第60話 期待外れの異世界人
耕地 孝治(こうち こうじ)は、優れた人間であると自身を認識している。
白い部屋で『力』を手に入れる時も、誰よりも的確な行動をしたと思っている。
人が群がることよりも、人を出し抜くこと。
そうやって彼が選んだモノは何一つ間違いっていないし、確実に正解している。
そう、思っている。
そして、今も、その思考は間違いではなかったのだと彼は確信していた。
「り、領主様だって」
「まさか、異世界に来て一週間もしないうちに領主との遭遇イベントなんて」
「うわぁ……緊張する」
コウジと共に行動しているクラスメイト……オタク男子とオタク女子二人が、そわそわと落ち着きなく話している。
彼らは、あのとき、たまたま逃げ出す方向が同じだったため、一緒に行動することにしたコウジの仲間だ。
そう、あのとき。
コウジにとって屈辱的な、あのとき。
(……思い返したら、ムカついてきた。くそ! この僕が、あんな奴らに……!)
それは初日の出来事。
異世界に来て一時間も経過せずに発生したイベント。
浮かんでくるのは、ドラゴンと風。
イケメンとイケメン。
恐怖のみが記憶に残る、暴力と暴風。
腹立たしくてしょうがなかった。
コウジがこれまで選択をしてきたのは……他者を出し抜くために思考してきたのは、あんな奴らを越えるためだったというのに。
コウジはただ怯え、座り、震え、逃げ出すことしか出来なかったのだ。
「……お待たせいたしました。どうぞこちらへ。ズィルバ様がお待ちです」
組合(ギルド)の受付嬢が、コウジ達を呼びに来た。
(……まぁ、済んだことを気にしてもしょうがない。とうとう領主との面談。ここからが本編。チュートリアルの失敗はもう忘れよう)
コウジ達は腰をかけていたソファから立ち上げる。
「に、してもさ。なんで急に領主様が会いたいなんていってきたんだろうな」
「いつもの魔物退治から帰ってきたら、いきなりだもんねー」
「そういえば、領主のズィルバ様って、渋めのイケメンらしいよ」
「マジで……!? えーどうしよう。髪とかボサボサ」
「大丈夫。何も起きない」
「うるさいよ!」
オタク男子とオタク女子二人が仲良さそうにキャイキャイと騒いでいるのに頭痛を覚えながら、コウジは思考する。
確かに、なぜ急に領主に呼び出されたのだろう。
まだ、目立つような行動はしていなかったはずだ。
(一週間……二週間程度は様子見して領主とか権力側とどういう立場で付き合うか決めるつもりだったんだけどな。だから、そんなに目立つ魔物はまだ倒しても組合(ギルド)に見せていないはずなんだが……)
主に、『デッドワズ』や『シュザリア』などの小さな魔物しか討伐部位や素材を提出していない。
明らかに大物感あふれる『シュティア』はまだ時期ではないと倒しても放置してきたのだ。
(隠しても……何か察してしまうことがあったのか? だとしたら……しょうがないな。だって俺は『主人公』なんだから)
隠していても発覚してしまう実力。
まさしく物語の『主人公』であると、コウジは考え、自ら照れてしまう。
まぁ、それもしょうがないだろう。
コウジが選んだ『力』は、他の者達とは『違う』のだ。
(でも、隠していた実力を見抜くってことは、有能系の領主ってことか? そういえば、ここの騎士団も綺麗な女騎士だったよな……これは、仲良くなるパターンで進めていくか……)
むふむふと、まだ見ぬ領主を値踏みしながら、コウジは案内された部屋に入る。
そこは、『ズィルバーフン』の組合(ギルド)では一番奥の部屋だった。
その部屋のさらに奥。
明らかに上座であると分かる位置にいる男性を見て、コウジの思考は止まる。
威圧などではなく、ただ感じ取ってしまう『格』に、動けなくなってしまう。
それほどまでに、奥にいた領主ズィルバは、存在が違っていた。
コウジの仲間達も同様なのだろう。
先ほどまで軽口を言い合っていたはずなのに、呼吸が止まっているように、静かになっている。
「どうぞ、こちらへ」
組合(ギルド)の受付嬢に促され、ようやくコウジ達は席まで移動できた。
「いきなり呼び立ててすまなかったな。新しい有能な冒険者(アドベンチャー)が来たと話を聞いて、一目会いたくなってな」
ズィルバの声は、太く、重厚であった。
「あ……ありがとうございます」
コウジは、震えながらなんとか返事をする。
ズィルバを見ることは出来ない。
床の絨毯の模様が歪んで見える。
(……お、落ち着け。大丈夫だ。ビビるな。相手はたかが領主だ。有能かもしれないが、ビビる相手じゃない。領主とは軽く仲良くなって、王族とも遊べるくらいにならなきゃ、『主人公』じゃない)
小さく、深く呼吸をして、コウジは顔を上げる。
ズィルバを見るのだ。
そう決心したのだが、コウジの目は横に移動した。
ズィルバの隣に立っている、女騎士の美しさに目を奪われてしまう。
「……で、聞きたいことがあるのだが」
「……へ。ああ、はい。なんでしょう」
見とれてしまい、あまりに気の抜けた返事をしてしまう。
「まぁ、いい。で、聞きたいのはおまえ達の『力』だ」
「『力』ですか……『力』!?」
急に出てきたズィルバからの『力』という言葉に、コウジは思わず声を上げる。
(な、なんで『力』のことを……いや、一応この世界の人間も『力』を持っている奴が多くはないがいるって話だ。でも、なんで)
なんと答えたらいいのか。
コウジは目を泳がせる。
他の仲間達も同様だ。
コウジ達の『力』は、天使様にもらった特別な者だ。
軽々に言っていいわけがない。
そう判断していた。
「そこまで困らせるつもりはなかったのだが……」
あまりにわかりやすく動揺しているコウジ達に、逆にズィルバは困ったように顎に手をおく。
「『力』のことは話せないか。無理矢理聞くことでもないので無理強いはしないが……」
「えっと、そうですね。そのなんというか……」
「わかった。もういい」
呆れたようにズィルバは話題を変える。
「単に『シュザリア』や『デッドワズ』の他に、『シュティア』も狩っているようだからな。どんな『力』を使っているのか気になっただけだ。『シュティア』は騎士でも倒すのが難しい。一介の冒険者(アドベンチャー)が、よく倒したな、と。」
「……『シュティア』?」
ズィルバから出てきた予想外の名前に、コウジはつい反応してしまう。
「ん? ああ。組合(ギルド)から『シュティア』の素材を持ってきたと聞いているが」
コウジは振り返り、仲間をみる。
そのうちの一人、オタク男子が舌をぺろりと出す。
「いや、だってあんなに狩ったのに、素材も持ってかないなんてもったいないじゃないか」
「お前……」
(あれだけ、実力はまだ隠すって決めていただろうが!)
領主であるズィルバの前で仲間を罵倒するわけにもいかず、コウジはただオタク男子を睨む。
(……まぁ、でも。これで俺たちが呼ばれたわけがわかった。『シュティア』を倒した実力者と仲良くしたいってわけだ。じゃあ、ここは少しだけ『俺なにかやってしまったムーブ』をするか)
ピンチをチャンスに変えようと、コウジはズィルバの方を振り向きながら言う。
「……バレたらしょうがない。いや、森に変な牛みたいな魔物がいたんで倒しちゃったんですよ。もしかして、珍しいんですか?」
ちょっと、わざとらしくおとぼけながらズィルバを見ると、ズィルバはなぜか険しい顔をしていた。
「……ん? あれ?」
「確認するが……何匹も『シュティア』を倒したのか?」
「え、ええ」
(なんだ? いや、驚いているだけか? ここは普通のことのように、一応本当のことをいうか)
「近くの森を歩いていたら、何匹かいたんで、軽くやっちゃいました。5とか、10?」
「……そうか。そいつらの討伐部位証明や素材は回収したか?」
「いや。そんなに貴重なモノだとは思わなかったので。そんなに強いんですか、アイツ等」
なるべく普通のことのように、コウジは軽い感じで話す。
(これで、俺たちの……いや、俺の実力に感動して一気にイベントが……となりの女騎士とも、フラグが……!)
むふふと自身に訪れるバラ色の世界をコウジは夢みる。
しかし、ズィルバは軽く頭を押さえたあと、吐くように言う。
「……わかった。もういい」
「え?」
「聞きたいことは聞けた。ご苦労だったな。下がっていいぞ」
ズィルバの表情は、明らかに失望しているような顔だった。
(あれ? 俺、なにかしちゃったのか?)
そのまま追い出されるようにコウジ達は部屋を出る。
当然、美人な女騎士と一言も会話出来なかった。
「……なんか、マズいことになった?」
「うん。雰囲気が……」
「なにか、した?」
「さぁ……」
オタク男子と女子の会話を聞きながら、コウジも思考する。
(なんだ? なんであんな顔を……何を間違えた?)
考えても結局分からないまま、コウジ達はそのまま組合(ギルド)を出て行った。
一方そのころ、部屋ではズィルバが大きく伸びをした。
「……なんだありゃ」
「期待ハズレでしたか? 予想通り」
ビーナの嫌みがこもった指摘に、ズィルバは不機嫌そうに眉を寄せる。
「ああ。まさか、あそこまで阿呆だとはな。アイツ等が『暴走(カタストロフィ)』の原因か」
「そうですね。その情報はなかったので驚きました」
魔物は、文字通り魔力をその身に宿している。
そして、その魔力が一番濃く集まっている場所こそ、討伐部位に選ばれている部分なのだ。
例えば、『シュティア』の討伐部位は『角』だが、その角を放置しておくとどうなるのか。
答えは簡単。
その濃密な魔力に惹かれ、別の魔物が集まるのである。
今回、ヒナヒコが倒した『シュザリア』の『暴走(カタストロフィ)』も、コウジ達が倒した『シュティア』の魔力に惹かれて集まった『シュザリア』が、さらに『シュティア』の死体の魔力を接種することで強靱になり発生したのだろう。
「なんのためにあんなことをしたのか……異世界人であることを隠したかったにしては、ズィルバ様に実力をアピールしたがっていたように思えますし」
「さあな。しらん。でも、これではっきりしたな」
「何がですか?」
「ヒナヒコがアイツ等を切った理由だ。アレは使い物にならん」
「そこまでいいますか」
「ああ。まったくもって面白味がない」
ばっさりと、ズィルバはコウジを切って捨てた。
組合(ギルド)の外に出たコウジ達は、町がざわついていることにすぐに気がついた。
「……何が起きているんだ?」
コウジ達の仲間は肩をすくめる。
とりあえず、様子を見ようと、人が集まっている場所にコウジ達も足を運ぶ。
「げっ……」
「なんで、あの子が……」
コウジの仲間達が、顔を青ざめさせる。
そこには、コウジ達にとってまさに恐怖の象徴とも言うべき少年。
ヒナヒコがいたからだ。
ヒナヒコが、なぜか港で料理を配っている。
その料理に、町に人が集まっているのだ。
コウジ達の驚きを感じたのか、ヒナヒコがコウジ達の方に目を向ける。
「……っ!? お、おい。逃げようぜ」
「う、うん。離れよう。早く」
足早に、コウジの仲間達が顔に恐怖を浮かべながらその場を離れていく。
コウジも、その場を離れる。
しかし、コウジの顔は恐怖ではなかった。
その顔は、怒り。
(……なんだ。なんで、アイツ……)
ヒナヒコの周りにいた人を、コウジはしっかりと見ていた。
ズィルバの隣にいた美人騎士にも負けないような、麗しき女騎士達。
それに、一緒に料理を配っていた町娘も見たことがある。
『ウイーナ』で見かけた、食堂の娘だ。
素朴で可愛らしいと思った記憶がある。
(アイツの周り……なんだよ。あれじゃあまるで、アイツが『主人公』みたいじゃないか。あんな、クソみたいなイケメンが!!)
怒りが、おさまらない。
どす黒い感情が、沸いてくる。
その感情を表すように、コウジの周りが黒くなる。
「……お、おい! こんな町中で『力』を使うな! いられなくなるぞ!」
「……うるさい。オタクごときが、俺に指図するのか?」
キチキチと音と立てるコウジに、オタク男子は息をのむ。
「お、落ち着けよ。お、お前の『力』は……その、目立つ。分かるだろ?」
コウジが言った『オタク男子』に少々苛立ちはあったが、なんとかそれには反応せずにコウジをなだめる。
コウジの『力』は、それだけ危険だと彼も認識しているのだ。
「……ちっ。分かった。けどあとで反省会だ。なんで『シュティア』の角を勝手に持ち出したのか……いいな」
「わ、わかったよ」
コウジの体から、『黒』が抜けていく。
「……くそ。行くぞ」
ヒナヒコの元へと集まる人の流れに逆らうように、コウジ達は歩いていく。
そして、すぐにコウジ達は『ズィルバーフン』から姿を消した。
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