第13話、自分の番が回って来た、それだけだ。

 


「兄さん、起きて下さい」


 ……どうやら詩音が起こしに来たらしい。まさかとは思うが……もう朝か?


「……にゃにを言うかと思えば……今日は、休み……」

「違います。間違えようのない平日です。早く起きて下さい」


 昨日は月曜日……思いっきり平日だな。たしかに間違えようがない。


 昨日よりも酷くなった筋肉痛を伴って、上半身を詩音に介護されるように起こす。


 汗ばむ身体がこの後の猛暑を予感させる。挫けそうな僕、負けるな。


「あ痛たたたた……折角、少し良くなったと思ったのに、月曜から剣の授業があるなんて……」

「かなり良くなって来ましたよ。健康のためにも運動は続けて頂きたいです」


 ……珍しい詩音の願いだから叶えてあげたくはある。まぁ、程々にやってみるか。



 ………


 ……


 …






「詩音」

「今日もありますよ」


 そうかぁ、あるのか……。早速、気合いを入れなきゃならんか……。


「はぁ? 何? 何の話なのよ」


 まだクレアさんには伝わらないようだ。少し不愉快そうに眉を顰め、僕達を代わる代わる睨め付けている。まだまだ修練が足りんな。


 いつもの待ち合わせ場所から駅へと向かい、ホームに辿り着いたと同時に、本日の体力配分が気になったので詩音に確認をしたのだ。


「兄さんは、今日は剣術の授業があるのかどうかを訊ねられました」

「よく分かったわね!? あたしを驚かす為に打ち合わせでもしたの!?」


 何故にクレアさんをビックリさせる為に打ち合わせまでせにゃならんのか。


 そんなツッコミを思い浮かべながら、地下であるが故の冷んやりとした空気で日光を受けたヒリつく肌を冷やし、暫しの休憩を味わう。……昔の地下鉄は埃などで空気がエラいことになっていたと聞くが、本当なのだろうか。


「今日の満員電車は一段と辛いわね」

「では、ここから歩いて向かってはどうですか?」

「……走ってる途中で地下鉄の線路に飛び降りろっての? メチャクチャ言うわね、あんた……」


 ガタン、ゴトン、と飽きもせず、同じような走音を立てながら進む電車。


「……おや?」

「どうしたの?」


 許し難い所業を発見しました。


 1人の女子生徒を男子生徒数人が囲み、お粗末な防壁を作って破廉恥な手つきでその女子生徒の身体を摩りまくっているではないか。


「……うぅ君達!」

「っ……!?」

「思いっきりプレイではありませんかっ!! 映像化作品の見過ぎっ! 現実でしないの、そういうことはっ!!」


 すると誰一人喋っていなかったせいか僕の声はよく響き、僕、そして次に、僕の視線の先にいた男子生徒達に周囲の注目が集中する。


「えっ……? あいつら、もしかして痴漢してたのか?」

「……私、そうかもって思ってた」

「やっぱそうだったんだ……」

「風紀委員だ! 私は遠いから、その辺りの生徒! そいつらを全員壁に抑えつけろ! 1人も逃すな!」


 その声に1人の男子生徒が反応して、女子生徒を自分の方へ引き入れて避難させ、連鎖するように周りの生徒達で不届き者共を端の方へ抑えつけ始めた。


「おらぁ!」

「こいつら! ふざけやがって!」


 体育会系の肉体派な生徒達が率先して取り押さえてしまう。


「ちっきしょ……」

「くそがっ!」

「ち、違う……! 俺は隣で興奮していただけで無実だ!」


 ……他人の手を借りて、成敗っ!


 ………


 ……


 …



 見事、有志の生徒達により痴漢はお縄につく事となり、学院側の駅に常駐していた警備員へと引き渡される事となった。


 しかしながら……。


「まさか陽毬さんが被害に遭っていたとは思いませんでした。バッドラックでしたね」

「や、山田君、ありがとう……」


 とんだ勘違いであったが、クラスメイトを助けられたのであれば幸いだ。


「…………」

「…………」


 僕の後ろで気まずそうに隠れているクレアさんとの間に如何ともし難い空気を漂わせているが、ここは……。


「それでは、皆さん。みんなで歌でも歌いながら参りましょうか」

「お断りします」


 こうして微妙な雰囲気を醸し出しての登校と相成りました。


 ですが……詩音は素知らぬ顔で平常運転。


 クレアさんは、どうしていいのか分からず下を向いて黙ってしまっている。


 陽毬さんは極力僕達から距離を置いて歩き、出来るだけ触れないで欲しいといった構え。


 それを見渡して全員で会話しようとするも、結果一人一人としか話せておらず、徒労に終わってしまっている僕……。


「も、もうすぐ教室ですね。またこうして大勢で、群れを為すヌーのように登校するのもいいかもしれませんね」


詩音の袖をちょんちょんして、パスを繋ぐ。友好の架け橋となれ。


「そうでしょうか。いつも通り2人で登校するのがいいかと思いますが」


場外へボールが蹴り飛ばされた。


「あたしは!? あんた、零以外にはホント冷たいわね!」

「…………」


 もう最近では見慣れてしまった詩音とクレアさんの小競り合いを後ろに聞きながら、廊下を歩いていく……。


「では兄さん、また後ほど」

「あい。居眠りしないように」

「早速寝言ですか。私は兄さんではありませんので」


 では、と言って振り向いた詩音を見送っていると、――すぐ背後から破裂にも似た爆音が。


「どしたい!?」

「な、なにっ……?」


クレアさんの隣で尻餅を突く。


「……どうやら、あの人達の小競り合いが原因のようです」


 突然に大きな音がしたので振り返ってみれば、僕のクラスの扉が才賀君ごと吹き飛んでいるではないか。


「……こら! 才賀君! 追いかけっこならお外でしなさい!」

「アホかっ! 違う! くっ……」


 よく見れば、才賀君は口元から血が出ているではないか。漫画などでよくあそこから血を流しているが、実物とは珍しい。


 それを手の甲で拭いつつ睨む先には……。


「ほうら、拙者が邪魔なのでござろう? 通りやすい廊下まで案内してやったでござるよ?」


 妙に自信に満ちた笑みを浮かべた高木君がいた。


「……いきなり殴ってきて、何の真似だっ」

「今までのお前の側に拙者が回った。それだけでござるよ」


 ヨロヨロと立ち上がり、確かなダメージを思わせる様子で不敵な態度の高木君と対峙している。


 何故、誰もこの喧嘩を止めないのだろう。


 そして何故、急に高木君までがヤンキー化してしまったのだろう。


「才賀はこれまで好き勝手して来たでござる。立場が変わった今、その報いを受けなくては、なぁ?」

「っ……!?」


 非常に歪な笑みで嗤い、才賀君の胸元を乱暴に掴み上げ、今までの高木君からは想像も出来ない腕力で持ち上げた。


「ぐぁっ……!?」

「……それくらいにしてはどうですか? そろそろ先生が来ます。扉などを片付けなければ」


 誰もが(詩音以外)目の前ので騒動に唖然としているので、代表して僕が喧嘩の仲裁役を買って出る。


 ……いい加減にクーラーの効いた教室に入りたいからではない。疲れたので椅子に座りたいからでもない。


「……あぁ、山田氏か」


 とてもまともとは言えない目付きで、ギョロリと目玉を動かして僕へと視線を向ける。


 昨日、プロミィさんと倒した目玉のモンスターが思い起こされる。弱かった。


「山田氏には危害を加えないでござるよ。安心してくだされ。……話なら後で聞くでござるよ。今はコレ・・の顔を潰さなくては」

「カハっ……」


 僕や周りにはあまり興味がないのか、またすぐに愉快そうにその目玉を標的へと戻す。


 その才賀君はと言うと、首が絞まっているのか顔を真っ赤にしてもがいている。


 ……気を失う寸前と言った感じだ。


「ひひひひっ……。まず一発目ぇ」


 どうあっても殴らなければ気が済まないらしい。


「――待て」


 その時、聞き覚えのある凛々しく気高い声が聞こえたかと思えば、僕の後方から金の弾丸が飛び出して行った。


「なっ!? ――ゲハッ!」

「騒ぎが起きていると聞いて来てみれば、まったく。……校内暴力は規則違反だ。故に……――拘束する」


 生徒会長だ。


 模造剣だろうか。鞘に収めたまま流れるような連打で高木君の身体を打ち付け、あっという間に地に叩き伏せてしまった。


 その美麗な容姿と相まって戦女神のようだ。


 おまけに訳が分からないのだが、脚で背を踏み付け、腕をごちゃごちゃとその脚一本で固定して関節技まで極めちゃっている。


 ……何あれ滅茶苦茶カッコいい。


「さぁ、お前達は自分の教室へ戻れ。この生徒は私が生徒指導室まで連行する。……ん? お前は……」


 おっ!? 生徒会長が僕に目を止めたぞ? やはり僕の魔法の噂は生徒会にまで届いていたか。


 よし、ネクタイを正して挨拶しよう。


「……兄さん、ネクタイが崩れるので自分で直すのは止めて下さい」


 う〜〜ん。


 詩音に再度ネクタイを締めて貰いながら、挨拶の言葉を考える。


「……確か、山田……」

「ん、んんっ! ……ほぼお初にお目にかか――」


 紳士然としたお辞儀を採用し、何か詩音に注意された気もするが華麗に挨拶を――


「――詩音……だったな?」

「り……」


 …………。


「……それが何か」

「いいや。常軌を逸して優秀だと学院中の噂になっていたのでな。おそらく次期生徒会長はお前だろう」

「興味がありません。お断りします」


 ……ぐぬぬぬぬぬっ。


「……そうか。残念だが、嫌々するものでもないしな。諦めよう。……何だお前は」

「ち、ちょっとっ、零! 何してんのよ!」


 後ろの方で溜め息混じりの呆れた詩音の気配がする。


 クレアさんも僕の手を引っ張り離れさせようとしている。


 しかしだ! 引き下がれんのだよ! こうもこの僕を無視する輩を前にしては!


「……どうもこんにちは! 詩音の兄の山田です!」

「……近いぞ、無礼な奴だな。あぁ、兄なら当然に山田だろうな。それと、今はおはようございます、だろう?」

「むぅ〜〜〜〜〜っ」


ダン! ダン! と、地団駄を踏んで悔しさを散らして少しでも頭を冷やすよう努める。


「痛いっ!? や、山田ぁ!」


 足全体が異常にビリビリするが、そんな事は知らない。何かを踏んだ気もするが、そんな事も知らない。


「……何か私に文句でもあるのか?」

「何も! な・に・も〜〜〜〜〜?」


 ヤンキー君を手本に、至近距離で睨みつけて挑発してみる。


 生徒会長も流石の僕の態度に、腹に据えかねるものでも感じたのか、鼻息を荒くして僅かに片眉を跳ねさせている。


「そうか……。貴様が印象に残らない方の山田か。ほら、早く教室へ戻れ。少しでも多くの時間を勉学に注ぎ込んだらどうだ? ほんの少しくらいなら妹に近づけるかもしれないぞ? ……ふっ」


 生徒会長は怒りで顔を真っ赤にしながらも、一度だけ深呼吸をして冷静さを取り戻し、余裕の笑みで挑発を返して来た。


「は〜〜い。僕の寄り切りが火を吹きま〜〜す。……へいやぁ!」


 変幻自在の投げ技で地に投げ飛ばしてやろうと、勢い良く摑みかかる。


「何考えてんの! 落ち着きなさい!」


 見事、……見事だよ!


 だから僕に奴を投げ飛ばさせてくれ!


 背後からクレアさんに羽交い締めにされ、背中を圧迫されつつも……圧迫?


「……でへへ」

「……一ノ瀬。その山田とやらが、君の胸に邪な感情を抱いているようだぞ?」

「へっ?」


 束の間の沈黙が舞い降り、怒りですっかり忘れていた熱気と……クレアさんの至福の感触によって身体が火照ってしまう。


「……キャアアアアア!!」


 クレアさんの甲高い悲鳴を合図にしたような衝撃が僕の背を叩き、前のめりとなったのだが……。


 ふわぁ……またもや至福の感触がぁ……。今度はお顔に……。


「……いつまで顔を埋めているつもりだ? そろそろ殴ってもいいか?」

「はっ!」


 我を忘れて熱くも幸せな瞬間を堪能していたのだが、震える声に正気に戻り、ゆっくりと離れながら声のする方を見上げる……。


「それで。どうだったんだ? とても気持ち良さそうだったではないか」

「……悔しいですが認めましょう。――とても良いと!!」


 そこには汗を滲ませ赤面した上に、瞳に炎をメラメラと滾らせた生徒会長が……。


 どうやら僕はクレアさんに突き飛ばされ、生徒会長の豊満なお胸に顔面を突っ込ませてしまったようだ。


「……そうか。私の胸を堪能しておきながら、よく平然としていられるな。私の胸に初めて触れた男が、まさか貴様とはな。……覚えておけ」


 ハンカチで額の汗を拭い、頰をヒクつかせながら凄んでそう言いなさる。


「……はぁ。……兄さん。いい加減にしなさい。私のお願いをお忘れですか?」

「……あっ!」


 そうだった……。この人とは関わらない約束だった。


 珍しく詩音がご機嫌斜めだ。後で機嫌を取らなければ……。


「ね、ねぇ、先生がこっちに来てるわよ? ……スキップで」

「むっ? 本当ですね。……それでは、いざ。学びの場へ」


 そして、詩音に手を振りながら教室へ入り、何故か床に伸びているヤンキーを跨いで席に着き、先生の到着を待った。


 すると……。


 ……きゃぁぁぁー!! と……ほわほわ先生の悲鳴が上がる。


 おそらく取り押さえられた高木君と、未だダメージで立ち上がれていなかった才賀君を見たのであろう先生の悲鳴が、校舎に響き渡った。


 それにしても、あれだけ暴れていたのに拘束された高木君は変に大人しかったな……。



 ♢♢♢



「……まだ足りなかった……まだ足りなかった……」

「ブツブツと何を言っている……。まぁ興味も無いが……。もうじきに生徒指導の教師が来る。ここで大人しく待て」


 何か、扉が閉まるような音も聞こえた気がするが、これも拙者の弱さのせいだろうか。全部、全部、全部、弱さのせいなのだろうか。


 あの生徒会長には、単なる契約では相手にならなかった。


 まだ、この程度では弱い側だった。


 もう一……いや、二段階上の契約を結ぼう。


「……“我は我を糧に契約する……。目覚めた負を贄にして。我を喰らい、我に喰わせろ”――《十腕の海魔クラーケン》」


 拙者の背中辺りから、強大な……こんな人が作り出した建物ごとき、数時間で破壊出来そうな圧倒的なパワーが溢れ出さんばかりに脈動するのを感じる……。


「……ひ」


 ――確信した。


 これは強い側に相応しい力だと。


「ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」


 ま、まずはアレ才賀、からダ。


 アレ生徒会長は後、回シダ……。









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