第4話、ここが僕のクラスか。……何て雰囲気の悪いクラスだ。
「貴方を我が校へお迎え出来て、……儂はもう……もう……うおォォォン! 感激じゃぁぁぁ!」
……この暑苦しく号泣しているお爺さんが、父上と共謀して僕をこの学院に入学させた主犯格。
――“ユルゲン・ゲーンバッハ”。
SS級の英雄クラスの魔術士だ。その知識は、人類最高の7人の魔法使い達、【七天魔導】に勝るとも劣らないとまで言われる程だ。
そして、このゲーンバッハ魔法学院の創始者にして学院長でもある。
「うおおおおおん!」
「び、ビーバーの絶叫みたいですね……」
……今の、鼻水もそのままに泣き叫ぶ姿からは想像も出来ないだろうが。上品な机やソファ、魔道書の敷き詰められた重厚な本棚が落ち着いた雰囲気を醸し出してくれているのに、この男が全てを台無しにしている。
「あのぉ〜〜、学院長。そろそろ教室へ連れて行ってあげないと、遅刻してしまいますので……」
学院長の脇に控えていた教師らしきほんわかとした女性が、非常にやんわりと先を促す。
どうやら僕のクラスの担任らしい。
「うぐぅ……そ、そうじゃな。……ズビ――っ!。……とは言え、話と言っても楽しく学院生活を送って欲しいとしか言う事はないんじゃが」
それだけなのに10分間も立たされていたのか、僕は。
「……では、最後に僕から」
「言いたい事は分かっておるよ。貴方を利用しようなどとは考えておらぬ。学院在籍時もただ楽しんでくれれば良いし、卒業後は今までの生活に戻ってくれて良い」
僕の主張や性格は、大雑把にでも父上から聞いているらしい。
豊かな白い髭を撫でつけながら、SS級に、そして学院長に相応しい威厳で僕の望むような答えをくれた。
しかし、
「いえ、卒業後はそのつもりですが、先程素晴らしい出会いがありました。
「なんと!」
僕は基本的に他人を救わない。今朝もクレアさんに美しさを感じなければ、無視して帰宅していただろう。
学院に脅威が迫り、たとえ皆殺しになる様を目の前で見せ付けられようとも、うたた寝する事はあっても救う事は滅多にしない。
だが、クレアさんとの出会いは良いものだった。なので、これからの期待の意味を込めて、多少の融通はきかせるつもりだ。
「おぉ! これは思いもよらぬ良き知らせじゃ! あり――」
「こらっ。学院長先生みたいな目上の人に向かって、上から物を言ってはいけません! めっ!」
……学院長が満面の笑みで、予想外の幸運、まさしく僥倖への喜びを口にしている最中だったのだが……。
えらく天然な担任を引いてしまったらしい。
「仰るとおり、すみませんでした」
「はい。よろしい。素直でい〜こだねっ!」
直ぐに謝った僕を見て、小さな身体を目一杯大きく見せてニコニコし、満足気なポワポワ先生。僕の素性を知っている隣の学院長は、口に手を当ててアワアワと慌てている。
「それでは、そろそろ僕のクラスへ案内してくれませんか?」
「そうだった! こっちだよ、付いてきて。急がないと。あっ! 学院長、失礼します」
僕の手を取りズンズンと外へ連れて行く名も知らぬポワポワ先生。
「っ……、っ……」
去り際に、学院長先生が扉の隙間から手を合わせペコペコ頭を下げていた。彼女を許して欲しいとの事だろう。
父上から何を聞いたのだか。僕は常識的な人間だ。大抵は、この死んだような目付きでやり過ごせる。
♢♢♢
「は〜い! みんな席に着いてぇ? 今日はねぇ、ふふふ! 何と! 転校生が来たよお!」
「おぉ!!」
……転校生では無く、編入生だ。
そんな事を考えながら、ボーっと廊下でお呼びがかかるのを待っている。一緒に入ればいいのだが、先生がこの形式をやってみたかったらしい。
「…………」
それにしても、室内が騒がしい。浮き足立っているような……、ひょっとして……?
「はい! では、……山田くん! 入って来てください!」
「……君?」
お呼びがかかったようだ。ほんのちょっぴりの緊張と共に、静かにドアを引いて入室する。
シーンと静かになったしまって僕の足音だけが響く教室の、その教壇中央まで止まる事無く進む。
「はい! この子が、転校生の山田零くんですっ! みんな、仲良くしてあげてね! パチパチパチ!」
パチパチパチ……先生の小さな拍手の乾いた音だけが、室内に虚しく通る。
「ふふふっ。ほら、山田くん! 自己紹介をどうぞ!」
しかしこの教師は、教室のだだ下がりのテンションを全く気にも留めず、この空気の中で僕に発言を求めているらしい。
やはりそうだったか……。
この生徒達は、詩音が編入生だと勘違いしていたらしいな。残念だが、詩音は人数調整のために別のクラスへ編入したのだ。
「……山田零です。趣味はゲームです。よろしくお願いします」
「よく出来ました! 胸が打ち震える自己紹介でしたよ? 先生感動しました!」
(どこが!?)
そんな心の声が聞こえて来そうな顔をしている。ここから見える全員が。
「それでは、山田くんはぁ……え〜っと……」
「先生。もし宜しければ、知り合いがいるので隣に席を構えても良いですか?」
「ふえっ!? そうなんですか!? 勿論です! クラスに溶け込むキッカケには打って付けですね!」
では……お言葉に甘えて席を指定させてもらう。
ぺこりと先生に一度頭を下げて、スタスタと脇目も振らず同級生達の間を抜けて行き……席に着く。
「――よっこい少佐」
「あんたねぇ……」
一番後ろの窓側右端に、身に覚えのある美少女がいたので、丁度空いていた隣の席に腰を下ろす。
「一ノ瀬さんですか! 一ノ瀬さんは責任感もあっていい子ですから安心ですね!」
「あ、あたしは……」
ぷぷっ。流石のクレアさんも、あの天然先生の笑顔には強く出られないらしい。
「それでは! 授業などの事も一ノ瀬さんに聞いた方がいいですね! 分からない事があったら遠慮無く先生に訊いてください! 先生は大抵学院のどこかにいます!」
「広いっ!? 範囲が広い!」
僕のツッコミを物ともせず、何がそんなに楽しいのかスキップで教室を去って行く……。名前、また聞きそびれた……。
「……ちょっと。あたしに話しかけちゃダメって言ったじゃない。早く他の席に移りなさい。じゃないと――」
「山田君だよね?」
クレアさんに、この学院のイロハを習おうと思っていたのだが、……何やら明るい茶色の髪をオシャレに決めたイケメンが僕に話しかけてきた。俳優さんっぽい雰囲気の人だ。
「その通りです。僕は山田零。どうぞ距離感を保って“山田君”と呼んで下さい」
「もしかして今、さりげなく突き放された……?」
「あなたの素性を教えてもらえますか? 無理にとは言いません。忙しいならまたの機会にでも」
そう言い、改めてクレアさんに僕のプレゼンを聞いてもらおうと向き直る。こんなコミュニケーション能力が高そうなイケメンとの会話は、僕にはあまり好ましくない。
「いやいや! もう少し話をしようよ! ……君はどうやら知らないみたいだから、これからの君のために時間を貰えないかな」
「……知らない? し、知らないと言ったのですか? 僕程の博識モンスターに? 知らない事があると言ったのですか!? いいでしょう! お聞きします! さぁ! どうぞ!」
鼻息荒く、乱暴に腕を組みながら目の前のイケメンと対峙する。
「あ、あぁ……。え、えっとね、君は一ノ瀬さんがどういう人物か知ってて仲良くしてるのかい?」
左のクレアさんが小さく跳ねた。何でも無さそうな澄ました顔で授業の準備を進めているが、何処と無く怯えているように感じる。
「勿論です。クレアさんは可愛くて優しくて、将来僕を養ってくれる可能性のある奇特な人物です」
「違うわよ!?」
すると、クレアさんのそんな姿が珍しいのか、クラス中の人達が目を丸くして驚いている。何故だろうか。クレアさんは、いつもこのように愉快な人物なのだが。
「……随分楽しそうね。犯罪者の娘のくせに」
「っ……!!」
「犯罪者?」
何処からかそんな聞き捨てならない言葉が発せられ、教室によく通った。
クレアさんは、俯いて拳を血の気が引く程握り締めている。ぐっと何かしらの感情を堪えているみたいだ。
「……うん。そうなんだよ。……残念ながらね。『邪龍事件』って言えば分かるよね」
「……なるほど。通りで聞き覚えがあった訳ですね」
隣のクレアさんから怯える気配が伝わってくる。
『祝福』以来、突如として地球の生物に与えられた新たな力、『魔力』。それと同時に地上に出現し始めた……魔物。
そんな脅威を前にしても、人々は魔力という刺激に魅了され暴走。一時は、文明の崩壊寸前にまで陥った。
しかし、一部の覇者とも言うべき絶大な力を持った7人の魔法使い達により平定。現在は、かつてのレベルを上回ると言われるまでに、魔法以外の文明も発達、回復した。
だが……。
――『邪龍事件』。未だ魔力や魔物については謎が多く原因不明の事件が多発している中でも、今から2年前に発生した一際大きな被害をもたらした災害。それが、『邪龍事件』である。
魔物の発生により、この島国は住む所を制限され、数カ所の大都市を中心にして生活している。
その一つである、ここ『東京』。数多の侵略と支配で、幾度も名前を変え、数年前にやっとこの名を取り戻した。
その矢先であった。何の予兆も無く、SS級モンスター、邪龍“ニーズヘッグ”が突然現れたのだ。……大都会のど真ん中に。
地球上の一部の魔法使いでしか打倒出来ない脅威を前に、ビルや建造物は次々と崩壊、犠牲者の数も測り知れず、事態が収拾した時には……かつてない甚大な被害がもたらされた。
そこで民衆の非難の的となったのが、“クルツ・一ノ瀬”。おそらく、……クレアさんの父親だ。彼は、イグニス国の防衛部門の責任者である防衛大臣で、軍を率いて邪龍討伐の指揮を取っていた。
しかし、作戦のことごとくが失敗。犠牲者を増やすばかりであった。
「そうなんだよ。あの事件で親族や知り合い……大事な人を亡くした人がこの学院には……いや、この都市には沢山いるんだ。だから……分かるよね?」
……なるほど。教室を見回せば、下を向いて暗い雰囲気のクラスメイト達。どうやらクレアさんは、父親の事でクラスで孤立していて……嫌がらせも受けているのだろう。
「……っ」
クレアさんが歯を食いしばっている。
「……分かりました。……ねぇそんなことよりクレアさん、僕んちでお夕食でもいかがぁ?」
「どう言う事!?」
クラスの至る所から声が上がった。
ど、どう言う事? どう言う事とはどう言う事? あれ? なんか酔いそうになってきた。
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