第11話、山田、仲間意識が芽生える。

 


 夏の猛暑もいよいよ厳しくなってきた土曜日のお昼過ぎ。


 前川さんが不在の中で、何度目かの演習授業を終えたクラスメイト達の多くは、どこに寄り道しよう、やれ部活に行こうなどと、様々な予定を話し合って散り散りに去って行った。


 しかし、僕に自由は無い……。


 僕は、剣の演習場の中心で神経を研ぎ澄ませていた……。


「…………」

「……山田、いつまでそうしているつもりだ?」


 ……僕だって、こんな醜態を晒したくは無い。


「剣も持ち上げられないんじゃあ、剣術の補講を行えないじゃないか……」

「先生のお陰で筋肉痛でしてねっ!」

「怒るなよ……。むしろ、かなり優し目に指導してるぞ」


 そうかも知れないが……。


 剣術演習場には、放課後に補講を言い渡された私山田と、数名の補講受講生。と、鬼教官。


 そして、飽くなき闘争心を携え自主練をする生徒達が、各々の領地を陣取り剣を振るっていた。


「ふんぬぅーっ!」


 身体に激痛を奔らせながらも、先生の期待に応えようと力を入れて剣を構えようとするが……。


 ……ぷるぷるぷるぷる……と震えるばかり。


 もうこれでは、“ドラゴンに出会ったスライム”では無いか……。


 剣は山の如く微動だにせず、されども僕は疲弊していく。どれだけ踏ん張ろうとも、僕が野ウサギのように震えるばかりだ。


「弱ったな……。もうしょうがないだろう? この小等部で使う剣を使いなさい」

「……はい」


 明らかに子供用のオモチャのような大きさなので散々嫌がったのだが、こうも剣を持ち上げられないのでは拒否出来ない。


「山田君。私も中等部の剣だし、……高木君だって剣術が苦手みたいだから気にする事なんて無いよ」

「へぇ、へぇ、へぇ、くっ、そ、その通りですぞ、山田氏。拙者も運動は、リア充の次に嫌いですからな」


 共に補講を受けていた大人しいおさげの女の子と、メタボ気味でも高等部の剣を何とか振っていた高木君が僕を慰めてくれる。


「高木君は何度か話した事がありますが、……あなたは、たしか……小玉さん、でしたね」

「うん、……陽毬ひまりでいいよ」

「せ、拙者も、まことでいいと何度も言っているではありませぬか。ぐふふっ。謙虚なんですから全く山田氏は」


 見るからに文学少女のような方だ。控えめな笑顔がとても良く映える。


 だが、横の滝のように発汗している高木君はあまり近寄らないでくれ。


 息が荒く、体が大きいのも相まって、かなりの迫力がある。癖なのか疲れると目を見開いているのも怖いのだ。


「こらこら、お前達は素振りを続けろ。山田は私が見ているから心配するな」

「す、すみません」


 先生が厳しく注意を促すと陽毬さんは視線を向けて別れを告げ、踵を返して去ってしまう。


「ぐふっ、あと何回で終わるのであろうか。この地獄は……」


 あぁ、2人共行ってしまった……。同志よ……さらば……。


 クラスで孤立している僕に話しかけてくれる中々いない貴重な人材だったのに。


「あの2人でも最低限の事は出来るんだぞ? むしろあいつらはお前のついでだ。お前はかなり遅れてるんだから、本当は毎日補講をしたいくらいだ」


 全然同志では無かった。



 ………


 ……


 …




「へいやぁ!」


 ヒュ〜ん……と風切り音。


「ほいやぁ!」


 へろ〜ん……と聴こえて来そうな程に、ぐにゃぐにゃになって剣を振るう。


 真上からの斬撃、そして返す剣で下から振り上げてみる。


「こ、こら! まだ基礎も出来てない内から妙なアレンジを加えるなっ。怪我をしてしまうぞっ」


 だって、つまんないんだもん……。


 やっと剣を振れるようになったのだから、みんなみたいにカッコ良く斬りたいではないか。


 ……あんな風に。


「——ふっ!」

「ぐあぁあっ!!」


 教師と思わしき体格の優れた若い男性が、閃光のような剣撃で倒されてしまった。


 ――1人の女生徒によって。


 吹き抜けの天井から射し込む陽の光によって神秘的に煌めく結い上げられた金髪。


 女性的で豊かな曲線を描きつつも、瞬発力を感じさせるしなやかな身体付き。


 そして、清廉潔白を表すかのような端整な顔立ち。


「凄ーい! また先生やっつけちゃった! 流石は生徒会長!」

「おお!」

「つえ〜〜……」


 周りからの惜しみない賞賛を受けても、その真面目な表情を一切崩す事無く、対戦相手の教師に一礼している。


「……先生、僕もあんな風なのがいいです」

「無茶を言うな!?」


 生徒会長らしい方を指差してオーダーを出してみるも、この先生では僕をあのレベルにする事は出来ないらしい。


 補講前に水でも蒔いたのか、砂埃の起こらぬ地面を蹴ってイジケてみる。


「……少なくとも基礎を疎かにするようでは、夢のまた夢だぞ?」

「……なんか先生っぽいですね」

「先生なんだよ!」


 そりゃそうではあるのだが。


「……すまない。もう一度手合わせを願おう」

「うえっ!? な、何だ急に? 今日は随分やる気じゃないか。突然手合わせをしたいと言うわ、もう一度と言うわ。……正直勘弁して欲しい……」

「さぁ、早く剣を構えてくれ」

「……わ、分かった」


 そんな会話がざわめきに紛れて微かに耳に届く。生徒会長のハキハキとした美しい調べはこんな中でもよく通る。


 また、生徒会長と教師が闘うようだ。


 ……相変わらず、雷の如く鋭く、流水のようでいて烈火でもある。そんな闘い方をしている。


 ……悔しいが、カッコいい。


「ほら、あのようになりたいのなら基礎の素振りから徹底してやれ。全ては基礎の応用なんだぞ?」

「……それっぽい事言いますね」

「教師だからな。ほら、早く続きを始めなさい。いつまでも終わらんぞ?」


 そのような正論をぶつけてくるので、渋々生徒会長の剣閃から目を離して言われた通りの型で剣を振る事にする。


「むいやぁ!」

「うん? ちょっとスマン。職員室に呼ばれているようだ。身体を冷やさないようにストレッチでもしながら待っていてくれ。すまないな」


 そう言うないなや、そそくさと足早に出口へ向かって駆けて行った……。


 この灼熱の演習場で、どうすれば身体が冷えるのかご教授願いたいものだ。


 ——うおおおおーっ……と、再び同じ場所から歓声が上がる。


 どうやらまた生徒会長が勝ってしまったらしい。教師相手に驚異的なスピードでの決着だ。それだけ実力に差があるのだろう。


「――山田君じゃあ、あの人は無理なんじゃないかな?」

「むぅ?」


 華麗に勝利し喝采を浴びる生徒会長に嫉妬の視線を向けていたのだが、横合いから自信に満ち溢れた声音がぶつけられる。


「分って知ってる? アレは君じゃ手も足も出ない。いきなり頂点取ろうってのは自惚れが過ぎないか?」


 クレアさんに振られてご立腹になった、中々にこじらせた性格の才賀君ではないか。


 先程まで、端の方で女子達に囲まれて剣の指導をしていたはずだが、わざわざ僕の元に何の用なのだろう。


 最初の頃とは正反対に、さげすんだ瞳で僕を見下し、明らかな敵意を持ってあざけりの対象としている。


「才賀君は生徒会長を標的にしてるんですか?」

「まぁね。俺くらいなら十分吊り合いが取れるだろ? 絶対食ってやる。君は指を咥えて見てるんだな」


 な、何て人だ……。あの人に立ち向かおうと言うのか。


 ……ならば!


「そんな事は出来ません!」

「……へぇ、この俺に逆らうのかい?」

「僕も出陣しましょう。才賀君は正面からお願いします。僕は背後から忍び寄りますので」


 すると、あからさまにポカンと口を開けて停止してしまった。


「な、何の話だ?」

「えっ? 生徒会長を倒して、僕等であのちやほやを横取りするのでしょう?」

「倒す!? 本当に何の話だ!? 物にするって意味っ!!」


 どうやら生徒会長を彼女さんにしたかったらしい。才賀君は僕のように、生徒会長みたいに強者感を出してちやほやされたい訳では無いのだろうか。


 折角手駒が手に入ったと思ったのに……。ぬか喜びだったか。


「……あいつら、生徒会長を倒すとか言ってない?」

「俺も聞こえた」

「はぁ!? ふざけんじゃ無いわよ!」

「あの一年の野郎か!? ぶっ殺してやる!」


 突如として広がる罵詈雑言の波。僕と才賀君へ向けて、今にも掴みかからんばかりの同級生と先輩の方々が鬼のような形相で詰め寄ってくる。


 そこからもこの学院の生徒会長が絶大な人気で、圧倒的に支持されている事が分かる。


「ち、違っ、お、俺は……」

「倒す? そうですとも! 僕も! そして、この才賀君に至っては、生徒会長に目を付け、俺の物にしてやるとまで言っていました!」

「おいぃぃ!?」


 僕の高らかな言葉を受けた皆様は、その憤怒の感情を更に滾らせて才賀君を睨みつける。


「――止めろ」


 そこまで大きくも無く、不快感を全く感じさせない澄んだ一喝が響き渡る。すると、あれだけ荒れていた皆の動きが止まり、その抗う事の出来ない鶴の一声の主へと注目が集まる。


「……まだ未熟な一年生の言う事に、一々過敏に反応する事はない」


 彼女が歩み始めると進行方向の人垣が真っ二つに割れて、まるで道を作るかのようになり、ピンと背筋を伸ばした綺麗な姿勢で一直線にこちらへ闊歩する。


 その悠々とした姿たるや、まるで騎士の王のようだ。


 そしてとうとう僕らの目前にまで到達し、腕組みして睨み付ける僕には見向きもせずに才賀君へ向けて、その鋭い眼光を突き刺す。


「だが、物扱いは頂けないな。私はお前の物では無い。なるつもりも無い。そもそも……」


 そこまで言うと、瞑目してジッと何かを考えるように動きを止める。


 そして、静かに目を開くと……。


「……まぁ、私の事は諦めろ。可能性は無い。全くな」

「ぃ、ぁ、ち、ちょっと待ってください! 一回だけ、食事だけでも――」


 さっさと踵を返して去ろうとした生徒会長に、終始気後れしていた才賀君が一矢報いようとしたのか、追いすがろうとする。


 が、


「――諦めろ」

「っ……!?」


 先程までのプレッシャーが子供騙しにも思えるほどの肩越しの眼光で、周囲ごと才賀君を怯ませてしまった。


 細かく震えて泣きそうになってしまい、さしもの才賀君もギブアップのようだ。


「ではな」


 そう短く言い残すと、もはや用は無いと言った風に周囲の方々も引き連れて先程までのスペースへと戻り、


「さて、次だ。早く始めよう」

「まだやるのか!? 俺はもう限界だぞ!」

「では他の教員を呼んで来てくれ」

「端から倒す気か!?」


 何故か弾んだ声で教師と会話を始め出した。


 ……僕は眼中に無いと言う事ですか、そうですか。


「や、山田ァ! お前のせいでぇ!」

「……貴方はまだいいでしょう。僕なんて見向きもされなかったのですよ……。悔しいなんてもんじゃありません……」

「……ちっ、覚えてろよっ」


 周りに漏れないように、怒りで声を震わせながらも小さく怒鳴ってクラスの女子達の方へと帰っていった。


 ……少し説明をするような素振りをすると、全員で僕を睨みつけて、仲間内で何かを言い合っている。……べろべろべぇ~。


 面白そうなので火に油を投入してみた。


「すまんすまん、山田。私は急用が出来て、学外に行かなきゃならなくなった。今日はここまでだ。帰っていいぞ」

「……もう少し練習してから帰っていいですか?」

「おおっ!? と、突然どうしたんだ? やる気になってくれるのは嬉しいが……」


 呼び出しから戻って来た先生が、僕の提案に声を裏返らせて驚いている。


「……まぁ、いいだろう。だが、私が教えたフォーム以外は無しだ。いいな?」

「はい!」


 ………


 ……


 …



「ふ、ふぅいやぁ〜〜……」


 使う力は振り上げる時だけ、重力のままに剣を下ろす。


「山田氏ぃー!」

「山田君!」


 や、やってやったぜ……。剣を30回振ってやった……。


 やり遂げたんだ、僕は……。


 仰向けに倒れ、空を仰いでいると、僕の秘密特訓に付き合うと残ってくれた高木君と陽毬さんが、僕の事を心配そうに上から覗き込んできた。


「お、お2人共……。お付き合い頂きありがとうございます……。お陰で、僕は、僕は……うぅ……」

「山田氏ぃぃぃ! 拙者と山田氏の仲ではござらんか! 何を水くさおおおおおおおおん!! 感動しましたぞおおおおお!!」


 涙が滲んでしまう。


「……まだ先生が出て行って数分しか経ってないけどね」


 これがスポーツの達成感ってやつか……悪く無いかも知れない……。


 ………………もうやりたくは無いが。


 喉がカラッカラで、口の中が嫌な酸っぱい味がする。おまけに汗びっしょりで、服が肌に張り付いて気持ち悪い……。


「零? もう終わったの?」


 おっと、クレアさんが迎えに来てくれたみたいだ。詩音も待たせているし、この感動と疲労に打ち震える身体に鞭打って早く帰る準備をしなくては。


「言われた時間になったから迎えに来たけ……ど……陽毬……」


 クレアさんの視線が陽毬さんを捉えると同時に顔が強張り、気不味い空気が2人の間に生まれた。


「……山田君、私はもう帰るね。それじゃ」

「ぁ……」


 早口でそう捲し立てると、クレアさんから逃げるように去って行った。


 クレアさんは、とても悲しそうにその去る背を見送っている……。


「そ、それじゃぁ、拙者も……。女子は苦手でしてな。これにて、ドロン」


 ドロン? ドロンって何だ? 消えるって事だろうか。


 高木君がよく分からない文言を残して、早くも再び汗だくになりながら走って離れて行った。


「く、クレアさん、何か飲み物を下さい」

「……あっ。な、何であたしが、あんたに飲み物をあげなきゃいけないのよ……」


 そう言いつつも、カバンを探って飲み物を出そうとしているクレアさん。着実に僕を養う教育が施されていっている。


「……ほら、お茶だけど」

「っ……! ゴクゴクゴク……、ぷはっ、美味い!」


 差し出された水筒の冷えたお茶を一気に飲み干し、身体中が求めていた水分とミネラルを補給する。


「ありがとうございました。……ところで、以前言っていた1番仲が良かった友達と言うのは、もしかして?」

「……まぁね」


 ……なるほど。だからあんな感じになっていたのか。確かに避けられているようだった。


 僕から水筒のコップを受け取りながら、小さく寂しそうに笑って答える。


「……もういいけどね。はい! さっさと準備して帰るわよ!」


 わざと明るく笑って暗い雰囲気を吹き飛ばし、手を差し出してくる。


「そうですね。僕がいますもんね」

「……普通、自分で言う?」


 僕も微笑みを返してその白魚のような手を取って、立ち上がった――


「ふぇっ!?」

「なにやつっ!!」


 …………何かの気配がするも、そこら中に人がいるので当然ではある。


「何故か悪寒に襲われました。こんなに暑いのに」

「き、奇遇ね。あたしも……」

「早く帰りましょうか」

「そ、そうね。そうしましょう」


 言い知れぬ不安と恐怖を胸の奥に感じつつも、2人してビクビクしながらも明るい話題で誤魔化しながら詩音の元へと急いだ。


 話しながら競歩をしているようだった。



 ♢♢♢



「ギリギリ……」








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