第58話 『マクレイラ』狩り
「今日乗る船はこちらです」
ヒナヒコが案内された船は、『王の船』に比べると小さい、漁船のような船だった。
「……船長さんというか、船を運転する人はいないのですか?」
ホーメルたちが乗り込む前に、整備員だろうと思われる男性たちが船から離れていく。
「私たちは港町『ズィルバーフン』の騎士だ。船くらい自分たちで操れないとな」
「まぁ、私たちは見ての通り若い女性の集団なので、男性の船員がいると不埒はことをたくらむことが多かったのです。船員は妙に腕に自信がある人物が多くて……なので、自分たちで操舵することになったのですよ」
「ああ……それは、大変でしたね」
ネットの部下たちが乗ってきた『プラッド』を港の馬小屋に連れて行く。
その様子を見送りながら、船に乗り込んだヒナヒコはある疑問に気がつく。
「……見たところ、更衣室のような場所もありませんが、服装はどうするのですか? 皆さん鎧を着込んでいますけど」
「……鎧のままだ。この鎧は魔術具だからな。金属の鎧と違って、沈む事もない。それに、鎧を着たまま泳ぐ技術もあるからな」
頬を赤らめ、そっぽをむいて答えたホーメルをヒナヒコが不思議に思っていると、そっと腕をとりネットが耳元でささやく。
「ヒナヒコ様がお望みなら、鎧ではなく別の姿で戦いましょうか? 裸……とはいきませんが、この鎧の下に着込んでいるタイツでも、十分お目を楽しませることが出来ると思いますが……」
ホーメルたちは鎧の下にタイツのような体に密着する素材の肌着を着込んでいる。
その姿で海に潜れば、それは十分すぎるほどに扇状的であろう。
「おい! ネット!」
「もっとも、さすがに部下たちでは危ないので、私とホーメルだけですが」
「ネット! ネット! 話を聞け!」
慌てふためくホーメルをよそに、ヒナヒコは冷静に優しげな笑みを浮かべるとネットに囁くように言う。
「僕も男の子ですし、ネットさんとホーメルさんのお姿には非常に興味があります。しかし、お二人のような可憐な女性が、怪我をするなんてあってはいけないことです。お二人が十分強いことは知っていますが、僕のためにも、普段通りの姿で戦ってくれませんか?」
「は……はい」
美少年からの気遣いの言葉に、ネットもホーメルも撃沈する。
結局、普段通りに『マクレイラ』の討伐に向かうことになるのだった。
ヒナヒコが、言い寄ってくる女性に対して甘い言葉で囁き籠絡するようになったのは中学生になってからだ。
小学生の時には過去に起こした事件により、男女ともにヒナヒコに近寄る者はほとんどいなかったが、中学生になると別の小学校の生徒も増えるし、心身ともに大人になろうとしている子供たちが、反抗期という心理状態で敵対することが増えてきたのだ。
男子生徒に対しては、敵対してもあらゆる面で『格の違い』を見せつければそれ以上関わってこなかったし、仮に敵対してもちょっとした『暴力』で黙らせることが出来た。
しかし、女子生徒に対しては、男子生徒と同じ対応が通用しなかった。
男子生徒と同じように『格の違い』を見せつけても、冷たくあしらっても、近寄ってくる者が後を絶たないのだった。
しかも、厄介なのが女子生徒たちがヒナヒコに向けているのは敵意ではなく、好意であったということだ。
さすがに、敵意を向けられていない者に対して、『暴力』で黙らせることは出来ない。
そんな状況を煩わしいと思っていたころ、女子生徒同士で騒動が起きた。
その騒動は簡単にまとめると、『ヒナヒコに迷惑をかけるな』と主張する者同士が始めた正義の暴走である。
その争いの余波がヒナヒコにも当然届き、つい『苛烈』が顔を見せそうになってしまった。
そのことに苦悩していたところ、幼なじみであるがヒナヒコには好意を持っておらず、カグチのことばかり気にしていた秋山 葉乃芽(あきやま はのめ)に、女子生徒に対しての対応を相談したのだ。
ハノメは『下手にあしらうから、女の子たちが神格化して、妄想して手が着けられない暴徒になるんだよ。いっそのこと全員籠絡して、コントロール出来るようにしたら?』とアドバイスをくれた。
そのアドバイスに従い、ヒナヒコは集団で言い寄ってくる『女子』に対して、とりあえず籠絡するようにしている。
優しげに笑顔でどうでもいいことを誉めて称えれば簡単に落ちるので、それはヒナヒコにとっても簡単な作業だったのだ。
『優しさを忘れるな』という言葉に反しているようで、ちょっとだけ罪悪感が生まれはしたが、『苛烈』が顔を見せるよりもマシだろうと、ヒナヒコは今も好意であったり、籠絡しようとする『女性』に対して逆に籠絡するようにしている。
例外があるとすれば、聖域で会話したミカだろうか。
彼女に対しては、不思議と籠絡しようとする気分が沸いてこなかった。
そんなことをツラツラと考えながら、ヒナヒコは目の前にいる『女性』たちに目を向ける。
ボディラインの出た鎧に身を包んでいるホーメルたち『蜂』の女騎士団だ。
彼女たちは皆見目麗しく、ヒナヒコがいた世界ならば全員モデルとして、ファッション雑誌の表紙を飾れるだろう。
町を移動する際も、彼女達を見た者たちは皆惚けたように見つめたままだった。
そんな彼女達が、ヒナヒコにアプローチを仕掛けてくるのだ。
ヒナヒコは迷わずに『蜂』をメロメロに籠絡することを決めていた。
それは、最初は殺そうとした相手に対する当然の警戒であったが……その警戒もさきほど見せられた『王の船』で薄れてはいる。
薄れてはいるが、籠絡するかしないかは別の問題だ。
「まずは私たちが行く。ヒナヒコ様は中で見ていてくれ」
「はい。ホーメルさんの勇姿、しっかりと見ていますね」
にこりと微笑むと、分かりやすくホーメルが頬を染める。
ここまで反応がいいと逆に疑いたくなるが、おそらく問題はないだろう。
『蜂』の女騎士全員がこの反応なのだ。
もし、ヒナヒコを騙す気なら、色々な反応を混ぜるはずである。
なので、少しだけ警戒を薄くして、素直にヒナヒコは彼女達とコミュニケーションをとることにしている。
「この魔術具で『酸素』を生み出すんですね」
ヒナヒコは、マスクのような形状の透明な布を手にする。
「はい。『サンソ』が何か分かりませんが、この魔術具を口元に装着することで、海の中でも呼吸が出来ます」
「それで、僕が戦ってもよくなったらどうしますか? 言葉が聞こえるとか、何か合図があるんですか?」
「こちらを耳に。音声が聞こえます」
耳栓のような魔術具をネットが渡す。
海の中でも、音声でやりとり出来るようだ。
「聞こえるということは、僕から質問するのは……」
「呼吸の魔術具に、音声を飛ばす効果の魔術具も合わさっています。ヒナヒコ様の音声は私とホーメルが常に聞き取れるようにしていますので、何かあったら呼んでください」
「わかりました。困ったらすぐにネットさんを呼びますね」
ヒナヒコがにっこりと微笑むと、ネットは胸が高鳴ったように弾んだ声を出す。
「は、はい。と、いうかやっぱり私はヒナヒコ様の隣にいます。討伐は部下に任せて……」
「お前は、今は隊長だろうが! 昨日も肝心な時は指示を出せなかったんだから、今日はしっかりやれ! それに、ヒナヒコの護衛をさせるなら、私の方が……」
「ホーメルも、今日は引継ということで、指示の出し方を見せてくれるということではないですか。だから私がヒナヒコ様と一緒に、じっくりとホーメルの勇姿を……」
ぎゅっと、ネットがヒナヒコの腕をとる。
「さっきから、引っ付きすぎだぞ? これから討伐なんだ。もっと節度を守ってだな……」
ホーメルとネットの言い合いが始まる。
煩わしいな、とヒナヒコは思い、意見を言うことにする。
「僕は……ネットさんの勇姿もみたいですね」
にこりと言うと、ネットはすぐに自分の意見を翻す。
「かしこまりました。ですが、ヒナヒコ様は大丈夫ですか? 慣れない海に一人だけということになりますが……」
「皆さんが僕のところに魔物を近づけないでしょうし、心配していないですよ」
笑顔を向けると、ホーメルを含むネット隊の女騎士全員が、ほう、と息を吐いている。
「で、ではいいな。そろそろポイントだ。餌の準備を」
部下の人たちが、バケツのようなモノを運んできた。
中には、並々と赤い液体が入っている。
「……これは?」
「デッドワズなどの生き血です」
「へ?」
当たり前のような顔で答えたネットに、ヒナヒコはきょとんとした顔で疑問を呈す。
「『マクレイラ』も魔物ですから、別の魔物の血によく反応するのです。なので、これを浴びて海に飛び込むと、すぐに『マクレイラ』が口を開けて襲ってきます」
「これを浴びるんですか!?」
ネットは真面目な顔で頷く。
「はい。まっすぐ口を開けてやってくるので、戦いやすいんですよ」
「戦いやすいって……これを餌に集めてから、船の上で弓とかでねらい打ちしたほうがよくないですか?」
「水中にいる『マクレイラ』に矢を放っても、鱗が堅すぎて通用しない。だから、水中で柔らかい口の中をねらうしかない。それに自分を餌にすればまっすぐに口を襲ってくるから、槍を構えていれば良い分楽だし確実だ。それにしても……なんかイヤそうだな。どうしたんだ?」
珍しく、狼狽しているようなヒナヒコの様子に、ホーメルが首を傾げる。
「いや、だって……僕も血を浴びるんですよね?」
「そりゃあ、討伐するときはな。心配するな、すぐに海に入ればそんなに気にもならないさ」
あっけらかんとホーメルは答える。
ヒナヒコに対して乙女っぽい態度を示していたホーメルたちだが、それでも騎士なのである。
こういった面では図太くたくましいのである。
「……うーん」
ヒナヒコは『マクレイラ』を見たことがない。
おそらく、ホーメルたちの討伐方法が最適なモノに違いはないだろう。
しかし、『血を浴びる』というのは、どうしても抵抗がある。
「あの、すみません。試してみたいことがあるのですが……」
なので、ヒナヒコは迷いながらもあることを提案するのだった。
「……いました。『マクレイラ』です」
部下の一人が声を上げる。
「餌にも限りがある。一回だけだからな」
ホーメルは軽く睨みながら、ヒナヒコに言う。
「ありがとうございます。すみません。僕のわがままを聞いて貰って」
「元々、ヒナヒコ様に魔物の討伐をさせるのが目的です。なので問題はないですよ」
ネットが、にこりと微笑みながら言う。
「はぁ……ここらへんでいいだろう」
ホーメルが指示を出し、船を停止させる。
「それで……本当に出来るのか?」
「大丈夫だと思いますよ。たぶん」
ヒナヒコは船の縁に身を乗り出す。
「では、餌を撒きます」
部下の人たちは、バケツ一杯分の魔物の生き血を海に撒く。
すると、人の大きさの2倍程度の大きさの魚影が船に近づいてきた。
「あれが『マクレイラ』ですか」
上から見た感じでは、鮫というよりか、どちらかと言えばマグロに近いだろうか。
かなり早いスピードで泳いでいる。
「ええ。海の魔物としては、弱い部類の魔物ですね」
それでも、餌や船など、討伐に準備が必用な分、陸の魔物に比べてコストがかかる魔物だ。
普通の狩人(ハンター)では討伐するのは難しく、なので騎士が動くのだ。
『マクレイラ』が撒かれた血のところまでくると、興奮しているのだろう、バシャバシャと血のところで暴れ始める。
「こうなると、もう海に入って討伐するのは無理だ。本当に大丈夫なんだろうな?」
疑わしそうに、何度もホーメルは念を押す。
「とりあえずやってみます。では」
特に気負いもせずに、ヒナヒコは船の縁に立つ。
そして、風の球体を手のひらから出し、それを『マクレイラ』が暴れている海に放りなげる。
『マクレイラ』が暴れている飛沫に混ざり、海に入った風の球体は、数メートルほど海の中を進んでいく。
海の様子を、ホーメルたちは見守る。
しかし、何も起きない。
「それで、これから……」
ホーメルがヒナヒコに聞こうしたら、突如海面が泡立ち始めた。
ぶくぶくと広範囲に泡があふれ、海に広がっていく。
それから、数分ほど経過すると、プカリと一匹の『マクレイラ』がおなかを上にして浮かんでいた。
「『二酸化炭素』でぐっすり作戦大成功……ですね」
ヒナヒコは満足そうに笑顔であったが、ホーメルたちは、ただ目を見開いて驚いているのだった。
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