第66話 『苛烈』の覚醒

 蜂の針はホーメルの喉を貫通し、その先はうなじから飛び出ていた。


 まるで、鮫の背ビレのように出ていた針は、すぐに引っ込むと、また飛び出てきた。


 何度も、何度も蜂の針が喉を貫通する度にホーメルの四肢はビクビクと震え、力を失っていく。


「……ホーメル、さん」


 7回は刺しただろうか。


 ホーメルの体が倒れるのに合わせて、蜂が彼女の顔から離れていった。


 ホーメルのうなじからは湧き出る温泉のように赤い血がコポコポと流れていく。


「あ、あー……なんだよ。殺したのか。せっかくの有能美人騎士だったのに。やっぱまだまだ俺のレベルが足りないのか? 完全に命令しきれねーな。町にいた食堂の娘も殺すしよー」


 声が聞こえ、ヒナヒコはそちらに視線を移す。


 コウジがいた。


 両手……4本の両手には、それぞれ女騎士を抱えている。


 皆、ヒドい有様だ。


 大斧の騎士バアーの左腕は今にもちぎれそうで、骨が見えている。


 長槍の騎士ランガは右腕が捻れて、結ばれていた。


 双剣の騎士シュパルの背中には蜂の針が剣山のように生えていて。


 長剣の騎士ベインの脚は……脚と呼んでいいのだろうか、刺された針が多すぎて、歯ブラシのような異様な姿になっている。


 魔法を使うホニンは、声を発することはできないだろう。

 彼女の喉には蜂の針が刺さったままなのだから。


 そして、


「殺すな、っていってもここまで傷つけちゃ意味ないだろう、せっかくの美人がもったいねー」


 ネットは……、おそらくネットなのだろう。


 彼女の顔には大量の針が刺され、傷つき、その美しかった顔は一切面影を残していなかった。


「ヒナ……ヒコ……あ」


 生きてはいる。

 しかし、か細いその声は、虫の息だ。


「やっぱり、足りないよな! なぁ!お前もそう思うだろ!?」


 一方、当の本人。


『蟲の王』であるコウジの声はやかましく、うるさい。

 五月蠅いのだ。


「俺、思いついたんだよ。お前のその『風の力』の使い方。それがあれば、俺はもっと強くなれる。だから、俺の仲間になれ、ん?」


 虫が、何か言っている。


「お前の『風の力』で、俺の『蟲』を飛ばす。世界中に。風に乗った蟲は、どこまでも飛んで、殺す。動物を、魔物を、生き物を、人を!!そうすれば、俺はレベルが上がる! 世界最強になる!お前も嬉しいだろ? その『風の力』で、お前は世界中の人間を殺せるんだ。レベルが上がるかもしれないぞ! なぁ! まぁ、世界中の人間を殺すから、お前の『兄貴』も死ぬかもしれないけど。別にあんな奴死んでもいいだろ。なぁ? あはあははは!」


 ケタケタと、キチキチとコウジが笑う。

 その声が、音がうるさくて、ウルサくて、五月蠅くて……


 ヒナヒコは、背中を預けていた木の幹に握りしめる。


「……なんだそれ」


 コウジが笑いを止めた。

 一瞬の間に起きた出来事を処理しきれない。


 目の前で一本、火の柱が現れたのだ。


 ヒナヒコの後ろで、木が燃えている。


「……ア、ツイ……」


「お前が……したのか? なんで燃えているんだ? お前の力は『風の力』だろ? 木が燃えるのは、なんで……」


 ヒナヒコが握りしめている炎の柱の中から、一本の剣が出てくる。

 白く、禍々しい形の剣。

 剣は、まるで炎に浸食されるように、徐々に赤く染まっていく。


「……アツイ!!」


 ヒナヒコが剣を振るうと、炎が壁のように走っていく。


 どこまで伸びるのだろう。

 先が見えない。

 炎の壁はどこまでも走っていき、そしてすぐに消えた。


 消えた理由は簡単だった。


 燃やす物が無くなったのだ。

 炭さえも無くなった地面が、ただそこに残っている。


「……何だよ。チートか? 『風の力』のくせに『炎』とか……『火の力』? それはお前の兄貴の力だろ。ああ……ワケがわかんねー!」


 ヒナヒコが放った炎の線は、偶然コウジの横をかすめていた。

 ヒナヒコの剣の威力に唖然としていたコウジだったが、すぐに怒りが沸いてくる。


 なにやら覚醒したような雰囲気のイケメン。


 それが主人公っぽくて、気にくわない。

 コツコツとレベルを上げて努力をした自分を馬鹿にされたような気がした。

 

「もう、お前はいいや。『蟲』が『炎』に弱いとか思うなよ? 俺の力は、『燃えない蟲』だって作り出せるんだぜ?」


 コウジの周辺に黒い空間が現れる。


 そのコウジの動きに呼応するように、ヒナヒコが剣をかかげる。

 剣の先が、赤く光る。

 まるで、噴火する溶岩のように。

 そしてヒナヒコの目は、血を浴びたように真っ赤に変わっていた。


「キュウウウイ」


 コウジが作り出した黒い穴から、芋虫のような茶色い大きな『蟲』が出てくる。

 モデルは、おそらくクマムシであろう。


 乾眠によって、あらゆる環境に異常なまでの耐久力を持つ虫だ。

 ただ、コウジが生み出した『蟲』は、眠ってはおらず、鋭い牙がキチキチと音を立てている。


「いけ! 喰い殺せ!」


 剣をかかげているヒナヒコに向かって、巨大なクマムシのような『蟲』が襲いかかる。


「ア……アアアア!!」


 ヒナヒコは、まるで燃えるような声を出しながら、『蟲』に、コウジに向かう。


「落ち着け、ヒナヒコ」


『蟲』とヒナヒコの対決は、しかし一人の男に遮られた。

 いつの間にか、ヒナヒコの頭を撫でるように掴んでいる男がいる。


「『それ』は、お前が使いたい力か?」


「ア……ア……」


 着崩した着物のような服装の男は、ニヤリと笑う。


「『力』を抜け。あとは俺がやる」


 着物の男は、港町ズィルバーフンの領主、ズィルバだった。

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