第3話、ここが前途ある子供達の学び舎か、帰りたくなるな……

 


 早速騒動に巻き込まれてしまいました。


 しかし、父上も父上だ。何がお友達だ。何がお外だ。まるでネットの紳士淑女達の方が劣っているかのような言い方ではないか。けしからん。


 ……帰ったらお外の危険性を説教してやる。


「ここからは専用の電車に乗って学院の島まで渡るのよ。生徒証をあそこのゲートで認証させて入って、来た車両に乗るだけ。簡単でしょ?」


 先程の僕の発言はどうやら失言であったらしく、クドクドと説教されながら歩いて来たのだが、予想よりも近くに目的の施設はあった。おかげで長引かずに済んだ。助かった。


 だが……。


「……簡単ではありません。見てみなさい。まるで人が蟻のようにうごめいているではありませんか。僕専用のゲート、及び車両を作ってほしいくらいです」

「はいはい。バカな事言ってないで、とっとと行くわよ」

「…………」


 早くも親密な間柄のように気安いやり取りが出来るまでになった彼女が、魔法学院の島へと渡る専用の地下鉄の駅へと足を踏み入れる。


「……………っ!」

「あっ!? こらっ! どこ行くのよ! 待ちなさいっ! ――捕まえた!」


 は、速っ!? この娘、凄く速くない……?


 あまりの人の多さに今日は登校を見送り、今がチャンスと踵を返してスタコラと走って帰ろうとしたのだが、ものの数秒でこの少女に捕まってしまった。


「何で逃げようとするの。騒ぎで遅くなったから、この便に乗らないと遅刻よ?」

「……え〜と、あっ! 貴女のお名前は? 僕は、山田零です。宜しく」


 僕とした事が、とんだ失態だ! 道案内をしてもらったのに、自己紹介もしていなかったとは!


「あっ、そういえば名前も知らなかったわね。あたしは、“クレア・一ノ瀬”よ。クレアって呼んで」


 ……一ノ瀬? どこかで聞き覚えが……まぁいいか。


「クレアさん、宜しく。それから、……えぇ〜っと……」

「……もしかして、話を長引かせて電車に乗り遅れさせようとしてる?」


 ギクっ……。キツめの目でジトっと見つめられ、更には図星を突かれて押し黙ってしまう。


「もう! 下らない抵抗すんじゃないわよ! ほらっ! 早く来い!」

「わ、分かりましたっ。分かりましたから、僕のペースで入らせて下さい」

「却下っ」

「何故っ!?」


 どこでそこまで信用を失ったの!?


 強引に腕を引かれ、必死に踏み止まろうとする抵抗も虚しくゲートへ連れて行かれ、身体をまさぐられ、生徒証を見つけられ、あれよあれよと列車へ。


 ……もしかして、生徒証を忘れたと言おうとしていたのがバレていたのか? ……そんなバカな。考え過ぎだな。


 ♢♢♢


「……うぅ……」

「ちょっと、大丈夫? なんで具合悪そうなのよ。酔ったの?」


 ものの十数分で魔法学院前駅へと、直通列車は到着した。


 地下なので、海を眺めながらの通学は望めないようだが、おかげで特にトラブルも無く島へと降り立つ事に成功。


 なのだが……。


「……あれだけの満員電車であれば、僕で無くとも気が滅入ります。クレアさんは、……元気そうですね。あれだけの騒ぎの後なのに」


 すし詰め状態とは正にあの事。嫌な熱気から早く解放されたくて、出口まで一目散に早足で向かいゲートを出た。


 そして、都合良く日陰でヒンヤリとしていた近くの椅子に座りボヤく僕。クレアさんはそんな僕を腕を組んで見下ろし、嘆息しながら言う。


「……はぁ、全く。ただ乗ってればいいだけなのに大袈裟ね。……あたしは、……まぁ、モンスターに殺されかけたのは二度目だからね。変な耐性が付いちゃったのかも」


 何故か、どこか懐かしむように言う。殺されかけたと言っているのに、胸の内にしまった大事な思い出を語るように……。


 一陣の海の薫りのする潮風が通り抜け、クレアさんの鮮やかな赤い髪をなびかせる……。


「へぇ~、ご苦労されたのですね。それより校長室へ向かうように言われているのです。引き続き案内をお願いします」


 …………。


「……こんな雰囲気で、よく軽々しく物を言えたわね。しかもあんたからいてきたのに。上等よ」


 前屈みになって挑発的な眼差しで顔を寄せるクレアさん。愛らしい猫の目つきがエッチです。


「…………てへへっ」

「……あんた、心配になるくらいチョロいんだけど。女って別に妖精じゃないんだからね? どれだけ美人だってドス黒い欲望をうちに飼ってるんだから」


 知っている。父上と昼ドラ観まくっているから。キスシーンで何とも言えない空気になるのも幾度となく経験してきているのだ。


 ♢♢♢


「大きな建物ですねぇ〜」


 驚嘆の溜め息混じりに率直な感想が口をついて出る。


 駅から道なりに進んでいけば、……まるで宮殿か城と言われた方が納得出来そうな建造物が目の前に現れた。そしてそれを中心に、大小建築様式様々な建物が、視界を飛び出る程の広さの敷地に所狭しと並んでいる。


 後ろの方にはビル群や近未来的な建物も、もはや都市のような規模だ。


「校舎も凄いけど、この島自体が魔法学院の敷地なの。でも、森なんかに入っちゃダメよ? 意図的にモンスターを放し飼いにしてるから危険なんだからね」


 そうなのか。でも安心して欲しい。僕は、家と学院の最短の線からはみ出るつもりは毛頭無い。


 それにだ。 


「お気遣いありがとうございます。でも、その都度クレアさんが注意してくれるでしょうから、ご心配には及びませんよ」

「四六時中あたしをこき使うつもりなのっ!?」


 ……何か問題があるのか? クレアさんは凄く可愛いしとても親切なので、是非学園生活のお供としたいのだが。


「……まさか、嫌なのですか?」

「嫌よっ!」


 ええっ!? そ、そんなの……。


「……そんなの僕の方が嫌ですっ! 諦めて下さい!」

「酷い逆ギレじゃんか!?」


 それでも頑なに首を縦に振らないクレアさんをお供にするために、腕捲りをして(半袖だが)本腰を入れて交渉しようと思ったその時、


「――何をしているのですか、兄さん」


 そんなブリザードを思わせる凍てついた声が、呆れるような口調で僕を突き刺してきた。


 校舎の方を横目で窺ってみれば、冷たい眼差しで僕とクレアさんを眺める我が妹が。……まるで死にかけの虫を見ているかのような目付きだ。


「に、兄さん? ってことは、この人あなたの妹? こんな、凄い美人が?」

「……まるで、僕に問題があるかのような言い草ですね」


 言いたい事は分かるが。先程から詩音は、周囲の視線を独り占めにし、その美貌をもって魅了してしまっているのだ。朝日を浴びる長い黒髪が何とも艶やかで美しい。


 僕のような、やる気を欠片も感じられない目付きとライトグレーの髪の色くらいしか特徴の無い人間の血族だと言われても信じられないだろう。


「……うちの愚図が……兄が苦労をかけたようですね。すみませんでした。私は零の妻の山田詩音です。よろしくお願いします」

「妻っ!? 妻って言ってるけど!?」


 ……愚図には反論無しか。僕ぁ、悲しいよ。


「……この子は妹ですよ? でも詩音とは血が繋がってないんです。だからって訳じゃ無いけど、何故か引きこもりの僕を養ってくれるらしいのです」

「何で!?」


 何でだろうね。僕が一番不思議に思ってるよ。


「だからと言って甘やかす気はありません。三食きちんと食べてもらいますし、歯磨きや洗顔くらいは欠かさず自分でやってもらいますよ? 引きこもるつもりなら、それくらいはやって下さい」

「何それ当たり前!? 甘やかす気満々じゃない!」


 余計な事を言わないで欲しい。制限が厳しくなったらどうしてくれる。もしそうなったら代わりに養ってもらおうか。


「それはさて置き、ここからは私が兄さんを案内しますので、あなたはご自分の教室へ向かって下さい。どうぞ」


 有無を言わさぬ無感情な物言いで、道を空けながら指示を出す。お願い口調ではあるが、この氷の女王が言うと、もはや指示なのだ。


「…………」


 納得いかなさそうに眉をしかめ、何故か少し悔しさの見える表情で歩み出すクレアさん。


「……零」


 少し進んでから、振り返らずに初めて僕の名前を呼ぶ。


「……ふふっ、お供の件ですね。これからよろしくお願いします」

「違うわよっ!」

「うえっ!?」


 何ぃ!? ……ち、違ったのか。


「……はぁ。そうじゃなくて。学院では……いえ、もうあたしには話しかけない方がいいわね。覚えておいて。……じゃあね」

「むぅ?」


 感情を隠してそれだけ言うと、返事も聞かずにスタスタと校舎の方へと去ってしまった。


 何故だろう……。










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