第54話 『シュザリア』の農村風野菜焼き

「二酸化炭素ですね」


 農業の町『ウイーナ』の小さな食堂で、つるつると麺を啜りながらヒナヒコは言う。


「ニサンカタンソ?」


『シュザリア』の群を討伐したあと、ホーメル達は『ウイーナ』の町に来ていた。


 討伐した『シュザリア』を運ぶためである。


 ヒナヒコが倒した『シュザリア』は傷が一つもなかった。

 そのことが不思議だったホーメルはどうやって『シュザリア』の群を倒したヒナヒコを問いつめたかったのだが、ヒナヒコが『お腹が空いた』と言い、食堂に行くことになったのだ。


 そして、食堂でようやく食事にありつけたヒナヒコから聞き出した『シュザリア』の討伐方法は聞いたことがないモノだった。


「……あー。えっと空気を吸って吐くじゃないですか。その時に多く含まれている空気です」


 ホーメルの反応から二酸化炭素の存在を知らないと判断したヒナヒコが言葉を探すように宙を見る。


「……なんだそれ?」


「……私たちはなぜ呼吸をするのか? 空気から何か栄養を得ているのではないか。と北の『賢者』様が記している本を読んだことがあります。それでしょうか?」


 ホーメルが周りの部下に尋ねると、ネットが思い返すように答える。


「それですね。その栄養が『酸素』で、代わりに吐き出すのが『二酸化炭素』です」


「私たちの吐く息にそんなモノが含まれているとして、おかしくないか? 『シュザリア』は死んでいたぞ?」


 自分の手に息を吐いて、吸ってみて、ホーメルは不思議そうに首を傾げる。


「濃さが違いますから。その吐いた息の何倍も濃厚な『二酸化炭素』を吸わせただけです」


 実際は何倍どころではない濃さなのだが。


 一般的に二酸化炭素の空気中の濃度が30パーセントを越えると生き物は即座に意識を失い死亡するそうだ。


「……そんな空気をどうやって『シュザリア』に」


「『風の力』で」


 当たり前のようにヒナヒコが言う。


 言ってはいるが、その知識はカグチから教えられたモノだ。


『『風の力』なら、二酸化炭素を集めたり、真空状態にすれば生き物を無傷で殺すことも出来る』と。


 もちろん、そんなことはホーメル達は知らず、ただ意見を交わすだけだ。


「『風の力』って、風の魔法にそんな魔法あったか?」


「……風を起こす魔法ですからね。毒物を使えるという話は聞いたことがありませんが……」


 ネットとホーメルが首をかしげていると、ヒナヒコの前に皿が置かれる。


「お、お待たせいたしました」


 持ってきたのは、ビクビクと緊張した様子で震えているヒナヒコよりやや年下くらいの女の子だ。


 名前はヌーダ。


 この食堂の娘で料理や配膳をしているそうだ。


「ありがとう」


 ヒナヒコがお礼を言いながらヌーダから料理を受け取る。


「へーこれが『シュザリア』か」


「そんなモノまで注文していたのですか」


「食べてみたかったので」


「『『シュザリア』の農村風野菜焼き』です」


 トマトやキャベツのような野菜が細かく切られ、炒められている。


 その上に、焼かれた『シュザリア』の肉が並べられていた。


 この料理は一般的に『ウイーナ』で食べられている鳥料理で、火で焼き目をつけた肉を野菜の水分で蒸し焼きにすることで肉のうまみを閉じこめる料理である。


 普通や家畜として飼っている鶏のような鳥を使用するのだが、今回は魔物である『シュザリア』である。


 ヒナヒコはまじまじと目の前の料理を観察するが、調理された『シュザリア』の見た目は完全に鶏肉だった。


 カラスのような魔物なので当たり前ではあるが。


「紫色とかそんな色じゃないんですね」


「そんな見た目の肉があるか! 誰が食べるんだそんなもの!」


 ホーメルの言葉を流しつつヒナヒコは『シュザリア』を口に運ぶ。


「……うん。おいしい。変な臭みとかもない。うんうん」


 おいしそうにヒナヒコが『シュザリア』を食べていく。


 ごくりと思わずホーメルの喉がなる。


「……食べます?」


「いいのか?」


「ええ。だってこれ、ホーメルさん達と倒した『シュザリア』ですし」


「やっぱりこれ今日倒した『シュザリア』か! いつのまに持っていたんだ!?」


 こっそりと聖域で拾った『虚無の箱』に入れていただけなのだが、ホーメルたちはヒナヒコが持っている道具の効果や数を全て知っているわけではないので気づかないのも無理はないだろう。


 文句を言いつつ、ホーメルも『『シュザリア』の農村風野菜焼き』を口に運ぶ。


「お食事なら、準備しておりましたのに」


 ネットも同様に席に着き、食べ始める。


「お腹が空いていたので。でも、おいしいですよね」


「……ああ。ここの料理人は腕がいい」


「ええ。今日狩った『シュザリア』の肉を調理したのですよね。捌くだけでも時間がかかるでしょうに……」


 ホーメル達もお腹が空いていたのだろう。

 次々に『シュザリア』の肉を食べていく。


 なお、他の隊員は『シュザリア』討伐の報告と、倒した『シュザリア』の運搬で組合(ギルド)にいる。


「ありがとうございます。『フォースン』一の騎士である『蜂』の皆様達にほめていただけて、父も嬉しいと思います」


 緊張しながらも、うれしさは隠せないようで、ヌーダはニコニコながら給仕をしていく。


「……ホーメルさん達はこの国で一番強いんですか?」


 ヌーダが言った『フォースン』一という言葉が気になり、ヒナヒコは質問する。


「……自ら言うことではないが私たち『蜂』は『フォースン』で最強の騎士と呼ばれてはいる。西には『蠍』もいるが……」


「ホーメルはもう『蜂』ではないですけどね」


 ネットの痛烈な言葉に、ホーメルは思わずむせる。


「ぐっ!? お、おま……いざという時は私の指示待ちだったくせに、そういうことを……」


「あまりに自然に指揮をとられるので任せてしまいました。反省します」


 ホーメルも昨日解任されたばかりである。

 色々、意識は抜けないだろう。


「そういえば、いつの間にか僕への敬語もなくなっていましたね」


「そ、それは……!」


 ヒナヒコからの指摘に、ホーメルは慌てる。


 確かに、『シュザリア』の群が近づくと興奮し、色々な面で頭が戦闘モードになっていたようだ。


「まぁ、今の方が自然でいいと思いますから、そのままでいいですけどね」


「そ、そうか?」


「はい。可愛いと思います」


「……かっ!? かぁあ!?」


 にっこりと、ごく自然に言うヒナヒコは、見た目だけは美少年である。


 そして、実はホーメルはヒナヒコと同年代だ。


『蜂』がズィルバの騎士となってから、常に訓練と魔物の討伐、戦いに明け暮れた日々。


 つまり、ズィルバ以外の異性に対してホーメルは耐性がほとんどない。

 

 下品な野次のような声で容姿を語られたことがあるが、こんな見た目の美しい少年から、容姿を誉められたことはないのだ。

 だから、ホーメルには色々と限界なのである。


「か、かわっ! とか! そんなことを……」


「そうやって照れているのも愛らしいですね」


「うっ……! るさい! さい!! っっっっ!!」


 ホーメルは、顔を真っ赤にしながら店から逃げ出した。


「……あははは。面白い」


 そんなホーメルの逃走する姿を見ながら、ヒナヒコはニコニコと料理を食べていく。


「さすがに、可哀想ではないですか」


 同じ女性として、ホーメルの扱われ方に思わずネットが苦言を言う。


 しかし、ヒナヒコは笑みを浮かべたままだ。


「ん? なにを言っているのお姉さん?」


 ヒナヒコは、うっすらと目を開けてネットを見る。


「お姉さん達は僕を殺そうとしたんだ。だったらこれくらいしないと」


 その目は、鋭く、冷たくて、まるで火傷のような痛みをネットに植え付けた。

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