第7話、大事なのは結局見た目かっ!

 




「では、行きます。――〈炎の弾丸ブレイズ・バレット〉」


 ターゲットへ向けて無造作に突き出した人差し指から、小さな炎の弾が比較的静かに発射され、ターゲットのド真ん中に小さな穴を穿った。


 ゴッという的を射抜いた鈍い音が小さく聴こえるだけの静かな魔法だ。


 これが僕のオリジナル魔法の一つ、〈炎の弾丸ブレイズ・バレット〉だ。


 ……ふむ、静かである。


 ふふっ、みんなビックリしてるな。気持ちいいじゃないか! この静寂は万雷の拍手喝采にも勝る。それも仕方の無い事だ。何せこの魔法は――


「――ショボっ!」

「そう、ショボい……はい?」


 ヤンキーの有り得ない発言を皮切りに、生徒達から様々な笑いが巻き起こる。


「ぷっ! ハハハハハ! 何だ! 魔法は少しくらいは出来るものと思ってたんだけど、魔法も苦手のようだね!」


 ある者は嘲笑し……。


「ふっ。……何よあれ。結局口だけじゃない」


 ある者は鼻で笑い……。


「だ、大丈夫よ、零。あたしも練習に付き合ってあげるわ」


 そして、ある者は苦笑する……。


 それ以外にも、至る所で色とりどりの笑いの花が咲いている。


 な、何故……? これ、どえりゃー使える魔法だと確信しているのだけど……。


「あぁ〜、山田。速さは中々だったが、威力がな。これからは、簡単な火魔法から順に練習していこう。魔力の扱いには問題が無かったからすぐに覚えられるはずだ」

「……はい」


 あまりに予想外な結末に、すっかり肩を落として意気消沈する僕……。


「……そう落ち込むな。初めてであれは凄い方なんだぞ?」

「ありがとうございます……」


 慰めてくれた先生に一礼して、よたよたと後ろに下がる。


「……何て愚かな人達なのでしょう」


 次の順番であった詩音が、メンバーを軽蔑の眼差しで睥睨しながら吐き捨てるように冷たく言う。冷静さを感じさせながらも、激憤しているのが僕には分かる。


「詩音、僕なら大丈夫だ。次はもっといい魔法を作るから」

「……はい」


苛立つ詩音をそっと止める。


「……作る?」


 僕を心配そうに真後ろで見守っていたクレアさんが、僕達の会話を聞いて不思議そうにキョトンとする。


「さぁ、詩音の魔法は強力です。巻き込まれないように下がりましょう」

「え、えぇ」


 詩音は機嫌が悪そうなので、こちらへ影響が出るかも知れない。早く下がらねば。


「――〈獄炎滅光砲ギガ・クリムゾン・レイ〉」


 ……誰も何も言わない。それもそうだろう。あまりに突然に起こった破壊だったのだから。


 詩音が雪のように美麗な手を翳すと、その先に大きく複雑極まりない魔法陣が出現。


 その魔法陣から、紅く輝く極大の閃光が打ち出され、ターゲットを背後の壁ごと、閃光の形に円形に消滅させてしまった。


 生徒達は、その魔法の余波に焼かれ顔を赤くし、詩音の魔法の強大さに戦慄する。


 そして僕は、熱風によって転倒。


「う、うぅ……」

「れ、零! あんた大丈夫っ?」


 焦げ臭さが鼻を突く中、やっと見つけてくれたか。後ろの壁まで転がっていった憐れな僕を……。


 それにしても詩音は相変わらずセンスの塊だな。これで火は最適性属性で無いというのだから恐ろしい。


「何をしているのですか、兄さんは。早く保健室へ行きますよ」

「そ、それならあたしが」


 先生の評価を聞く事無く、僕の方へと悠々と歩いてくる詩音。


 すぐに僕に肩を貸して、保健室へと……し、詩音? 胸が脇腹に……う〜む、詩音のも中々……やりおる……。


 それに、相変わらずいい香りだ。毎日会っているし嗅ぎ慣れているはずなのだが……。僕もちょっといいやつを使っている筈なのに。


「……兄さんの魔法の凄さも分からないのですから、あなたは授業を受けて勉強なさった方がよろしいのではありませんか? 少しはマシになるかも知れません。……教師があれでは期待は薄そうですが」

「……どういう意味よ」


 しかし詩音は、応える事無く相手にせずに僕を引きずって行く。


「……詩音、いつもすまないねぇ。ありがとう」


 色々と気をかけてもらって申し訳ない。


「構いません。……浮気は許しませんが」


 詩音の目は刃物か何かなのだろうか。ジロリと目を向けられただけで、心の臓に鋭い何かが突き刺さるかのようだ。


 ……ゴクリっ。僕は保健室へ行くんだよね? 体育館裏では無いよね? ね?



 ♢♢♢



「……学院長が仰られていたのは妹の方でしたか。凄まじい魔法ですね。信じ難い事ではありますが、……まさかオリジナルでしょうか」


 仕事をサボる訳では無いと言っておるのに見張るために付いて来た教頭が、山田零の魔法に驚愕していた。


 少しばかり演習場の観客席は座席の固さが気に入らないが、来た価値はそれを補って余りあるほどであった。


 妹の方も確かに見事ではある。威力、速さ、そして圧倒的なまでの魔力。


 彼女は現段階でも疑いようも無い屈指の実力者と言えるだろう。


 しかし、だ。


「はぁ〜」


 嘆息が堪え切れない。未熟な生徒ならまだしも、事もあろうに教職についている、しかも教頭がこれとは……。


「あんまり失望させんでおくれ。白髪になるわい」

「な、何を仰られているのですか? それに、学院長は既に真っ白ではありませんか。……まさか」

「ボケとらんぞ。……儂が言うておったのは、紛れも無く兄の方じゃ。何という魔法じゃ……。ちびるかと思ったわい」


 まさかあの様な魔法まで作る事が出来るとは、創造性も豊かである。


「兄の方が、ですか? はて、むしろ一ノ瀬さんの方が魔力も威力も上回っていましたし……」

「魔力は確かにそうじゃが、威力は零君の魔法の方が上じゃ。間違いない」

「そうなのですか?」


 ……こいつは、もう雑務だけさせておけば良い。


「……零君の込めた魔力は、一ノ瀬君の十分の一以下じゃ。もしかすれば、それよりもっと下かも知れぬが」

「十分の一!?」

「しかも、魔法陣展開も一瞬。魔法自体の速度も見切れるものでは無かった。あれだけの完成度の魔術であるのだから、例えば標的物への追尾能力を持たせることも可能じゃろうて。そして、あの貫通力……」

「…………」


 これだけ明確に優れたものを前にして酷評とは、半端な実力である。学歴と上手い立ち回りでのし上がっただけはある。


 阿保のように口を開けて呆ける儂より頭部の薄い教頭。


「一ノ瀬君のような魔法を四方から撃たれたとしても、防御魔法で凌ぐ事は可能じゃろう?」

「え、えぇ。一度は確実に防ぐ自身があります」

「では、零君の魔法は防げるか? あの魔法よりも早く、あの貫通力を防げる防壁を展開出来るか?」


 初見であれば儂でも何の準備も無しでは難しいだろう。


 最近、儂よりも良く物忘れをする教頭では防げるはずも無いだろう。


「……何者なのですか、彼は」

「その事に触れるのは禁じたはずじゃ。誰であろうと厳罰に処すると」

「……失礼しました」

「次は無いからの」


 儂的に鋭い眼差しで教頭を咎めると、久方ぶりのシリアスな儂を見て息を呑んで事の重大さを悟っている。


 仕事のし過ぎでドライアイな儂の目に更に負担をかけるとは、言語道断だ。独裁学院長の権限で減給してくれようか。


「それにしてもあの魔法……」


 消費魔力も少なく、殺傷力も高い。おまけに速い。


 あんなものを他の国や組織に流出されては、えらい事になる。念の為に少し口煩くなっておこう。


 だが……、指摘して不興を買うような真似は避けた方がよいだろうか。


 ……逡巡すること少しばかりで考えを改めた。彼の事だ。弁えている事と信じよう。


「……学院長。眠るのなら仕事を片付けた後、自室でお願いします」

「目を閉じて思考に耽るくらい構わんじゃろうに! このケチ!」



 ♢♢♢



 夕日に染まりつつある空の下、いつものように詩音とクレアさんの3人で別れ道まで一緒に下校。


 先程クレアさんと別れ、凛として何食わぬ顔の詩音と並んでトボトボと歩く。傷心の中、キノコが生えそうな陰気さを纏いながら。


「……もうすぐ家です。このまま帰るとお父様が騒ぎますよ?」

「……うん」


 氷の女王のような印象と口調の詩音だが、性格は……いや、性格もそんな感じだけど。でも僕には優しいのですよ。


 今も下を向いて歩く僕の背や肩を摩って慰めている。


 流石にクレアさんの前ではやらなかったが、そんな詩音のさり気無い慈愛が僕の弱った心に染み入る。


 そんな詩音の言う通り、あの父上の事だ。


 今の僕を見れば、男子たる者どうたらこうたらと長々と演説をされ、最悪精神を鍛えるだの言ってランニングに誘われる事態になりかねない。


「…………」

「どうした? ……あの車は……」


 急に詩音が立ち止まるので、不審に思い、その視線を辿って前方へ視線をやると、……我が家の前に、見慣れぬ車が停まっていた。


 初めて見る車ではあるが、このような場合は大抵あの人だ。


「…………」

「ほら、行くよ。あの人達も仕事なんだから、過度に嫌っては可哀想……でも無いな。やっぱりそのまんまでいいや」

「はい」



 ♢♢♢



「ただいま母上。ただいま我が家。ただいまマイパソコン」

「最後でもいいから父を入れろよっ!」


 元気な生き物である。


「いてっ!?」

「おかえりなさい、零ちゃん。詩音ちゃん。護堂さんが来てるわよ?」


 まるで頭のネジの外れた犬のように駆けて来た父上と、それをスコンとオタマで退けて出迎えてくれる母上。


 やはりと言うか、一目で高級と分かる革靴と……こちらはヒール? 今回は2人か? ……愚かな。


「分かりました。すぐに着替えて会います。それまで父上のリンボーダンスで場を繋いでおいて下さい」

「繋がるか? ……俺はむしろ千切れると思うぞ」


 スタスタ〜っと通過する。


 詩音と共に、呟く父上を置いて二階に上がる。


「……零のおかずも食ってやるからな!」

「ダメよ!」


 部屋に入る直前に、そんな父上の言葉と共に説教の始まり文句が聞こえた。


 今日も我が家は賑やかだ。


 ………


 ……


 …


「お待たせしました」

「こちらが突然訪問したのです。申し訳ありません」


 静かに扉を開閉してリビングに入ると、すぐ様立ち上がり一礼する男性。それに続いて少し慌てる様に頭を下げる別嬪な女性。父上が鼻の下を伸ばさないか心配だ。目障りだからな。


「――どっこい少佐」

「ぷっ……失礼しました」


 は、初めてウケた……。なるほど。今日の不運は全てこの時の幸運のためであったか!


「いえいえ。滅相もありません。僕の機嫌が良くなったのです。双方にとって良い事でしょう」


 真面目な顔付きに戻り、如何にも仕事中だといった風なスーツの女性を笑顔でフォローする。


「……お気遣い、痛み入ります」


 しかし、何故か緊張が解かれる事は無かった。


「さ、さて、お話をお聞きしましょう」


 僕だけソファに座っているのも居心地が悪いので、改めて、目の前の厳つい顔付きの黒服を着た男性に目をやり、手を差し出して着席を促しながら早速本題に入る。


「失礼します。――まず、この度は」

「それは後にしましょう」

「……了解しました」


 本題とは関係の無い話を始めようとするので、手と言葉でさえぎった上で手短に済ませるように催促する。


 ……それが気に入らなかったのか、スーツのお姉さんがか弱い僕に鋭い視線を向ける。


「では、……零様は、この前のワイバーン事件のような、モンスターが突然出現する事件が多発している事をご存知でしょうか」


 ……多発?







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