第12話、やはり真の友はゲーム友。

 


 プロミネンス『……そっかぁ。それで無視されたんだぁ〜』

 灰々はいはい『そうです! あの先輩は、僕の事をそこらの虫ケラのように思っているに違いありません!』


 今日は休日。お昼を食べてすぐに、最近熱中しているMMO RPGをプレイしていた。


 扇風機の風をパソコンに回して、代わりに汗を滲ませながらスクリーンに向かい、全く同じタイミングでログインしたらしい仲のいいフレンドに学院での愚痴を溢していた。


 プ『う〜ん。灰々様は剣が苦手なんでしょう? 怪我しそうだから、プロミィ的には無視されて良かったかなぁ〜』


 聖人君子がおられる。何て優しい方なんだ……。なんか学院なんて通うの馬鹿らしくなって来ちゃった。


 もう半年の付き合いなのに、未だに協力プレイの時に助けた恩を忘れずに、ずっと様付けなのだ。呼び捨てでいいと言っているのに、律儀な人だ。


 灰『プロミィさんは理想的なお嫁さんです。結婚して下さい』

 プ『おお!? 何々マジで? コホン…………はい。いえ〜〜〜い!』

 灰『いえ〜〜〜い!』


 ノリも軽くて、冗談も言い合えるかけがえのない友だ。


 そんな事をしみじみと感じていた時、控えめな、詩音のものと思わしきノックのされる音がした。


「どうぞ〜」

「兄さん、アイスコーヒーをお持ちしました」

「わぁ……! そらぁ素敵じゃないの!」


 いつもいつも、本当に気が利く妹だ。やっぱり詩音に養ってもらおうっと。


「牛乳は――」

「いつも通り半分入れて薄めてあります」


 コップに付いた結露を拭き取って、デスクの脇へコースター置いて、そのまた上に静かに乗せる。


「兄さん、どなたかから連絡が来ていますよ」

「ん……?」


 詩音の視線を追うと、我が携帯端末のがスクリーンに丁度お知らせが届いていた。


 どうやら護堂さんからメッセージが届いたようだ。おそらく前川さんの邪法の件についてだろう。


「では、私はこれで。……そのゲームチャットの内容については後で話しましょう」

「う、うむ、ありがとう……」


 扉へ二歩ほど歩んだ詩音が肩越しに恐ろしく鋭い視線を向けるものだから、愛を感じて震え上がってしまう。


 さて、詩音も去ったので念の為に目を通しておくか。


「…………」


 ……予想を遥かに超える悪質さだな。


 送られて来た内容は、3人の邪法使用者の契約紋の解析結果と事情聴取をした内容、それらから予測されるこれから起こり得る直近の被害についてだ。


 まず契約紋と事情聴取についてだが、最悪な事に全ての契約紋が異なる邪法によるものであった。事情聴取からも邪法を与えた人物は、老人であったり青年であったりと、まるで一致しなかった。


 そして……前川さんの契約紋には、代償の一部を異なる契約者に送る術式が組まれていたそうだ。


 資料によると、人数は数人単位で不明だが、前川さんと同じ邪法を行った者達の代償の一部を、どこかにいる母体となる契約者が取り込むことによって、より強大な魔物を喚び出す恐れがあるとの事だ。


 ……“母体の吸収期間が長ければ、邪龍クラスも考えられる”、か……。


 前川さんがターゲットになったという事は……学院の生徒がカモにされているかもしれない。


 もしかすれば、母体も……。


「ま、いっか」


 調査は専門外。


 送られて来たので一応読んでみたが、護堂さんや学院長が何とかする問題だろう、これは。


 プ『おやぁ? 反応が無い……。早くも寝落ちかぁ?』

 灰『すみません。ウチの子猫ちゃんを宥めていたのです。それで、今日は何しましょうか』

 プ『何だそりゃっ! 今日はねぇ————』



 ………


 ……


 …







 ♢♢♢






「兄さん、起きて下さい。遅刻しますよ」


 微睡みの中にあって、とても心地良い凛とした涼しげな声が聞こえてくる……。


「……うぅ〜ん。……何を言ってるんだか……今日は、休み……」

「違います。早く起きて本日もリスのように朝食を食べて下さい」


 う、うぅ……。


 そういえば、昨日は日曜日だったか。という事は、一度寝て起きたら……月曜だ。残酷。何という残酷な真実。


「寝ながら項垂れるなんて器用な真似をしていないで、いい加減にベッドから出て来て下さい」


 口調は冷たくうんざりとした物言いだが、揺する手は優しく、起こそうとしているとは思えない。


 しかしだ……。


 このまま寝ていれば、あの野蛮人がやってくるのだ。


 なので、瞼は重いがやっとの思いで上半身を起こす。


「う〜〜ん。……起きた」

「はい。着替えはここに出しておきました」

「ん〜〜」



 ………


 ……


 …





 駅のホームまでダルい身体を何とか動かして歩き、電車に乗ったら乗ったで、完治には程遠い筋肉痛に呻きながら激しい揺れに耐える。


「兄さん。きちんと目も覚めたようですので、大事なお話があります」

「……そんなに改まって、何?」


 今日はクレアさんが、資料の返却を忘れていたとかで少し早めに登校しており、今は2人だけだ。


 座席の確保に失敗したので立ったまま向かい合い、詩音の美麗な顔を見つめる。


「……あの生徒会長には絶対に関わらないで下さい」

「はえ?」


 ……生徒会長? どうしてだろう。理由がまるで想像出来ないのだが。


 まぁ言われなくとも、僕だって関わる気は無い。


「分かった。言うこと聞いたらお尻触っていい?」

「よろしくお願いします。あまり良くない人物のようですので。いい子にしていられたら触っても構いません」


 あの生徒会長がねぇ。へぇ〜、そうだったんだ。そんな風には見えなかったが、詩音がそう評するのであればそうなのだろう。


「ふわぁぁぁ〜……」


 それより眠い……。



………


……





 ……てかさぁ、あんた、最近調子に乗ってるよね?


 ……仲間が出来てよかったねぇ〜。犯罪者のくせに……。


「……何か聴こえるね」

「はい。気分が悪くなりますね。この学院のレベルの低さが窺えます」


 もうすぐ各自の教室へと向かうため、暫しのお別れとなるところであったのだが、僕のクラスから耳障りな雑音が廊下に漏れていた。


「仕方ない。僕の腕っ節で黙らせるとしますか」

「……私もお供しましょう」


 詩音はいつまで経っても兄離れが出来ないようだ。


 可愛い妹め。なので、僕もついつい甘やかしてしまう。


「詩音は怪我しちゃいけないから、離れて見てるんだぞ?」

「……はい」


 へへっ、詩音にいいところでも見せてあげますか!


 意気揚々と扉を引き、


「そこまでで――」

「テメェら! いちいちやる事がくだらねぇんだよ、コラァ!」


 ……扉を開き、予想していた光景が……つまり席に着いたクレアさんの座席の周りを数人のクラスメイト達が取り囲み、責めたてている様が目に飛び込んでくる。


 そこを颯爽を僕が助ける場面ではないか……。


 何でこのヤンキーがイジメっ子達に凄んでいるのだ。


 ……しかも僕のセリフに被せてくる形で。


「な、何言ってんのよ、急に……。ねぇ……?」

「うん……。サイモンには関係ないじゃん……」

「そ、そうよ!」


 このイジメっ子達も、金髪長身のヤンキーの迫力には立ち向かえないのか完全に腰が引けてしまっている。


「目障りだっつってんだ! 消えろや!」

「おいおい、サイモン。突然どうしたんだい? 彼女達が可哀想じゃないか」


 今度は才賀君が出て来た。


 サイモン君とイジメっ子達の間に立ち、庇うようにサイモン君と睨み合っている。


「……もうテメェのみっともねぇ遊びには付き合わねぇ」

「……後悔するよ?」


クラスの優秀生徒二人が真っ向から睨み合う。


「クレアさん。今の内に逃げますよ」

「えっ!?」


 2人して何やら言い争って遊んでいるようなので、この隙にコソコソと接近してクレアさんの手を取り、出口付近の詩音の元まで避難する。


「へぇ。テメェが俺に何が出来んだよ。……得意の陰湿なイジメか? ああ?」

「っ……!?」


 ここまで直接的に言われた事がないのであろう。


 憤りを隠しきれなくなった才賀君が、絶対にクラスメイト達に見せない醜い感情を表すような顔をしてしまっている。


「やりたいなら好きにしろ。……俺はやられっぱなしで終わらせるつもりはねぇけどな」

「…………」


 至近距離で目と目を合わせ、それだけ吐き捨てると静かに自分の席へ戻って行った。


「さ、才賀君、ありがとう」

「……あぁ、大丈夫? 怖かっただろう」


 すかさず媚を売るイジメっ子達に向き直った時には、先程までの怒気はなりを潜め、面白いくらいの変わり身で微笑みを見せている。


「詩音、見てごらん。クラス内で乱世が起きているよ? きっとサイモン君は松永久秀辺りだね」

「爆死させようとすんじゃねぇっ……」


 おおっと!


 詩音に学院の悪を見学させてあげようと思ったのだが、運悪く2人に聞こえてしまった。


 ヤンキーは怒声を、才賀君からはもう殺気じみた視線を向けられる。マイナスイオン代わりに全身で浴びておく。


「……さっ、席に戻ろうか。……退いてくれないか、高木君」

「えっ……」


 言葉は柔らかくとも、押し殺し切れない憤りを視線に込めて威圧している。


「……そうよ。どけよ、デブ」

「邪魔なのが分からないの……?」


 騒ぎから身を隠すように席に着こうとしていた高木君が、焦ってもたついていた為にまた・・ターゲットになってしまったようだ。


 彼は人見知りのようであまりクラスに馴染めておらず、度々クラスメイトからちょっとした嫌がらせの的となっていた。クレアさん程あからさまではないが。


 今もそうだ。


 僕の目からはそこまで邪魔をしているようには見えなかった。最短を通らなければいいだけだ。席の列1つ分横にズレて通ればいい。


「ご、ごめん……ぶあっ!」


 鞄の口が空いたままであったのか、焦ったままで無理に席に着こうとしたので何かの拍子に鞄を床に落として、中身が派手に散乱してしまった。


「あ〜あ〜。通れなくなっちゃったじゃないか。安心してくれ。踏んだりしないから」

「感謝してね〜」


言葉の暴力もだが、こういった目に見えない暴力も当然に人間を傷付ける。大人でもこういうことが少なくないと聞く。


正しい光景であろうはずもない。何かしらの罰を求めるのも頷ける。


しかしこのような場合、大抵は過剰な報復でもいいと考える者は多い。気持ちは分からないでもないが。


「ぷっ、ダッサ」


 う〜む。まだ子供とは言え、この捻じ曲がった性格の酷さは見ていられないな。


「…………」


 彼の瞳にも、そのような昏い感情が潜んでいるように思えた。


「ふむふむ……詩音、ちょっと兄ちゃん、大人になってくるよ」

「はい、お手伝いします」


 僕も偶には妹の教育の為に、正義のヒーローを気取ってみるか。


「さぁ、僕が手伝いましょう。ボサっとしていないで、高木君の教科書なのですよ?」

「あ、えっ?」


 才賀君やイジメっ子達を押し退けて、クレアさんと共に高木君の教科書を拾うのを手伝ってあげる事にする。


「すみません」

「や、やぁ、しお……山田さん」

「あなたに用はありません」

「っ……!?」


 後ろに付いてきた詩音が、ニヤニヤと僕と高木君を見ていた才賀君達に話しかけている。何かスカッとする事をしてくれるだろう。


「えっ? あたしら? な、何?」

「退いて頂けますか、ブスのお二人。醜く横幅を取っていて邪魔なので」

「なっ!?」


 詩音が真っ向から告げる。


「こ、このっ……」

「っ……」


 言葉に詰まっている。


 そりゃそうだ。詩音は世界一と言われても納得してしまう程の美少女。スタイルも抜群だ。まさに女神。


 自分より『下』を見つけて蔑む事はしても、明らかな『上』へ向かって言い返す事の愚かさくらいは理解しているようだ。


「い、行こっ!」

「う、うん。マジついてないんだけど!」


 普段、僕にはハイエナのように噛み付いて離れないあの子達も、流石の詩音にはタジタジのようだ。


 ぐうの音も出ずにあっさりと引き下がり、逃げるように離れて行った。


「……言い過ぎじゃ――」

「拾わないのですか? なら、あなたも立ち去りなさい」

「ぐっ! ……じ、じゃあね」


 そして、才賀君までをも撃退してしまった。


 高木君の教科書を拾うのは彼のプライドが許さないのだろう。こちらをチラ見したが考える素振りすらなく立ち去った。


「はい。これで全部ですね」


 集めたものを返却してあげる。


「か、感謝する。山田氏……。一ノ瀬殿と妹殿も」

「要りません」

「えっ……?」


 助けてもらった詩音からの、尚も凍える一言を受けて、高木君が冷えて固まってしまった。


「…………」


 何故かクレアさんまで。そして僕まで。


「私はあなたにも良い感情を持っていません。兄さんの手を煩わせたのですから。それでは、私はこれで」

「ありがとう! またお昼に会おう!」

「分かりました。それでは」


 お手本のようなお辞儀をして、自分のクラスへ向かって行った……。クールだぜ。


「やれやれ災難でしたねぇ、高木君」

「……人は誰しも強い側に立ちたいのでござろう。わざわざ弱い側を作ってでも……」

「おお! 哲学的ですね!」

「ハハっ。そうかも知れませぬ……」


 ……そう言って寂しく笑う高木君は、不安定な内情を抱えていそうな表情をしていた……。



 ♢♢♢



「ハァ〜〜……」


 今日も、虐げられる学院での1日が終わる。


 自分のような者は、一部のカースト上位に属する者達の餌食となるは道理と言えども……堪える。


 この学院には自分のような者は少なく、群れて耐える事も出来ない。


 自然と陰鬱な溜め息が漏れる中、靴箱を開ける。


「……これは」


 大きめな皮靴の上に乗せてあるのは手紙……では無く、1枚のカードであった。


 そこには、


『力が欲しいですか? では、屋上へ』


 とだけ書かれている。




 


 ――欲しいに決まっている。





 怪しいのは理解している。だが力が手に入ると思うと、胸の奥底でグツグツと黒く暗い何かが沸騰するのだ。これを抑えるなど考えられない。


 これまで一度でも蔑んだ全員を蹴散らす程の力があれば、自分はそれからもずっと強い側でいられる。


 やっと……やっと反撃の機が巡って来たのかもしれない……。













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