第61話 ヒナヒコの料理人

「いらっしゃいませ」


『ウイーナ』の食堂の娘ヌーダが、満面の笑みで客を迎える。


やってきたのは、最近では馴染みの客になりつつあるヒナヒコと『蜂』の女騎士団だ。


「こんにちはヌーダちゃん」


「こ、こんにちは」


毎日見ているはずなのだが、あまりに綺麗なヒナヒコの笑顔に、ヌーダは自分の胸が高鳴っていることを感じる。


「いつもすまないな。ヒナヒコ様が、討伐の度にここに寄ると言って……」


そんなヌーダに本当に申し訳なさそうな顔をしながらホーメルが謝る。


「いえ……本当、来てくださって、うれしいです」


「そういってくれると助かる……で、今日は『シュティア』だ。調理できるか?」


「『シュティア』、ですか!?」


近隣で最強クラスの魔物の名前に、ヌーダは驚いてしまう。


「ああ、難しいなら、解体したモノを」


「いえ、問題ありません」


調理場からヌーダの父、コーフが出てくる。


「お父さん……でも、『シュティア』だよ?」


「どれだけ強くても、死んでしまえば食材だ。だったら、料理人は調理しないとな。解体用のナイフはお借りできますか? さすがに、手持ちの刃物では心許ないので」


「ああ。これでいいか?」


ホーメルは部下に数点の刃物を持ってこさせる。


「ありがとうございます。それで、食材はどこに?」


「部下に運ばせよう。どこに運べばいい?」


「では、こちらに」


コーフが、調理場の奥を指定する。


「……やっぱり、いいなぁコーフさん。職人って感じで」


ヒナヒコが関心したようにうなずきながらコーフを称える。


「……どうも」


コーフが、頭を下げる。

そして、そのまま調理場に消えていった。


「ヒナヒコ様は、まだ父を専属の料理人にお望みですか?」


「ああ、お願いできればね」


あの、大量に獲れた『マクレイラ』を炊き出しした日。


帰りの馬車がなくなったヌーダとコーフは、ズィルバの屋敷で一泊することになった。


あのズィルバの屋敷に泊まるということは、ただの料理人とその娘であるヌーダとコーフには身に余る光栄であり、それこそ夢のような話であった。


魔物を炊き出しで広く町のモノに振る舞った話をズィルバは気に入り、大笑いしていた。



そして、振る舞った『マクレイラのスープ』をズィルバも味わいながら、提案したのだ。


『ヒナヒコの専属の料理人にならないか』と。


普通に考えれば、領主であるズィルバからの提案である。


二言目もなく、引き受ける提案だろう。


しかし、コーフはそれを断ったのだ。



「……申し訳ございません。父は昔から王族に仕えることを夢見ていたので……」


ズィルバの提案を断った時の恐怖と申し訳なさを思い出しながら、ヌーダは頭を下げる。


「いえ、夢を追いかける人の邪魔はできないので……それに、あのときの約束はいきているんでしょ?」


コーフは断るときに、ズィルバに告げたのだ。


「はい。『ヒナヒコ様が王に認められた騎士であるなら仕える』と。あれは、父の本心の言葉だと思います」



実際、会話をしながら知った、ヒナヒコがズィルバの騎士ではないという事実に、コーフは落胆していたのだ。


「王との謁見は3日後です。そのとき、ヒナヒコ様は王に認められた騎士となりましょう」


ネットがヒナヒコの隣に座りながらヌーダに告げる。


「……え、ヒナヒコ様が王様と謁見ですか!?」


ヌーダは驚き、ヒナヒコも軽く目を開く。


「そんなこと、教えていいんですか?」


「問題ないでしょう。秘密にするようなことではありません。それに、これでヒナヒコ様が王に認められたら、コーフさんたちはヒナヒコ様の元にいかなくてはなりません。そうなると、色々準備が必要でしょう。正式に決まる前にお話は通しておかなくては」


「それは、ありがとうございます。では、本当にヒナヒコ様は、騎士に……」


ヌーダの目が、キラキラと輝く。


「いや、騎士にはなりませんよ?」


そんなヌーダのキラキラを、ヒナヒコが打ち砕く。


「え」


「え」


「え」


ヒナヒコの発言に、その場にいた女性陣が全員驚いた顔をする。


「え、って。僕は兄と再会するためにここにいるんです。そのために『王の船』に乗りたいだけで、王様に仕えるとか考えていないんですけど」


「あー……そういえばそうだが。いや、しかし」


「乗せてもらう以上、運賃として魔物退治はします。けど、忠誠を誓うとか、そんなことはしないですよ」


「正直ですねぇ、ヒナヒコ様は」


困ったようにネットがメガネを直す。


「じ、じゃあ、ヒナヒコ様に仕えるというお話は……」


「個人的にコーフさんの料理は気に入っています。ここから兄さんのいる北の大国 『ゾマードン』に向かうまでの間、ついてきてくれたら嬉しいとは思いますけど……」


「それは、さすがに父も断るかと思います」


心底がっかりしたように、ヌーダは肩を落とす。


「当たり前だ」


そう言いながら、コーフが調理場から出てくる。


「お父さん!?」


「もう終わったのか?」


ヌーダは驚き、ホーメルももう解体を終えたのかとコーフをみる。


「ええ、解体までですが。お借りした刃物が素晴らしいモノでしたので。それで、どのように調理をしたらよいのかご相談しようかと思ったのですが……」


コーフは、軽くヒナヒコを睨む。


「王様にお仕えする気もないお方の料理人はできません。今回はお店に来てくださったお客様として仕事はしますが、仕えるというお話はお断りさせていただきます」


「そうでしょうね」


困ったようにヒナヒコは笑う。


「ただ、僕の料理人をしてもらったあと、ズィルバさんの料理人に……なんてことはできないか考えていたんですけどね」


「そんな都合のいいこと……」


「それはいいですね」


ヒナヒコの提案に、ポンとネットが手を打つ。



「おい、ネット。そう軽々に……」


「コーフさんのスープ。ズィルバ様も大層お気に入りでした。魔物を捌く腕も素晴らしいですし、ヒナヒコ様の料理人として北の大国 『ゾマードン』までの旅路を料理人として同行していただけるのであれば、そのような人物をズィルバ様が手放すとは思えません」


「……たしかにな」


ネットの意見に、ホーメルはうなずく。


「……というわけで。どうですか? 一時の間ですけど、僕の料理人になる話」


コーフはヒナヒコと、ホーメル、ネットを交互に見る。

「……『王の船』に乗ることになったら、もう一度話を聞かせてくれ」


諦めたように、コーフは目を下げる。


「わかりました。じゃあ、この話はまたそのときに」


「ああ、それで、『シュティア』はどうする?」


「お任せします」


「わかった。ヌーダ。おまえも来い。手伝え」


「え、うん。分かった」


コーフはヌーダを連れて、そのまま調理場に戻っていった。


「ふぅ。さて、あとは王との謁見だけですか」


「まったく……それにしても、本当に騎士になる気はないのか?」


「ええ、僕は兄さんに会いたいだけなので」


ホーメルの懇願のような確認を、あっさりとヒナヒコははねのける。


「まぁ、前回の『暴走(カタストロフィ)』と炊き出しで、功績として十分だとは思いますが」


「騎士にならないと公言するなら、もう少し何か必要かもしれないな」


「そうなんですか?」


ホーメルの意見に、ヒナヒコは少々驚く。


「ああ、うまく取り繕えばいいが、ちょっとしたやっかみが入る可能性もある。どうやら今回の謁見には『王子』もいるみたいだからな」


「『王子』?」


「王都の防衛を担当している王の息子の一人だ。『王の船』は管轄外だが……ヒナヒコ様が騎士にならないと公言した場合、妨害してくるだろうな。あのお方は……ズィルバ様を疎ましく思っていらっしゃる」


(めんどくさそうなのがいるのか)


とヒナヒコはなんとか口には出さなかった。


「でも、嘘ついてその場で『騎士になります!』なんて言う方が問題じゃないですか? 兄さん次第ですけど、僕は兄さんと再会したら兄さんの側から離れませんよ?」


「むぅ……確かにな」


ホーメルがヒナヒコの意見に同意する。


「なにかあります? その『王子』が妨害しても大丈夫な方法。できることはやっておきたいんですけど」


「ズィルバ様も『王子』がいない前提で考えていましたから」


ネットは困ったようにメガネを上げる。


「今回の『暴走(カタストロフィ)未遂』の元凶を捕まえる、というのはどうだ?」


「ヒナヒコ様の元お仲間ですか?」


ズィルバがコウジ達と会ったという話は、ヒナヒコ達も聞いている。


「ズィルバ様が解放しましたし、元凶というには弱いですしね」


「しかし、アイツ等のせいで『シュザリア』は集まったし、今も魔物が活性化している状況だ。おかけで、私たちはここ数日、ずっと『ウイーナ』に通うことになっているんだぞ?」


どうもコウジ達は思った以上に周辺で『シュティア』などの魔物を狩り、そのまま死体を放置していたようだった。


調べると、『暴走(カタストロフィ)』が何カ所も発生しかけていたのだ。


「まぁ、これも貢献ですから」


「僕としては、仲間ってほど関係があるわけじゃないし、捕まえるなら捕まえますけどね」


ヒナヒコはあっさりと言う。


「しかし、居場所がわからないんだったな」


「ええ。ズィルバ様と謁見した次の日には『ズィルバーフン』から姿を消したそうです」


「じゃあ、どちらにしても無理だな」


ちょうど会話がとぎれたタイミングで、ヌーダが声をかけた。


「そろそろお肉が焼けます。そのまえにこちらをどうぞ」


出されたのは、サラダだ。


「これはもしかして、『ウイーナ』で収穫されたモノか?」

「はい。『トマーテ』が時期なので」


赤色のトマトのような果実が、美味しそうだ。


「これから『ウイーナ』は収穫の時期です。おいしいお野菜が沢山出てきますよ」


「へー、それは楽しみですね。これはもしかしてヌーダさんが作ったんですか?」


ヒナヒコの質問に、驚き半分、うれしさが半分合わさったような顔で、ヌーダが答える。


「はい。最近父が任せてくれるようになったので……」


「そうですか。美味しそうです」


「あ、ありがとうございます」


ヌーダの嬉しそうな笑顔は、サラダに盛られている野菜達をより輝かせる。


ヒナヒコ達は、それから『ウイーナ』で穫れた野菜と『シュティア』を堪能して、『ズィルバーフン』に帰っていった。




次の日。



農業の町『ウイーナ』は壊滅した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る