第56話 『努力』について女騎士達は話し合う
「……ああああああ」
ジタバタとホーメルは寝台で悶えている。
思い返すのは、昨日の出来事。
儚げな美少年が、可愛らしいと、愛らしいと囁く甘い声。
「いや、違う。儚くない。あれは化け物だ。見た目に騙されるな……でも、ああああ」
ヒナヒコは、見た目は美少年なのだ。
内面や能力はただの化け物だが、美少年なのだ。
そんな少年に、出会ったことはホーメルの人生で一度もない。
しかも、思い返せば、昨日はヒナヒコと一緒に馬に乗っていたのだ。
凄まじい密着量である。
「それに……頬を……」
何を気に入ったのか、ヒナヒコはずっとホーメルの頬を触ってきた。
その感触を思い出すように、そっとホーメルは自分の頬に手を当てる。
「って、何をしているんだああああああああ!」
そして、自分の行いに照れて、ホーメルは寝台をゴロゴロと転がる。
「……ホーメル、もう朝ですよ」
「……へ?」
声が聞こえ、ホーメルは転がるのを止める。
よくよく周りと見ると、確かに空が明るい。
「あれ? 朝? って、ビーナ。なんで私の部屋に?」
部屋の入り口の前で、ビーナが呆れたような顔をしている。
「昨日の報告を聞いて、大丈夫かと様子を探りにきたのですが。来て正解だったようですね。一睡も出来ないほど心を乱されるなんて」
「み、乱されてなんてない!? ちょっと、何を言っているのかわからないぞ?」
「そうですか」
「そ、そうだ!」
「はぁ……まぁ、いいです。ズィルバ様の指示をお伝えします」
ズィルバの名前を聞いた瞬間、ホーメルは背筋を整える。
解任されているとはいえ、ホーメルの心はズィルバの騎士なのだ。
「今日はヒナヒコ様とともに海の魔物の討伐を。そして、『努力』をしろと」
「『努力』……とは?」
任務があれば、最善を尽くすのは当たり前のことだ。
それを、わざわざ『努力』という言い回しで指示をするなど、ズィルバは通常しない。
「……さあ?」
なので、ビーナに確認したのだが、ビーナ自身もわからないようで首を傾げるだけだ。
「さあって」
「とにかく、ズィルバ様はヒナヒコ様の信頼を得ることをお望みです。一度背後から襲い、殺そうとしたことで警戒されてしまっている身では難しいでしょうが、やれることをしなさい」
「や、やれることって、何をすれば……」
「……さあ?」
「また、さあ?か! 役に立たないな!」
「そんなことを言われましても……本当に何をすればいいんでしょうね。殿方に迫られることはあっても、殿方を籠絡する方法なんて……」
ビーナは本当に困ったようにメガネに手を当てる。
「……裸になります? 海で」
「なるか! 魔物の討伐をするんだよな? 裸で討伐なんて頭がおかしいだろうが!」
「ホーメルの実力なら怪我はしないと思われますが」
「怪我はしないけどするだろうが! 別の怪我を!」
ホーメルの反論を聞きながら、それは予期していたことのようにビーナは深く息を吐く。
「よくわからないので、後は任せます。なんか、いい感じにしてください」
「いい感じってなんだ! ちゃんと指示をくれ、指示を!」
「そんな、一応元隊長なんですから、指示なんて無くても動けるじゃないですか」
「こんな任務は経験がなさすぎるんだよ! ああ! もう!」
「では失礼します」
「待ってくれー」
そそくさとビーナはホーメルの部屋を出ていく。
「どうしても困ったら、ネットに相談してみてはどうですか? 昨日の帰りも、ヒナヒコ様を乗せるのはネットに任せたのでしょう? 彼女も知識はあるはずですし……」
「逃げるなー!」
ホーメルの助けの声は聞かず、ビーナは扉を閉める。
閉まった扉を見つめ、途方にくれたまま、ホーメルはとりあえず着替えるのだった。
(……『努力』って)
騎士服に着替え、身なりを整えるとホーメルは集合場所に向かう。
いつもより、ほんの少しだけ髪を櫛でといた気もするが、きっと気のせいだろう。
集合場所である『プラッド』の馬小屋につくと、すでにネットが今日乗る予定の『プラッド』を小屋から出していた。
「おはようございます。ホーメル」
「おはよう、ネット……ん?」
朝のあいさつをするネットだが、なんとなく雰囲気が変だ。
なんというか、顔が見えたとたん、キラっと光った気がしたのだ。
「なぁ、ネット……」
「どうしました?」
「あ、いや……今日の話は聞いているか?」
「ええ、先ほどビーナから話を聞きました。ヒナヒコ様を連れて海の魔物を討伐するんですよね?」
「ああ。そうだが……妙なことを、その、言われてな」
ビーナがネットに相談しろと言ったのだ。
なので、ネットも今日ホーメルがしなくてはいけないことを聞いているはずなのである。
しかし、こういったことを元部下に相談するのはどこか気恥ずかしい。
「『努力』をしろ、ですか? で、どうすればいいのか私に相談を?」
「ああ。何かないか?」
ホーメルの質問に、ネットは不思議そうに返す。
「……私に聞くよりも、ケイナに聞いた方がよかったのでは? 彼女は元々中央で……」
「ケイナはもう普通の民だ。彼女が望んでいたから給仕をさせていたが、こんなことを相談するのは間違っているだろう」
「普通に聞いてもいい気がしますけどね。でも、ホーメルもビーナもそう判断されているのなら私が言うことでもないですか」
「……で、どうすればいいと思う?」
ネットは頬に手を当てしばし思案する。
「……脱ぎます? 海ですし」
「お前もか! それしかないのか!? 海には他にも人がいるんだぞ!!」
「魔物の討伐へ行くので、そんなに人目はないと思いますが」
「そうだが、ダメだろ! 騎士として! というか人として」
「そんなことを言われましても……でもホーメルの女性の武器なんてその胸くらいでしょうし」
「失礼なことを言うな!」
ホーメルは、そのたわわに育っている胸を隠すように腕を交差させる。
ちなみに、まだまだ発育中だ。
相談というか、もはや雑談に切り替わっている会話をしながら、ネットは『プラッド』に鞍をつけていく。
「……ん? なんだその鞍は?」
ネットがつけていた鞍が気になって、ホーメルがそちらに会話を移す。
ネットは後方が高くなっている二人乗り用の鞍をつけていた。
「ああ、これはヒナヒコ様と私用の鞍です。昨日、馬に乗れるようになりたいとのことでしたので、感覚がつかめるように、ヒナヒコ様を前にしても乗れるように高さを調整したんですよ」
「……へーって、お前とヒナヒコ用ってどういう意味だ!?」
「え? だって昨日ホーメルがお願いしてきたじゃないですか。ヒナヒコ様を私の馬に乗せるようにと」
「それは昨日の話だ!」
ホーメルの指摘に、しかしネットは不思議そうに疑問を呈す。
「昨日の話ですが……今日も一緒に馬に乗れるのですか? ビーナの話では一睡もできないほどに動揺していたと聞いていますが」
「うっ!」
ネットの指摘は的を射ていた。
今のホーメルは、いざヒナヒコを目の前にして、平静を保てる自信はない。
ならば、一緒に騎乗は出来ないだろう。
「ふふふ。心配しないでくださいホーメル」
ネットはキラキラとした笑顔で言う。
「ホーメルができなくても、私が『努力』しますので。ネット隊の隊長として」
この時点でようやく、ネットもヒナヒコに籠絡されていることをホーメルは悟ったのだった。
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