貴方で無ければ倒せんのじゃい。任せるわい」

「安心なさい。範囲内に生体反応はありませんでした」

「……何日の徹夜で修復出来るじゃろうか」


 アンタが魔法で直すのか。多芸だな。


「……ねぇ、いい加減にして? 私のクレアちゃんに触れないで? 話しかけないで? 見ないで? 止めて? 止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて死んで?」


 とうとう取り繕っていた狂気を滲ませる。


「……何やってるの!? 早く殺してよ!! 早く早く早く! 早くぅぅぅーっ!!」


 発狂したのかと疑う程の絶叫を轟かせ、古王の金剛兵を叱咤する。


 だが、もう何もかもが遅い。


 終わりはもうすぐそこにある。


「クレアさん、詩音達の元へ」

「……う、うん」


 目の前の標的から視線を逸らさず、一言だけ告げてクレアさんを下がらせた。


「……それでは、小玉さん。覚悟して下さい。あなたが希望だと思っているそれが、もうすぐに潰えます」

「うるさぁぁぁぁぁい!!」


 耳を両手で挟んで塞ぎ座り込み、全ての雑音よ消え去れとばかりに大声を響かせて僕の言葉から逃れようとしている。


「僕の“とっておき”の1つをお見せしましょう。中々、いや、間違い無くここでしかお目にかかれません。しかとその目に刻みなさい」


 僕の全身から、紅と黒を混ぜたマグマのような色合いのオーラが滲み出る……。




「“我の炎は此処に在り”」




 全ての存在を畏縮させるようなオーラの勢いは増大していき……。




「“我、揺るぎ無い絶対の炎を統べる者なり”」




 渦を巻くように、やがて天高く舞い上がり……。





「“終末を運ぶ『終焉』を司りし真紅の炎よ”」





 1つの天を貫く程の巨人を形作っていく……。






「“万象一切に滅びを齎せ”」





 久しぶりに振るえる力に、僕もこいつも笑みが溢れる……。









「……終わらせろ。――《終炎の巨人スルト》」










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