第68話 『人けら』と『虫けら』
『蟲王の力』耕地 孝治(こうち こうじ)は、猛っていた。
すでにコウジの体は、呼吸の方法などを含め、人の構造をしていないが、それでも意識は人のままである。
以前、一目見て気に入った美人騎士が目の前にいる。
その事実の前では、たかが脚を数本切り落とされたことも、その後顔面を蹴られたことも、全てが些細なことでどうでもよかった。
そう、全ては些細なのだ。
『蟲王』であるコウジにとっては。
数千人の村人を殺し、『レベル』を上げたコウジにとっては。
「やっぱり妥協せずに、一人目は厳選された女にしないとな……『蟲王』のハーレムだ。そこには、アレくらいの女が必要だ」
涎を垂らし、美人騎士ビーナを凝視するコウジの視線を遮るように、和服の領主、ズィルバが動く。
「なんだ、お前ビーナがお気に入りか?」
ズィルバは、さらに異形と化したコウジが目の前にいるのに、悠々と後ろでヒナヒコの世話をしているビーナに目を向ける。
「どうだ? 気に入ったなら止めないが」
そう言ってコウジを指さすズィルバの言葉を、ビーナは呆れたように一笑に付す。
「冗談でしょう。そんな醜男。それに、私たち『蜂』は強いモノに惹かれます。彼は、文字通り『虫けら』でしょう。どこに惹かれる要素がありますか?」
「……『虫けら』?」
ビーナの言葉に、コウジの無数の脚が一斉に微かに動く。
そんなコウジの挙動に興味がないのか、ズィルバはゆっくり頭を掻く。
「やっぱりなぁ。はぁーあ。どうして『蜂』たちはこうも面食いなのかねぇ。まぁ、この程度の『虫』なんて、そこら辺の岩を転がせばウジャウジャ沸いてくるか」
「……なぁ、おい。さっきから舐めてないか? お前の眼前にいるのは『蟲王』だ! 崇めろ! 恐れろ! お前たちとは『レベル』が違うんだよ!!」
コウジが吠えるが、しかしズィルバは気にしない。
「『王』ねぇ。その割には威厳も何もないが……ところで聞き慣れない言葉があったが、『レベル』ってのは何だ? 異世界固有の言葉か?」
吠えていたコウジは、ズィルバの質問に少々冷静さを取り戻す。
「……異世界のことを知っているのか? ああ、あのバカな中学生が話したのか。まったく、元の世界のことは話さないのがセオリーだろうに。しかし、『レベル』のことも知らないか? いくらなんでも遅れているだろう異世界人は」
コウジは、無数の脚を広げる。
自分を誇示するように。
「『レベル』は強さだ。魔物を、生き物を殺すことで得られる強さだ。強いモノを倒せば倒すほど。多くの命を奪えば奪うほど、『レベル』は上がり、強くなれる! 俺はさっきそこの町の住民を全員殺した! 3000人はいたか? その3000人分! 俺は『レベル』を上げている! この『蟲王』が、だ! 分かるか? この偉大さが! 神々しさが! お前は今、最強の『王』の前にいるんだよ!!」
コウジの体が、また一回り大きくなった。
その大きさは、小さな城くらいはあるだろう。
「成長が止まらない。はは、自分が恐ろしいよ。俺はどこまで強くなるんだろうな。この『蟲王』の前では人の領主など『人けら』だ。そう思わないか? ん?」
コウジの無数の脚が、一つにまとまり、巨大な鎌に変わる。
それを振り下ろされれば、あらゆるモノは切断されるだろう迫力が確かにあるはずなのに、しかし、ズィルバは動揺していない。
ただ、まっすぐにコウジを見る。
「よくわからなかったが……つまり、お前は自分を強くするために『ウィーナ』の者を殺したということでいいんだな?」
「ん? ああ、そうだ。脆弱な者たちだが、あれだけの数なら、俺の力の糧にはなった。あいつらも喜んでいるだろうな。この偉大な『蟲王』の『レベル』上げに協力できたんだから」
「……そうか」
大きく、はっきりと、ズィルバは肺にたまった空気を吐き出すと、背負っていた太刀を下ろし、腰の位置に持って行く。
「さて、無駄話はこれくらいでいいだろう。お前は『人』としてはそこそこ強いようだ。なら、『レベル上げ』には最適だよな!!」
コウジが巨大な鎌を振り下ろす。
その鎌は地面を抉り、埋まっていた岩さえも切り裂いた。
巻き上げられた土砂が、雨のように降り注ぐ。
「はは、『人けら』め。さて、次は美人騎士たちを……」
「『レベル』、ねぇ」
コウジの頭上から、声が聞こえた。
いつの間にか、コウジの頭の上に、ズィルバが立っている。
「貴様!? どこに乗っている! この『蟲王』のあたんぇ……?」
コウジは、言葉を最後まで言えなかった。
下顎が、ぽろりと落ちたからだ。
「殺したけど、ちっとも強くなった気がしないぞ?」
トンとズィルバがコウジの頭を蹴り、地面に降りる。
「あっっっはあはあああああああああああ!?」
その衝撃で、バラバラとコウジの体は細切れになり、崩れていく。
「まぁ、『虫けら』ごとき、何匹殺しても強くなれるわけがない、な」
ズィルバの目はコウジではなく、誰もいない『ウィーナ』の町に向けられていた。
八十八人の天啓者 おしゃかしゃまま @osyakasyamama
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