第6話、そ、そんな、何故……やめてくれ!

 



 周囲のあちこちから、剣戟の激音や怒声が生まれる。


 頼りになるのは己のみ、そんな過酷な状況に僕は追い込まれていた。


「くっ!」


 剣の刃と刃がぶつかり火花が散る。甲高い音が僕の耳の中に入り込み、緊張感をまた一つ高める。


 あまりの衝撃に剣が弾かれ、体が釣られてよろけてしまう。


「や、止めて下さい! 僕達が争う意味なんてありませんよ!」

「……あるわ。私はあなたを倒す……。あたしは本気よ。分かったら早く構え直しなさい」

「そんな……」


 どこで間違えたのだろう。なぜクレアさんに剣を向かなければならないのだろう。


 様々な疑問が渦巻く最中でも、クレアさんは剣を正面に構えて油断なく僕を睨みつけている。


 ――彼女は本気だ。


「……い、嫌です! クレアさんと闘うなんて! 何でこんな事になったんですか!」

「あんたが私と同じ選択授業を選んだからじゃない」


 ……むぅ。


「剣術の授業なんだから当たり前でしょ? もう……。ほら。わざわざ剣だけを狙ってあげてるんだから、もう少し気合い入れてやりなさいよ」

「重い〜〜……。お、重いんですよこれ。きっとあのヤンキー辺りが僕のだけ本物にすり替えたに違いありません」

「てめぇ聴こえてんぞコラぁ! 他人のせいにすんじゃねぇ!」


 離れた所でクラスメイトと真面目に訓練に励む、汗だくのヤンキーが何かをほざいている。だが、そうでも無ければ説明が付かない。


 訓練用の決して傷付かない魔道具の剣が、こんなにも重量を持つなんて……。聞いた話では、学生用に半分程の重さに設定されているそうではないか。


「ぐぁ……!?」


 ……早くない?


「よ、よし! そこまで! ……山田は強過ぎるな。まだ数回しか授業を受けていないのに、もうここまで強くなるなんて……。仕方ないから、我々教師が相手をしようか。……とは言え、悔しいが私では相手出来そうに無い。また別の先生にお願いしておくから、お前はもう見学だ」

「分かりました」


 ……隣で訓練していた詩音の辺りから、そんなぶっ飛んだ内容の会話が聴こえてくる。どうやら、しつこく手合わせを迫っていた才賀君を早くも倒してしまったようだ。


 才賀君よりは耐えたぞ。


 優れまくった才能を爆発させた詩音がまた教師を困らせてしまったらしいが、今回は良くやったとしか言いようが無い。


「…………」

「……ん? こら! 山田っ! 何処へ行くんだ! 私はお前の妹に言ったんだ! お前はてんでダメじゃないか! 補習も考えてるんだぞ! 早く戻って来い!」


 ちっ。目敏めざといヤツだ。もう見つかってしまった。


 山田と呼ばれた事をいい事に、詩音に続いて端に逃げようとしたのだが……。


「……う、うぅ……ぐすん」

「泣き真似してもダメよ。……はい! さっさと構える!」


 こちらに近寄り僕が投げ棄てた剣を拾って、両手で包むように握らせる。


 そして後ろに回り、背後から覆うようにして構え方を指導してくれる。


「おおう……」

「うん? どうしたのよ」


 背中にかなりの圧がかかる。


 実習服の上からでもはっきりと分かるくらいであったが、まさかここまでのものをお持ちとは……かなりのものだ……。


 クレアさんとは、学院初日から随分距離が縮まった気がする。


 あの一件以降、僕とクレアさんはいつも一緒にいる。クレアさんは認めないが、もう完全にお供だ。


 クラスでは僕達は冷たい目で見られる事になったが、クレアさんの顔に少しずつ笑顔が見られるようになったので、僕の学院生活はそれだけで華やかだ。


「…………?」

「どうしたのよ、今度は震えて。体調でも悪いんじゃない? 大丈夫なの?」


 心配そうなクレアさんの可愛らしい顔がすぐそこに。しかし、突然の悪寒が止まらない……。加えて、脚が震えてしまう……。



 ♢♢♢



「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……」


 パタリ倒れ込む。


「いやいやいやいや! 山田!? これ、身体測定の50メートル走だぞ!? しかもゴール出来てないし!」


 そんな事を言われても……。僕はベストコンディションでは無いのだ。先程の剣術の授業で、握力を中心に力という力をあの理不尽な脳筋教師に持っていかれた……。


 何という不運である事か。今日は月に一度の身体能力の測定日であった。


 なので、皆の身体能力がどれだけ向上したのかを測るのだそうだ。そう、どれだけ向上・・したのかを測るのだ。……向上前提とは、恐るべし……。


「……はぁ。……先生、授業の妨げになりそうなので、あたしが保健室まで連れて行きます」

「そ、そうか? なら、悪いが頼めるか? 私は手が離せなくてな」

「はい」


 そんなクレアさんと比較的優しい脳筋女教師の会話が聞こえてくる。


 うつ伏せに倒れ、熱い地面に顔面から焼かれていく中で、ジャリジャリという足音が近付いてくる。


「もう、世話が焼けるわね。……せーのっ! か、軽っ!? ……あたしでもお姫様抱っこ出来そう」

「それは勘弁してください……」


 ――ふにょんと。


「はふっ」

「……ふふっ、何よ。変な声出さないでよ」


 たぶんわざと。さっきの接触に後から気付いて、子供を揶揄っている気分らしい。肩を貸してくれるクレアさんのお胸が、僕の脇腹に。


 その瞬間、地を揺るがすかのような激音が炸裂した。


「…………」

「すみません。手元が狂いました」


 ほ、砲丸投げの測定をしていた詩音の足元に、地面に深々とめり込んだ砲丸が……。どんな投げ方で、どれだけの力を加えればあんな事になるの……? 詩音は、オーガか何かなの……?


「兄さん? 一ノ瀬さんの手を借りないと保健室へ行けない程重症なのですか? 大変ですね。もしそうなら……私が病院まで投げ飛ばしましょう」

「いや治っちゃった。どうぞお構いなく」



 ♢♢♢



「であるからして――」


 クーラーの効いた教室で、魔法理論という基礎授業だ。教壇に立つ教師が、何やらタブレットを用いて大きなスクリーンに映像を映し、それを操作して授業をしている。


 あぁ、天国のようだ……。初めは退屈極まり無いと感じていたのに、この老教師の声が子守唄のように聴こえてくる……。


「……すぴー……すぴー……」

「え〜、ここを……今日は、27日か。えぇ、山田君。答えて下さい」


 …………。


(ち、ちょっと! 零! 寝ちゃダメじゃない! 起きて!)


 ゆさゆさと揺れているかのようだ……。揺かごのような心地良さ……。


「どうしました? 分からないのですか?」

「……むにゃり……」


(……このっ、起きなさい!)


 突如、スタンガンを足に当てられたと錯覚する程の鋭い痛みが僕を襲った。


「痛ぁ!? は、犯人はこのヤンキーです! 僕じゃありません!」

「てめぇ! 起き抜けに罪なすりつけんな!!」


 い、いったぁ……。どうやらヤンキーに脚を蹴られたらしいな。おのれ……どうやって逆側の脚に。


「……あぁ、山田君。寝ないようにね?」

「す、すみません。……言い訳にしかならないのですが、お外での授業で疲労が蓄積していまして……」

「はっは、そのようですねぇ〜」


 もう疲労困憊……。ちょっと膝を曲げただけでカクカクカクカクぅって震え始めてしまう。


「確かに言い訳だな」


 隣のヤンキーが余計な事を言う。折角、先生が苦笑いで許してくれそうな雰囲気なのに。


「……後で相撲で痛めつけてあげます」

「お前ホント相撲好きだな!? 無理だぞ! お前すげぇ弱いだろうが!」

「はいはいそこまで。静かに。……それでは授業を再開します」


 ……今回は見逃してあげましょう。先生に感謝しなさい。


 右隣りのヤンキーを睨みながら、左脚の脛をわざとらしくさする。


「……ごめん、あたしがやったのよ。起こした方がいいと思って……」

「えっ……そうだったのですか。お手数をおかけしました。謝る必要などありません。むしろ、ありがとうございます」


 両手を合わせて申し訳無さそうにするクレアさんに、男の懐の深さを見せておく。


「ここまであからさまだと、いっそ爽快だな……」


 ニコリと笑いかけて、僕が悪いのに申し訳無さそうなクレアさんを安心させる。


 少しの間自然と見つめ合う形になり、クレアさんは耐え切れなくなったのか目を逸らし、照れ臭そうに僅かに顔を朱色に染めて、ノートに向かい一心不乱に板書を始めた。


 ――うい奴め!


「おっ?」


 携帯に何か連絡が来たようだ。怖いくらいに振動している。


 ……詩音からメッセージが届いてたらしい。


 何々、“授業に集中して下さい”……。


 たった一言だが、別教室から送られてきた事を考慮すれば、冷や汗が流れるのは道理であろう。



 ♢♢♢



 やっと僕の見せ場がやってきた……。


「それでは、火魔法の実技の授業を始める。今日は、中距離戦を想定した魔法の腕前を見させてもらう。各自準備しておけ」


 僕は生粋の火のウィザード……。ここで、「えっ、マジ? あいつ凄く凄くない?」となる程度には活躍を魅せられるはずだ。


「……やまだ……山田っ! 聞いているのか!? 次はお前の番だぞ! 用意しておけ!」


 もうなのか。僕はクレアさんの次か。


 白線の引かれた場所にはクレアさんが。その瞳が見つめるのは、10メートル程先にある円形のターゲット。


「……ふぅ〜。……〈火焔の槍ファイヤー・ランス〉っ!」


 一息の間を置いて集中した後に解き放たれた、赤とオレンジの混じった綺麗な軌跡を描いたその魔法は、ターゲットを易々と木っ端微塵に砕け散らす。


 ワイバーンのように耐性が無ければ、かなりの高威力を発揮する見事な魔法だ。無駄も少ない。


「おお……素晴らしいな。第5級魔法か。一ノ瀬の火魔法は非常にレベルが高い。それも見る度に洗練されている。文句無しの出来だ」

「ありがとうございます」


 何故だろう。あれ程の魔法を扱えるにも関わらず、やけに自信無さげであった。

 今も、過度に安堵しているように思う。


「――次、山田!」

「……やれやれ、僕ですか。この僕を試そうなどと、おこがましい」


 肩をすくめて、足でタップを踏んで小躍りしながら白線へ向か――


 ぐきっと捻挫してしまう。


「ぎゃあああー!」

「何がしたいんだテメェはよ!」


 あ、足首をグネってしまった……。弱りに弱った足腰で無茶するんじゃなかった……。


「ぐ、ぐぅ……。せ、先生、僕の準備は万端です。合図を」

「とても万端のヤツの姿とは思えんが……。まぁいいか。それでは、好きなタイミングで撃ってみろ」


 よろよろと足を引きずりながら白線へ向かう僕に、憐れむような視線を向ける先生。


 僕は、ここに、この先生の度肝を抜く事を誓います。


「では、行きます。――〈炎の弾丸ブレイズ・バレット〉」







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