第8話、邪なる魔法

 


「多発……しているんですか? 最近ですか? それは」

「いえ、実は邪竜事件から度々確認されています。ですが、ここの所その頻度が倍近くになっているのです」


 ふぇ〜、それは初耳だ。


 どう考えても、周到な情報操作が行われている。何か理由がありそうだ。


 ……あまり興味は無いが、だって警察とかのお仕事だもの。


「魔物の種類や出現地点も疎らで、特定も困難なのでこれと言って手掛かりが掴めませんでした。――つい1週間前までは」


 そんなに極秘事項っぽく言われても、疲労困憊の僕は眠たくなるばかりだ。要点を纏めて話してもらえないだろうか。


「それで?」

「あれらの魔物は、……“邪法”による契約により召喚された可能性があります」

「…………」


 それは……非常に危険な話だ。


 邪法での契約による召喚。


 つまり、己の魂や、命。それらを代償にする契約を結び、支払う事で魔物を呼び出している恐れがあると言っているのだ。


 しかも、重い代償を払うだけあり、邪法によって召喚される魔物……現象そのものの魔力体ではあるが強力なものが多い。


「……なるほど。だとすれば、邪法を使う集団、もしくは邪法の方法が世に出回っている訳ですか」

「そうなります」

「まさか……それを僕に解決しろと?」


 僅かに国の手先となれと言われた気がした。僕が協力するのはきちんとした理由ありきでだ。でなければ情報を隠されたまま利用され、僕の主義に反する結果に繋がりかねない。


 剣呑さをにじませて、護堂さんに問いかける。


「い、いえ、そうではありません」

「……ちょう……護堂さん。何なのですか? この子供は。護堂さんに無礼ではありませんか。あなたねぇ。この方がどんな人物か理解しているのっ?」


 な、何かいきなり不満を爆発させるスーツのお姉さん。怒りっぽい女教師みたいで怖い……。


 僕は約束を守って欲しいだけなのに……。


 それとも話を聞きながらすねをかくのは流石に失礼だっただろうか。


「やめろ。次は外に出てもらう」

「し、しかし!」

「やめろ」

「……はっ」


 ……これもあるからあの約束を設けたのに、やはり仕方ないな。


 護堂さんとお姉さんの痴話喧嘩を眺めつつ、約束の重要性を再確認する。


「申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げ、誠実さの見える謝罪をする護堂さん。


 そして、その後ろで未だにジャガーのような鋭い目付きのお姉さん……。


「……おっそろしいですけど、続きを」

「ありがとうございます。……零様に申し上げたいのは、魔物に万が一遭遇した場合に、その魔物を生け捕りにして頂きたいのです」


 なるほど、生け捕りか……。納得した。


「勿論、その気になって頂けた場合で構いません。邪法での契約であれば、魔物と契約者の双方の体に『契約紋』が刻まれているはずです。我々はそれを解析したいのです」

「分かりました」


 …………。


「よ、宜しいのですか?」

「えっ、あ、はい。構いませんよ? 出会った時には生け捕りにしておきましょう」

「……感謝致します」


 頭を下げ、少しして上げた時には、珍しくその厳つい岩石のような顔に安堵の色を微かに浮かべていた。


 それくらいならやってもいい。むしろ、魔物によってネット障害が起きるかもしれないのなら、率先してやりたいくらいだ。


「――それでは、お約束のお話をしましょうか」

「っ……」


 途端に険しい顔付きになり、息を呑んで脂汗を噴出させる。


 こちらの僅かな怒気を敏感に感じ取っているのだろう。声や表情に出してはいない筈だが。


 ここまで空気を読む能力に長けた、非常に好感を持てる人物であっただけに、とても残念だ。


「“ここには一人で来る”。忘れたとは言わせません。……破りましたね?」

「……仰る通りです」


 いくつかの取り決めの中の一つだ。その中でも、比較的守り易いこの約束が破られるとは……。


 後ろのお姉さんは何が何だか分からないといった様子だ。


「では、さようなら」

「せ、せめて釈明を……」


 そこまで言いかけたが、僕の顔を見るなり完全に諦めた様子を見せる。


 僕の本気が伝わったようだ。手間が省けて良かった。


 一つ許せば、あともう一つと考えるのが人間だ。もはや、この人に何かをさせてやるつもりは無い。


 護堂さんの額へ向けて、肘をついていた腕を上げて人差し指を立てる。


 そして……。


「零ちゃ〜〜ん! みなさ〜〜ん! ご飯が出来たわよぉ! お手々を洗って席に着きましょ〜〜!」


 むっ!?


「今日は何ですかぁ!?」


 大声でキッチンにいる母上に現在の最重要事項を確認する。


 すると、キッチンから顔を覗かせて、


「ステーキよ。護堂さんがいいお肉を持って来てくれたのよ? 凄〜く高そうなやつ」


 おぉ! 丁度ワイルドにお肉に食いつきたいと思っていたのだ! さっきから香ばしい香りが漂っていた訳だ!


「……今回だけ、許しましょう。お肉に免じて」

「……ふぅぅぅ」


 僕が翳した手を下げるのを見て、盛大に溜め息を吐き出しソファにもたれかかる。


 正に九死に一生を得た者の表情をしている。ていうか、流石に繋がりを切るだけだ。殺す筈がないのに。


 しかし……高級なお肉か。唾液の分泌が止まらない。早くお口いっぱいで味わいたいものだ。


 よし! 手早く終わらせよう!


「理由は伺います」

「……手短に申し上げますと、最近身内の中に不審な影があるように感じるのです」

「あぁ……保険、ですか」


 お姉さんに理解の眼差しを向けつつ言……まだ睨んでいたのか、お姉さん。ご飯だから先に手を洗って来なさい。


「その通りです。私もしてやられるつもりは全くありませんが、……貴方様との繋がりは最も優先しなければなりませんので」


 ……この人が裏切り程度で簡単にやられるとは思えないが、念には念をと言う事だったか。


「……分かりました。一度許すと口にしたのです。このお姉さんに限り、次回からも許可します。しかしながら……」

「御理解頂き感謝致します。重々承知しております」


 正直、お国との繋がりは重要視していない。きっと誰かの同行を願えば断られると考えたのだな。


「さっ、お話はここまでですね。夕食をご一緒しましょう。手を洗いに行きますよ」


 ソファから立ち上がる。


「そうですね。ナナミさんの料理は絶品なので、私も楽しみです」

「えっ!?」


 護堂さんが背中を押して強引に洗面所に連れて行く。


「父上のも食べちゃお」

「ま、待つのだ! 零!」


 軽く庭の手入れをしていた父上に、それとなく言ってやった。


「……僕のステーキを奪おうとしたのです。奪われる覚悟も当然、ありますよね?」

「なぁあ!? そ、その前に食べ――」

「その大地との交流に励んだ手で食べるのですか? 母上に叱られますよ?」


 捨て台詞を父上に残してとっとと洗面所へ向かう。勿論、ドヤ顔で悦に浸る事も忘れない。


「お、俺は諦めんぞぉ!!」


 ………


 ……


 …



「美味しかったです。ありがとうございました」

「こちらこそ。ご相伴にあずかりまして、ありがとうございます」


 玄関まで護堂さんとお姉さんを見送るいい子な僕。


 一つと半分のステーキを平らげたため、お腹がパンパンだ。


 ほんに美味しかったぁ……。


「次の機会には覚えておれよ、零……」


 拳をプルプルしながら立ち上がりステーキを半分しか食べられなかった涙目の父上が何か言っているが捨ておく。


「それでは、お元気で」

「お気遣い痛み入ります。では。……あぁ、それと」


 扉に手をかけたのも束の間、何かを思い出したように振り返り少しイタズラっぽく……。


「……ご編入、おめでとうございます」

「……ふっ、これはこれは。どうもありがとうございます」

「それでは。今度こそ、失礼致します」


 小さく手を振って、扉を丁寧に開閉する見た目の割に繊細な護堂さん達を見送る。


 急に茶目っ気を出して来たな。思わず笑みを溢してしまった。


 ……邪法か。邪法と一口に言っても、その種類は様々だ。故に契約紋からどのタイプかを割り出そうと言うのは分かる。


 しかし、得てして邪法と言うものは、大体が負の感情によって契約の魔術を発動させる。餌のようなものだ。


「……」


 僕が邪法を広めるとしたら、……間違い無くまだ未熟な子供を狙うな……。


 リスクはあるが、あっという間に広がるだろう。


 護堂さんにはああ言ったが、学園生活もあるし早めに解決したくはあるな。





 ♢♢♢




 歩道に二つの影が並んで伸びている。


 近くに食べ物屋でもあるのか、様々な食欲をそそる香りが漂っており、果てしなく僕の胃を誘惑している。


 が、


「う〜〜む」

「……ねぇ、もう放課後よ? 朝からずっとうなりっぱなしじゃない。五月蝿うるさいわねぇ」


 昨日の夜から、ゲームの時間を除いてずっと考えている。


 突然クレープを食べたくなったので、クレアさんとデートがてら店に向かっている。その今でさえ頭から離れない。


「……全く関係はありませんが、クレアさん。明らかに才賀君に目の敵にされていませんか?」

「…………」


 今日は詩音が友達と委員会で遅くなるそうなので、2人きりだ。


 なので、以前より気になっていたデリケートそうな問題を訊いてみたのだ。


「……愛人になれって言われて断った。それだけよ」

「愛人!? まだ結婚もしていないのに!?」


 クレアさんが、立ち止まり小声で絞り出すように言う。


 夕陽の逆光で表情は窺い知れないが、とても悲しそうな声音であった。


 断った、で終わりそうな話では無さそうだ。


「最初に言っとくけど、別にもう気にしてないからね。……パパの事もあったけど、入学した最初の頃はあたしにも何人か友達がいたの」


 ゆっくりと歩き出したのを見て、僕も歩調を合わせる。


「でも、少ししてクラスの中心にいた才賀から口説かれるようになって……。あいつ、女子に人気あるから。どんどん孤立して。……はっきり断ったら、みんなに避けられるようになって」

「……孤立させれば自分になびくとでも考えたのでしょうか」


 男の僕からすれば、才賀君の気持ちも全く分からないでも無い。この美少女は、どうしても手に入れたいと思う程の魅力を確かに持っている。


 クレアさんの容姿は、それだけ突出している。

 しかも心根までも純粋で優しく、心身共に美しい人だ。


「それは分かんない……。でも、何をしたのか分かんないけど、一番仲が良かった子まで……」

「…………」


 暗い表情の原因は、どうやらこれだったみたいだ。


 才賀君が何かしたのかは不確定だが、何かあってその子に避けられている、と。


 ……ふむ。


「――クレアさん、安心して下さい」

「えっ」


 こちらに向いたクレアさんの目尻には涙が薄っすらと溜まり、夕陽の光で煌めいている。


 安心させようと真面目な顔で目と目を合わし、手を肩に乗せる。


「何故か僕も嫌われています」

「そうでしょうねっ!」


 な、何故だ。怒り気味に返されたのだが。


 ふんっと、そっぽを向いて僕を置いて先に歩いていく……。


 僕の、これからは僕が一緒だよ、というメッセージは気に入らなかったのだろうか。


「ねぇ、何してるのよ! 早く行きましょう!」


 と思っていたら、少し先で立ち止まり、明るい声音で僕を呼んでいる。


 しかも、可愛いらしい可憐な笑みを浮かべて。


 ……女心はいと難しっ!!


「……おや?」

「どうしたのよ。他に何か食べたい物でも出来たの?」


 クレアさんの元に早足で歩いていたのだが、見過ごせないものを目にして途中で足を止める。


 そしてそれを不審に思ったクレアさんの方から来てくれたのだが、どうするか……。


「……クレアさん。デートの最中に、申し訳無いのですが――」

「デート!?」


 何を驚く事があろうか。純然たるデートでは無いか。


「デートじゃないわよ!」

「なっ!? そ、そんな、……そんなの嫌ですっ!」

「またそれ!? ……はぁ、もう。それで? 何なのよ」


 そうであった。早く後を尾けないと見失ってしまう。


 だが、この呆れ気味のクレアさんをどうするか迷ってしまう。


「……クレアさん。先程、あの廃ビルのような建物に……、ある学生が入って行くのを目にしました。僕はある事情から、彼の後を追わなければなりません」

「はぁ? 何でそんな危なそうな事するのよ。そんなの止めておきなさい 」


 口調とは裏腹に、かなり真剣な顔で引き留めてくる。


 心配してくれるのはとても嬉しいが……。彼の事だ。事件に関わっている可能性が濃厚なのだ。


 このチャンスを逃す手は無い。


「ごめんなさい。今回は行かなくてはならないのです」

「っ……」


 頑なに譲らない僕に言葉を無くし、下を向いて険しい顔で佇んでいる。


「……なので、今日のところはクレアさんは――」

「あたしも付いて行くから」

「そうですか。ではデート続行という事で」

「止めても無駄よ! あたしは絶対……は?」


 クレアさんも来てくれるようだ。可愛い子が隣にいれば、退屈な事も楽しく感じるもの。願ったり叶ったりだ。有難い。


 間の抜けた顔も可愛いクレアさんが、ようやく立ち直り僕との会話を完全に理解すると、


「い、いいの? あたしも行って……」

「はい。僕がいれば危険でも問題ありませんので。――さぁ、そうと決まれば早く追いかけましょう!」


 呆気にとられる彼女の手を取り、エスコートしながら廃ビルへ向かって歩みを進める。


「ち、ちょっと! ……もう、強引なんだから」


 溜め息混じりだが、どこか嬉しそうなトーンの言葉を後ろに聞きつつ、視線の先の廃ビルにいるであろう彼に狙いを定める。





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