第8話 エピローグ

私は冬の公園を歩いている。

 冬の空気は清涼で、肌を刺すようだ。

 私は目の端に、その人を見つけた。

「久遠さん」

「あら、白鷺さん。白鷺さんでよろしいのですね」

「はい、私は白鷺涼子です」

 そう名乗った。それが今の私だから。

「ありがとうございます。久遠さんのおかげで、なんだか全部解決です」

「さて? わたくしは自分の仕事をしただけですわ。それに、解決すべきことはたくさん残っているのでは?」

「そう、ですね」

 苦笑いをする。向き合わなくちゃいけないことは山積みだった。

「でも、久遠さんには感謝しています。すごいですよ久遠さん。全部、最初っから答えがわかっていたみたいにすいすいっと」

「ええまあ。しかしよろしいのですか?」

「? なにがですか?」

「あの方と向き合うだなんて、人が良すぎないかと」

「んー、あー、んー」

 少し困る。なんて答えたものか、考えるために空を見上げる。

 抜けるような淡い青空が見えた。千切れた雲が飛んでいく。

「……変、ですかね?」

「別にそうは申しませんわ。ただ、人が好いのだなと」

「別にそういうわけではないです。ただ、なんかすっきりしようとしたら、そうなったっていうか……そうしなかったら後悔しそうだったから」

「後悔?」

 はいと私は答える。

「後悔したくなかったんです。確かに、このままさっさと忘れることもできたけど……でも、わたしが……うーん……」

 考え込む。どっちかって言うと、私はあんまり物事を深く考えないタイプなので、そうしたいからそうしたというのが正しい。

「でも、このままにしていたら後悔しそうだったから。それが嫌だなって思ったんです。うん、きっとそれだけ。私は私に嘘を吐きたくなかったんです」

「なるほど。わかりますわ」

「分かりますか?」

「ええ、貴女に惹かれる人の心理も」

「ん?」

「いえ、なんでもありませんわ」

 久遠さんは変わらぬ微笑で礼をした。

「随分と、吹っ切れたお顔をなさっていますわ」

「そう、ですね。色々と、重たいものも残っちゃいましたけど、でも……うん、すっきりしました。きっと、この空みたいに」

 青空は水色。

 どこまでもどこまでも透き通るように。

「本当のことを知れてよかったです。優しい嘘もあるけれど、できるだけ本当がいいですよ。そのほうがしんどくないですし」

 ふふふ、と久遠さんは笑った。

「そうですわね。では、わたくしはこれで」

「あ、久遠さんっ」

 立ち去ろうとする久遠さんを私は呼び止める。

「また、会えますかね?」

「ええ、きっと。貴女からは死やそれに準ずるものを引き寄せる匂いがいたしますから。縁さえあれば、きっとまた会えますわ」

「それって喜んでいいんですか?」

「さあ、それはあなた次第。いずれ奇縁がありましたら」

 そういって穏やかに微笑むと、久遠廻音さんは空を流れる雲のようにどこかへ消えてしまった。

 ほう、と吐息を零しても、それは白く染まらなかった。

 長い冬が終わりを迎えようとしている。

 雪が融ける道を私は歩き出した。

〈了〉

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久遠廻音さんの収集 葉桜冷 @hazakura09

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