第14話、やっと、集まった……

 


「ほぃやぁ!」

「結構やるようになったじゃないっ。やるじゃん……!」


 そりゃそうだろうよ……。小等部の剣だもん……。凄く軽くて、とってもラクチンだもの。


 僕が上達したとでも思っているのだろうか。僕と違い、それほど汗もかいていない比較的涼しい顔で溌剌とした笑みのクレアさん。


 これだけ斬りかかっているのにも関わらず、その場を一歩も動かす事が叶わない。


「ふぅ〜〜……。クレアさんも中々やりますね。そろそろ休憩にしましょうか」


 適度な休みを挟む事が上達への近道だ。演習着の胸元で雑に顔の汗を拭い、日陰に移動する。


「は、はぁ!? 何バカ言ってんのよ、まだ1回目じゃない。待ちなさい……あっ!? こら! 避けるなっ!」


 僕を捕まえようとして伸びてきたクレアさんの手をすり抜け、日陰へ向かって走り出す。


 まだ1回目でこれだけの発汗量なのだ、もう十分だろう。それにどうせ今週も補講があるのだ。ここで無理をする必要はない。僕くらいになれば、一週間単位で体力配分を管理している。


「おっと! 待ってくれないか?」


 イジメっ子、参戦。


「むぅ? 僕に何か」

「零に何の用なのよ……」


 いつの間にか立ち直り授業に参加していた才賀君が、僕の進路に立ち塞がるではないか。


 僕と……おそらく背後で鋭い視線を向けているであろうクレアさんを前に、何故か悔しそうな表情をしている。


「……いや、一ノ瀬とやるのは嫌なんだろ? なら、是非俺とやろうじゃないか」

「もしかしてぇ……詩音にやられ過ぎたから、僕を倒して一気に名誉挽回するつもりですか?」

「お前を倒して得られる名誉なんてないだろ! 何を自分の方が格上みたいに誇張してるんだ!」


 し、ししっ、失礼なっ! これでも最近は自主練習もして、メギメギと腕前を上げているのに!


「……僕をやっつけちゃうと、詩音に入院を余儀無くされる程に叩きのめされますよ?」

「妹を脅しに使って恥ずかしくないのかっ? いいから勝負しろ……! さっき手を踏まれた借りも返したいからな……」


 僕は痛いのが嫌いだ。しかも脅しではなく確実にそうなるだろうから教えてあげているだけだ。


 しかし……通すつもりはなさそうだな……。


『――――――』


 ん? 才賀君と睨み合い、フェイントの掛け合いで日陰への突破口を開こうとしていたのだが……今、何か……。


 そんな僕の疑問を解消するかのように……不穏な物音が耳に届き始める。


「……何か聴こえない?」

「え……?」

「……本当だ。工事なんかあったか?」

「いやこれ……なんかヤバくねぇか?」


 演習場のあちこちから剣戟が聞こえる中にあっても、何かを無理矢理に破壊するような重低音が遠くから響いている。


 しかも、明らかにこちらへ近付いて来ている……。


 みんな、この音が異常なものだと理解し、不安で早くなる鼓動を潜めながら物音の動向に耳を研ぎ澄ましているようだ。


 …………。


「し、静かになった……? なんだった――」


 ――皆が甘い期待を抱いたその瞬間、剣の演習場に1匹の怪物が、壁を突き破り転がるように雪崩れ込んできた。


「……見〜〜〜〜〜〜〜〜〜つケた……」


 音がしていたのとは逆の方向の外壁が破壊され、形容し難い何かが侵入する。


「……う」


  ほんの少し、ほんの一瞬だけ事態を把握する事を忘れ、現実から目を逸らす。だが生物の本能が無理矢理に事の重大さと異常さを理解させる。


  このままでは、死ぬ。


「……あ、ぁあ……うあああああっ!!」

「キャアアアアアアっ!?」

「に、逃げろおおおおおお!! 早く避難しろおおお!!」


 最近、見たような光景だ。我先にと駆け出し、少しでも前に、他人を押しのけ、時間を稼がせ、自分だけは助けてくれと逃げ行く。


「な、何……あれ……」

「高木君でしょうね。またまた厄介な事になりました……でも授業よりはいいかも」


 高木君らしき本体を中心に、黒いイカの脚を思わせる巨大な触手が高木君の背より10本くらい生えている。


 そして、その10本の吸盤の付いた脚だけで瓦礫を物ともせずに、破壊した壁から乱雑に這い出てきている。


 ……もはやアレは高木君ではなく、ただの巨大な触手だ。


「ね、ねぇ……もしかして……」

「邪法です。海の魔物とでも契約したのでしょう」


 目までイカのような無機質な黒目へと変質しており、徐々に同化していっているのが分かる。


 騒々しく退避する生徒達には御構い無しに、目玉をギョロつかせながら何かを探している。実に不気味だ。


「………………アっ」


 誰を探していたかは僕にも分かっていた。


 生物の声とは到底思えない絶叫をあげながら、一目散にターゲットへ向けて蠢動を開始する。


「イタああア〜。才賀ぁぁぁ、アソブでござる〜〜〜」

「ひいっ!? な、なんで俺なんだよぉ!! 俺は何もわるく――ぐあっ!?」


 あらら、あまりの恐怖に足をもつれさせて転んでしまった。


 不規則に唸る触手で移動する高木君はかなりの速度で、このままではミンチになるのは確実だろう。瓦礫を握り潰し、コンクリートも儚く砕き、為すがままに暴虐を体現している。


 ……お?


「……やれやれ、クレアさん。本気ですか?」

「あ、当たり前でしょ。ここで見捨てたら……あたしを救ってくれた【炎の魔法使い】様にっ、顔向け出来ないもん……!」


 ……涙声とでも言うのだろうか。


 ガクガクと脚を震わせながら、泣きそうになりながらも、才賀君と高木(触手)君の間へ向かおうとしている。


 そんなに怖いのなら見捨てればいいのに。


「むぅ……詩音、クレアさんを」

「承りました」


 当然のように僕の背後に控えていた詩音にお願いして……ていうか、あれ!? あの先生は!? あの人も避難したのっ? 僕達まだ5人も残ってるのに!?


 ……なんちゅうやっちゃ。


「な、なんという学院なんだ……」

「いってらっしゃいませ」


 釈然としない思いを抱えたまま、いいハンデだと自分に言い聞かせてトコトコと歩いて行き、高木君の前へと立ち塞がる。


「えっ……れ、零! 戻って来てっ! ごめんなさい! もういいから! 戻って!」

「……静かにして頂けますか? 耳障りなので」

「でも零が! 零っ!」

「兄さんは必ず勝ちます。誰が……いえ、何が相手だとしても」

「ふぇ?」


 後ろ歩きの僕へ涙目で懇願するクレアさんだが、何故に美少女というものは美しいままなのだろうか。う〜む、これはこれで凄く可愛いですな……。


 胸元で両手を握り、震えながら僕を心配そうに見つめるその姿……いい。


「な、なんかわかんないけどっ、せめて前を見てっ!」

「それはその通りです。兄さん、転んではいけないので前を見て歩いてください」

「そうじゃないじゃんっ!?」


 冷静沈着な詩音を目にして僅かばかりか気を落ち着かせたようだ。良かった良かった。


 なので高木君へ向き直り、


「あよいしょっ」


 縦横無尽に床を抉り、重機を思わせる破壊力で暴れ狂う触手の嵐の中へと……前転で入り込む。


 瞬間、先程まで上半身があった場所へと触手が薙ぎ払われた。


「ひぃっ!?」


 クレアさんの悲鳴も耳にしつつ、


「いだぁ!?」


 硬い床で前転して痛む背中に呻きながら、ゴロゴロと横に転がる。


 遅れて二度、三度、四度と触手が追いかけて地を打ち付ける。


「いたたたぁ……」


 立ち上がり半身になって打ち下ろされた触手を避け、〈炎の弾丸〉を指先から打ち出して触手を弾き、更に前へトコトコと歩いていく。


「さっき振りですね、高木君」

「アヤああ?」


 ギョロリと僕を視認し、関心を持って対した。


「おお……まだ自我が残っていましたか」

「何故、ジャま、するのでゴザル。強イ、拙者ノ。弱い、山田シが」


 片言になってはいるが、会話するくらいの余裕はまだあるみたいだ。


 正面からやって来たのが僕だと認識すると破壊を止め、触手を戻しながら停止した。


「高木君は色々と勘違いをしていますね」

「……ア?」


 高木君の本体を見上げながら、勘違いを指摘してあげましょう。


「まず一つ。高木君は才賀君を強い側と評していましたが、全く違いますね。むしろ弱いから群れるし、陰で小細工をし、わざわざ弱い者を虐げる事で強さを周りに示すのです。本当に強ければ、そんな必要はないでしょう?」

「…………」


 高木君も触手も、凍結したように静かに僕の言葉に集中している。


「二つ目。高木君はその力で強い側に回ったと思っていそうですが、それもまた違います」

「アあ!?」

「短気は損気ですよ。まぁ最後まで聞いて下さい」

「…………」


 聞き捨てならなかったのか、急にバタバタと触手で地を打ち鳴らして威嚇してきた。


 短気ですかよ……。


「それ、ただのクラーケンでしょう? たしかに強力なモンスターですが、たかだかAからB級のモンスターです。ここの学院長であれば、即殺できるレベルです」

「…………」


 ……静かにしてはいるが、高木君の周りに不穏な気配が漂い始めている。


「最後に……僕は弱くありません」

「……ひ、ヒヒヒヒヒヒひひひヒヒヒヒヒヒ」


 僕のお話のどこが面白かったのか、狂いながら踊り嗤っている。


「僕は生まれて……いえ、生まれる前より常に強い側です。誰よりもね」

「ひひひヒヒヒヒヒヒああんっ!?」


 ――肝を冷やす突風とほぼ同時に訪れた激音が、僕の右耳の鼓膜を揺るがす。


 嗤っていたかと思えば、突然激昂して僕のすぐ横の地面を触手を打ち下ろし抉り砕いてきた。思考の汚染度合いが酷い。そろそろ会話も難しくなりそうだ。


「零っ!」

「何も心配いりません。すぐ終わります。ほんの小さな心の隙間を狙われたのでしょう。今から間に合うのかは分かりません。ですが……誠君。是非また学友としてお話出来る事を願っています」


 僕の足元にオレンジ色の大きな大きな魔法陣が浮かび上がる。


 流石に10本ではないが、似たような魔法で打倒しよう。









「〈八岐大蛇ヤマタノオロチ〉」









 僕が言葉を発した瞬間、魔法陣から獰猛な八頭の炎の大蛇達があらゆるものに噛み付かんばかりに乱暴に迫り上がってきた。


 その大きさは高木君の触手を大きく上回り、一頭の炎の大蛇だけで丸呑みしてしまうだろう。


「ア、あ……、あァ……」

「……あっ、そこの人間を端に捨てといて。出来れば燃やさないように」


 〈八岐大蛇〉、通称・ヤマさんの一頭にそう指示を出す。


 高木君が僕の灼熱の大蛇達に睨まれた事で圧倒されて震え上がっていたので、邪魔な才賀君には避けていてもらった。


 ……いつからかは不明だが、白目で気絶していたので僕が運ぶ他無い。


「………………凄い。これ、本当に魔法なの……?」

「相変わらず素晴らしいですね。鱗まで繊細に創り出していて、とても芸術的です」


 ……ふんすっ! もっと惚れてくれてもいいです。


「え、う、アアああああアああっ!!」


 恐怖に堪え切れなくなった誠君が、ヤマさんの主である僕へと向かって触手を振り回してきた。意外に冷静な判断だ。


 10本の触手の同時攻撃で逃げ場は無く、普通であれば跡形も無くすり潰されてしまうだろう。


「――喰い殺せ」


 ただ一言、何の気概も無く呟く。


 八頭の大蛇達は蛇特有の掠れたような鳴き声で一度威嚇すると、虚しく伸びる触手よりも速く我先にと喰らい付き、噛みちぎり、燃やし、僕の思った通りに誠君だけを残して綺麗に触手だけを平らげてしまった。


 後に残るは、存外に香ばしいスルメイカのような匂いと……少々焦げ付いた高木君だけだ。


「……ビシっ!」

「……何をしているのですか?」


 ……決めポーズを取っているのだ。


 足を大きく開き、顔の辺りで腕をこう……ビシっとして決めている……。


「……急いで来たんじゃが、終わっとるようじゃの。それにしても、おお……何という美しく雄々しい……」

「遅いです、学院長。そこの小太りの男子生徒が犯人です」


 決めポーズを取ったまま、パシンっと指を鳴らしてヤマさんにお帰り頂く。


 あまりにも学院長が僕のヤマさんに見惚れているので目障りだったのだ。目をキラキラと輝かせて……子供か。


「あぁ……。……承知した。後は儂が引き継ごう。感謝する、零殿」


 しょんぼりしないで欲しい。ぜんぜん可愛くないから。


「君達は零殿と共に…………」

「これは……、規模が違うな……」


 予想を上回る事態が発生し、決めポーズを止めて背後を振り返る。


「どうしたの? 零」

「……来ます」


 詩音が言うように、僕と学院長も魔力の波長から未知の存在の出現を悟り、ウンザリとした溜め息を吐く。


 すると、


 「うわぁぁぁぁぁぁぁ……」


 みんなで仲良く上を見上げ、口を開けて見入ってしまう……。


 この演習場に突如巨大な、僕のヤマさんの魔法陣よりも倍程も大きな魔法陣が出現し、そこから……見るからに硬質かつ重厚なゴーレムが姿を現した。


 この演習場から頭が飛び出る程の巨軀で命令をただひたすらに待っている。


「……まさか、〈古王の金剛兵タイラントゴーレム〉とは」

「〈古王の金剛兵タイラントゴーレム〉、っぽいのう……」


 この有機的なデザインといい、質感といい、通常のゴーレムとは比較にならない大きさといい、どこからどう見ても……〈古王の金剛兵タイラントゴーレム〉だな……。


 ……う〜〜〜〜〜む……厳しい!


「ねぇ、あれ何なの? その、タイラートゴーレムっていうのは、零が喚んだんでしょ?」


 僕等が緊張感を滲ませた顔でゴーレムを見ているものだから、不安に思ったらしいクレアさんが訊ねてきた。


「〈古王の金剛兵タイラントゴーレム〉です。……僕はあんな悪趣味なもの喚んでいません」

「……あれが本当に古王の金剛兵タイラントゴーレムなのだとしたら、儂の手に負えんかも知れぬ……」


 ほとほと困った学院長が弱音を口にした。


「えぇっ!? ……が、学院長が!? だ、だって……学院長は……」


 そりゃ驚くだろうな。学院長は、英雄と呼ばれる程の魔法使いだ……。しかも、ランクはSS級……。


 そして、僕とも相性が悪い……。


「……これは、それ程までに強いのですか?」

「強いよ」


 詩音からの問いに間髪入れずに答える。


「……即答ですか。危険なのは理解しました」


 これには流石の詩音も、眉間に皺を寄せて目の前の脅威に険しい視線を送る。


 ただ強いだけならば問題はない。火力を集中すれば大抵の敵は倒せるからだ。こいつが厄介なのは、それとは別に2つ理由がある。


 1つは……。


「――クレアちゃん。安心して? これは味方だよ?」


 どこからとも無くそんな声が聞こえてくる。


 それは、この場には似つかわしくない、穏やかでのどかな風景を彷彿とさせるのんびりとしたものだった。















「――陽毬?」











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