第5話、なんて下らない

  


「俺の話を聞いてたかいっ? 一緒に居れば良くない目に合うんだよ!?」


 何を言うかと思えば、筋違いモンキーめ。


 理由は分からないが、必死にクレアさんから僕を遠ざけようとするイケメン。身振り手振りも駆使して、僕の机の前で演説じみた説得を繰り返している。


「――まず」


 僕が何を言うのか皆興味があるようだ。でも、賑やかだったのに急に静かになるのは止めて欲しい。噛んだ時に猛烈に恥ずかしくなるから。


「……まず、クルツ氏は犯罪者ではありません」

「はぁ!?」

「てめぇ! ふざけんなよ!」


 クラス中からの罵倒の嵐。


 ふん。こんなもの、FPSゲームの弾幕に比べれば、なんて事は無いな。毎日、穴だらけだもの。


「あなた方がどこまで自分で調べて、クルツ氏を犯罪者呼ばわりしているのかは知りませんが……。僕が知っている限りでは、クルツ氏の対処に間違いはありませんでした。むしろ被害を最小限に止めたと言ってもいいでしょう」

「……てめぇ」


 お隣の金髪で目つきの悪い生徒が立ち上がる。


「…………」

「ち、ちょっと……」


 周りから、殺気混じりの視線で針のむしろになるのでクレアさんが焦りを表している。


 ふん。こんなもの、海外のゲームプレイヤーに外国語で助けを求められた窮地に比べれば、なんて事は無い。


「確かに被害の大きさは相当なものでした。でも、クルツ氏は既に自ら辞職という形で責任を取っていますし、……何より」


 僕は、弱い者が嫌いだ。


「あなた方は何をしていたのですか?」

「え……?」

「突然現れたドラゴンを討伐出来なかったと、たった一人の人間を非難するくらいです。こんなにも前途有望な魔法使い達が揃っているのですから、それはそれはご立派な活躍をされたのでしょう」


 力の話では無く、苦しみから逃れるために、安易な方法に流される者が嫌いだ。それで割を食う人がいるのが嫌いだ。


「言い訳は出来ませんよ? 何故なら、邪龍を屠ったのは当時民間人であった【炎の魔法使い】という話ではありませんか」

「様を付けなさいよ!」


 女性徒の声に重なって同じようなご指摘の雨あられ。


「何様のつもりだてめぇ!」


 ……なんかこのヤンキーには謝りたくないですな。


「……失礼しました。【炎の魔法使い】……様、でした」


 論点はそこじゃないでしょうよ……。


「はっきりと言います。あれは人災ではありません。そして、娘のクレアさんに至っては同じく被災者です」

「はぁ!?」

「当然でしょう。彼女は民間人です。そもそも彼の子供だからという理由で何故クレアさんが責められるのですか、馬鹿馬鹿しい。……なので、その幼稚な思考は捨てた方がよろしいかと。それよりも、魔法を学ぶ身でありながら無力であった自分を顧てみなさい」


 まぁそうは言うものの、当時も今も、未熟な子供だ。出来る事があったとは思えないし、何かに暗い感情の矛先を向かなければ、辛くて仕方なかったのかもしれない。大人でも耐え難いものだからな。


 しかし、だからと言ってこのままクレアさんの表情が陰るのは許容出来ない。


 だから肩を竦めて言ってやる。


「大体、今はあなた方の被害にあっちゃってるじゃないですか。お可哀想です」

「い、言うじゃないか……。なら、山田君は今朝のワイバーン事件で何が出来たと言うんだ? 手本にさせてくれよ」


 コメカミをピクピクさせて、怒りの形相で声を震わすイケメン。そろそろ名前を教えて欲しい。まだクレアさんと学院長の名前しか知らない。


「僕は何も」

「ハッ! なら――」

「しかし、クレアさんは違います」

「え?」


 隣のクレアさんが、予想外とばかりにポカンとしてしまっている。クラス中の視線を一身に受け、居心地悪そうに身じろぎする。……色っぽい。


「クレアさんは、避難する人達を誘導して、更には見事な魔法でワイバーンに大ダメージを与えていましたよ」

「ぷっ! ぷははははっ! 嘘を吐かないでくれよ! 一ノ瀬さんのショボい〈火焔の槍〉なんか、毛ほども効いて無かったじゃないか!」


 ……おっと。これは予想していなかった。


 腹を抱えて笑うイケメン。それに便乗して、僕とクレアさんに嘲笑を向けるクラスメイト。


「……何故知っているのですか?」

「ははは……は?」

「あの事件からまだ1時間程度しか経っていません。ニュースになっていたとしても、魔法名やクレアさん個人までは判明しているとは思えません」

「い、いや、それは……」


 この男の表情は一変し、真顔で視線を散らし言葉を詰まらせている。


 僕はシャイなので、クレアさんの立ち位置が映像に残らない角度であった事も確認している。


 つまりだ。


「物言いからして結果までご存知のようです。……どうやら、あなたはあの場にいたようですね。そして、人々のために命懸けで戦うクレアさんを、ただ観ていた」

「…………」


 言い訳を捻り出そうとしているのか、口をパクパクさせて後ずさる。


 言い方に悪意があるのは勘弁して欲しい。クレアさんのためだ。決して、僕をいつまでも見下ろすイケメンに苛立った訳では無い。


 しかし……。


「…………」


 根の深い感情は中々変えられないらしい。皆、納得いかないといった風な苦々しい顔をしている。


 ……仕方ない。 


「……そもそもそんな事を言い出したら、真っ先に責められるべきは……【炎の魔法使い】です」

「あぁ!?」


 ヤンキーを皮切りに皆さんの頭に血が昇る。


「ふざけないで!! 国の英雄に何て事を!」

「てめぇ殺すぞ!」


 あちゃ~、罵詈雑言。


「頭おかしいんじゃない!?」

「それは違うわよ!」


 お、おう……。まさかここまで激憤するとは……。しかも、クレアさんまで……


 ついに横から飛び出したガタイの良い男子に胸ぐらを掴まれ、ちょっとだけ息が詰まる。


「だ、だってそうでしょう? 戦うどころか、一瞬で灰にする力量を持っているのですよ? もっと早く倒せばいいではありませんか」

「お、お前ぇ! あの人がいるから今の俺らがいるんだろうが!」


 しんどいので、むしろ椅子に乗ってヤンキーを上回ってみた。


「っ!? ふざけやがって、もう我慢できねぇ! くたばれやっ!」

「っ、止めてっ!!」


 ガバっと拳を振り上げ、爪先立ちになっている僕を殴り飛ばすつもりのヤンキー気味の男子生徒。


 耳元では悲痛にも思えるクレアさんの声がする。


「待って下さい!」

「んだぁ!? 言い訳かぁ!?」

「違います! 決着ならば相撲で決しましょう!」


 ここぞとばかりに得意分野をぶつけてやった。


「……は?」

「だから、相撲です。あなたが僕の顔を殴ってしまうと、僕の妹が、最低でもあなたとそれを止めなかった皆さん、並びにこのクラスを放置した教師の方々を殺してしまうかもしれないので」

「それ何て生き物!? 本当に妹か!?」


 こちらの土俵に持っていければ、僕にも勝機がある。こんなにも筋肉の付いたヤンキー相手でもだ。


「僕が負ければ先程の言葉を撤回した上で、プロテインを差し上げます。僕が勝ったら、朝の電車で僕の座席を確保する役目を与えます」

「それ平等か!?」


 プロテインは高いのだ。平等だと思うが……。


 するとヤンキーは、少し逡巡して冷静になったのか、胸ぐらから手を離し一つ溜め息を吐く。


 そして……。


「……まぁいいだろう。付け加えて、二度と【炎の魔法使い】様を侮辱するな。これなら受けてやる」

「いいでしょう。……あっ! あと張り手は無しで。お顔に当たったら大変」

「次々ルール加えるな! もう終わりだな!?」


 うむと頷いて立ち上がり、都合の良い事に最後尾だったので教室後方の空いたスペースでネクタイを外し夏服を派手に脱ぎ放ち、自慢の肉体を披露する。


「さぁ! かかって来なさい!」

「かかって来なさいって……」


 ……何故か、皆さんが冷静になってしまった。


「赤ちゃんじゃねぇか……。そんな華奢な体で言われても……俺の勝ちだろ、こんなん」

「無礼なっ!」


 僕の身体は確かに細い。だが相撲とは、身体付きだけで決まるものでは無いのだ。


「安心して下さい。僕には実績があります」

「……ほぉ」


 まさか実績があるとは思っていなかったのだろう。少し真面目な目付きになる。


「僕は……」

「…………」

「あの完璧超人の妹に勝ち越しているのです! 相撲では!」

「くだらねぇよ! もういい! とっとと終わらすぞ!」


 何だその態度は! これだから、詩音の凄さを知らない無知な人間は……。


 しかしやる気になってくれたようなので、僕もヤンキーの対面に腰を落とし構える。


「……クレアさん。合図を」

「えぇ!? あ、あたし?」


 当たり前だ。僕のお供の自覚を持って欲しい。ヤンキーと鋭い視線をぶつけ合ったまま、軽く首肯する。


「分かったわよ……。……は、始め!」


 何だそりゃ!?


 相撲を知らないのか!? 始めって……むっ!?


 ヤンキーもそう思ったのか、呆気に取られている。率直に言って、愚かとしか言いようが無い。


「――隙あり!」

「なっ!?」


 体ごと思い切り肩をヤンキーの胸にぶつけ、ベルトに手をかける。


「勝負が始まって気を抜くなど愚の骨頂! その程度で僕の前に立ち塞がるなんて身の程を――」


 コロン……、そう音が鳴りそうなくらい優しく転がされてしまう。


「…………」

「…………」


 ……水を打った静けさ。


「弱っ!?」


 ……何故か天井が見える。こんな風になってたのか。また一つこの学院の事が知れたようだ。


「よ、弱すぎだろ! まだ、……お前の肩を少し払っただけだぞ!」

「…………」


 あぁ、なるほど。そう言う絡繰からくりだったか。


「……この卑怯者! そんな汚い真似をして勝って嬉しいのですか!」

「えぇ!?」


 背中に当たる床があまりにも冷たいので、急いで立ち上がりながらイカサマに手を染めたヤンキーを激しく糾弾する。


 ヤンキーは勿論の事、クラスメイト諸君、そして、クレアさんまでもが驚きで固まってしまった。しかしだ。この男が何かしたに違いないのだ。


「……ふ、ふざけんなよ! 正々堂々と戦って勝っただろうがよぉ!」

「ならば何故! 僕が倒されているのですか!?」

「てめぇが弱いからだよ!!」

「有り得ません! 僕は有利な体勢、位置を確保していました! ……やっぱりあり得ませんっ!!」

「なんでそんなに自信持ってんだよ! こんなに弱いのに!」


 ヤンキーが見苦しく言い訳をしてくるが、そんな訳が無い! 僕は、あの詩音に勝ち越してるんだ!


 なのに、……こんな、まるでチワワの様に転がされるなど……。


「……兄さん。何を騒いでいるのですか? ……しかも半裸で」

「むっ!? 丁度いい所に!」


 視線を出口付近へと伸ばせばそこには、呆れ顔で凍える眼差しの詩音が。


 教室の全員が、詩音の容姿に魅了され、そのクールな雰囲気にどうしようもなく惹きつけられている。


「詩音! この分からず屋共に教えてやって欲しい! 僕は詩音に相撲で勝ち越してるよね!?」

「……あ、い、いや、そうだとしても関係ないからな?」


 いち早く立ち直ったヤンキーが何やら呟いているが、黙って詩音の冬の旋律のような声音に耳を傾けてくれ。


「……はぁ。まぁそうですね」

「そらみてみなさい!」

「いやだから……」

「小さい頃によくしましたね。少しして私が初めて勝った時を境に……何故か全く誘われなくなりましたが……。懐かしいですね。それが何か関係があるのですか?」


 …………。


「お、お前……もしかして……」

「詩音、ネクタイを結んでおくれ。自分で出来ない」

「……何故脱いだのですか」


 そんな事をボヤきつつも投げ捨てられたシャツを美しい所作で拾い、わざわざ着させてくれる詩音。動作1つ1つが途轍も無く洗練されている。


「はい。腕を通して下さい」

「ん〜っ」


 そうして、朝と同じようにネクタイを丁寧に結び、髪まできだす。


「――それで? 何があったのですか?」

「それが……」


 ♢♢♢


「……はぁ、そう言う事ですか。兄さんにしては珍しく善行を積んだではありませんか。いつもはパソコンで遊んでばかりなのに」

「へへっ」

「そこまで褒めていません」


 事情を説明すると、予想に反して褒められてしまった。いつ以来であろうか。


「私は全く興味ありませんが、兄さんの仰る通り一ノ瀬さんが責められるのは理解出来ませんね。見るに耐えません。下らない」


 僕の時は逆上してエキサイティングしたクラスメイト達も、詩音のとんでもない迫力のある冷徹な視線を受けて畏縮してしまった。


「君は山田君の妹さんだね? 僕は、才賀勇輝と言います。よろしくね」


 こんな寒風吹きすさぶような状況の中、イケメンもとい才賀君が詩音へと切り込んだ。


 全力の爽やかなイケメンスマイルで。非常に女受けの良さそうな計算された笑顔だ。


「…………」

「え、えっと……」


 しかし、詩音は無感情に眺めるばかりで何の反応も起こさない。


「たしか、君は詩お――」

「止めて頂けますか? 下の名前は兄さん以外の男の人に呼ばれたくありませんので」

「えっ? ち、父上は? 父上は大丈夫でしょ……?」


 僕は嬉しいが、父上が聞いたら滂沱ぼうだの涙を流しそうな発言を平然としてしまう。


 そして、第一の被害者の才賀君はと言えば、……こんな経験をした事が無いのか、頰を引攣ひきつらせ、ショックを受けて立ち尽くしている。


「あなたには関わりたくありません。それでは……兄さん。私は選択授業はどうなさるのかをお聞きしたくて来たのです。早く答えて下さい」

「……選択? よく分からんけど、クレアさんと同じにするから彼女を尋問しておくれ」

「尋問って何よ!?」


 それを聞くと、目線だけを動かしてクレアさんに少しの間じっと視線を向ける。


「――分かりました。それでは」

「えっ?」


 ものの数秒経過した後に短くそれだけ言い残すと、いつもの綺麗な姿勢で、ついつい見入ってしまう歩き方で去って行った。


「……ね、ねぇ、あれきっと山田さん怒ったのよ。謝りに行った方がいいんじゃない?」


 クレアさんが気を使ってそんな事を言ってくれる。やはり優しい娘だ。笑顔で学院生活を送って欲しいものだな。


「心配要りません。さっきクレアさんに目をやっていた間に観察が終わったのでしょう。既にクレアさんの選択授業が何なのか全て分かったから帰ったのです」

「……えぇっ!?」


 どうだ、驚いただろう。意味分からないくらい凄いだろう?


 クラス中が、先程までのいさかいも忘れて詩音の超人っぷりに驚愕している。


 ……いや、一人だけプライドを傷つけられて心中穏やかでいられない人物がいるようだ。


 尚、後から詩音に聞いたら、普通に先生に教えてもらったらしい。

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る