第3話 黒鵜さな、と久遠廻音さん
ことの起こりは、大体2年位前かな? うん、大体そんなところだと思う。
アタシの父は、まあしがない記者というか、ゴシップというかそんな感じのことをしていた。その血筋なのか知らないけど、アタシも大概、愉快なことが起こると首を突っ込みたくなる性質で。
というか、ついでにそれを記事にしたりしてちやほやされたりしたい。お金も欲しい。ぶっちゃけ父親がどうとか関係なく、アタシはそういう気質だったのだの。
よくも悪くもアタシはそういう気質で、だからお母さんが家を出ていった時もろくでなしの父のもとに残ったのだろうと思う。
まあ、その話はちょっと自己嫌悪しちゃうからいいや。戻そう。
アタシはいつものように父の書斎に入って、ぐちゃぐちゃになった資料の山から面白そうなものがないかを調べていた。
なんかないかなー、と色々漁っていると、不意にその資料が目についた。
『打ち切り』なんて漫画みたいなことが書いてあるそれは、その通り、父が調査を打ち切った案件だった。
その中の一つに『スノウヘレンコーポレーション横領事件』と書かれたものがある。意外と新しい資料だが、事件自体は随分古いものだった。
アタシの直感が、なーんかあるなと言っている。直感は大事だ、なんだったら直感だけで生きているきらいすらあるのがアタシである。
すぐにその資料を見た。7年前……今から見れば9年前かな? まあ大体、字面通りの事件があったらしいんだよね。被害総額は億に上り、それでいて犯人は見つかっていない。その後、なんやかんやあってスノウヘレンコーポレーションは倒産。そのまま有耶無耶になって歴史の闇に葬られたと。大体そんな感じ? まあ細かいところは覚えてないけどいいよね。
で、面白いのが父は犯人のおおよその目星を付けていたということ。
父が目星を付けるってことは割と信憑性があるんだよ。少なくとも、アタシの中ではね。調査を打ち切られた理由が他に優先度の高い仕事が入ったことであるらしいから。その一連が片付いたら、またこの事件を調べるかもしれない。だから今のうちにこいつをアタシが調べてやろうって、そんなことを思ったわけ。
父が目星を付けていた相手っていうのが、灰崎良平という当時スノウヘレンコーポレーションの重役を務めいていた男だった。当然、警察からも疑われていたけれど、灰崎という家自体が割と裕福だったこと。証拠が特になかったことなど、様々な理由から疑いの目を向けられていなかったのだ。
けれど、父の調べでは灰崎良平は彼の両親との不仲から金銭的支援を受けていなかったとある。これは彼の妻となった灰崎夏葉との結婚が社内恋愛からのもので、さらにその後も寿退社を行わなかったこと等、古臭いご両親の価値観にそぐわなかったことなんかがあったの。
警察は時間が起こると独自にストーリーを作り、基本的にはそれに沿って捜査を進める。だからその過程で捜査線上から容疑者が外れてしまうこともある、というのが父のよく言っていたことだった。
父の見解では灰崎良平はおそらく両親から見限られるであろうことを見越し、妻である夏葉を共犯者として横領事件を起こしたのだろうとある。この事件は信頼できる協力者同士の連携が必要だと考えられたからだ。
何ともゴシップのにおいがしてくる。実にアタシ好みの案件だったけど調査はここで途切れていたのだ。
アタシはこの続きを調べてやろうって、灰崎良平の足取りを調べた。
で、例の火災事件にぶち当たっちゃったわけ。
アタシ的には困っちゃったよ。
だって、犯人候補筆頭のお二人がお亡くなりになっちゃっているわけだから。死んだ人に話は聞けないよね。
まあ実際には火災の跡は本当に跡形もなく焼けちゃって骨すら残っていなかったから死体は確認できていないらしいんだけど……まあ普通に考えて死んでいるよね。
ですがこれで諦めるアタシではないわけですよ。
灰崎家全焼事件についてアタシは調べたわけ、そしたら、焼け跡から生き残った人間が二人もいるという。
ご存知、灰崎夢夜と、白鷺涼子ちゃん。
普通なら灰崎夢夜を探ると思うでしょ。でもね、アタシ的には白鷺涼子ちゃんのほうが気になったんだよね。
だって、灰崎家の全焼事件にどうして灰崎家ではない人間がいるのかって、そのほうが割合おかしな話でしょ?
アタシはまず白鷺涼子の足取りを調べたの。そして今度新入生としてうちの高校に入ってくると分かった時は柄にもなく運命っていう奴を感じちゃったね。
アタシはさっそく、接触をを図ってやろうって息巻いて新入生の教室に向かったの。
一目で、涼子ちゃんがわかった。
だって一人、すごい綺麗で陰のある人がいたから。
うん、あの何とも言えない陰鬱なオーラはそれなりの経験をしていないと出ないよ。
……ごめんって、ほら、機嫌悪くしないでよ。
でも本当にそう思っちゃったんだもん、しょうがないよ。
でもどうやったらお近づきになれるかなって考えたら、本当に幸運なことにどすけべ教師が担任というではありませんか。
こいつはしめたと思ったわけですよ。だって、近づく口実が出来たから。
アタシはできるだけスピーディにあいつが……えっと、名前忘れたけど、セクハラまがいを行っている証拠を見つけて。
……やめて、睨まないでよ、もう終わったことじゃない。涼子ちゃんにそんな目で見られるとさすがのアタシもちょっと傷つく……。
えっと、そう。
でまあ、協力を申し出たわけですよ。
正直、最初は普通に断られると思ったよ。アタシだったらぜぇったいに断ってたし、それにアタシの悪評は結構な速度で出回っていたから。
でも、涼子ちゃんはすんなりと快諾してくれて。なんだかちょっとうれしかったな。自分が役に立てるからって言って、アタシを信用してくれて……。
……今だったら絶対乗らないって、そんな哀しいこと言わないでよ。むぅ……。
で、まあ後はご存知の通り。
正直、あのまま決定的なとこまで行かせてから写真を撮ろうと思ってたんだ、今だから言えるけど。
でもさ、涼子ちゃん、なんだかいい子だなって思っちゃって。ほぼないはずの良心がとがめて、であんな感じに。
涼子ちゃんと接点を持ったアタシはできるだけ情報を得られるようにと新聞部……新聞同好会ですね、はい。――に呼び入れて、まあ色々ありましたよ。
うん、でもね涼子ちゃん。これだけ、どうか知っていてほしいのは、確かに涼子ちゃんに近づいたのは情報を得ようという下心があったからだけど、今でも一緒にいるのは涼子ちゃんがいい子だから。アタシが傍にいたいってことだから。うん、それだけ。
……いい話風にしてもダメ? あ、そう……。残念。
え、同好会は辞めないでいてくれるの⁉ やたっ。
うんうん、それが聞けて満足ですよ。いやーはっはっは! こんどアイス奢ったげる! 冬だけど!
そんなことより続きを話せ?
あ、はい。
えーと、で、まあ、アタシが涼子ちゃんになかなか事件の情報を聞き出せずにいたわけですよ。だって涼子ちゃん、いい子だし。あんまり地雷踏んで嫌われたくなかったし。色々振り回したりはしたけどそれはそれということで。
で、ああ、これではいけないと。アタシは今度、灰崎夢夜に接触することにしたのだ。
2
アタシが灰崎夢夜の名前だけではない部分。要は人間的な部分について初めて知る、というより触れることになるのは涼子ちゃんとの話の中でだった。
ある程度、まあまあ仲良くなった、と思う。多分。って感じの関係性になったころだったと思う。多分夏休み前くらい。
涼子ちゃんが話の流れで一人暮らしをしていることを話してくれた時だったのを覚えている。
その時、アタシは既に涼子ちゃんが一人暮らしであることくらいは知っていたけれど、片親であることや記憶に欠落があることをなどは初めて知った。
それから、灰崎夢夜の名前を聞いた。
灰崎夢夜の話をするとき、涼子ちゃんは、なんだかうれしそうにしていたのを覚えている。
普段の涼子ちゃんはどちらかというと静かで大人しい。それでいて、どこか寒空のような、哀しげな冷たさを纏っている。だからか近寄りがたさがあるのだろう。アタシの知っていた涼子ちゃんは、いつだって淋しそうに独りぼっちな印象があった。
だけど、灰崎の話をしているとき、涼子ちゃんは、まるで陽だまりを見つけた猫みたいな、ふにゃふにゃした嬉しそうな顔をする。
アタシはそんな涼子ちゃんの顔をその時初めて見た。
涼子ちゃんは、灰崎の話をしていると、それだけで嬉しそうにしていた。
まあ、おかげでガンガン色々な話を聞けたわけではあるんですけど。
だから、大きな疑問が出来た。
アタシは、もともと、調査のために涼子ちゃんに近づいて、いろいろとお世話をしてきたと思う。お世話されてもいたけど。でも、それだけの関係になるには、それ相応の理由があった。
アタシの性格が悪いっていうのはそうだけど、でもそれにしたって、なんで灰崎夢夜は白鷺涼子に対し、そんなに甲斐甲斐しく支援やら援助やらお世話やらをしたのだろう。
いくら莫大な遺産を手にして、余裕のある暮らしができるからって、ただ同じ火災から生き残っただけの赤の他人に対し、仲良くすることや高校に通ったりする世話までできるのかと。
底抜けの善人なのか。少なくとも涼子ちゃんはそう思っている。
確かに、涼子ちゃんと母親の関係は聞くだに、そして調べれば調べるほどに最悪のそれだ。ネグレクトと言っても、多分いいと思うくらいに。
同情だってするだろうとは、思う。
けど、引っかかるものがある。
本当に灰崎夢夜は、そんな善人なのか。
赤の他人のために、特に大きな見返りがないまま、金を使える人間なのだろうかと。
誇らしげに灰崎の話をする涼子ちゃんを見て、アタシは爪を噛んだ。
そう、そんな人なら、調べてあげようじゃない。
名前がわかっているならそこから住所を特定するのは不可能じゃない。何度だって、やってきたことだから。
人間、生きている以上、何らかの痕跡を残すものだし。
ただ、灰崎夢夜に関してだけはいままで比でないくらい難しかった。
驚くほど、彼女自身に関する痕跡が薄い。本当に生きているのかと思うほどに。
5年前の火事から探そうともしたが、どうやら入院していた病院が涼子ちゃんと灰崎では違うらしい。上流階級特権ってやつ? いいご身分ですこと。
しかし問題はその灰崎が入院していた病院というのは患者に関するデータの流出で問題になったところであり、紙媒体で記録されていた――アナログ至上主義の問題だと思う。あ、これで一本記事書けるな、ぶり返してやろう――灰崎の記録はそっくりなくなっていたのだ。流出したなら、どこかにあるのだろうと思ったけど、それが見つからない。ある程度ダークウェブとかいうところにも精通しているつもりだったが、まだまだだった。
涼子ちゃんに聞く? だめ、怪しまれたくないし。過去に詮索していることを知られたくない。
戸籍を調べる? 名前を出しただけの他人に戸籍を出してくれるほど役所は甘くない。
結局、アタシは灰崎夢夜の居場所を突き止めたのは季節が秋にかわるころのこととなる。
いや、別に調べただけでそんなに時間かかったわけじゃないし。手こずっている間にも色々やってたから。ほんと。
そんなこんなで、アタシはどうにか灰崎家を見つける。
そこは幽霊屋敷みたいな家だった。薄汚れた一階建ての洋館で広そうで広くない庭は本ように最低限の手入れで維持されている。
錆び付いた門を開けると、軋んだ音がした。アタシを拒絶しているかのようだった。
そんなものに屈するアタシではないけど。
勢いよく門を開けて、玄関先に立ち、玄関ベルを鳴らそうと指を出して。
「わたしはここにいますよ」
すぐ横から声がした。
「灰崎、夢夜さんですよね?」
「……セールスなら、お断りしますよ」
彼女は否定しなかった。
間違いなく、灰崎夢夜だと確信する。この家には彼女しか住んでいないわけだし。
そして、一発で分かった。これはもう、どうしようもないくらい直感だけど、アタシは直感を大事にする。その直感が、これまでにないくらい言っていた。
この女、嘘つきだ。
そして何より、アタシとこの女は絶対に相いれない。
3
灰崎夢夜は一目見て実に気に入らない女だった。
ババくさい気取った、それでいて質素じみた服。そのくせ、背丈もアタシよりもずっと低く、年齢の割にずっと幼い容姿をしている。涼子ちゃんとさほど変わらないのではないのだろうか?
「で、どちら様でしょう?」
灰崎はやや垂れた目を細める。
アタシは自己紹介をした。それから、端的に用件を伝える。
「お聞きしたい要件は二つ。貴女のご両親についてのこと。そして、5年前の火災のことです」
灰崎の警戒心が明確に強まった。鋭くアタシを見据える。
「あげてくれないんですか?」
「ずいぶんと図々しいことを言いますね。貴女、記者の端くれと言いましたね。なぜ今更、そんなことを」
「別に、ただアタシが調べていることがそれに関することだったというだけですよ。お話聞かせていただけますか」
「お断りします」
即答だった。
当然といえば当然だ。あの時、アタシはなぜか冷静さを欠いていた。もっと、フレンドリーに行くべき場面だった。
けれど、多分、無理だろう。アタシはあの女の前で、冷静でいることが出来ない。何故か今でもそれだけは確信できる。
「お帰りください、私から貴女にお話しすることはありません。黒鵜さなさん」
その、アタシの名前を呼ぶ声に明確に敵意を感じる。これはアタシを警戒しているからだけの敵意じゃない。
アタシは一つ、確信した。
「アタシ。貴女のこと、涼子ちゃんから聞いてましたけど。聞いてたのと全然違いますね」
「奇遇ね。わたしも同じことを思っていました」
灰崎夢夜も、涼子ちゃんからアタシのことを聞かされていたのだろう。
涼子ちゃんのことだ、きっと、良い印象を持つように話してくれたのだろう。
だけど、あの子はいい子だから、それが逆に、アタシたちみたいな人間には不快になることがあるって知らないのね。
「良家のお嬢様とは思えないような挑発をするんですね」
アタシは灰崎に近づく。そして、その半端な長さの髪を梳いた。
ざらついた髪、きっと丁寧には洗っていない。アタシと同じだ。
パシッ、と軽快な音とともに手を弾かれた。おぉ怖い怖い。
「貴女のことは知っていますよ、黒鵜さん。貴女の黒いうわさも。あの子は貴女のこと、困った人だけど悪い人じゃない、なんて言ってましたけど、わたしはそうは思いません。貴女、涼子に近づいて何を企んでいるの?」
「別に何も企んだりはしませんよ。涼子ちゃんは一後輩として可愛がっているだけです。涼子ちゃんもアタシのこと、一先輩として慕ってくれていますし」
明確に睨まれる。おぉこわ。
「お帰りください。そして二度と来ないで。涼子に変な真似しないで」
「注文が多ぅございますこと。ま、アタシはこれで退散しますよ。今回は灰崎さんの顔を拝みに来ただけですから。ではまた」
アタシは踵を返し、不気味な屋敷から退散した。
手には色素の薄いざらついた髪が絡んでいた。
話は変わるけど、灰崎夢夜について調べるときや、なんだったら涼子ちゃんについて調べるとき、いくらかの情報源というかネタ元がアタシにはある。
そう、いつだったかネタ元については語れないとか言ったけど、もういいかな。アタシ、もうこの件から手を引こうと思っているから。なんていうか、久遠さんまで出てきちゃう時点でアタシの手に負えないことだったんだろうかなって。
三原万葉。彼女がアタシのネタ元だったの。
4
三原万葉という人間を一言で表すと、やっぱりろくでなしとかそういうものになる。
実に生々しく、厭な人間だった。
金にがめつく、他者への最低限の気遣いというものも持たない。話していて、不快感が募るような、手前勝手で頭の悪い、だが油断すると足元をすくってくる、
情報を求めると情報料の額でオークションになるし。待ち合わせ場所も必ずそれなりに安くない店を指定する。当然の如くアタシのおごりだ。
いや、理屈はわかるよ。情報料っていうのは払うべきだし、こちらから相手に頼んでいる以上、奢るのは道理だと思う。
けど、普通は相手が十代の女の子だってわかると遠慮するんだよね。
三原万葉は遠慮ってものを持たなかった。何のためらいもなく、決して安くない店で一番高い料理を注文する。ついでによくクレームをつける。食べ方は汚い。なんで中華料理にマヨネーズをかけるのか。そして食い散らかす。一緒にいるのがその手の人間に慣れているアタシじゃなかったら、しんどいだろうなって思うくらいには人間的に問題の多い人物だった。
アタシの家がまあまあお金持っていなかったら大変だった。
そんな彼女が一度だけ、その手の即物的なものの代わりに要求してきたものがある。
「ちょっと、あの灰崎夢夜とかいう女の髪の毛、持ってきてよ。えぇ、なんでって! 変な詮索するんじゃないガキのくせに! だれがいつもあんたの役に立ってあげてると思っているの! いいから持ってきなさい!」
実に乱暴である。
言われたとおりに、アタシは灰崎の髪をもって、灰崎と会った直後に三原万葉と合流した。
そこは軽食も出す喫茶店で待ち合わせ時間の30分後に三原万葉は店に現れた。
どっかりとアタシの正面に三原は座った。
「で、持ってきたんでしょ、髪の毛」
「ええ、持ってきましたよ。ご注文通りに」
「そ、当然ね。ちょっと! 早くメニュー持ってきなさいよ! この愚図!」
「は、はい、ただいま」
そそくさと店員が持ってきたメニューを開き、いつも通り、その中で一番高いメニューを注文する。ちなみにメニューをアタシに渡す気はなかったらしい。頼んだ後、すぐにメニュー表を床にたたきつけた。
「こちらを」
アタシは表情を変えずに袋に詰めた髪の毛を渡した。
三原はそれをふんだくるといそいそとポケットに押し込む。
「そんなもの何に使うんですか?」
「詮索するなって言ったわよ」
下から睨み上げるように三原はがんを飛ばす。
それから三原は注文していた店で一番高い品――オムライスだった――が来ると、店員に難癖をつけてから、備え付けの調味料をすべてぶっかけ、犬食いで完食し、すぐに店を出ていった。
当然の如く、払いはアタシだったのだ。
それから間もなく、珍しいことに今度は三原から呼び出しがかかった。
前回言った店が気に入ったのか、同じ店での呼び出しだった。
例によって定刻に三原は遅れてくると、すぐに前回と同じものを注文し
「あんたはもう用済みよ。今までの謝礼として300万ぐらい用意しなさい」
などと抜かしてきやがった。
「……なんです?」
「謝礼よ謝礼! あんた、あたしがどーれだけあんたの役に立ってやったか忘れたわけじゃないでしょ! せめて最後にそれぐらいの誠意を見せてもいいんじゃないの!」
バンバンと三原はテーブルをたたいた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。最後とか謝礼とか一体、どういうことです?」
「だから! そのまんまの意味よ! あんたはもう用済みなの! だから最後にアタシに金を払うの!」
さすがに言い合いになった。ちょっとぶん殴ってやろうと思った。
いやー、いろいろなひとを相手にしてきたけど、三原は割とその中でも極まっていたほうだと思うよ、うん。
で、その時は言い合いの末に、その場を三原は罵倒と共に立ち去ることとなる。
あの時、三原がひっ繰り返したオムライスと店のアレンジメントは本当に高くついた。
それからしばらくして、警察にしょっ引かれると同時に、あの後に三原万葉が死んだことを知ったってわけ。
5
「ど、参考になった? アタシの話。ここから先は二人のご存知の通りだよ、一応三原万葉の近所に住んでいた人たちにも話を聞いたけど、三原の悪口しか出てこなかったんだよね」
アタシは目の前の涼子ちゃんと久遠さんに聞く。
それからブラックコーヒーを飲んでのどを潤す。
涼子ちゃんは注文していたケーキをフォークを使ってちまちまと綺麗に食べた。ほんと、三原とはびっくりするぐらい似ていない。
「はい。ありがとうございます。センパイ。でも、よかったんですか? そんなに私に話してくれて」
「いーのいーの。さっきも言ったけど、アタシ今回はもう降りようと思ったの」
どうしてと、涼子ちゃんは可愛らしく、目線で聞いてくる。
口元が緩むのをアタシは感じていた。
「別にー。ただ、警察で情報を聞き出しつつ、なんとなく直感しちゃったんだよね、このまま続けたら――」
アタシはその先を答えない。代わりにコーヒーを飲み干して、涼子ちゃんを見据える。
ああ、可愛いなこのこ。って思う。
「でも、いいの涼子ちゃん? まるでアタシみたいに真相を掴もうとするなんて、何ていうか、らしくないなって」
「別にセンパイみたいに欲望に忠実になったわけじゃないですよ。ただ、……」
「ただ?」
涼子ちゃんは物憂げに自分の紅茶を手に持った。ゆらゆら、水面が揺れている。
「納得、したいんだと思います」
「なっとく?」
「はい、センパイのお話をきいてても思いました。……私、夢夜のこと、全然知らないんだって」
「……」
「だから、知りたい。知って納得したい。じゃないとダメな気がするんです」
「……そっか。よくわかんないけど、涼子ちゃんがいうなら、そうなのね」
「はい。そうなんです」
静かに涼子ちゃんは微笑んだ。
アタシは、そういう静かな表情の涼子ちゃんが好きだ。
「ね。まだアタシのこと、センパイっていてくれるんだよね?」
「まあ、しょうがないですね。センパイは困った人ですから」
優しいなぁ、涼子ちゃんは。
「でも知らなかったです。センパイと夢夜が相性悪かったなんて」
「んー、まあそりゃ」
きっと似たもの同士だったからだと思う。とは言わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます